第六話 「怒りの翼・前編」 ~空中救難~
もう、猶予は無いのかもしれない。
多少強引でも、この改革は推し進めなければならない。
イバタは、楽しそうに談笑する団員たちの輪の中で、一人決意を新たにしていた。
─────
昼食を済ませた昼下がり、相変わらずのんびりとした空気の指令室。
リヒトからは、出先で昼食を済ませてから帰ってくると連絡が入っていた。
まもなく、帰投の通信が入る頃であろう。
そして、新機体到着の連絡も……。
来たところで使い道の無い機体が搬入されてくる。
そんな、来て欲しくもない知らせを待っていると、
──緊急通信が入った。
『メーデ……メーデ……メー…デ、……。』
「救難信号受信!!」
通信番を務めていたヨギが鋭い声を上げた。
一瞬で、団員全員に緊張が走る。
『メーデ確認!状況を伝えてください!』
地方管制官が荒々しくリクエストを呼びかけている。
「こちら、ダリア4……民間の…輸送…業務中だ……」
航空機の緊急事態通報!?
コールサインはダリア…、隣村の分団の符丁だ。
だが、民間業務と言っている。
近くにいた団員たちが無言で、通信の音声に全神経を集中している
『こちら地方管制、ダリア4!状況を伝えてください!』
弱々しい音声が切れ切れに聞こえてくる。
『こちら、ダリア4……当方は民間業務中に……事故を起こした…飛行継続が……困難な……ぐっ……状況……。』
明らかに、声がおかしい……?!
不安そうな表情で顔を見合わせている団員もいた。
『ダリア4!?…負傷しているのか?!ダリア4!』
地方管制官も異常に気づいたようだ。
操縦士の状態を問いただしている。
『空間…識失調を起こして…高度を見誤った……何か…しらの障害物に…衝突……胸を打った…ようだ…はぁ…はっ……おそら…く、肺がやられている、右腕も動かん…』
『ダリア4、付近への、着陸は、可能か?』
管制官が一言ずつ、ゆっくりはっきりと話している。
ここからは、明確に意図が伝わらなければ取り返しがつかなくなる状況だからだ。
『……おそらく、無理だ。降着装置が……全て破損している、胴着も、困難と思われる……』
『地方管制了解!周囲を確認し、そちらの判断で、ベイルアウトも、検討して下さい!』
びーーー!!!
ブザーが鳴って、オープンチャンネルで一斉通達がなされる。
『……各地方分団!緊急搬送体制を取ってください!くりかえす──』
「……止むを得んか…。」
ハセンが思わず、そんな言葉を零す。
団員たちが頷きあって、駆け出そうとしたその時……
『……く……すまんが、それも…無理そうだ』
……!?
飛び出そうとしていた団員の足が止まる。
『キャノピーブレイカーが…作動しない、警告も出ている………。これでは射出もできない…。』
……!
イバタは、瞬時に判断を下した。
立ち上がって、鋭く号令を発する。
「これより、第四分団は空中救難を行う!!
装備は3式、救難Bパック
搭乗員は2名!後席員は、予備ハーネスとフロントギア、アックス装備!
これを2機で編成!
全員に緊急召集!!
後続は30式救急で待機させろ!」
「「「了解!」」」
全員が応答して、一斉にそれぞれの作業へ動き出した。
だが、その表情は重い。
空中救難は過去に何度も行われているが、その成功率は決して高いものではなかった。最後の手段として行われる方法であり、作業も困難を極め、救助に当たった側にも犠牲者を出すことさえある。
指示を出す側にも、その責任が問われる、重い決断だった。
だが、飛行士を見殺しにするという選択は、同業者として容認できないのは皆同じだった。
「間に合わんだろうが……。行かねばな。」
ヨギが、苦悩を色濃く滲ませた表情で静かに呟いた。
彼は、そんな現場に何度も立ち会ってきたのだ。
今回はいつにも増して状況が厳しい。当該機が墜落する前にたどり着けるかどうかさえ怪しいのだ。目の前で墜落する同僚を…見届けるために、行くようなものだろうと、心のなかでは覚悟をしていた。
ぴー!
通常通信が入る。
『こちらパイン2!現在、要救助機と思われる、損傷した機体と、ランデブーに入った!』
リヒト──!?
出先から現場へ駆けつけたようだ。
さすが…!対応が早い。
イバタは即座に、通信席に付く。
『機体番号は───、青色の…6式5型です。』
……?
「それって……」
アメリが戸惑いの表情を顔に出す。
「ここに来る予定の、6式なんじゃ……?」
「…そうかもしれない。だが…それは後回しだ。僕らは、いつも通り準備をしよう。」
側にいたマルタが、静かに声をかけてアメリを促した。
アメリも、頷いてそれに応じる。
「こちらパイン1、第四分団指令室だ。パイン2、対象の機体状況を確認しろ。可能ならば誘導を試みるんだ。」
『パイン2了解…!』
「…ライトメリコまで、飛べそうか?向こうまで届けば、サンドキャプチャーが使える。」
──サンドキャプチャーは、降着装置などが破損して通常の着陸ができない時に使うものだ。砂の入った大型の台車をスキッドシュートの上に乗せて、機体を受け止めながらスキッド上を滑らせる仕組みだ。末端にて、防護ネットと衝撃吸収壁で対象物を受け止めて停止させる。
だが、そんな淡い期待を打ち消すような返答が、当該機から返ってきた。
『無理だ……、動力タンクも……割れてるようだ……もう、10分も飛べんぞ。』
だめだ、かなり状況が悪い……
なんとかこちらへ誘導して、合流を急げば…あるいは……
身体が熱を持つほどの焦りを感じるが、なんとか精神力で破綻を抑え込む。
イバタは冷静に、しかし全力で思考を巡らせていく。
ピーピーピー!
だが、そんな切迫した状況に水を差す音が響く。
イバタの個人端末が鳴リ響いた。
?!
なんだ?!こんな時に…!!
「はい!イバタ!!」
思わず、荒らげた声で通信に出てしまう。
『イバタさん!僕です!!』
リヒト…!?
なんでこっちに?
『通信機の音声を…拡声にして下さい。団員全員にだけ聞いてもらいたいんです!!』
だが、事は緊急を要するようだ。
自分の端末の音声を拡声にして、周りの団員にも聞こえるようにした。
そして、ハンガーへ出ていった団員にも聞こえるように、館内放送へも接続する。
『この要救助機は、現状のまま回収しなければ、だめです…!』
「リヒト…?しかし……!」
突拍子もなく無茶な要求をしてくる。
一体、どうしたというのか。
イバタは疑問を生じたが、すぐにその答えをリヒトは告げた。
『……この機は……何者かに「二回」、しかも、故意にぶつけられている…!」
……?!
団員の表情が、一斉に変わる。
「……操縦ミスじゃ、ない…ってことか?」
それで個人端末に……。
つまり、オープンな管制通信でのやり取りで、聞かせたくない相手がいるということだ。
事故現場の経験も豊富な彼だ。
実機を見て、なにかおかしな点に気付いたのだろう…。
「用件は了解した、だが……」
だが、どうやって……?
「どうやって……回収する?」
さすがのイバタも、疑問をそのまま言葉にする事しかできなかった。
いくらリヒトでも自分の乗っている機以外は、どうしようもあるまい……。
『……イバタさん、重輸送機の格納庫エリアの天井を外して、スタンバイさせてください。』
………
リヒトの意図が読めてきた。
重輸送機のカーゴエリアの天井を取り払った状態で要救助機にランデブーを行い、上方から機体を入れ込む、ということか……。
しかし、どうやって機内に安全に、しかも正確に下ろす?
機内エリアに進入と同時に推進機をカットしながら速度を同調させて、機体を静止させなければならない。
飛ばし屋なら不可能ではないだろうが……そんな高度な方法はうちの団員でもぎりぎり……。
イバタ自身かカンプ、くらいでないと成功しないのではないか…?
重輸送機の内壁に衝突する可能性の方が高い。
事故機の操縦者は、とてもそんな芸当ができる状態とは思えない。
イバタはリヒトに、否定の意志を伝える。
「……やりたいことは分かるが、……どうやって安全に下ろす……?事故機の操縦者にそこまで繊細な操作は、恐らく無理だぞ……?」
だが、リヒトはとんでもないことを言ってきた。
『……僕の乗っている6式の、アレスティングフックで、要救助機を吊り上げて格納します……!』
……!!!
イバタの顔が強張る。
リヒトの考えた計画の全貌を、理解した。
が…、
「……無茶だ…!二機ともバランスを崩すか、衝突して墜落するぞ!!」
だが更にリヒトは、詳細に説明を続ける。
『フックで機械的に連結した上で、4ftくらいの距離ならば、僕の「飛ばし」で二機とも気流を操作できます!これだったら…。』
いけるのか……、それならば…?
リヒトなら、或いは……。
いや……
「……やはり駄目だ、それは許可できない!」
6式のアレスティングフックは、普段は輸送物を吊り下げる用途にも使っている。強度そのものは問題ない。
ただ、今回のそれはあまりにもイレギュラーな使い方だ。
なにが起こるか解らない。
『接近して試してみました、当該機への飛ばしの手応えはあります……。お願いします、やらせてください!!』
どうする……。
常人なら不可能だ…。
だがリヒトはこれまでどんな困難な任務もこなしてきた。
信じて、賭けてみたい気持ちもある。
操縦者も機体も救う事ができるのなら、それは最上の結果だ。
不審な事故を、不明なままで終わらせてしまうことも、容認はできない。
だが、誰もやったことのない作業に、ぶっつけで挑むリスクは予測できない。
リヒトの腕は信用しているが、……あまりにも危険だ。
イバタは、判断を迷った。
そんな作業に団員を向かわせるわけには──
「──やってみようぜ、団長」
ハセンさん?!
いつの間にか背後に来ていたようだ。
そして彼はハンガーを指差す。
なんと、残りの団員が重輸送機に取り付いて作業まで始めている。
全員が意図を正確に理解し、既に行動を始めていた。
彼らは、やる気なんだ…挑むつもりなのだ。
困難と危険を、承知の上で──!
その姿に鼓舞され、イバタもようやく意志が固まってくる。
だが、難しい判断だ。
せっかくそばに来てくれたのだ、副団長のハセンの見解も聞いてみなければ。
「……結構な賭けですよ?うまく行くかどうか……。」
リヒトが二機とも機体制御できた上で……ランデブーを行い、機内に引き込み、固定…そして、ブームの切り離し……。そこまで成功させなければ、救助はできない。機内で作業する人員にも相当な危険が伴う。
「……今現在、動ける人員は何人ですか?」
「団長を入れて8人だ。」
イバタは、頭の中で必要な人員と編成を、さっと組み立てる。
「……機内作業に最低5人、…重輸送機の操縦は一人でやってもらうしかないですね。」
重輸送機は本来、主副二名体制で操縦するのが基本なのだ。一人でも飛ばせるが、複雑な細かい操作を行う際に困難が伴うのだ。
ハセンもうなずいて、考えを述べる。
「判断が早くて、頭のいいやつでなきゃ…駄目だ。」
しかも作業配分的に、リヒトとの連携も操縦士自身で考えてやってもらわなければならないだろう。状況によっては飛ばしまで使って機体を制御する必要もあるだろう。
ハセンには格納庫で機体固定の方の指揮を取ってもらうつもりだ。
イバタは随伴機で全体指揮を取り、不測の事態のバックアップを行う。自分で操縦するわけには行かないので、3式に操縦士とイバタで2人。
こうなるともう……、
「カンプだな」
「はい」
重輸送機の操縦担当は、カンプ一択だった。
「あとは…、格納庫で機体が暴れないように、固定しなければなりません。何か手立てを考えないと……。」
そこまで言うと、ハセンがすぐに答える。
「今、機内に乾し草のブロックを積んで固定させてる。手持ちの物資のうちなら、あれが一番クッション材に向いてるだろう。」
カンプのアイデアだ、とハセンは補足した。
干し草ブロックとは、分団の所有する広大な牧草畑で刈り取った牧草を、作業機で円柱や四角い形に圧縮成形して貯蔵してあるものだ。
なるほど、あれなら機体を受け止める強度もあって、衝撃も抑えられる……さすがカンプ、発想も柔軟だ。
先んじて具体的に動いてくれたおかげで、決心がついた。
現在、団員の士気は最高に昂まっている。
やれるさ……!
イバタはマイクを取って格納庫に声をかける。
「全員、意図は伝わってるね?当分団は、リヒトの案を採用し、これより空中救難に向かう!各員、最善を尽くしてくれ!!」
作業中の者も、手を動かしながら雄々しく返答を返した。
「よし、俺たちは3式の準備だ。」
ハセンが、ぽんっとイバタの肩を叩いて促す。
「はい、ヨギさんには、ブームの切断をやってもいましょう。ハセンさんは、重輸送機の庫内で固定作業の指揮を頼みます。」
イバタの編成案にハセンはすぐに答える。
「了解!」
─────────




