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第二話   『龍骨の洞窟』



――俺は時々、夢を見る。



「お母さん……」


 目の前に横たわるのは、美しい銀髪を赤黒く染め上げた、妙齢の淑女。

 それはかつて、母親であったもの。


「お父さん……」


 彼女を守るように膝を突くのは、胸にポッカリと風穴を開けた、青年の紳士。

 それはかつて、父親であったもの。


「ああ、そっか……」


 せ返るほどの、濃い血の匂いが充満する部屋の一角で。

 俺は一人、小さく呟く。


「〝世界〟なんて、滅びてしまえばいいんだ……」





      *





「っ――。また、あの夢か……」


 窓から入り込む爽やかな風が頬を撫でる。

 鳥たちの唄声は天にも届きそうなほど清く高らかで、直前まで感じていた恐怖が、徐々に和らいでいくような錯覚を覚える。


 朝六時――。覚醒に至った俺は、少し皺のできた枕カバーを外すと、洗濯籠へと投げ入れた。

 そしてそのまま洗面所へと足を運ぶと、コップ一杯分の水を注ぎ――。


「いつまで寝てんだ。早く起きろ」

「――――!? ……冷てぇ⁉ って、鼻入ったし‼」


 顔全体で水を飲んだアインが一頻り悶えた後、そんな恨み言を吐いてきた。

 だが、現在の時刻は朝の6時5分。

 起床時間は6時丁度のはずなので、文句を言われる筋合いなどありはしない。


「嫌ならもっと早く起きろ。そして、早く着替えて朝食に行くぞ」

「お前も着替えてねぇじゃねえか……」


 アインの恨みがましい視線を背に受けながら。俺は純白の戦闘服へと袖を通すと、腰に瑠璃色の片手直剣を差す。

 いつ何時敵が攻めてくるか分からないこの世界では、日常の油断一つで命を失うこともあるのだから。





           *





 宿屋の一階――、やや広い食堂では、既に何組かの先客が食事を取っていた。


「日替わり朝食二人分」

「なあ……、いい加減内容確認してから注文しないか?」

「安い方が良いだろ。食えないものは出てこない」

「俺たち駆け出しじゃないんだからさ、そこまで節約しなくてもいいだろ……」


 食堂のカウンターへと注文をしていると、横からアインの苦言が入る。

 が、俺はそれを突っ撥ねて朝食を受け取ると、隅の席へと陣を取った。


「朝からステーキって……。これ、昨日の竜人リザードマンだよな?」

「大方、死体漁りが持ち帰ったやつだろう」


 早朝からの肉塊を前にして、アインは何とも嫌そうな顔をする。

 竜人の肉の味は可もなく不可もない、B級宿屋ではよく見かける食材だ。


「なーんか複雑な気分だよな……。あ、そうだ、依頼の達成報告行ってないじゃん」


 観念して肉塊に齧り付いていたアインが、咀嚼しながらも器用に話す。

 

 余談であるが、昨日の「双頭竜人ツイン・リザードマン」殲滅の依頼は冒険者ギルドから出されたもので、不特定多数を対象としたものである。


 ギルドは傭兵用・冒険者用・研究者用の三種が存在しており、俺たちは研究者以外の二つに所属している。

 一応階級なんかもあってF~Sに分かれているが、それが個人の能力を示す根拠とはならないのが面倒な所だ。


 そして、俺たちの階級は傭兵ギルドがA、冒険者ギルドがB。

 と言ってもこの二つには明確な境界線はなく、殆どの奴が掛け持ちをしている。

 強いて言えば、傭兵は人殺しで冒険者は魔物殺しと言った所だろうか。

 世間では傭兵の方がランクを上げるのが難しいなどと言われているが、結局は精神的な問題でしかなく、人を殺せない奴は大抵魔物も碌に殺せないことが多い。


 まあ、それが正しい価値観なのだろうが――。


「今日行っている暇はないぞ。食事が終わり次第、すぐにでもこの国を出る」

「忙しねぇな……。って、そう言えば、国落としの作戦ってもう決まってんの? やっぱ暗殺一択?」


 アインの言う通り、リヴァリエ殲滅戦において選ぶ手段は暗殺一択。

 今月の能力値では真っ向から戦っても碌な活躍ができないだろうが、王城へと潜り込んで王族を何人か始末すれば、多大な報酬が期待できると言うものである。


「勿論。それと、リヴァリエの王族は把握してるか?」

「第一から第三王子。あと第一王女だろ? 王家にしてはかなり少ないよな?」

「ああ、あそこの王は種無しらしい。王女に至っては養子だそうだ」

「ふーん、そんなもんかね。一応聞くけど、参加する国は?」

「オーラヘイム帝国。それ以外に無い」


 『オーラヘイム帝国』は『リヴァリエ王国』の南東に位置する国で、大陸有数の戦力を有する軍事国家である。

 基本的に俺たちは傭兵として参加する際、最も勝利する可能性が高い国を選んでいる。そういった国は他国と比べて報酬こそ少ない傾向にあるものの、危険度はかなり低くなるからだ。


「暗殺で出し抜くんだったら、危険度はあんまし変わんないけどね」

「失敗した時のことを考えろ。脱出さえできれば、後は部隊の後ろを付いていくだけで良いんだぞ」

「まあ、異論はねぇけど……。何か他に――」


 俺の指摘にアインが何か返そうとしていた、その時。

 屈強な男の二人組が大声で会話をしながら宿屋へと入ってきた。

 双方とも厚手の鎧に腰から大剣をぶら下げた恰好で、如何にも堅気の人間でない雰囲気を纏っている。


『おい、聞いたかよ? リヴァリエの王が死んだって話。周辺国が戦力集めに躍起になってるらしいぜ』

『ああ、俺もさっき聞いたよ。今からでも向かうか?』

『おう、それにあの国の王女様は(えら)い別嬪らしいじゃねえか。殺す前に少しばかり、楽しませて貰おうぜ』


 下卑た笑みを浮かべた二人組の傭兵はカウンターで食事を受け取ると、食堂の奥の席へと消えていった。

 ともすれば何か情報を得られるのではないかと耳を傾けていたのだが、どうやらハズレだったようだ。


「はぁー……。嫌だねー、ああ言う下半身だけで生きてる連中は」

「俺たちが言えた義理じゃないだろう。食い終わったなら、早く行くぞ」


 俺たち傭兵の仕事は他者を殺すことだ。そこに優劣なんてものは存在しない。

 生き抜くための殺人、快楽を得るための殺人、誰かを守るための殺人。

 動機が何であれ、殺される側からしてみれば、そんなものは些事でしかない。

 結局俺たちはどこまで行っても――、利己的な殺人鬼でしかないのだ。


 いや、今はそんなことを考えていても仕方がない。

 食事を終えた俺たちはカウンターへと金貨を一枚投げ入れると、徐々に賑わってきた宿屋を後にした。


「しっかし移動の度のこの大荷物、マジで嫌になるよな……」

「同感だが、全て置いていくわけにもいかないだろ」


 早朝の街路を歩きつつ、アインはふとそんな愚痴を溢す。

 実際、能力値がランダムに変動する影響で、俺たちは戦闘スタイルをその都度変える必要がある。そのため武器や防具の類を大量に所有しており、高価なものは移動の度に持ち歩くようにしているのだ。

 宿屋に置いていったものは、基本的に盗られていることが多い。


「あ、この前アレフの戦闘服が盗られた時は、マジで傑作だったよな?」 

「クソッ……。思い出させるな、忌々しい」


 そう言うとアインは心底から楽しそうな表情で、俺の顔を覗き込んできた。

 と言うのも三ヶ月程前、いつものように遠征から帰還すると、戦闘服のスペアが盗まれていたのだ。

 別段珍しいことでもなかった故、特に気にはしていなかったのだが――。


「最終的に700万s(スート)だっけ? 競売オークションに掛けられてやんの‼」

「なあ、この話は終わりにしないか?」


 そう、あろうことか『白猟犬の戦闘服』などと銘打って、競売に売り出されていたのだ。徐々に吊り上げられていく値段を見て、思わず血の気が引いてしまったものである。


「あの時の蒼褪めた表情ときたら……。いやー、いいもの見してもらったぜ」

「お前、碌な死に方しないぞ……」

「んだよ猟犬様、俺たち死ぬ時は一緒だろ?」


 嬉しそうに肩を叩いてくるアインの顔面に一発拳を入れると、悶える様を無視して先へと進む。

 すると視界の最奥――、洞窟へと続く道が見えてきた。


 因みに『スフォルツァ帝国』と『オーラヘイム帝国』の間には、龍の如く連なる山脈――通称〝龍骨山脈〟が存在しているため、移動したい場合山脈に幾つか開通された洞窟を利用しなければならない。


「今更忠告するまでもないと思うが、賊と魔物には警戒しておけよ」

「ってぇ――。分かってるって。今月は賊が居ないといいけどな」


 今回の遠征で使用する洞窟は行商人等の行き来が盛んで、それ故に賊が潜んでいる可能性も高い。そして奴らは高い能力値(ステイタス)を基に活動していることが多いため、十分な注意が必要である。


「おっ、やっと着いたな。いっつも思うけどさぁ、この壁に彫ってあるレリーフって明らかに場違いだよな?」

「まあ、そうだな。洞窟を開通させた奴らは余程酔狂な連中だったんだろう」


 賊について色々と思考を巡らせつつ、しばらく道なりを歩いていると。

 ようやく洞窟の入口、巨大な怪物のレリーフの刻まれた横穴へと辿り着いた。『贖罪山羊スケープ・ゴート』の角、『鮮血蝙蝠ブラッディ・バット』の羽、『地獄魔鳥ヘル・コンドル』の爪。凶悪な魔物たちの象徴を融合したレリーフには、何かメッセージ性のようなものが感じられるが――。


「まあいいや。アレフ、行こうぜ」

「ああ、分かってる」


 しかし、意味深長なレリーフを素人が解読できよう筈もなく。

 短くアインへと言葉を返すと、俺たちは仄暗い洞窟へとその一歩を踏み出した。



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