表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/24

第六話   『オーラヘイム帝国』


 無限とも思える平原を進み始めてから、五日ほどが経過しただろうか。

 途中立ち寄った村で『風切馬(ウィンド・ホース)』を購入した俺たちは、徒歩の凡そ三倍のスピードで目的地まで辿り着いていた。


『オーラヘイム帝国』――帝都「オーラビア」


 周囲を無骨な外壁に囲まれた大都市は、その内部まで見通すことはできない。

 検問所一つとっても「栄華」とはかけ離れた「野蛮」な出で立ちで、初めて訪れた旅人は入国を躊躇することだろう。

 周辺一帯は当然の如く緑一色で、遠くに薄っすらと山脈が見える程度。にも拘わらず、この国は特定の国家以外との交流を一切断っている。


 それは何故か?


 『オーラヘイム帝国』は幾つかの周辺国を従属国として支配しており、定期的に搾取を行っているからである。

 大陸有数の軍隊を擁する帝国は、その軍事力に物を言わせて次々と周辺の小国を吸収していった。その際、巨大な港を所有する『リヴァリエ王国』も対象となったのだが、それを上手く往なしていたのが、先日崩御したとされる〝賢王〟である。

 有り体に言って『オーラヘイム帝国』は非常に殺伐とした国家であり、黒い噂が絶えることはない。

 

 そして、それを象徴する光景が今、目の前に広がっていた。


『ギャハハハハハハ!! いいな、これ‼』

『だろ? さっきその辺でゲットしたんだぜ』


 検問所の長い列に並んでいると、何やら球体を蹴り合って遊んでいる男たちの姿が視界に映る。その球体は楕円に近しい形状をしており、足に当たる度少しずつ形を歪めていた。


「くそっ、胸糞悪ぃな……」

「我慢しろ。面倒事に首を突っ込むべきじゃない」


 嫌悪感からか表情を歪ませたアインが、小声で俺に喋りかけてくる。彼の言う通り目の前で繰り広げられる光景は、中々に堪えるものであった。


 何せその球体の正体は――、人間の頭部である。

 宙を舞う度、切断面から飛び散る鮮血。

 それは、つい先程まで生きていたことを示している。


「あーあ、気の毒に。ありゃあ相当甚振(いたぶ)られてんな」

「無謀にも一人でこの国を目指したんだ。自業自得だろ」

「アレフ君は非情だねぇ。ま、それもそうなんだけどさ」


 胴体と切り離された頭部、その表情は絶望と苦悶に染まり切っていた。

 大方、嬲られた上で殺されたのだろう。

 だが、それも同情には値しない。

 奴が何の目的でこの国を訪れたのかは知らないが、旅路に危険は付き物であるのだから。


「お、やっと順番か。しっかし長かったな」


 と、それからしばらくして。

 幾度となく列を抜かされながらも、ようやく俺たちの順番が回ってきた。

 入国審査と言っても特にすることはなく、手持ちのギルド証を提示するだけ。傭兵や冒険者の入国者は腐るほどいるため、難なく通過することができた。





             *

 




 検問所を抜けると、そこには人がごった返していた。その大半が重装備の戦士たちで、リヴァリエ殲滅戦への参加を予定していることが窺える。


「相も変わらず、空気がまじぃな……」

「同感だ。用事が済み次第、すぐにこの国を出るぞ」


 世にも悪名高き「蛮族の都」の雰囲気は、平たく言って「野蛮」そのもの。

 入口付近から薄汚れた宿屋と武器屋ばかりが立ち並び、素晴らしき異国情緒などというものは微塵も感じられない。それと言うのも、この国を訪れる者は基本的に無法者しかいないため、小洒落た雑貨屋なんかがあっても誰も利用しないのだ。

 後は申し訳程度に道具屋・(うまや)・食事処などが存在するだけで、軍事国家の本領発揮といったところだろうか。


 と、それはともかく。

 俺たちは一先ず厩で『風切馬(ウィンド・ホース)』を預けると、その日の宿を探すべく街へと繰り出した。幾ら無秩序な都市とは言え、その周辺で野宿するより宿屋に泊まる方が、何倍も安全なのである。


「どうせ一日なんだし、ちょっといい宿行こうぜ」


 早足で帝城のある方向へと歩を進めていると、眠そうなアインが喋りかけてきた。


「端からそのつもりだ。ここの安宿なんて怖くて行けないだろ」


 実の所、安宿には駆け出しの頃に何度か泊まったことがあるのだが、その度に死にかけている。思い出すだけで恐ろしいほどあの場所は無秩序で、ボロボロの壁などあってないようなものだった。


 適当な雑談を交えつつ、歩くこと十数分。辺りの人通りも減り、多少は品位のある店が増え始めた頃、俺たちは揃ってその足を止めた。


「ここで良いんじゃないか?」

「だよな。俺も丁度今、そう思った所だぜ」


 選んだ宿屋の名は『戦乙女(ヴァルキリア)の休息所』。落ち着いた外装だが小汚い様子は一切なく、寧ろ清潔感に満ち溢れている。


「――――」

「しっかし戦乙女か……。ってどうしたんだアレフ、顔色悪ぃぞ?」


 この大陸で〝戦乙女〟と言えば、十中八九〝奴〟のことだろう。何とも恐れ多い名を付けたものである。


「気にするな。早く入るぞ」


 だが、今はそんなことはどうだって良い。俺は心配そうに覗き込んでくるアインに短く返すと、やや建付けの悪い宿屋の扉を開いた。


「おおー。何て言うか、良くも悪くも普通だな」

「十分だ。頑丈な鍵も付いている」


 受付を済ませ部屋に入ると、外装通りの落ち着いた部屋が広がっていた。

 ベッドはシングルが二つ。トイレとシャワー、バスタブなんかも完備されている。といっても今回は夜を越すだけなので、あまりハイレベルな設備は求めていないが。


 武器の手入れ・衣類の洗濯・荷物の整理等、一通りの雑事を済ませた俺たちは、部屋にあった椅子に腰掛けると、互いに向かい合う。


「んじゃ、作戦の詳細をお願いしますよ、参謀さん」


 おどけた様子でそう言ってのけるアインだが、その目には深めの隈ができていた。ここ数日は四時間睡眠で、尚且つ常に気を張った状態が続いてたので無理もない。だが、だからと言って引き返すわけにもいかないので、俺は要望通り作戦会議を開始する。


「ああ、先ず――」


 俺が立てた作戦はこうだ。


一、アインが兵士に〖変身〗、隙を見て巡回中の兵士二人の身包みを剥ぐ。

二、変装した俺が見つかり、偽物の兵士であると見抜かれる。

三、高い敏捷を活かして兵を攪乱、目標から遠ざける。

四、その隙に変装したアインが「隠蔽」を交えつつ、〖毒牙〗で目標を仕留める。

五、達成次第、転移結晶で逃亡。


「俺が本命かよ……。まあ、しょうがないけど」

「嫌ならやめてもいいぞ。その時は、俺一人でやる」


 古典的な作戦ではあるが、現在の『リヴァリエ王国』はかなり混乱しているはず。また、兵も『オーラヘイム帝国』から来る大戦団を見越して展開しているために、城内の警備はやや手薄となっているだろう。

 決して成功率が高いとは言えないが、分の悪い賭けではない。


「いや、大丈夫だ。任せとけって‼」


 アインの決意に満ちた表情を見ていると、掛けようとしていた言葉も霧散していく。俺たちは軽い食事を済ませた後、シャワーを浴びてベッドへと潜り込んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ