第一話 『ステイタスとスキル』
『スフォルツァ帝国』―― 帝都「ベルガモ」
大陸の中心部に位置するこの国は、三大国に数えられる列強の一つだ。
北部には広大な湖が広がり、西部には山脈が延々と連なっている。
南部は見渡す限りの森林で埋め尽くされており、その鉄壁の地形配置から〝天然要塞〟と呼ばれている程の国家である。
そんな帝都の、宿屋の一室。
アレフとアインの二人は緊張の面持ちで、木製の椅子に鎮座していた。
特にアインは心ここに在らずと言った様子で、何処か虚空を見詰めている。
「そんなに思い詰めても、結果は変わらないだろ」
「馬鹿言え、俺たちの命運を分ける大切な儀式だぞ‼ 大体お前は普段から、自分の命を軽く見過ぎなんだよ‼ もっと危機感を持って――」
いつも通りのアインの説教に辟易とするアレフは、これまたいつも通りに軽く聞き流すと、壁に掛けてある時計へとその視線を向ける。
「熱弁してるとこ悪いんだが、もう時間だぞ」
時計の長針と短針――、その双方が数字の零を示した時。
二人の手の甲に蒼く、そして淡い光が満ち溢れ、瞬く間に文字を刻んでいった。
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〇アレフ
【種族】 人族
【体力】 47
【魔力】 42
【攻撃力】 27
【防御力】 29
【魔法攻撃力】 41
【魔法防御力】 61
【敏捷力】 79
【運力】17
≪スキル≫ 【狂乱の詐術師】〖爆破〗「変形」「軟体化」「跳躍」
●アイン・リベラティオ
【種族】 人族
【体力】 50
【魔力】 26
【攻撃力】 35
【防御力】 82
【魔法攻撃力】 29
【魔法防御力】 31
【敏捷力】 3
【運力】67
≪スキル≫ 【光速の韋駄天】〖変身〗〖毒牙〗「防御力上昇(小)」「隠蔽」
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「此奴は、酷いな……」
「ああ、バランスが悪すぎる」
互いのステイタスとスキルを見せ合った二人は、思わず愚痴を溢す。
ステイタスは全七項目、1~100までの数字がランダムに割り振られる。
またスキルは【金】・〖銀〗・「銅」の三種類から成り、合計1~10個が分配される仕組みとなっている。
「魔法適正の方がマシだが、肝心の魔法スキルがない。詰みだな……」
攻撃力・防御力は素手、及び武器を媒介とした攻防に反映される能力値。それに対して魔法攻撃力・魔法防御力は魔法による攻防に反映される能力値である。
しかしこの世界における魔法の行使条件はスキルによる獲得のみとなっているので、それが得られなかった場合、完全な無駄ステイタスとなってしまうのだ。
「それに【光速の韋駄天】ってさぁ、確か……」
「曖昧な記憶で判断するのは危険だ。〝技術教本〟で確認しておくぞ」
アインの不満気な呟きをアレフはそう言って遮ると、バッグから一冊の厚い本を取り出した。
技能教本とは、これまでに貸与されたスキルを網羅した攻略ガイドのことで、複数の冒険者や傭兵の協力によってつくられた、この世界における必需品である。
――――――――――― 以下、技能教本より抜粋 ――――――――――――
【狂乱の詐術師】… 無差別な幻覚作用。自傷行為が発動条件。発動者が意図的に解除するか、スキルを失わない限り継続する。
【光速の韋駄天】… 敏捷力を大きく上げる(乗算)。
〖爆破〗… 攻撃力依存の爆発を引き起こす。接触が条件だが防御貫通可能。
〖変身〗… 視認した生物の容姿をコピーする。十分につきインターバル三十分。
〖毒牙〗… 特殊な毒による状態異常攻撃。発動者が解毒するか、スキルを失わない限り効果は持続する。
「変形」… 無機物の形を変える。
「跳躍」… 高く跳ぶ。
「隠蔽」… 自身と触れている物体を透明化する。
「軟体化」… 身体を柔らかくする。一分につきインターバル三分。
「防御力上昇(小)」… 防御力を少し上げる(加算)。
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「やっぱりか……。3を乗算してどうしろってんだよ」
「他のスキルは悪く無いが、ステイタスも相俟って少々厳しそうだな……」
「だよなぁ……、今月は戦場に出るの諦めるか? それか死体漁りでもやる?」
ステイタスとスキルの更新は二十一日に一度、深夜零時に行われる。
その結果次第で、冒険者や傭兵たちは身の振り方を考えることになるのだ。
「〝韋駄天〟様に、死体漁りが務まるのか?」
「へいへい。じゃあ宿屋にでも引き籠るのか? お前だけ御留守番で、俺がちょちょっと稼いできてやっても良いけど?」
アレフの皮肉を受け取ったアインは、戦闘面にしか才のない己が相棒を揶揄うようにそう返した。
「お前だけ働くってのは気分の良い話だが、ただ――」
「ただ――?」
「昨日酒場で聞いた話なんだがな……、リヴァリエ王国の王が崩御したらしい。その隙を狙って、近隣諸国の動きが活発になっているんだとか」
『リヴァリエ王国』は『スフォルツァ帝国』の南西に位置する国で、大陸有数の景観を誇る港市国家である。
「成程……、国落としに加担するっちゅうことですか。俺、物騒な話はあんまし好みじゃないんだけどね」
「今更何を……。物騒な分、報酬は高いんだ。顔だけでも出しとく価値はある」
「んじゃ、行きますか。低ステでも舞えるとこ、見せてやろうぜ」
ほんの僅か顔を俯けていたアインは、しかしすぐに切り替えると、アレフの端麗な顔立ちを正面から見据え、おどけるようにそう言った。
そして、尚も続けて――。
「てことで、今月もよろしく頼むよ――、相棒」
「何だ、改まって気持ち悪い。明朝、出発するから早く寝るぞ」
そう短く返すと、アレフはベッドのヘッドボード上にある緑色のランプを消し、布団の中へと潜っていく。
そして、それを見たアインも別のベッドへとダイブ、窓から差し込む月の光に照らされながら、二人は浅い眠りに落ちていった。