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6【大地と織田】〜北条楓〜

珍しい二人組の秘密の会話を、偶然聞いてしまった楓のお話。

楓視点でお送りします。

 羽柴と昼休みに話をした日から、一週間後のこと。楓はいつもより少し長引いたホームルームの後、部室へ向かい、ジャージとハーフパンツに着替えた。本日の稽古はトレーニング室での筋力トレーニングとストレッチのみだ。終了予定時間も、普段より一時間ほど早い。インターハイ県予選の日を一週間前に控えているので、稽古は今日から調整期間に入っているのだ。

 

 そんな中、楓はいまだに航を倒すための特訓を続けていた。浬にはすっかり(あき)れられ、子どもだなんだとあいかわらず散々な言われようだ。うるさい彼の小言は、ひとまず聞き流すフリをしているが、しかし。楓の中で少しずつ、航への気持ちは変化していた。


 ――チームとしての時間は、たった二年半だ。


 それを羽柴に言われたときから、航や浬、そのほかのチームメイトとの時間というものを、楓は深く考えるようになった。


 朝比奈と戦うことはいつでもできる。でも、あいつらとチーム組んで、この高校の剣道部員として戦うことは、今しかできない。今しか――……。


 当たり前のことだ。今さらになって考えてみるようなことでもない。だが、楓はなにも見えていなかった。仇討(あだうち)に燃えるばかりで、自分と自分の願望ばかり優先して、追いかけていた。好きか、嫌いか。気に入るか、気に入らないか。味方か、敵か。そればかりを基準にして、考えていた。


 話――。朝比奈(アイツ)はまだ、オレと話したいって思ってんのかな。

 

 まだ、間に合うだろうか。航と話をすることを想像して、わずかに緊張しながら楓はひとり、トレーニング室を目指す。だが途中で、ふと、体育館下の渡り廊下に目をやった。この場所からは、体育教官室がよく見える。


ん……? あれって――。


校舎から出てきたのは、馴染みのふたりだった。彼らは親しげになにかを話しながら、渡り廊下を並んで歩いていく。楓はその様子を食い入るように見つめた。ふたりはなんの躊躇(ちゅうちょ)もなく体育教官室に入っていったが、この組み合わせはちょっと珍しい――というよりも、むしろ不自然である。楓は思わず(まゆ)をしかめた。


大地と――、織田先生?


そのふたりとは、島津大地と剣道部顧問の織田だった。大地は航の幼馴染だ。運動嫌いで面倒くさがり屋な彼は、どの部活にも所属しておらず、自由な高校生活を送っているようだった。彼がそうだと知っている楓が、その光景を見て妙に思ったことは当然だ。


なんで大地が織田先生と……。もしかして、剣道部に入ろうとしてる……とか?


 いや、それはない、と楓はかぶりを振る。この学校では、部活に入る、入らないは強制ではない。個人の自由だ。運動が嫌いなら、なにも無理して運動部に入らなくてもいいし、時間を部活動に費やしたくなければ、文化部にだって入る必要はない。大地が部活に入らない理由はおそらくそのどちらもあった。

つまり、彼が自ら部活に、しかも未経験ではとても活躍することの難しい剣道部に入部しようとしている、ということは考えにくいわけだ。


では、日頃の勉強のことでも話しているのだろうか。いやいや、それもない、と再び楓はかぶりを振る。社会科の教諭である織田は、現在、おもに三年生の授業を担当している。剣道部以外の一年生とは、ほとんど接点がないはずだった。

しかし、大地は今、まさにその織田とともに体育教官室へ入っていった。しかも、ふたりは割と親しげでもあった。彼らが一緒にいる理由はなんなのだろう。それを楓は不思議に思い、体育教官室の近くまで行って、耳をそばだてた。幸い窓は開いていて、中からはふたりの会話が聞こえた。


「どうだ、考えてくれたか?」

「壮一さん……、本気なの?」

「当たり前だろ。オレがふざけて言ってるとでも思ったのか」


 なんだ……? なんの話をしてるんだ?


 全く内容の伝わってこない会話に少々苛立(いらだ)ちながら、楓はその場を動かずに会話が続くのを待った。


「オレを選んでくれた、その気持ちは嬉しいけど……」

「けど、なんだ」

「正直、あんまり自信ないんだよ。そりゃ、壮一さんの気持ちに応えたいとは思うけど、オレ、そういうのって……、初めてだしさ」


ちょっと待て……。壮一さん……?


「心配するな。優しく教えてやるから。な?」

「うーん……」


 おい……。なんなんだ、この会話……。


 楓の心臓がドクン、ドクンと大きな音を鳴らし、波打ち始める。ひょっとしたら楓は、聞いてはいけない会話を聞いてしまったのではないだろうか。自分の取った行動に後悔しながら、それでもやはり彼らの会話の続きが気になって、楓はそのまま息をひそめる。


 大地と織田先生って……、こんなに仲良かったっけ……。


 いや、それにしたって、ふたりはあまりに親密過ぎる。織田がこんなにも優しく、柔らかな口調で話しているのも、楓は聞いたことがなかった。


「そんなにオレがいいわけ?」

「お前がいいと思ってるから、こうやって口説いてるんだろ」


 く、口説いてるって、それってつまり――……!


思わず目を見開いた。だが、体育教官室前の壁に張り付いて、なおも耳を傾ける。楓の脳内にはすでに、ふたりが密かに禁断の恋を育んでいる光景が浮かんでいた。ふたりはいつからそういう関係なのだろう。そもそも、大地が織田を『壮一さん』と呼んでいるのも、織田がそれを許しているのも、ただの教師と生徒の関係というだけでは説明がつかない。今のふたりの会話から考えても、その理由はひとつしか思い浮かばなかった。


信じらんねぇ。でも、口説いてるってことは――そういうことだよな……。大地と織田先生は……。


「なぁ、頼むよ、大地……。何度考えてもやっぱりお前しかいないんだ」

「またまたぁ、ずるいんだから。そういうこと誰にでも言うくせに……」


教官室から聞こえる声には笑みが含まれている。声はそこで一度途切れ、教官室は静かになった。が、すぐに大地が言う。


「でもまぁ、しょうがないか。壮一さんにそこまで言われちゃ……。オレもひと肌脱ぐしかないね」

「おっ、ほんとか!」


 ごくり、と生唾を飲みこんだ。ひと肌脱ぐ――。それはいったいどういう意味なのだろう。健全な、ごく一般的な意味で使っているのだろうか。


「その代わり! 今度うまい焼き肉屋、絶対連れてってよ」

「よしよし。任せとけ」

「言っとくけど、週イチで連れてってくんなきゃやだから」

「お前な……。いくらなんでもそんなに食ってたら太るぞ」

「ちょっ……、やめてよ、腹(つま)むの。くすぐったいなぁ……」


あいかわらず大きく波打つ胸に手を当てて、必死で息を殺した。大変だ。ここにとんでもないカップルが出来上がってしまった。おそらくは禁断の関係だったふたりが、晴れて恋人同士になった瞬間に、楓は居合わせてしまったに違いない。


やばいもん聞いちまった……。 浬や朝比奈は知ってるのか……? いや、ふたりの関係はきっと誰にも秘密なんだ。


 ふたりだけの、秘密の関係。こんなことが本当に現実にあるなんて信じられない。ふたりは教師と生徒で、しかも男同士ではないか。だが実際に今、それはこんなに近くでたしかに起こっている。現実だ。楓はドキドキとうるさい胸をさらに強く、グッと押さえた――その時だった。


「いやぁ、しかしよかった! 今日、インハイのレギュラー発表をするから、その場でお前のことも紹介してやるよ」

「えぇ……。わざわざそんなことしなくてもよくない……?」

「バカ。必要だ。タイミング的にもちょうどいいだろう」

「んで、なに。オレらの関係もそこで言っちゃうわけ?」

「まぁ、その方が自然だろうな」


 おいおいおいおい……。なにがどう自然なんだ――?


「了解。んじゃ、オレ、適当にヒマ潰して待ってるね」

「悪いな、そうしてくれ」


 大地が体育教官室から出て行くのを見計らって、楓もまたこっそりその場を離れる。心臓は(わずら)わしく波打って大人しくなる気配は微塵(みじん)もなかった。今日のトレーニング後、どうやら重大発表があるらしい。それはおそらく、誰もが驚愕する内容だろう。楓は緊張と妙な興奮を振り払おうと、トレーニング室へ向かって全速力で駆け出した。


 その数時間後。筋力トレーニングとストレッチを終えた剣道部一同は、部室へ戻って制服に着替え、道場に集合した。解散のあいさつは、たいてい道場か、体育教官室前で行うことが多い。おそらく今日はインターハイ県予選のレギュラーメンバーの発表があるので、余計な音に邪魔されないよう、織田はこの場所を選んだに違いなかった。


「えー、来るインターハイ県予選に控えて、今日から稽古は調整に入る。本日はトレーニングのみだったが、明日は軽く稽古をするからそのつもりでいるように」

「はい……!」

「それじゃ、今からレギュラーメンバーを発表する。呼ばれた者はレギュラーとしての自覚をしっかり持てよ。――先鋒、毛利晴也!」

「はい!」

「次鋒、伊達寿。中堅、浅井将鷹。副将、羽柴洋輝。大将、浅井市鷹」

「はい……!」


 呼ばれた五人がそれぞれ返事をする。選出されたメンバーの顔触れは、誰もが想像していたものだった。試合稽古の日頃の結果そのもの、といった感じだ。


「続いて、控え。斎藤永太。それから――、朝比奈航」


 その一瞬で、空気がどよめいた気がした。最後に名前を呼ばれたのは間違いなく航だ。


「……はい!」


 返事をしたのは、斎藤だけだった。途端に織田が顔を(ゆが)めて、航に(するど)い視線を送った。


「航! 返事! 聞いてんのか?」

「は、はい……!」


 斎藤よりも遅れて、航が返事をする。暢気(のんき)なものだ。楓はじろりと航を(にら)みつけた。まだ一年生の身でありながら、三年生と一緒にインターハイのメンバーに選ばれるなんて想定していなかった、とでも言うのだろうか。


 よくよく考えてみればそれは、当然の結果だったのだ。三年生は四人。その四人は全員レギュラーメンバーに選ばれても、控え選手も含めれば、残りの枠は三人分ある。二年生は羽柴と斎藤、佐伯の三人がいるものの、佐伯は怪我をしていて治療中なので、実際の人数は二人、と数えるべきだろう。そろそろ復帰できそうだという話も聞いてはいるが、補欠枠とはいえ、まさか怪我が治ったばかりの選手を公式戦のレギュラーに組み込むほど、織田も鬼ではない。


 そうなると、次には一年生も選ばれる可能性が出てくる。中でも断トツの戦績を持つ航は、可能性が高かったに違いなかった。浬もまた航に引けを取らないほどの実力を持ってはいるが、彼はいかんせん大会の経験がなく、おまけに背丈(タッパ)が低い。出で立ちだけで感じさせる威圧感は、航には到底及ばなかった。それは、たとえ見掛け倒しだとしても、非常に大切な要素だ。


 考えてみればみるほど、織田の出した結果には納得する。だが、どうも感情がついてこなかった。やはり、楓は悔しいのだ。航が自分よりも圧倒的に優れていて、強いということを見せつけられ、思い知らされた気分だった。


 クソ……。いつか絶対、朝比奈を超えてやる……。


「えー、今日より何事もなければこのメンバーで行く。斎藤は、航をしっかりサポートしてやること」

「はい!」

「それと――、もうひとつ。実は今日、みんなに紹介したい人がいる」


 き、きたぁ――!


 織田がそう言ったのを聞いた途端、航への悔しさなどどこかへ吹き飛んでしまった。たちまちに妙な緊張感に襲われ、楓はごくり、と(つば)を飲み込む。誰しもがすぐには信じられないだろうが、これから彼が紹介する人物は、織田と特別な関係にあるのだ。今、それを知っているのはおそらく本人たちと、たまたま居合わせてしまった楓だけだろう。


 しかし、改めて思う。このタイミングというのはいかがなものか。インターハイを一週間前に控えたこの緊張感を、彼はあえて崩そうとでもしているのか。いや――、そもそもそんなことを生徒に暴露すること自体、間違っている気がする。


 うおぉ……、だめだ――。大人の考えてることはさっぱりわかんねぇ……。


 混乱しながら冷や汗を(ひたい)(にじ)ませて、楓は強く拳を握る。来るなら来い、と。心の中でわけも分からないまま、そう何度も繰り返し呟いた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

よろしければ、続きを楽しんでいただけると嬉しいです。


いなば海羽丸

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