第七話 「小さな翼」 ~村の灯火~
「……マリノさんのことだけど…。」
するとアメリは小さく頷いてみせた。
「……はい。事情…聞けるといいですね…。」
どうやら彼女も、そのつもりだったようだ。
トーイングカーを動かしていたマルタが、機体を所定の場所まで引き出し、連結を外して振り返り声をかけた。
「──トーイング、オッケー!準備完了です、マリノさん。」
「ありがとうございます。それじゃ、……行ってきます。」
見ていた団員たちが、「ご安全に~」と見送っていた。
ヘルメットと自分の荷物を持って、機体に近づくリヒトとアメリ。
それを見てマリノは、
「……せっかくだから、リヒトさん操縦してもらえますか?」
そんな事を言ってきた。
「え……、でも…いいんですか?」
リヒトが問い返すと、マリノは少し寂しそうに微笑んで、
「……もう、聞いてると思うけど……。私がここを辞めたら、誰かにこれをやってもらわないといけないですから……。」
あ……
「……だから、私がいつもやっている事を、一応なりとも……引き継いでほしくて。すみません……、個人的なわがままなんですけど……。」
「……はい、よろしくご指導お願いします。きちんと覚えて、引き継ぎたいと思います。」
僕が戸惑っていると、先にアメリが、……はっきりと答え敬礼した。
「よろしくお願いします。」
そして、リヒトもそれに倣った。
「ははは……、ご指導なんて大層なものじゃないですけど……、はい。…よろしくお願いいたします。」
彼も、そう言って敬礼した。
………彼の中では、もう決定事項のような雰囲気であった。
今更、考えを変えてもらうことは難しいのかもしれない。
ならば……、彼の教えをきちんと受け取り仕事を引き継ぐことが、彼に対する誠意だ。リヒトは、そう心に留めおいた。
三人は6式に乗り込んだ。
リヒトが副操縦士席、マリノが主操縦席だ。アメリは後席に座って二人の様子を片時も目を離さぬように見つめている。
「……アイドルアップ、走行始めます。」
「了解。」
リヒトが声をかけ、マリノがそれに追従する。
推進機レバーを少しだけ倒して、地上を走行していきハンガーの裏に回り滑走路に出る。
普段リヒトが、無精をして省いている離陸準備動作の正しい姿だ。
リヒトは走行しながら、機体の各部に異常がないことをチェックしていく。
「機体、異常なし。オールグリーン。」
「オールグリーン、確認。発光信号点灯、離陸信号発信。」
リヒトは、芝滑走路の中心に機体中心軸を合わせる。
ふぅ……
小さく息を吐く。
たったこれだけの違いだけど、気持ちの入り方が違う……。
マリノさんは、これを毎回やっているんだな。
リヒトは、新鮮な気持ちで飛行に向かっていた。そして、マリノが、離陸どうぞと声をかける。
「離陸します。」
「了解。」
推進機をぐっと倒す。
機体はなめらかに滑走し空へと舞い上がった。
「離陸動作…完了。」
リヒトが声をかけると、マリノが言った。
「……すみません、もう少し高度上げてもらえますか。」
「はい、分かりました。」
リヒトは即座に答えて少し操縦桿を引いた。
「あぁ……、いいですね。見えました。」
マリノが答えた。
見えた?…なんだろう?
「……11時の方向、…2時の方向、4時の方向。」
……なんだろう?
「今日はまだ、時間が早いからみんな営業中ですね……。ここから、ちょうど……輸送を受け負ってる商店が3箇所とも見えるんですよ……。」
そう、なのか…。
気にしたこともなかった。
「……いつもの遅い時間だと、ちょうど営業終了時間に差し掛かる時間帯でして……。そのときにまだ営業中のお店があったりすると……、お酒が売れてるのかな~…とか。地域でお祝いでもあったのかな……とか。」
…………
「はぁ~………!」
アメリが、感嘆の吐息を漏らす。
「……そうして、週に2日以上そういうのを見たら、……伝票を確認して、いつもどおりの仕入れ量だったりした時は、少し仕入れを増やすんです。」
「そこまで……、しているんですか。」
リヒトも、驚きながらそう返す。
マリノは恥ずかしそうに……。
「まぁ……、最初は余計なお世話だ、って叱られましたけどね……。」
……マリノさんにも、そんな頃があったのか。
「……でも、仕入れに関してはお店の方が専門ですよね…?そういうの、予測してるんじゃないんですか?」
アメリが疑問を口にする。
……たしかにそうだ。マリノさんの気遣いはありがたいものだが、穿った見方をすればお店側の怠慢とも取れる。
「他所の業者さんに頼んでた頃の名残でしょうか……。仕入れの重量が増えることを、とても気にされるんです、お店の人は。……飛行舟の、離陸重量に引っかかるのを、気にしているんですよね。特に、お酒なんかは液体ですから……、重量も嵩みますし……。だから、ある程度以上は、頼まないようにしているらしいんです。」
なるほど……。6式ならコンテナいっぱいに積んでも重量的にはまだ余裕がある。飛ばし屋なら余計にそうだ。
しかし、他の業者が6式を使うとは限らない。
30式とかなら、確かに重量いっぱいで、離陸に支障が出るかもしれない。
仕入れておいて、搭載できない……となったりしたら、これは大変だ。返品が利くかどうかもわからないし、できないなら費用がかさむ。配給所に置いてくるわけにも行かないだろう。
「それに……、仕入れリストにあるものが、全て向こうで用意できるわけでもありません。酷いときには、半分も仕入れられないこともあるんです。そういうときは、コンテナの半分が空の状態でお店に届くことになってしまいます……。輸送費は同じなのに…。」
「あ……。」
なるほど……。
そういう事情も想定しているのか。
「……あ、そろそろ高度を下げてください。回頭350です。」
「りょ、了解です。」
話していても、きっちり航路は染み付いているようだ。
……………
「今日は、このお店ですか……。」
村の外れにある、小さな商店。
機体下部のサーチライトを全点灯させてお店の前を目視し、障害物や人通りがないことを確かめ、警告信号を発信する。
ぴーん、ぴーん、という軽めの警笛を鳴らしながら、道路に着陸させた。
他のお店と同じ様に、食料品と生活物資を売っているお店だ。
まだ、明かりは付いている。
風防を開けようとすると、マリノは思い出したように言い添えた。
「……すみません、まだ……、私が辞めること……お店に話してないんです。だから…、そのことは…できれば。」
………そうか。
彼が辞めるとなると、お店の方にも影響があるだろう。
早めに話しておくべきなのだろうが……、やはり話しづらいのかな。
そういえば、分団の方にも随分急に申し出ていたような気がする。……なにか、事情があるのだろうが、いささか不自然な感じもする。
「…分かりました。いつも通りということで……。」
「すみません……。」
そう言って、彼は申し訳無さそうに、頭を下げた。
三人が機体から降りていくと、お店から店主と思しき女性が出てきた。
「ご苦労さま~。コンテナはいつものとこね。……あら、今日はたくさん来てくれたのね?」
いつも通りの挨拶をしたのだろうが、マリノさんに後ろにいるリヒト達に気づいて、女性は意外そうな顔をしていた。
アメリとリヒトはぺこりと頭を下げた。
「…じゃあ、コンテナ受け取っていきますね。」
マリノは店主にそう声をかけた。
「は~い、よろしくね~。……あ、出発前ちょっとまっててね。」
店主はそう言って、さっさとお店の中へ戻っていった。
「さて、じゃあお手伝いお願いしますね。」
マリノはリヒトたちに向き直ってそう言うと、店の脇にある倉庫に向かって歩いていった。二人もそれについていく。
マリノは倉庫のシャッターに手をかけると、がらがらとあけていく。
鍵はかかっていなかったようだ。
「夜、来た時は……そこに鍵が仕舞ってあるんです。」
そう言って、倉庫の入り口脇にある配達箱のような箱を指差す。
普段から出入りしているので信用もあるのだろう、そういった鍵のやり取りで済ませているようだ。
シャッターが開くと、年季の入った6式用コンテナが出てきた。横には大きく商店名が書かれている。これを、受け取って6式に搭載して向こうでコンテナごと交換してくる、という寸法だ。
リヒトとアメリはコンテナの後ろに回って、声をかける。
「じゃあ、押しますよ~?」
「はい、どうぞ。」
二人でコンテナをゆっくり押し出し、前方でマリノが舵を切るように向きを調整していく。ごろごろと移動し、6式の胴体下に押し入れるように位置を調整する。
「……左右おっけーです。」
「…前後も、大丈夫ですね。」
位置合わせが終わると、コンテナ胴体脇の収納されているレバーを引き出して、上下にポンピングする。コンテナ下部から内蔵ジャッキが脚を伸ばしていき、やがて、がちんっ、と機体に接続された。
その後、ポンピングレバーを一回転させてひねると、液圧が抜けてジャッキの脚が収納されていく。
「……接続…、確認。」
「うん…全部、大丈夫ですね。」
四隅のリンクを確認して、全て問題なく接続されていることを確かめた。
「一人の時は、横着して……倉庫の前にぴったり機体を寄せるんです。夜だと真っ暗ですしね。」
そう言ってマリノは静かに笑った。
なるほど、連日のことだから省力を考えるのは当然だ。そのあたりは慣れの賜物だろう。
機体に戻ると、店から店主が出てきた。
「マリノさ~ん、これ持っていって。」
見ると、手提げ籠を持っている。
マリノは受け取りながら、
「いつもすみません、頂きます。」
そう言って、籠を受け取っていた。
「みんなで食べてね。…中に追加品目も書いて入れておいたから。」
店主はそう言って手を振ると、そのまま店に戻っていった。
マリノにとっては、いつものことだったのだろう。
そのまま、籠を持って6式に乗り込んだ。リヒトとアメリもそれに続いて乗り込む。
風防を閉めると、店主が顔だけ出して手を振っていた。
マリノもそれに手を振り返す。
店主が店の中に消えた後……、
「……早く、話さないと……いけませんよね…。」
そう、ぽつりとこぼしていた。
……………
「こちらパイン7、これより中央デイミアシティへ向けて離陸します。フライトプランは……WDL1173。離陸許可願います。」
リヒトは、マリノに差し出されたフライトプランの番号を読み上げて、地方管制に離陸許可を求めた。
しかし、いつもならすぐ応答があるはずの管制から返答が来ない。
………?
すると、マリノが、
「20秒くらいかかるんですよ……、ははは。定期航路の往復便のフライトプランですんで、確認してるんですね、きっと。」
なるほど。
このプランナンバーは繰り返し使うためのものだったのか。
すると、直前に送られたものではなく、管制室にずっと置いてあるものなのだろう。書類をめくっている姿が目に浮かぶようだ。
きっかり、20秒位で応答が帰ってきた。
「パイン7、フライトプランを確認した。いつもの往復便ですね、離陸どうぞ。ご安全に!」
なるほど、こういうやり取りがされるわけか。
定期便なんて運行したことがなかったから、新鮮だ。以前、マリノさんのかわりに請け負った時は、その都度プランを提出していたような気がする。
「パイン7了解。感謝する。ご安全に。」
リヒトは応答して、離陸動作を始めた。
……………
空に駆け上がると、村のあちこちに生活の灯火が灯っているのが見て取れた。
そのまま、高空へと上昇していく。
雲の高さを越えて巡航状態に入る。周囲に機影はなく、ゆったりとした雰囲気で6式は空を駆けていた。
「アメリ、息苦しくないかい?空調使ってもいいよ。」
リヒトが後席に問いかける。
「はい、ぜんぜん大丈夫です。」
アメリが答える。
地球の人間なら、酸素マスクが必要な高度だが、ドルイド族の心肺機能はそれを凌駕している。その上、6式は気密性もある程度確保しているので、緊急時でもない限りは酸素マスクの必要がないのだ。
「……せっかくですから、いただきましょうか。あそこのご主人、いつも何かしらくれるんですよ……。今日は、蒸し饅頭かな…。」
そう言って、マリノが後席に置かれていた籠に手を伸ばし、駆けてあった布を外す。籠の中の包みを開けると、こぶし大ほどもある、おおきな白いふわふわのお饅頭が湯気を立てていた。
「わ……、美味しそう!」
アメリが後席からそれを覗いている。
「はい、どうぞ……、たぶん中身は甘いものだと思うんですけど。」
アメリは、受け取って真ん中から半分に割ってみている。
「あちち……、うわぁ…白餡だぁ!……いただきま~す!」
アメリが美味しそうにかぶりついているのが、ミラー越しに見えた。
「リヒトさんもどうです…?あ、片手でいけます……?」
そう聞いてきたので、
「問題ないです、いただきます。」
そう言って受け取った。
一口かじると、温かくしっとりとした生地が心地よかった。中の餡も芳醇な味わいで、ただ甘いだけではなかった。豆を材料にしているらしく、身体にもいいであろう。
マリノも、一つ手にとって、口に運んでいる。
「相変わらず美味しいです……。ふふふ……、今日はファミリーが平穏みたいですね。……喧嘩した後とかだと、生地がぶつぶつしてることがあるんですよ。」
「へぇ……。」
「あはは。」
そんな予備知識まで……。
「それと……、穀物の値が上がる兆しがあったり、果物の売れ行きが良くなかったりすると、果物の盛り合わせが入ってたりするんです。……南方の果物は日持ちしませんからね。」
「なるほど~……。」
アメリがまた感心したように聞いていた。
毎日の食材の供給バランスで、出てくるものが変わる。当然のことだが、廃棄食材が出ないように、差し入れにもそれが反映されているのだろう。
「……そして、これが仕入れの品目の追加分です。定期的に仕入れるものは向こうの業者に伝わってますので、このメモの分を自分で見繕って仕入れてくるんです。」
マリノがアメリに、メモを渡してきた。
───マリノさんへ
旬のお魚があったら多めに
夏野菜は地元のものが出回っているので、可能なら減
中央のお菓子が人気です、追加で
あとは積載可能いっぱいまでお酒追加でお願いします
いつもありがとうございます。
気をつけて行ってきてきてください ───
「夏だから……、お酒が売れるんですね。あとお魚ですか。」
マリノが微笑んで答える。
「お魚には、甲殻類も含まれるんです。ほんとに魚だけ買っていったら怒られましたね。」
「へぇ……。」
本当に……、経験というか蓄積が物をいう仕事だ。
彼の蓄積を、こんな短期間で吸収するのは難しいだろう。
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