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第七話 「小さな翼」 ~ここからは若い二人に~

「……いえ、すみませんでした。──じゃあ、輸送任務行ってきます……ご安全に。」


 そう言って、彼は6式の準備を始めた。

 去り際の彼の表情は、どこか寂しそうに見えた。



 ……………



「……終わりか、それで?」

「…はい。」


 主観が多くて、いまいち要領を得ない話ではあった。


 だが、言われてみれば団員全員がYSRに不満をこぼしていた時でも、彼は少し困ったような笑みを浮かべるだけで明確に不満を言うことはなかったような気がする。


「実は、エアバン好きだったんですかね…?」

 アメリがそんな事を言う。


「いや……どうだろう?……大型機が好みだというような話は、聞いたことあるが…。」

 ハセンがそう言うと、サルボが、


「一番好きな機体、って聞いた時、彼…重輸送機が好きだ、ってにこやかに言ってましたよ?あとは……そう、6式の複葉型!」

 以前聞いた話なのだろう、そんな事を言った。


662(ロクロクニ)か?!シブいなぁ…!」

 カンプが唸った。

 ツボを付いた選択だったらしく顎に手を当てて、にやけてもいた。


 どちらも正しく、働く飛行舟である。

 そんな彼が、金持ちのお遊びのような飛行舟を好むだろうか…?

 加えて、そのことがマリノの退職と関係があるとも思えなかった。


「あ、そうそう…、その…エアバンって呼ばれる前の話…誰か知ってます?」

 リヒトが、マルタの話の中で気になっていた点を尋ねてみた。


「YSRっていう、型式しか聞いたこと無いなぁ…。」

「あたしはそもそも、この機のこと知りませんでした…。」

「同じく……。」

「エアバンは…エアバンだろう…?」


 誰も思い当たらないようだった。

 すると、マルタが自分の端末を出して、映像を見せてきた。


「……僕も気になって、調べてみたんです。そしたら…、4年位前の生産開始(ラインオフ)だったんですね、その頃の発表会の映像残ってました。」




 発表会と思しきその映像────、




 しっかりと磨かれた外装と、花が添えられた機体の脇に、当時のものと思われるキャッチコピーが添えられていた。



 ── すべての土地に、人に、暮らしに…

 そして、毎日に寄り添う性能を、リーズナブルな価格で

 初の民間製造工廠発、YSR-501・501CL ──





 んんん……???


 それを見た全員が、顔に戸惑いと不可解の表情を見せていた。



 形状は、確かに目の前にあるYSR……のように見える。

 だが、モデル名が微妙に違う。

 そして、外装は磨かれてはいるものの、妙な装飾も派手な塗装も施されていない、無骨、簡素と言っていいものだ。


 なにより、キャッチコピーは目の前にあるケバケバしい飛行舟とは全く似つかわしくないものだった。リーズナブルな価格とは……?と問いたくなるような文言である。


「これ……、ほんとに同じ飛行舟ですか…?」

 アメリがそんな疑いの言葉まで漏らす。それも無理はない。


「発表後に…仕様が変わったんですかね…?」

 リヒトが、映像と実機を見比べている。


「あの、変な角みたいなやつ、ついてないですね、映像の機には…。」

 サルボが、外見上の違いで大きな差異を見つけて、そう零す。


 イメージが全く違う……

 これはどういうことだろうか。


 そして、製造元が付けた愛称が…

「Fキャリアー……。」


  Flexible Carrier──

 いつでもどこでも誰にでも、そんな荷物運びをお約束します。

 ……それくらいの趣旨だろうか。


 やはり、目の前にある機体とはどうしてもリンクしない…。

 そして、マリノの言葉の意味とその内にある想い…。


 手がかりは得たものの、ますます謎が深まってしまっていた。



 そこに、緊急通報が入る──



 きゅいー!きゅいー!きゅいー!

 耳障りで鋭い警報音がハンガーにも鳴り響く。


 『緊急、緊急、ラインガーデン北西山間部にて、滑落事故発生。

 要救助者は1名の模様。

 第三、第四分団は、救難行動を開始せよ──』


 団員たちは一斉に気持ちを切り替えた。


「白の30式、それから場所が山間部だ、

 団員は…3式に分乗、二機随伴させろ。

 L装備を追加して現場へ向かえ、ご安全に!!」


 すぐにイバタの指示が響いた。

 団員たちは、目下の思案を一旦忘れて現場へと向かっていった──。

 そして図らずも、顔を出していたマリノも一緒に出動することとなった。



 ………………




 到着した現場では、少々手間取っていた。


 結論から言えば、怪我人は大したことがなかったのだ。

 しかし、負傷者の数は当初の通報とは違い1名ではなく7名であった。

 そして、入り組んだ地形と森の木に阻まれ、怪我人の収容と搬送に手間取ってしまい……。


 ………任務を終えて帰ってきた頃には、すでに夕闇が迫っていたのであった。


「……ったく……、なんでこんなに手間取ったのかな…?」


「しょうがないですよ……、山間部の救助はこんなもんです。」


「ジマーを呼んで、地上から回り込んでもらったほうが良かったんじゃないっすか…?」


「あぁ……、今思えば…、そうだったかもな……。」


「……ごくろうさん、……まぁ、怪我人が大したこと無くてよかったよ。」


 いろいろと愚痴や不満の多い現場であったが、帰還を出迎えたイバタが出してきた珈琲缶詰を受け取って、団員たちはひとまず一息ついて、椅子にどかっと腰掛けていた。


「飛行舟にこだわらずに、陸上からのサポートも………か、もう少し考えるべきかもしれんな……。」

 ハセンが、報告書に記入しながらそんな事を言っている。


「道路事情も、20年前よりはずっと良くなってますしね……、たしかにそうかも知れませんね。」


 開拓当初は、道路などというものが存在しない環境だったため、飛行舟という移動手段が主流となったのであるが、その当時と比べれば環境も変化し、救難方法も移り変わってきたと言える。


「……第五分団作るとしたら、その辺も考慮する必要があるかもなぁ……。」

 イバタが、ぼそりとそんな事を言っていた。


「……分団、増えるんですか?」

 リヒトがそれを聞いて、何気なく聞いてみた。

 するとイバタは、


「ん~、そういう話も無くはない、……ていう程度のものだけどね。組織の再編が現実味を帯びてきたのは、確かだよ。……ダリア分団の処遇も、まだ保留中だしね……。」


 ダリア分団……。

 その名前を聞いて、皆の表情に少し影が差した。


 様々な、言われ方をされている彼の分団だが、内容を聞くところによると団員6人に対して保有している機体が8機もあるという。年に2~3度しか使わないような機体もあったらしく、その多くは他の分団へ回されることも考えられていた。


 個人的には恨みも非難する気も無い団員たちではあったが、使われない機体を多数保有していたという点に関しては、早急に改善の必要を感じているところでもあった。第四分団は、他所からはどう見られているかは分からないが、12人で7機という状態なのである。


 ダリア分団の…あの大きな建物はもう、どうしようもないであろうが、中の装備に関しては、早めの是正が求められているのである。その中には、第四分団に回されてくる機体もあるのかもしれない。


「──でね、それだけ余ってるなら、いっそ別の……拠点が必要なところへまとめて、もう一つ分団作ったらどうか?っていう意見もあってね…。」


「なるほど~…。」

 アメリが、うんうんとうなずく。


「充分、検討の余地ありますよね、それ。こないだのサンマウント村みたいに、屯所がひとつも無いような集落もあるわけですし……。」


 マルタがそんな感想を述べた。

 それを受けて、ハセンは眉間にしわを寄せて難しい顔をして話す。


「確かに、あそこは必要ではあるな……。だが、現状無いということは、維持できるほどのリソースが足りてないということかもしれん。あそこは居住エリアも分散していて、面積も思ったより広い……。」


 アメリが少し驚いたように言う。

「あ、広いんですか…?この前の現場周辺で全部かと思ってました。」


 すると、珍しくマリノが会話に加わってきた。


「あの辺はね、木材の切り出しと加工に携わる人たちがまとまって住んでるエリアなんだ。もっと上流に行くと、広い農地と点在する住家が広がってるエリアがあるんだ。面積的には、ラインガーデンより広いかもしれないよ?」


「へ~、そんなに広いんですか!」


 するとマリノが、しみじみとした表情で続けた。


「あの辺は、夜飛んでると真っ暗でね……。誰も住んでないんじゃないかってくらい何もない感じなんだけど……。明け方、帰ってきてその上空を飛ぶとね……、ひろ~い畑のあちこちから、煙が立ち登ってるのが見えるんだ……、点在する民家から。……多分、朝食を準備する生活の火なんだろうね、視界の続く限り…そんな景色が広がってるんだよ。」


 へ~…。

 明け方…かぁ。


 リヒトは、その時間に飛ぶということはめったに無かった。

 景色を想像して、少し興味が湧いてきた。


 マリノは、自分とは飛ぶ時間帯がまるで違う。

 きっと自分が見たことのない景色をたくさん知っているのだろう。

 なんだか、とても羨ましかった。


「……あの面積をカバーするとなると、…既存の編成や仕組みでは、まかないきれないかもしれないな。人口が少ないから、出動頻度も少ないだろうしな。それで、この現状……、ということを考えると…。」

 年長者らしくハセンが状況を鑑みて意見を述べる。


「ん~……。周りの拠点で相互にカバーし合う……、というところに落ち着くのかもしれないっすね……、確かに…。」

 マルタが、納得したようにうなずく。


「でも~…、怪我人とか病人が出ちゃったときに……、あの距離はなかなか……。ジルクタウンまでなら、そうでもないですけど…ライトメリコまで飛んだ時、結構時間かかったんですよね……。他所から駆けつけて、搬送して……って考えると……。」

 災害出動のときに搬送に携わったアメリが、そう感想を述べていた。彼女は、あの日何度も両地域を往復していたのだ。


「地元に一機くらいは、搬送用の機体を置いとくべきだよな。ん~……ただそれでも30分の壁はギリギリかなぁ……。」

 カンプが腕を組んで、上を向きながら考えている。


「6式を配備しておいて音速で運べば、時間の方はなんとかなりますけど……。」

「そりゃ無理だ。」

「……ですよね。」


 リヒトの控えめな意見にイバタが即座に否定を出す。そしてリヒトもそれに追従した。


「村の人口と規模を考えれば、正団員を置くことが難しいかもしれない……。予備団員に、搬送を任せることになったら……6式では荷が重いだろう。」


 6式は汎用性に加え、全領域での性能が与えられている。しかし、音速で飛ばすには相応の技術と…()()()()も要るのだ。誰しもが、あの機を自在に操れるわけではない。



「……病院、というか医者が駆けつけられればいいんですけどね。ある程度の医療設備と一緒に。」


 マリノが、控えめな意見を述べていた。

 それを聞いたリヒトは、あの事件の日に、自分のために駆けつけてくれたティとエレを思い浮かべていた。


「たしかに……、それができれば、もっとあちこちで治療が受けられますね。災害時とかも、活躍するかもしれない……。」

 そしてその意見に同意する。


 イバタも少し興味を持ったようだ。

「ふむ……。患者ではなく、医療の方を移動する……か。逆転の発想だね。」


「医者を乗せて、機材も……。それができれば理想ですね。手術台があれば、あの日のダリア4も…運びながら処置できたと思うんですよね……。」


 ダリア4の処置に当たったサルボが、そんな事を言った。30式も優秀な飛行舟であるのだが、搬送に特化しており機体サイズもそれなりのため、中に搭載されているのは必要最小限の機材だけなのだ。


「やっぱ……狭いか?」

「本音を言うと、狭いです…。2人横にして運べるのはいいんですけど」

 カンプが問いかけて、サルボがそれに答えている。


 あれより大きいとなると、エアカーゴになってしまうのだが、

「エアカーゴ……、離陸距離が少し長いんですよね…。」

 リヒトが、そう感想を述べた。

 やはり、サンマウント村の災害出動の日のことを思い出していた。

 同じ理由で、だれでもあの機体を動かせるわけではないのだ。


「うん……、それに、あそこまで大きくなくていいんだ。搬送で3人……、手術台付きで2人運べれば十分……、あとは、離着陸性能かな。VTOL(垂直離着陸)できれば最高なんだけど……。」


 災害当日も思ったのだが、あのくらいの規模の機体で垂直離着陸できる機体は今のところ存在しないのだ。生産リソースが乏しいドルイド族の弱さが出ている部分でもあると言えた。


「……無いね、ちょうどいい機体が。」

「そうなんですよね…。」

「う~ん……。」


 そんな中、イバタが盛んにメモを取りながら話を聞いていた。


「随分熱心だな…?」

 ハセンが、そう言うと、


「軍に要望出す時、使えると思いましてね……。」

 イバタが手を動かしながらそう答えた。


 そう言う意味では、なかなかいい議論ができていたようだった。現場からの意見というのは、視野は狭いかもしれないが具体的で即効性のある意見であることが多い。特に、この業態では貴重な意見となりうることも多いのだ。


 そんな中、マリノが時計を気にしだした。


「……あ、もうそんな時間ですか?」

 イバタが気づき、話し合いをお開きにしようと、立ち上がった。


「……はい、今日はちょっと……寄るところがありまして、早めに出ようと……。すみません……。」

 マリノがそう言って、席を立った。

 イバタは、その様子を見て少し思案していた。


 マリノは、ヘルメットと自分のカバンを持って、支度を始めている。

 その様子を見て、他の団員たちも各々帰り支度を始めようとしてた。


「マリノさん……。」

「はい?」


 イバタはマリノを呼び止めた。


「輸送任務、……二人ほど、追加で乗せて行っても支障は無いですかね?」

「え……、それは…大丈夫ですが。」


 マリノは少し戸惑っていた。

 今までこんな申し出は聞いたことがなかったのだろう。


「リヒト、…それから、アメリ。」

「はい。」

「はいっ。」


 イバタは、二人を呼び止めた。

「君たち、明日も平時訓練だったよね?……明日は一日、有給扱いにするから、今夜…残業してくれないか?」


「はぁ……、それは構いませんが。」

「私も…、大丈夫ですよ?」


「うん、済まないね……。マリノさんは日中も勤務してたから、そのまま夜間業務に出すのは…少々オーバーワークだ。……まあ、それ言ったら君たちもなんだけど…。」

 そう言って、少し申し訳なさそうな笑顔を見せた。


 なるほど、言いたいことはわかった。

 リヒトは、頷いて答えた。


「分かりました。交代で、休憩しながら乗務するということで…よろしいですよね?」

「うん、…交代がひとりだと不安だからね。……アメリも、よろしく頼むよ。」


「はい、わかりました。」

 アメリは、ぴっ、と敬礼して了解の意を示した。


 リヒトは、マリノの方に向いて、

「すみません、お邪魔かもしれませんが…、よろしくお願いします。」


 するとマリノは微笑んで、

「済まないのはこっちの方だよ、……ありがとう。そうしてくれると助かりますよ。」

 アメリも、

「よろしくお願いします。」

 そう言っていた。


 マリノはいつも通り、ハンガーで6式の準備を始めた。

 リヒトがその様子を見ていると、


(リヒト…)

 こそっと囁くように呼ぶ声がする。

 振り返ると、イバタが小さく手招きしていた。


 マリノに悟られないよう、イバタの方へと戻っていく。


「……無理に聞き出す様な事は、しなくてもいいんだが……。」

「…?」


 イバタが、言いにくそうに、

「若い君たち二人なら……、マリノさんも、なにか話してくれるかもしれない。」


 なるほど……。

 そういう理由でもあったのか。


「わかりました……。アメリにも、伝えておきます。」


 イバタは頷いた。

「うん。……本人の意志だ、もう決めたことなら……、しょうがないけど。せめて、理由だけでも聞いておきたい。……もし、歩み寄る余地があるなら…、俺はそうしたいと思っている。」


「僕も、…同じ気持ちです。」

 リヒトの答えに、イバタは頷いて答えた。


 ハンガーでは、6式の準備ができていた、トーイングカーを使ってマルタが機体をハンガー前に動かしていた。


「アメリー。」

 サルボが、機体に向かおうとしていたアメリを呼び止めた。見ると、何か入った袋を手渡してきた。


「なんですか、これ?」

 アメリが聞くと、サルボは、


「眠気覚まし。あと、活性剤入りのドリンクも入ってる。あとの二人にも渡してあげて。……それ眠気が来る前に飲まないと効かないからね。……じゃあ、ご安全に。」


「ありがとうございますっ、ご安全に!」

 受け取ってアメリは礼を言っていた。


 それを見ていたリヒトはアメリの背後に近づく。

 そして袋の中身をちらりと見た。


 けっこういっぱい入ってるな……。


「先に一本、もらっておこうかな…。」

 リヒトがそう言うと、アメリは、はい、と言って手渡してきた。


 リヒトは蓋を、ぺきっ、と折り取って、ごくごくと喉に流し込んだ。

 そして、それとなくアメリにも先程のことを耳打ちする。


「……マリノさんのことだけど…。」


 するとアメリは小さく頷いてみせた。

「……はい。事情…聞けるといいですね…。」


 どうやら彼女も、そのつもりだったようだ。

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