第六話 『オーラヘイム帝国』
無限とも思える平原を進み始めてから、五日ほどが経過しただろうか。
途中立ち寄った村で『風切馬』を購入した俺たちは、徒歩の凡そ三倍のスピードで目的地まで辿り着いていた。
『オーラヘイム帝国』――帝都「オーラビア」
周囲を無骨な外壁に囲まれた大都市は、その内部まで見通すことはできない。
検問所一つとっても「栄華」とはかけ離れた「野蛮」な出で立ちで、初めて訪れた旅人は入国を躊躇することだろう。
周辺一帯は当然の如く緑一色で、遠くに薄っすらと山脈が見える程度。にも拘わらず、この国は特定の国家以外との交流を一切断っている。
それは何故か?
『オーラヘイム帝国』は幾つかの周辺国を従属国として支配しており、定期的に搾取を行っているからである。
大陸有数の軍隊を擁する帝国は、その軍事力に物を言わせて次々と周辺の小国を吸収していった。その際、巨大な港を所有する『リヴァリエ王国』も対象となったのだが、それを上手く往なしていたのが、先日崩御したとされる〝賢王〟である。
有り体に言って『オーラヘイム帝国』は非常に殺伐とした国家であり、黒い噂が絶えることはない。
そして、それを象徴する光景が今、目の前に広がっていた。
『ギャハハハハハハ!! いいな、これ‼』
『だろ? さっきその辺でゲットしたんだぜ』
検問所の長い列に並んでいると、何やら球体を蹴り合って遊んでいる男たちの姿が視界に映る。その球体は楕円に近しい形状をしており、足に当たる度少しずつ形を歪めていた。
「くそっ、胸糞悪ぃな……」
「我慢しろ。面倒事に首を突っ込むべきじゃない」
嫌悪感からか表情を歪ませたアインが、小声で俺に喋りかけてくる。彼の言う通り目の前で繰り広げられる光景は、中々に堪えるものであった。
何せその球体の正体は――、人間の頭部である。
宙を舞う度、切断面から飛び散る鮮血。
それは、つい先程まで生きていたことを示している。
「あーあ、気の毒に。ありゃあ相当甚振られてんな」
「無謀にも一人でこの国を目指したんだ。自業自得だろ」
「アレフ君は非情だねぇ。ま、それもそうなんだけどさ」
胴体と切り離された頭部、その表情は絶望と苦悶に染まり切っていた。
大方、嬲られた上で殺されたのだろう。
だが、それも同情には値しない。
奴が何の目的でこの国を訪れたのかは知らないが、旅路に危険は付き物であるのだから。
「お、やっと順番か。しっかし長かったな」
と、それからしばらくして。
幾度となく列を抜かされながらも、ようやく俺たちの順番が回ってきた。
入国審査と言っても特にすることはなく、手持ちのギルド証を提示するだけ。傭兵や冒険者の入国者は腐るほどいるため、難なく通過することができた。
*
検問所を抜けると、そこには人がごった返していた。その大半が重装備の戦士たちで、リヴァリエ殲滅戦への参加を予定していることが窺える。
「相も変わらず、空気がまじぃな……」
「同感だ。用事が済み次第、すぐにこの国を出るぞ」
世にも悪名高き「蛮族の都」の雰囲気は、平たく言って「野蛮」そのもの。
入口付近から薄汚れた宿屋と武器屋ばかりが立ち並び、素晴らしき異国情緒などというものは微塵も感じられない。それと言うのも、この国を訪れる者は基本的に無法者しかいないため、小洒落た雑貨屋なんかがあっても誰も利用しないのだ。
後は申し訳程度に道具屋・厩・食事処などが存在するだけで、軍事国家の本領発揮といったところだろうか。
と、それはともかく。
俺たちは一先ず厩で『風切馬』を預けると、その日の宿を探すべく街へと繰り出した。幾ら無秩序な都市とは言え、その周辺で野宿するより宿屋に泊まる方が、何倍も安全なのである。
「どうせ一日なんだし、ちょっといい宿行こうぜ」
早足で帝城のある方向へと歩を進めていると、眠そうなアインが喋りかけてきた。
「端からそのつもりだ。ここの安宿なんて怖くて行けないだろ」
実の所、安宿には駆け出しの頃に何度か泊まったことがあるのだが、その度に死にかけている。思い出すだけで恐ろしいほどあの場所は無秩序で、ボロボロの壁などあってないようなものだった。
適当な雑談を交えつつ、歩くこと十数分。辺りの人通りも減り、多少は品位のある店が増え始めた頃、俺たちは揃ってその足を止めた。
「ここで良いんじゃないか?」
「だよな。俺も丁度今、そう思った所だぜ」
選んだ宿屋の名は『戦乙女の休息所』。落ち着いた外装だが小汚い様子は一切なく、寧ろ清潔感に満ち溢れている。
「――――」
「しっかし戦乙女か……。ってどうしたんだアレフ、顔色悪ぃぞ?」
この大陸で〝戦乙女〟と言えば、十中八九〝奴〟のことだろう。何とも恐れ多い名を付けたものである。
「気にするな。早く入るぞ」
だが、今はそんなことはどうだって良い。俺は心配そうに覗き込んでくるアインに短く返すと、やや建付けの悪い宿屋の扉を開いた。
「おおー。何て言うか、良くも悪くも普通だな」
「十分だ。頑丈な鍵も付いている」
受付を済ませ部屋に入ると、外装通りの落ち着いた部屋が広がっていた。
ベッドはシングルが二つ。トイレとシャワー、バスタブなんかも完備されている。といっても今回は夜を越すだけなので、あまりハイレベルな設備は求めていないが。
武器の手入れ・衣類の洗濯・荷物の整理等、一通りの雑事を済ませた俺たちは、部屋にあった椅子に腰掛けると、互いに向かい合う。
「んじゃ、作戦の詳細をお願いしますよ、参謀さん」
おどけた様子でそう言ってのけるアインだが、その目には深めの隈ができていた。ここ数日は四時間睡眠で、尚且つ常に気を張った状態が続いてたので無理もない。だが、だからと言って引き返すわけにもいかないので、俺は要望通り作戦会議を開始する。
「ああ、先ず――」
俺が立てた作戦はこうだ。
一、アインが兵士に〖変身〗、隙を見て巡回中の兵士二人の身包みを剥ぐ。
二、変装した俺が見つかり、偽物の兵士であると見抜かれる。
三、高い敏捷を活かして兵を攪乱、目標から遠ざける。
四、その隙に変装したアインが「隠蔽」を交えつつ、〖毒牙〗で目標を仕留める。
五、達成次第、転移結晶で逃亡。
「俺が本命かよ……。まあ、しょうがないけど」
「嫌ならやめてもいいぞ。その時は、俺一人でやる」
古典的な作戦ではあるが、現在の『リヴァリエ王国』はかなり混乱しているはず。また、兵も『オーラヘイム帝国』から来る大戦団を見越して展開しているために、城内の警備はやや手薄となっているだろう。
決して成功率が高いとは言えないが、分の悪い賭けではない。
「いや、大丈夫だ。任せとけって‼」
アインの決意に満ちた表情を見ていると、掛けようとしていた言葉も霧散していく。俺たちは軽い食事を済ませた後、シャワーを浴びてベッドへと潜り込んだ。