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3【憧れの存在】~朝比奈航~

浬と心を通わせ、インターハイ出場の約束をする、航のお話。

楽しんでいただけたら幸いです。

 航はハンバーガーを頬張ってごくっと飲み込むと、ひとつ、ひとつ。思い出を並べるようにして話し始める。それはまだ、航が中学二年生の頃の話だ。

 航の(かよ)っていた船戸市立船戸第二中学校の剣道部は当時、廃部の危機に直面していた。羽柴たち、三年生が夏休みに引退したあと、部員は航ひとりになってしまったからだ。


「ひとり……?」

「元々はいたんだけどさ。先輩たちがいなくなったあと、俺以外はみんな辞めちゃったんだよ」

「そんな……。なんで? 突然?」

「夏休み明けてからだったかな……。三年の先輩がいなくなったら、だんだん不良グループが道場にたむろするようになってさ。俺らが道場に来ると、いつも竹刀とおもちゃのボールで野球とかやってたんだ。ガラス割ったり、火災報知器鳴らしたり……」


 浬は笑みを引きつらせている。航のいた船戸第二中学校は荒れに荒れていて、特に航の年代はひどかった。暴走族やチンピラと関わっている生徒がいたり、教師の言うことを聞かない生徒ばかりで、授業がまるっきりできないクラスがあったり。中には赤やピンクの特攻服を着て、バイクに乗って登校する生徒もいた。その噂は、浬や楓のいる船戸南部中まで流れてきていたらしい。

 浬は、ある程度は話を盛られて噂されているのだろうと思っていたらしいが、航はそれらがすべて真実なのだ、と話した。


「毎日そんなんだからさ、みんなビビっちゃって。誰も稽古に来なくなっちゃったんだよ」

「うえぇ……。本当にそんなヤンキー中学だったんだ……」

「あっ、誤解するなよ。みんながみんなそうじゃないんだ。悪さする奴は本当に一部でさ、六割くらいは真面目だったんだよ。俺もその一人」

「それでも六割しか普通の生徒がいなかったんだね……」

「まぁな……」


 それを聞いて、船戸二中がどれだけ荒れていたのかは、浬にも容易に理解できただろう。航はたった一人でも稽古をするつもりでしばらく道場へ(かよ)ったが、好き勝手に遊ぶ不良生徒たちを制止できず、途方に暮れていた。

もちろん顧問教師らにも散々、助けを求めた。しかし彼らの口頭での注意も、残念ながらほとんど効果はなかった。


「そりゃあ、先生たちも廃部にしたくなるかもね……」

「だよなぁ。しかもそれでなくたって稽古は一人じゃ限界があるだろ? 家帰ってただひたすら素振りしてても、一時間稽古するのがやっとでさ。もういよいよ無理かなって思ってたところに、羽柴先輩が稽古に来てくれるようになったんだ」

「そっかぁ」


 羽柴は元々、三年生が引退した後のことを気にかけてくれていたらしい。彼は剣道部の現状を耳にすると、進路決定や受験勉強で忙しい時期に、時間を()いて航と稽古をするために剣道場へ(かよ)ってくれた。不良グループがやってくれば、ほかの三年生部員にも声をかけ、彼らを追い返してくれた。それから、羽柴自身が通う道場を教えてくれ、そこへ誘ってくれた。


「すごい! 羽柴先輩かっこいいなー!」

「だろ? でさ、その紹介してくれた道場ってのが、船戸剣武館(ふなとけんぶかん)だったんだ」

「おぉ、なるほど……」


 羽柴が厚意で来てくれるようになったとは言え、明らかに少なくなってしまっていた稽古量を、航は、船戸剣武館、というその道場で補うことができていた。当時、船戸剣武館には、市立船戸高校剣道部顧問の織田が頻繁(ひんぱん)に稽古に来ていた記憶がある。航がその道場へ当たり前に通うようになった頃はすでに、羽柴は織田に勧誘され、市立船戸高校へ進学しようと決めていた。


「それで航も、船高に入ったんだね」

「そう。羽柴先輩とおんなじ感じ。ただ、織田先生が誘ってくれたってのもあったんだけど、羽柴先輩がこの高校にいるってのは、やっぱりデカかったんだよな」

「そうだよね……」


 中三の夏が近づく頃、航は織田に声をかけられて、市立船戸高校への進学を決めていた。もっとも、ほかの高校からもスポーツ推薦の声はかかっていたが、航は他校には見向きもしなかった。市立船戸高校には羽柴がいたからだ。航にとって羽柴はヒーローであり、憧れだった。いつか彼のようになりたくて、その背中を追いかけて、航はこの高校へやって来たわけだ。


「なんつったって、あの人は俺の憧れだから――」


 しかし、そこまで話してふと気が付いた。浬が目を()せて、なぜか落胆しているように見えたのだ。


「……浬?」

「ん?」


 名前を呼べば、浬は頬を(ゆる)め、首を(かたむ)けた。いつも通りの反応に安堵(あんど)したが、前にも似たようなことがあった気がして、航は(たず)ねる。


「浬、どうかした?」

「え……?」

「いや――、なんか急にしょんぼりした顔するから。前もそうだったけど、俺つい、自分のことばっか話しちゃうし、あんま気も利かないから、つまんなかったら言ってな」


 航はあまり友人が多い方ではない。特段、人見知りだとか、話すのが苦手というわけでもなかったが、大地のように誰とでもすぐ仲良くなれるわけではないし、会話の中で相手を楽しませるためのジョークも思いつかない。特に、剣道を始めてからはその話ばかりしてしまう傾向にあって、中学の頃のクラスメイトには「真面目過ぎる」と苦笑されることも多かった。

 だから航は、浬もまた同じなのではないか、と危ぶんだのだ。しかし、浬は目の前で慌てたようにかぶりを振っている。


「そんなこと全っ然……! まったく思ってないよ! たださ、おれ、ちょっと羨ましいんだ……」

「羨ましい? なにが?」

「だって、羽柴先輩は……航の憧れの人でしょ。だからきっと、航はなんでも相談するだろうし、航にとっては――すごく特別な人なんだろうなって、話聞いてても、ふたりでいるとこ見てもいつもそう思うんだ。その、おれもさ……」


 そこまで話してから、浬は黙り込んでしまった。どういうわけか、頬がみるみるうちに赤く染まっていく。仕舞いには耳まで紅潮(こうちょう)させ始めたが、浬はやはり黙りこくったままだった。航は(まゆ) をしかめ、首を(かし)げる。


「なに赤くなってんだ、浬」

「あ、いや――。こういうこと話すのってちょっと恥ずかしいから……」 

「恥ずかしい? ……なんで?」

「だからさ、その――」

「その?」

「お……っ、おれも羽柴先輩みたいに、航と仲良くなりたいってこと……っ!」


 テーブルに拳をドンッ、と置いてそう言った浬には驚いたが、あまりに真っ赤な顔と真剣な眼差しに航は()えられなくなってしまった。ぶっと噴き出し、げらげら笑う。航のその様子を見て、浬はジトッとした、恨めしそうな目を向けていた。


「そんなに笑うことないじゃん……」

「ごめ……っ、だって――!」

「もういいよぅ。おれの気持ちなんか、どうせ航にはわかんないんだ」


 浬はそう言って、もう残り少なくなっているドリンクのストローをずずず……、と吸った。もういい、と口を尖らせながらも彼は、早く聞いてほしい、と言わんばかりだ。


「なに、浬の気持ちって?」

「言わない」

「教えろよー。頼む! この通り!」


 航が手を合わせて拝むようにして言うと、浬はため息を鼻から漏らしてから、話し始めた。


「……航にとっての憧れは羽柴先輩でしょ。でも、おれにとっての憧れは航なんだ。去年、航の試合を見た時から、ずっと」

「俺の試合?」

「そう。夏の県体(けんたい)のさ……、決勝戦」


 航はハッと去年の夏の総体での自分を思い出した。決勝戦の相手は、鴨川南中の主将、武田(たけだ)真之介(しんのすけ)。彼は前年の総体でも優勝し、全国大会へ出場した強者だった。

 彼には知名度も人気もまたある。あの日、会場の観客のほとんどは、武田の活躍を期待していた。試合が始まる前からすでにそういう雰囲気だったのを、航は今も鮮明に覚えている。


「そっか。浬、あの試合、観にきてたんだ」

「うん……」

「恥ずかしいな……。負けた試合、見られてたなんて」

「恥ずかしいことないよ。あの試合はすごかった! おれ、感動したもん!」


 浬は鼻息を荒くさせて、興奮をあらわにしている。航は多少なりとも驚かされていた。それは勝った試合ならともかく、負けた試合なのだ。いくら内容が濃かったと言っても、やはり負けたことに変わりはない。それなのに浬はなぜ、負けた航に魅力を感じたのだろうか。


「負けたのに?」

「うん。だって、あんな――アウエーみたいな場所なのに、航は全然(ひる)んでなかった。かっこよかったよ。最後の相面だって、ほとんど相打ちだった……っていうか、航の方が速かったように、おれには見えたし……」

「あ、ありがとう……」

「おれはあの頃、航のことは全然知らなかったけどさ、気が付いたら応援してたんだ。朝比奈航、頑張れ、負けんなーって!」

 

 目を輝かせて話す浬の言葉が嬉しくて、さっきまで可笑しくて(こぼ)れていた涙が、嬉し涙に変わってしまいそうだった。航は思わず、はあっとため息を吐く。


「浬……」

「ん?」

「そんなに褒めたって、なんにも出ないぞ」

「おれは別に、そんな見返り求めて言ってるわけじゃ――」


再び慌てて言う浬の頰は、耳まで真っ赤に染められている。航はそういう浬が無性にかわいくなって、思わず髪をくしゃくしゃ撫でた。ところが不意に、浬の表情が曇る。


「でも……、おれは見返りなんて求めてるわけじゃ、ないけどさ……」

「ないけど……?」

「航には、好きになってほしいし、信頼もしてほしい。今すぐには無理だろうけど、羽柴先輩みたいに、頼ったりも、してほしいと、思う……。おれのことも、おれの、剣道も……」


恥ずかしそうに、しかし、懸命にそう言った浬の言葉は真剣だった。


「なーに言ってんだよ。俺はお前のこと好きだし、信頼だってしてるよ」

「ほんと?」

「当たり前だろ」


当然だ。航は浬も、浬の剣道も好いている。信頼だってしている。その理由にはまず、単純に人間として彼を魅力的に感じ、好ましく思っている、ということがある。

素直でどこか可愛らしくもあり、極めて真面目。その彼の美しい剣道と、技の数々。それらを航はとても好いていた。しかし、それだけではない。航が浬に絶大な信頼を置いている理由は、もうひとつある。航は浬との間に不思議な相性のようなものを感じているのだ。それは、彼と対峙した時に得る、一体感のせいだった。


目で見えないなにかで繋がっている。そういう感覚が、彼と戦っているときにはあるのだ。彼という人間とその思考を感じて、自分たちにしか知り得ないチャンネルで繋がって、心を通わせている。航は浬と対峙するたびに、そんなふうに感じていた。


 初めてだった。今までこんなことを思える奴なんて、出会ったことなかった……。


「俺はお前となら、戦に出られると思う」

「戦? 戦って――」

関ヶ原(せきがはら)とか。あと、桶狭間(おけはざま)とか」


ちょうどそんな感じだ。浬となら航は、周囲が敵だらけの戦場にも出られる。背中を預け、信頼し、ともに戦える。浬となら、それができる。

そう思える存在は、航にとって多くはいない。浬以外にいるとすれば、羽柴くらいなものだ。いや――羽柴の場合はどちらかといえば、世話を焼かせてしまうだけのような気もするので、やはり浬とは少し違っている。

この先、成長とともにそういう存在は増えていくのかもしれないが、とにかく今、航にとって浬は特別であり、貴重な存在だった。


「俺は浬のこと、信頼してるから」

「へへ……。おれも。戦の予定がないのは残念だけどね」


 航の言葉に、浬はふにゃりと笑みを浮かべる。嬉しそうに(ゆる)んだ頰を赤らめて言った冗談は、実に好ましかった。しかし、航は彼に真剣な眼差しを向ける。


「あぁ。でも、俺たちにはインターハイがある」

「え――」

「インターハイで、一緒に戦える」


 市立船戸高校で最高のチームを作り、インターハイへ行く。それが、航の夢だった。中学時代、廃部になりかけの剣道部で一生懸命に稽古をした過去に悔いはないし、羽柴に散々世話を焼いてもらって、個人で全国総体の県予選の決勝まで勝ち上がったこと、その結果にも航は納得している。だが、中学ではどうしても叶わなかった夢があった。環境と運に見放され、自分一人の力では届かなかった場所があったのだ。


 男子団体戦、決勝。俺は、そこへ行きたいんだ……! この学校で、最高のチームを作って、それで――……。


 しかし、突然そんなことを言われて驚いたのかもしれない。浬は呆気(あっけ)に取られて航を見つめていた。


「あ――、ごめん。今のは、ちょっと勝手だったよな」


 そもそも、浬は部活動すら初めてなのだから、『インターハイへ行く』という航の夢を押しつけられるのは、少々重かったかもしれない。つい、ひとりで熱くなってしまった――と思ったが、しかし。浬は我に返ったようにパッと表情を明るくすると、すぐに目を輝かせた。相変わらず、頰も紅潮(こうちょう)している。


「お……っ、おれも同じっ!」

「え……!」

「おれも、航と一緒ならどんな強い相手とだって戦える! 全国だって行ける!」

「ちょっ……、声デカいって……!」

「あ、ごめん……!」


その言葉には感激したものの、浬があまりに声を張るので、航は慌てて人差し指を立てて(まゆ)をしかめた。浬はハッとして口を(つぐ)んでから、きょろきょろと周囲を見渡している。それから咳払いをして、冷静さを取り戻すと、真っすぐに航を見つめて今度は静かに言った。


「おれも、航と一緒にインターハイに行きたい」

「浬……、ほんとか?」

「うん。おれも、同じ気持ちだった」


 浬の澄みきった瞳や、航へ真っすぐに向けられる強い眼差しからは、その思いや言葉に嘘偽りは一切ないということが、たしかに伝わってきた。彼もまた、本気なのだ。


「――よし。行こうな、絶対!」


航は今再び、浬と気持ちを確かめ合い、強い絆で繋がった感覚を得る。途方もなく嬉しくなって、思わず浬の手を取って強く握る。すると、浬も笑みを浮かべ、航の手をぎゅっと握り返してくれた。


「約束。やったぁ! やっぱりおれ、航のこと追いかけて船高来てよかったなー!」

「え……、追いかけて――?」

「そう! 去年の総体でさ、航と羽柴先輩が話してるの聞いて、航が船高へ行くって知ったから、おれはこの高校に進学決めたんだもん。航と一緒に、剣道やりたかったから」


それには驚きを隠せなかった。まさか、あの試合と航がきっかけで、彼は大切な進路を決めたと言うのだろうか。


「本当かよ……?」

「うん」

「それが、志望動機だったのか?」

「うん!」


信じられない。しかし、彼の眼差しも表情も、嘘を吐いているようにはとても見えない。浬は真剣そのものだった。


「おれ、あの頃さ、ちょっと色々あって……剣道やるか、悩んでたんだ。でも、そんなの全部どうでもよくなった。航と一緒に、剣道やりたいって思った。今は一緒に強くなって、インターハイへ行きたいって思ってる。おれ、部活は初めてだし、まだ公式戦にも出たことないのになに言ってんだって思うかもしれないけど、でも……、航がいるなら……」

「浬……」

「航がいて、一緒だから……、やりたいこと全部、できる気がするんだ!」


再び声を張って、浬は言った。しかし、航はそれをもう止めることも、静かにしろ、と制止することもない。彼の言葉が嬉しくて、自分と同じ気持ちでともに戦えるチームメイトがいることに感激して、すぐには言葉が見つからないまま、先に手が出てしまった。航は無言のまま、浬の頭をくしゃくしゃと撫でる。


「あ……っ、航、や、ちょっとぉ……!」

「ありがとうな、浬」


癖毛頭をひとしきり、いじくり回した後、そのひと言を口にした。浬はやはり頬を赤らめながら、不服そうに頬を(ふく)らませたが、航が笑みを浮かべると、それに釣られるようにして笑った。


「俺、中学んときは散々だったからさ、こういうの、ちょっと憧れてたんだよ。高校に入ったら、めちゃくちゃ信頼できる仲間作って、インターハイ目指したい! って、ずっと思ってたんだ。だから、浬が同じ気持ちでいてくれるなら、すっげえ心強い」

「ほんと?」

「うん。俺も、浬とならできる気がする」

「うん……!」


 浬の瞳が真っすぐに航を(とら)えている。航もまた、真っすぐに浬を見つめる。ふたりはどちらともなく、再び手をしっかりと握り合った。浬の手の平は熱い。まるで彼の強い思いが、その手にたしかに現れているようで、航の胸もまた、そこに火が点いて、一気に燃え上がるように熱くなった。

 今や浬は航にとって、仲間――いや、相棒とも呼べる存在だ。互いに背中を預け、信じて戦い抜くことのできる存在。航はこのとき、浬という存在と出会えたことに絶対的な運命を感じていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

よろしければ、ぜひ続きをお楽しみください。


いなば海羽丸

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