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第五話 「翼の休息」 ~伝えたい想い~

「え~?あたし、そんないいものじゃないよ~?こんな感じで、ばかだし。……そのせいで、一回…兵士資格剥奪されそうになったし…。」


 そう言って何気なく、呑気に笑ってみせた。


 だが、

 それを聞いたユゥリは、一瞬にして深い悲しみを顔に浮かべて泣き出しそうになる。


「…ユゥリ?」


 驚いて戸惑うアメリに、がばっ、とアメリにしがみつくユゥリ。

 そして、アメリの胸に顔を埋めて震えだした。


「ど、どうしたの?ユゥリ…?」


 ユゥリの肩に手を添えて、尋ねるアメリ。


「アメリっ…!」


 目に涙をためて、ゆっくり顔をあげるユゥリ。


「ごめん、……ごめんね、アメリ…!!」


 アメリは戸惑いながらも、首を横に振って、答える。


「…ちゃんと聞かせて?私、なんにも気にしてないから。」


 ユゥリが絞り出すように答える。

 …あの事件──。


 アメリが地球人兵士に暴行を受けた、あの事件のことだ。


「……辞めるんじゃなかった、……アメリたちと一緒にいればよかった、って。」


 ユゥリは涙をこぼしながら、話す。


「事件のこと聞いて……、私…本当に後悔したの……!」


 はぁっ…、と苦しい思いを吐き出すように、ユゥリは重く息を吐く。


「……辞めてなければ、一緒にいれば、私っ……絶対そんなこと……、させなかったのにっ!…って。」


 ユゥリは、震えながらアメリにしがみついて泣いていた。


 アメリは少し驚いていた。

 そして同時に安心もしていた。


「……なんだぁ、そんなことか。」


 アメリは相変わらず呑気にそう言ってのけた。

 しかしユゥリは、きっ、と怒りを顔に湛えて、


「そ、そんなこと……って!」


 また、顔を歪めて彼女は泣き出す。


「ばかぁ!!私、ずっと後悔してたのに…!」


 すこし困った笑いを浮かべて、アメリは優しくユゥリに語りかける。


「うん…、ごめんね。心配かけて…。」


 ユゥリの背中に手を回して、優しく抱きしめる。


「でも、あたし大丈夫だったから…。……女の子の部分は、守ったから。それに…、あいつら全員、病院送りにしてやったから。」


「……私だったら、殺してた」


 アメリに抱きしめられながら、ユゥリは、ぼそっと、恐ろしいことを言った。


「だめだよ、そういうこと言っちゃ…。」


 もうっ!


 そう言って、ユゥリはアメリの肩を掴む。


「なんで……!…そんなに自分のこと無頓着なの!?」


「え~…?そう言われても…。自分のことだし、大丈夫だったんだから、もういいんだよ。……本当に頭にきたのは、そこじゃなかったし。」


 ……?


 ユゥリは、不思議そうな顔をした。

 アメリは、また困った笑顔を浮かべて、こそっと話す。


「……ママのこと」


 それを聞いて、ユゥリの目が一層、冷酷さを帯びて……更に表情が消えた。


「……今からでも遅くないから、殺っとこうよ」

「だからぁ…だめだってば……。」


 ユゥリの意外な一面を見て、アメリは結構戸惑っていた。


 ……………


 ユゥリが落ち着いてから、アメリも自分の後悔について話し始めた。


「あのとき、ちゃんと引き止めて…、教官にちゃんと反抗してれば…、ユゥリと卒業できてたのかな、って。」


 アメリが今まで生きてきた中での、最大の後悔が、これだった。

 大事な戦友の手を離してしまったことが、ずっとアメリの心を苦しめていたのだった。


「どうすればよかったのか……、私にはまだ答え出せてないけど…。」


 アメリは、ぽつぽつと話す。

 ユゥリの明確な後悔と違い、アメリのそれは深く強いが捉え処の無いものだ。

 いろんな手段があったようで、自分の力の及ばないことのようで……。考えるたびに、胸が痛くなるほどだった。


「別に…、気にすること?そんなの。」


 しかし、反対にユゥリは全く意に介していなかった。


「そ、そんなのって…!」


 アメリもまた、泣き出しそうな顔になる。


「ひどい!あたしどれだけ悩んだと思ってるのっ!?」


「そう言われても~……。辞めてなかったら、工場作れなかったし。……てか、なんでそんなこと心配してたの?」


「う~~!!なんでって…!!なんで……あーもう!」


 お互いに心配するあまり、相手の気持を追い越して過剰に心配しすぎていたのであろう。

 互いに抱えていた苦悩がいっぺんに吹き飛んだかわりに、なんだかちょっと釈然としないものも感じた二人だった。


 ……………


 辺りが闇に包まれた中、可搬ストーブの火がゆらゆらと辺りを穏やかに照らしていた。


 あの後も、二人の話は弾み、気がついたら夕闇が迫っていたのだった。

 薪を拾い集めて注ぎ足し、簡単な料理をしてお腹を満たし、また話に花を咲かせる。


 二人でいれば、他に何もいらなかった。

 喫茶店じゃなくてよかったね、二人でそう笑い合っていた。


 そうしているうちに、辺りの闇が深くなり、二人は寝袋を取り出して夜に備えた。


 樹の間に張った天幕の下で、二人は寝袋にくるまりながら軽くお酒を飲んで、また話を続けている。

 他にも考えていた予定もあったのだが、話すことが見つかるうちはこうしていようと、二人で笑い合っていた。

 この時間に勝るものがあるとは、とても思えなかったのだ。



「あたしも、飛行舟ライセンス取ったんだよ。民間ライセンスだけど。」


 ユゥリがそう教えてくれた。

 錬成所を辞めて、しばらくしてから時間があるときに通って取得したそうだ。

 軍と違って、随分簡単だったと笑っていた。


「やっぱり、あの教官ヘボだったんだよ…。」


 アメリは、またしてもそう愚痴っていた。


 リヒトに話した時は、どういうわけか彼はあの教官について擁護するような言動も見せていたのだが、それは本人に会ったことがないからだと、アメリは勝手に決めつけていた。


「アメリが上手だったの、それは間違いないよ~。」


 ユゥリは相変わらずそんな事を言ってくれる。

 でも、アメリの中では自分より絶対ユゥリのほうが腕がいいと決めつけてもいた。


 ユゥリが、ごそごそと身体をよじって寝袋ごとアメリに身体を寄せていく。

 それを見て、アメリも同じようにもそもそと寝袋にくるまったままぴったりと身体を寄せた。


 動き方と相まって、なんだかお互い芋虫のようだった。


 そして、寝袋のファスナーを少し開けて上半身を少し起こす。

 軍用のオリーブグリーンの武骨な寝袋の中から、お互いの寝巻き……、アメリの黄色とユゥリのピンク色が覗き見えている。


 まさに幼虫の芋虫から、美しい蝶が羽化しようとしているようにも見えた。


 枕元には、カバーのついた小さな燭台がおかれており、蝋燭の火がお互いの表情を情感と共に照らしていた。


「今日飛んだ感じ…、錬成所の頃とだいぶ雰囲気違ったね。」


 目を細めて、嬉しそうにユゥリが言う。


「そう?」

 アメリが問い返す。


「うん、…なんか、優しくなったっていうか。」


 優しい…?

 飛び方が?


「うーん、確かに…最近飛び方の癖みたいなものを見直してはいるけど…。」


 そんなに違うかなぁ…。

 とアメリは思い返していた。


「……リヒトさんに教えてもらったからかな。」


「リヒトさん?」


 思わず名前を出してしまったが、……問題はないだろう。

 せっかくなので、彼のことも少し触れておこうと思う。


 今日、ユゥリに会うきっかけをくれた人でもあるのだ。


「うちの分団にね、なんか…すごい人がいるの。」

「イバタさんじゃなく?」


「…うん、今日ユゥリに会いに来ようって…、きっかけをくれた人なの。」


 少し、遠くを見るような、そんな不思議な表情をしてアメリは話し出した。

 ユゥリも初めて見る、アメリの表情だった。


 イバタについては、ユゥリも聞き及んでいたそうだ。

 中央でもちょっとした名の通った人でもあるし、掛け持ちしている役職の数がとんでもないのだ。

 地球とドルイド双方に太いパイプを持つ彼は、部分的にではあるがE&Iの設立にも関わっているらしいということも聞くことができた。


 話の流れで出て来たのだが、実は例の事件のとき、ユゥリが真っ先に相談した相手がイバタだったらしい。

 彼は当時、錬成所の顧問団に所属しており、行きがかり上ではあったのだがアメリの名誉回復にも尽力してくれていたのだった。

 そういう意味で、アメリの現状は間接的にユゥリの助力もあっての結果と言えるのかもしれない。


「ふぅん…リヒトさん。」


 ユゥリは、話す様子からその人がアメリにとってなにやら特別な存在であるように察していた。


「……なんていうか、最初は変な人だな~って思ってたんだけど。」


 存在感が薄いし、しょっちゅう出張で姿が見えなくなるし、出勤していてもハンガーの隅っこで一人で作業してるし…。

 結果的にではあるが、第四分団に配属してから半年以上の間、ほとんど会話らしい会話もしたことがなかったのだ。


 しかし、ある日。

 アメリが配属して3ヶ月ほど経った頃、緊急出動がかかった時……。


 輸送任務からもどって来たばかりの彼は、6式の機体を、あっという間に救難装備に切り替えてそのままハンガー前から一瞬で飛び去って行った。


「よし、リヒトが上がった!今のうちに他の機体の準備を整えろ!」


 イバタが他の団員に声をかけて、それを聞いた誰もがリヒトを信頼してる雰囲気が伝わってきた…。


 実はすごい人なのかも…と思って後日、団員に聞いてみたところ、


「リヒト?うちのエースだよ。」

「あぁ、うちで一番腕がいいのが、彼だな。」

「リヒトより飛ばしが強いやつなんていないだろ、ははは。」

「なんか、ホントはすごい数の勲章貰ってるらしいよ。全部断ってるけど」

「団長より上だな。イバタさん本人もそう言ってる。」


 すべての人が口を揃えて、一番だというのだ。


「…そんなことって、あると思う?」


 アメリが当時の気持ちを思い出しながら、ユゥリに問いかけた。


「イバタさんより……上…?」


 聞かれたユゥリは、あからさまに疑惑の表情を浮かべた。


「そんな人いるの……?」

「あたしもそう思った。」


 そう言って、アメリは少し得意げな笑みを浮かべた。


 それから、すこしずつ彼の挙動を目で追うようになっていった。


 普段の彼は、本当に目立たない。

 いつも決まった時間に来る訳では無いが、他の団員より分団の仕事に多く出ている。

 他に掛け持ちしている仕事も、少ないようだ。


 彼は6式を好んで使う。

 分団の6式は一般的な3型ではなく旧式の2型が充てがわれているが、これは彼の意向によるところが大きいと言っていた。

 一度、3型と入れ替えの機会があったそうだが、彼にしては珍しく強く反対したそうだ。


 気がつくと姿が見当たらない。

 それなのに、なにか起こると誰よりも早く現場に到着している。


 難しい仕事が舞い込んでくると、誰もが必ずリヒトに声をかけて手伝ってもらっている。


 ………

 すこしずつ、彼に興味が湧いてきた。


 ところが、他の団員とは普通に話しているのに、アメリが話そうとすると何故か彼はいなくなる。

 存在感が薄い…だけではない。なにか他人を寄せ付けないような、そんな雰囲気を感じる。ひょっとしたら避けられているのかもしれないとも感じた。


 指令室で書類仕事の手伝いをしていると、時々話す機会が訪れた。だが大抵の場合は、二言三言だけ話して、要件が済んだらそれっきり。


 なんだかおかしいと思って、思い切ってカンプに聞いてみたことがあった。

 そのときカンプが言った言葉──


「そういうふうに……、無理して話すな、って。」


「……どういうこと?」


 アメリの言葉に、ユゥリが怪訝な表情になる。


 アメリも、最初は意味が分からなかった。

 話してはいけない人などいるのだろうか…?


 当然その疑問をぶつけてみた、カンプに。

 その時のカンプは、普段の陽気な彼からは想像できないほど、深く憂いを帯びていたのを覚えている。


「──わかんねぇんだ、俺にも。…たぶん誰にも。」


 彼の持っている体質……。


 それは、他人の近くにいると苦痛を伴うという、まるで呪いのようなものだった。


 どうすればいいんだろう。

 彼のことが知りたい、飛行舟についてもっと教えてほしい。


 でも、どうすれば……。


「──見てみな。」


 そう言ってカンプはリヒトと話すマルタを指さした。


「間に…飛行舟を挟んで話すんだ。会話の内容も、それから…慣れるまでは、物理的にもな。それが、あいつとのちょうどいい距離だ。」


 それからそうやって、すこしずつ慣れていって……。

 つい先日、ようやく一緒に飛行舟に乗って空を飛ぶことができた。


「すごかった…。」


 夢見心地な表情で、アメリはそう呟いた。


「そんなに?」


 ユゥリが問い返す。


「ぜんぜん、派手じゃないの。でもね、ものすごく機体が生き生きしてるのが感じられる飛び方だったんだ…。風をしっかり掴んで、機体の飛びたい意思に応えて飛んでるみたいで。旧式なのに、むしろ3型より性能いいんじゃないかなって思っちゃうくらい…。」


「………」


 ユゥリは黙って耳を傾けている。


「本当に、飛ぶことが好きなんだな~、って。彼も魅入られてるらしいけど、そんなのなくてもきっと好きだったんじゃないかなって…。」


 うっとりと話すアメリを、ユゥリは楽しそうに見ながら話を聞いている。


「飛行舟に乗ってる時は、すごく自然で…、普通に話もできて、そんな体質なんか信じられないくらいで…。」


 ユゥリはうなずいてアメリを見ている。


「でもね…、やっぱり人が多いと、だめみたい……。みんなで一緒に乗ってた飛行舟から、一人だけ降りて行っちゃったことがあるの……。」


 アメリの瞳が少し揺らいだ。


「相手によっても、個人差があるみたい。…一緒に乗ってから、あたしとは普通に話してくれるようになったんだけど……、やっぱりそれは慣れもあるから…。普通の人の、大勢の人の中には、とても入っていけないって……。」


 そう言ってから、アメリは鞄に手を伸ばした。

 中から小さな化粧箱を取り出す。

 そして、蓋を開けて中身を取り出して、ユゥリに見せた。


「わ……、すごい!中勲章!?これ…!」


 アメリはゆっくりうなずく。

 しかし、その微笑みは憂いも帯びていた。


「ほんとはね、これ大勲章だったの……。」


 ユゥリは、びくりと身体を震わせた。


「え……?」


 当然ながら、その真意をユゥリは測りかねていた。

 大勲章は、普通の軍人ならよほどの戦功をあげなければ手にすることはないものだ。

 自警団の人間が手にするのは異例なこととも言える。


「その、リヒトさんがもらうはずだった勲章…。」


 アメリは、一つ、涙をこぼした。

 悲しそうな笑みを湛えたまま。


「リヒトさん、自分の勲章辞退して、……あたしに推薦くれたの。」


「ど、どうして…?」


 推薦自体はそれほどおかしなことではない。

 しかし、辞退して推薦したということと……

 アメリの涙の意味。


「リヒトさんね、三等章以外の勲章は一つも持ってないんだって…。」


 三等章とは、三等小勲章のことだ。いわば参加賞のような勲章でその授与も略式であり、なにかあったときにはほぼ全員に配られるようなものだ。

 三等章でいいのならアメリもいくつか持っているほどなのだ。


 分団に宛てられた勲章ならば、リヒトの手元にもいくつか届けられている。

 しかし、それらの裏にリヒトの名前は刻まれていないのだ。


「勲章ってね、ちゃんと自分で受取りに行かない人には授与されないんだって…。」

「あ……」


 杓子定規といえばそうなのだろう。しかし、それほどの名誉ならば自らの足で取りに行くのも当然と言える。

 そして、その姿と名誉を、大勢の前に知らしめるのも、その役目と言えるのだろう。


「彼はね……、そういう名誉を受けられない……ひとなの。」


 ユゥリは、アメリの手をそっと握った。


 理不尽さに耐えている。いや、彼はそれを当然のように受け入れている。

 そのあまりの境遇を見ていることしかできない、そんなアメリの心は千々に乱れたのだ。


 その気持ちを汲んで、ユゥリはアメリの肩を抱くように寄り添った。


「……わたし、余計なことだったのかもしれないけど……。」


 うん、とユゥリはアメリを慰めるようにうなずく。


「これ、リヒトさんに受け取ってもらったの…。これは、あなたの功績です、生きてきた証です、って…ちゃんと知っていてほしかったの。」


 アメリの目からは涙が溢れていた。

 その痛いほどの気持ちが伝わり、ユゥリの頬にも涙が流れていた。


 そう、きっと…アメリはその人のことが……。


 誰かを想って、痛みを感じることができるなら、それはとても尊いことだ。

 しかし想いが伝わるかどうか、それはわからない。


「大丈夫……、きっと伝わってるよ…。」


 それでも、ユゥリはアメリにそう言わずにはいられなかった。


「私も、会ってみたいな…その人に。」


「うん、うちの村に遊びに来ることがあったら…、紹介するね。」


 想いを重ね合わせながら、二人の夜は更けていく──。

 まだまだ、このふたりには語りたいことが多すぎた。

 星の瞬く、濃紺の澄んだ空の下、長く長く……、

 二人は想いを語り明かしていた。

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