Ⅱ 2023年6月10日 公園に突如現れたのは…
今日は、従兄弟の小学一年生の陸翔、舞翔の双子と公園に遊びに来ていた。家でゆっくりしたかったのに、母さんと、この双子の母親の麻尋さんが一緒にオーディションの投票によって結成されたボーイズグループのライブに行くらしい。だから、代わりに面倒を見ることになった。本当はゆっくりしたかったけど、お小遣いの臨時手当が出ると聞いて仕方なく引き受けることにした。
「匠兄ちゃんは遊ばないの?」
「俺はいいや。満足いくまで遊びな」
「分かった!」
やっぱり双子だから、返事もぴったり何だな。
はぁ…水島は、いったい何を知ってしまったのだろう。それとも、まだ何も知らないのか。分からない。本人に直接聞きたいけど、何て聞けばいいのだろう。
こんな時、人の心を読み取ることが出来る能力とかあれば悩まなくて済むのにな……。
気づいたら深い溜息が口からすり抜けていた。
「何を悩んでいるのかい、少年」
後ろから聞き覚えのある声がした。
肩と心臓が同時に跳ねる。
「あ、どうも」
俺をあの時、タイムリープさせてくれたおじさんが、気づけば、横に座っていた。
「どうだい? 二周目は?」
笑顔を浮かべ問いかけてくる。
「一周目より何だか毎日が楽しくて充実しています」
一周目は、過ぎている時間を傍観しているだけだった。俺が住む世界は、色がなかった。あったのかもしれないけど、いつの間にか姿を消してしまっていた。描いてきた人生は、すでにペンで消えないようになぞられている。これからの人生は、まだ鉛筆で描いている途中だ。ペンでなぞられないうちは、消しゴムで修正できる。俺の前にあるのは鉛筆と消しゴム……だけ。色を塗るための道具はなかった。白いキャンパスに鉛筆で描くだけの人生に飽きてしまった。色を塗りたいのに、色がない。
鉛筆が目の前から消えるまで、鉛筆を削ったり、消しゴムで消したりして、作品を描き続けていく。
色を探し求めているときに、水島が現れた。彼女は、退屈だった日常に色を与えてくれた。どの色を塗ろうか、どう塗ろうか考えている時間が幸せだった。でも、水島が目の前から消えて、また俺の世界から色が消えてしまった。俺の世界が、黒いペンキで容赦なく塗りつぶされていった。白い所が見当たらないほどに。鉛筆で書いたとしても、何も分からない。
ペンでなぞられてしまったら、修正が効かないキャンパスが、タイムリープと共に、戻っていた。もちろん、戻って来た日より、前に書いたものは、もちろん修正できない。でも、もう一度、書き直すことができる。今度は、後悔しない未来を描くことにした。今は、キャンパスに描くのが楽しい。一周目と違って、色があって、どの色を塗ろうか悩む時間が、幸せに感じる。
「おぉ、それは良かった」
「でも、水島がなぜ死んでしまったのか分からないんです」
この問題が解決しないことには、タイムリープをした意味がない。同じ未来を繰り返してしまったら元も子もない。
「他人に迷惑をかけたくなくて、自分でどうにかしようと頑張るけど、どうにもならなくて、さらに状態を悪化させてしまい、修復できないほどに壊れてしまう人って、世の中案外いると思う。困っている誰かを救って、そして、自身が困っているときに誰かに救われて生きていくのが人生において大切なことだと俺は思う」
「確かにその通りですね」
「誰かに頼ることを恥ずかしいと思ってはいけない。上手く生きるコツは、支え合うことだ。人生って、誰かを助け、誰かに助けられることの繰り返しだと思う」
「頼ってほしいな。俺も沢山助けられたから、今度は俺が助ける番だ」
「その子はきっと優しくて責任感が強いのかな。だから、困っている人がいれば手を差し伸べるけど、自分自身が苦しい時は助けを求めず、自分で何とかしようと思う。誰かを思う優しい心を持っている人こそ、自分のことは後回しにしてして、一人で悩みもがき、息ができなくなってしまうのだろう。少年、頑張れ」
「はい」
おじさんがくれた言葉を胸に大切に刻む。
「これは私の憶測だが、その子が抱えるものはかなり深刻な気がする」
水島が抱える謎が、一向に深まるばかりだ。でも、おじさんの言うとおり、これは簡単に解決できるものではないほど、複雑に入り組んだものだと思う。
「でも、君は一人ではない。未来のことは分からぬが、一日一日を大切に、頑張れ。それしか言えない」
おじさんは、俺の肩を強く叩き、どこかへ消えていった。おじさんがいなくなっても、さっきの言葉が今も心に深く響いている。
「匠兄ちゃん、匠兄ちゃん! さっきのおじさん誰? 怪しい人?」
遊びに飽きた舞翔が駆け寄り問いかける。
「怪しい人じゃないよ。ちょっとした知り合い」
口ではそういったものの、確かに、俺も初対面の時、怪しい人だと思っていた。人を見た目で判断してはいけないと分かっているものの、あの時は心のどこかで宗教勧誘の類ではないのかと勝手に脳内で決めつけてしまった。そういうのって、心が弱っている人を標的にしているイメージがあったから、俺もそうなのかもしれないと頭の中で思い込んでいた。「過去に戻れる」とか、意味分からない所言って、俺を一時は混乱の渦へと追いやった。
今でも、あのおじさんの正体は分からないけれども、おじさんの真っすぐな言葉と目から悪い人ではない。今の俺はそう断言できる。あのおじさんに助けられた。
「そうなんだ。まぁ、いいや。そろそろ帰ろうよ!」
陸翔もサッカーボールを持ってやってくる。そして、俺の両手を二人は引っ張る。小学一年生ながら、握力が中々強い。このまま抵抗しなかったら、引き裂けそうだ。
「分かった。帰るか」
ベンチから立ち上がる。
「匠兄ちゃんの文化祭、行ってもいい?」
どこから情報を手にしたのか分からないが、双子が振り返り、目をキラキラさせながら言う。こういう眼差しで見られたら、断るという選択にハンドルを降ろすことができない。
「うん、いいよ」
諦めの表情で答えたら、二人は飛び跳ねて喜んでいた。なぜだか二人はスキップをしながら、帰路についた。




