第六話 「怒りの翼・前編」 ~勝利倍率2.4~
イバタの編成案にハセンはすぐに答える。
「了解!」
─────────
リヒトは、ダリア4とランデブーをしながら、必死に連結を試みていた。
自機のアレスティングフックを、事故機体の機首部分にある機体吊り下げ用のアンカーリングに打ち込もうとするが、当然ながらアンカーは飛行中に露出していない。
カバーに何度かブームをぶつけてみたが、しっかり頑丈に作ってあるようだ。簡単には外れてくれなかった。
リヒトは焦りながらも、通信機でダリア4に呼びかける。
「ダリア4、アンカーカバーをリリースして下さい!ダリア4!」
だが、ダリア4はその意図を受け入れてくれなかった。
『無茶だ……よせ!。出来るわけ…がない』
「大丈夫です…!必ず助けます!!」
リヒトは必死に呼び掛ける。
ダリア4が救助を拒否したままでは、どのみち連結はできない。
なんとか説得をして、意思を疎通しなければならないが、……残念ながらリヒトにそんな気の利いた言葉は見つからなかった。
他人と距離を詰めることが出来ないことを言い訳に、怠った努力の結果でもあった。こんな土壇場の状況で、自分という人間の幅の狭さを痛感していた。
「……待っている人が、いるでしょう?あなたには。…そこへ帰るんですよ、無事に!」
ありきたりな、情に訴えかけるくらいしか思い付かない……。しかも、出てきた語彙があまりにも貧相だ。リヒトは、情けない自分を罵倒してやりたくなった。
そして更に、その思い付きは裏目に出る。
『馬鹿やろう…!だから出来ねぇ、ってんだろぅが!……がふっ、ごほっ!』
呼吸困難にも関わらず、ダリア4は激昂して声を荒げた。
『事故起こ…した挙げ句、同業巻き…添えにして死んだなんて……、そんなみっともねぇ話……ファミリーに……あいつに聞かせられるか……?!』
──違う、これは……あなたが起こした事故じゃない。
ちゃんと生きて帰って、そう証言するんだ!
そう思ったが、もはや適当な言葉は出てこなかった。
明らかに異常な状況で、彼は…何かを守ろうとしている。
だが、それを問いただしている余裕は無い。
焦りと不甲斐なさが、リヒトを徹底的に追い詰めていた。
意識が朦朧とし始めたのだろう、ゆっくりとした語り口でダリア4は続けた。
『もう少し飛べば……安全に墜とせる場所がある……もう……迷惑かけたくねえんだ、……あいつには……』
あいつ……
他人の機微には完全に疎いリヒトであるが、その意味するところは、なんとなくわかった。
「……一緒に住んでる、女性ですか?」
リヒトは思い出を回顧させようとしていた。
意図したわけではなかったが、もう他に手段が思い浮かばなかった。
『…俺ぁ……仕事が下手で…定職にも付けなかった…だから…兵役、受けたんだが…3年のつもりが……4年も…かかっちまった……お前みたいに、強い飛ばしが使えてればなぁ……。』
3年……?
リヒトは予備役兵のため、錬成期間は1年足らずだった。
ということは……、
「正規兵…だったんですか?」
リヒトの問いに、ダリア4は自嘲しながら語った。
『最初はな……今は予備だ。』
切れ切れに、彼は言葉を絞り出していく。
『あいつ、……はぁ、…はっ……、戦争にだけは……行かないでくれって。……稼ぎは…少なくていいから……って。はっ、誰のために兵役受けたと思って……ごほっ、げほっ……へへへっ……』
リヒトは、わずかな可能性を見出す…
錬成所に4年いたのなら、もしかして───
……女神よ、
どうか……力を、お貸しください……!
リヒトは過去の自分を思い出し、そして、女神に加護を祈った。
そしてリヒトは、あえて砕けた調子で場違いに明るく声をかけた。
「錬成所にいた時、……お祭りありませんでしたか?シミュレータ・レースの賭け試合……」
『あぁ…?なんだ、……いきなり?』
訝しむダリア4の声、当然だ。
だが……
『…そういや…あん時も……余計な金スッちまって……くそっ……!』
ダリア4の機体がふらつき始めた。
意識がもう限界か、あるいは動力切れか。
だがリヒトは、女神に感謝した。
そして、あの嵐のような日々に……指針を与えてくれた、教官に。
「今度は、……僕に賭けてみませんか?」
『あ…?お前…なに言って……』
「─────────────、─────。」
『……はぁ?!』
「──────────────、……──────────────。」
しばしの沈黙。
そして、
『はっ……ははは……、はっはっはっ………』
息も絶え絶えになりながら、それでもダリア4は愉快そうに笑った。
『お前が…あの、────だってのか……!?』
彼も、やはり、あの場に立ち会っていたのだ……!
『死ぬ間際に……、おもしれぇ…冗談だ。』
リヒトも、少し微笑んで答える。
「冗談じゃありませんよ?本当です。そして、……僕の腕なら、死ぬなんてありえませんから。」
──かしゅっ!
5型の機首にあるアンカーリングのカバーのロックが外れ、風圧で蓋が何処かへと飛んでいく。
カバーの外れたその中には、まだ一度も使われたことのない、アンカーリングが顔を見せていた。
そして、今度は明確に意思をもって、損傷したダリア4の6式5型が、リヒトの機体へと近付いて来る…!
───今度はちゃんと……、倍にして……返せよ……!!
ダリア4の意思が届く…!
「はい、必ず……!!」
リヒトは、自機のアレスティングフックを、アンカーリングへ向けて振り下ろした。
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