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第一話 「孤独の翼」 ~6式の飛ばし方~

 我々──、ドルイド族と呼ばれる一族は、社会概念をこれまでと大きく変え、

 親と子、性と柵、家族、そういった軛を解き放ち、新たな時代に踏み出した。

 ──全ては戦争に向かう、そんな空気がそうさせているようにも感じる。


 僕はそれら全てを紛らせるため、空を飛ぶことにした。


 村にある巨大な面積の草地では、以前から模擬戦闘演習が行われている。

 様々な戦闘車両が、防衛作戦の布陣で展開している

 村の働き手たちが、休日毎に少しづつ模擬戦シナリオを、将棋雑誌片手に駒を打つように進行させているのだ。今取り組んでいるのは、先月の官報に載っていた訓練用シナリオの布陣だ。先週までは密集していた装甲兵員輸送車がかなり広域に散らばっている。自走煙幕散布車両が噴射体勢をとっている。


 だが、主力である強襲展開車両が見当たらない。かなり前線に布陣しているのだろうか。自分の端末で戦術マップを開いてみたが、表示は先週のままで以前と変化がない。試しに、近くに停まっている装甲車両に近づき、端末を接続して更新を行ってみたが、結果は同じだった。


 どうやら索敵と情報更新が出来ていないようだ。これでは次のシナリオに進めないだろう。道理で静まり返っているわけだ。本来なら誰かしら参加しているだろうから。


 丘の上の大きなハンガーに向かう。僕の所属する自警団第四分団の本部だ。そこには索敵用を含むいくつかの飛行舟が並んでいる。どれも使い込まれた物だ。

 一機だけあったはずの新型は見当たらない。恐らく、イバタが乗っていったのだろう、彼は第四分団の団長であり、僕の所属する自警団の副総長でもある。今日も他の団員と試験飛行に出ているのだろう。彼はとても聡明であり、また気さくでもあるので周りにはよく人が集まる。でも少しも鼻にかけたところがない。僕も彼が大好きだ。


 誰もが認める一流の彼である彼は、軍からの引き合いも多い。本人はこの分団に骨を埋めることが望みであろうが、残念ながら優秀すぎる彼は、やがて戦場に行くことになるのだろう。

 掛け持ちする役職は日を追うごとに増えていっている。……おそらく、皆が思っているよりずっと早くここを離れるはずだ。戦争の足音はまだ遠い、しかし着実に近づいている。

 残り少ない時間を惜しむように、彼は周りの者と日々、一緒に飛んでいる。持てる技術を次に託せるように。


 ハンガーでは、若い女の子が一人、全金属の旧型飛行舟艇にブラシをかけていた。女、とは珍しいが、少ないながらも女の 「飛ばし屋」はいる。魅入られたのか、それとも戦争に向かう空気からか。


 彼女は僕を見つけると、ぴっ、っと略式敬礼をしてきた。

 僕は軽く答礼する。


 「お疲れさまっす!平時訓練ですか?」

と元気よく聞いてきた。


 彼女は去年こちらに移り住んだ飛ばし屋だ。名前をアメリという。顔馴染みではあるが、あまり話したことはない。彼女は二等飛行兵、僕は上等飛行兵曹だ。


 なんでも、腕のいい飛行舟乗りを多く輩出しているこの地方で学びたくて、わざわざ中央から引っ越してきたらしい。当時は、こんな田舎までとんだ物好きもいたものだ、と興味半分冷やかし半分で見ているものが多かったが、熱心で腕も悪くないため、今ではすっかり団員とも馴染んでいる。


 「まあ、気晴らし…かな?」

そう言って曖昧に答えた。


 ちらりと、機体を見回す。

 彼女が触っていたのは僕が乗ろうとしていた機体だった。


 操縦士を含め6人まで乗れる中型で、練習機ではなく実戦配備型の偵察機の払い下げだ。呼び名は、中型汎用偵察舟艇6式2型。武装は下ろしてあるが、各種索敵装置は搭載されたままだ。今日はこれを飛ばして、戦術マップの更新だけでもしておこうかと思っていたのだ。


 「もしかして、これに乗るつもりだったっすか?」

彼女が聞いてきた。


 そうだが、もちろん空いていればの話だ。彼女が乗るつもりなら、別な舟に乗るつもりでいる。他は中型練習機と重輸送舟艇、3式小型舟艇が3機だ。まあ、この中なら中練だろう。


 「いや、君が乗るんだろう?僕はなんでもいい、気晴らしだからね。」

そう答える。好みはあるが本当になんでもいいと思っていた。

 中練に目をつけ、そちらに歩いてアメリの脇を通り過ぎようとする。すると、彼女が話しかけてきた。


 「あの~…、もし良かったら、……あたしを乗せて一緒に飛んで貰えないっすか……?」


 「…?」


 「実は…」


 彼女が言うには、先程これに乗ってみたけど、どうもうまく行かない。向かいの丘を余裕を持って越えられるほど高度が出ない、というのだ。以前、錬成所にいた頃は、同じ6式だが3型の方に乗ることが殆どだったそうだ。


 なるほど、高度が出ないのでそのまま草地に降りたのか。機体の降着装置には、めくれた芝や土がくっついている。さっきからブラシをかけていたのは、それを落としていたのだ。降りた場所が悪くて再び飛び立てずに、ここまで牽引してきたのだろう。


 本当は一人で飛びたかったのだが、これが一番乗りたかった舟でもある。

 それに、最近は自分の仕事を優先して分団や組合の活動に参加できずにいた。後進の指導も組合員の大事な活動なのだ。今まで自分が最年少だったため、そういった指導などとは無縁だったのだが、彼女が入ってからはそうもいかかった。……筈なのだが、生来の人付き合いの苦手さと体調を言い訳にしてあまり彼女に指導をせずにいたのが実情だ。


 他に団員がいるならさりげなくそちらにお願いして、お茶を濁していたのだがあいにく今日は他に誰もいない。流石に今回は辞退するわけにはいかないだろう。

 幸い、先程癒やしの施術を受けてきたばかりである。心身ともに調子が良いのは事実だ。おそらく、最後まで付き合ってあげることができるであろう。


 「…うん、じゃあ…、やって見せようか。」


そう言って承諾すると、一瞬驚いたような表情を見せたがすぐに笑顔になって、



 「ありがとうございますっ!」

と元気よく礼を言った、本当に元気な子だ。いつも断っていたから、承諾したのが意外だったのだろう。


 彼女はブラシをおいてから、

 「牽引車、持ってくるっすね。」

と言うので、


 「あぁ、いいよ、要らない。」

と呼び止めた。


 「この風ならここから充分飛べるよ。」

 僕は目測と感覚で、飛ばせそうなところならどこからでも飛び立つ。そう言うと、彼女は驚いて、


 「ここから?直接っすか?!」


と言った。目の前には彼女が滑走路から助走を付けても越えられなかった丘があるのだ。ハンガーのの裏にきちんとした滑走路はあるのだが、6式では僕は基本的に着陸の時くらいしか使わない。離陸で使うのは、整備試験の時の他は荷物を満載している時くらいだ。


 早速、僕は主操縦席に乗り込んで、彼女に手招きする。それを見て彼女は急いで隣の副操縦席に乗り込む。計器をざっくりと確認する、問題ない。

 操縦桿を握り、意思を機体の隅々まで行き渡らせる……、このときの機体の手応えと肌感覚で、この機体は大丈夫、という判断をする。この感覚があらゆるものを 「飛ばす」ことを可能にしている。


 しかし、感覚に頼った飛ばし方は人に教えるのが難しいし、推奨されることではない。無口で人付き合いの下手な性格も相まって、僕に教えを求める者は多くはない。飛ばすことにかけては人並み外れていると皆も認めるところではあるが、こういう人間は軍からは呼ばれにくい。教導役として役に立たないからだ。


 予備役兵でもある僕も、いずれは呼ばれることになるのだろうが、その順番はずっと後の方だろう。

今はまだ、気ままに飛んでいられる。宙ぶらりんな立場を後ろめたくも思うが、自分が役に立てるところがあればそれでいい、今はそう思うことにしている。


 よし、と起動スイッチを押し機体に火を入れる。静かだ、変な音がしない、推進機の状態はいいようだ。動力槽に中味は8割ほども残っている、これも充分だ。


 ハンガーからゆっくり前進する、推進機を起動させアイドルのままじわじわと。降着装置は車輪付き台車に乗ったままだ。僕は彼女に操縦桿を持たせて、操縦席からするすると降りる。アイドル状態のわずかな推進力を感じながら、機体を手で押して倉庫前の舗装の端ギリギリまで寄せる。そこで僕は手で合図しアメリに推進方向を後退に入れさせる。


 機体が芝生に踏み入れて止まったのを確認して、機体の腹に差し込んであるかなり長いモンキースパナを取り出し、降着脚の隙間にスパナの柄で 「てこ」をかけて機体を僅かに持ち上げ、台車をはずす。機体後方に回って、同様に後ろ2脚の台車も外す。そして、はずした台車を申し訳程度に端に寄せて、再び操縦席へ登る。


 アメリから操縦桿を受けとり、アイハブコントロール、と声をかける。推進を前進へ、そして推力をほんの僅かに増やす。すると芝の斜面を機体はするすると滑り降り始める。現在装着されている降着装置はスキッドと呼ばれる、草地で使うソリのような脚だ。


 彼女は隣で戸惑ったような、ふええぇ…?!という声を漏らす。速度が遅いことで逆に恐怖を感じているようだ。僕は操縦桿を前後左右に小刻みに動かして機体と対話する、揚力はすでに感じ始めている。

 下り斜面はすぐに終わりを見せ始め、平らになったあと逆に上り坂になり、先で大きな丘が視界を遮る壁になっている。


 タイミングを察して、僕は推力レバーとは反対側にある主翼角レバーを前に倒す。

深く閉じていた主翼が一気に開き後退角がゼロに近くなる。6式は可変後退翼という主翼の後退角度を自在に変えられる機構がついているのだ。


 ぶわっっと、パラシュートを開いたような浮遊感を感じ機体はふわりと大きく浮かび上がる。しかし、離陸はしたものの速度があまりに遅いため、隣でアメリが 「おちる!おちるっす!」と大騒ぎしている。僕は揚力の増した分減った速度を補うため、ちょいちょいと推力レバーを前方に小突いてやる。古い機体のためレバーが渋くて微調整がしにくいのだが、これはご愛嬌だ。


 推力を僅かに増した機体は速度と揚力のバランスを取りながらゆっくりと旋回していく。グライダーのようにゆっくりと円を描くように旋回しながら少しずつネジを巻くように高度を上げていく。


 目の前に丘が迫るが、ぎりぎりで稜線を越えられるかどうか、というところでようやく丘の頂上の向こうに景色が広がり始めた。しかし、前方が開けたことで僅かに風が乱れて機首が下がる。眼前では丘の稜線がもう直前に迫っていた。隣の彼女が、今度は声を出す余裕もなかったらしく、びくっと身体を強ばらせた。


 だがこの挙動も予測済みだ。


 あえて出したままの降着装置を、跳び箱を跳ぶときの手の様に丘の稜線に、とんっと弾ませて、なんなく機体を立て直す。あとはゆっくりと推力をあげて高度を取っていく。そして充分高度が取れたところで、僕はおもむろに降着装置を格納する。6式は、ふわふわと音も立てずに空に舞い上がっていた。


 彼女は、 「は~…」っと、安堵したような感嘆したような、息を吐く。


 僕は、少し間を置いてから、今のが失速ギリギリの速度、このくらい速度が出てれば離陸できることと、これより早ければ失速することはまずない、という事を簡潔に伝える。


 そしてもうひとつ重要なこととして、ここまでの飛行で一切 「飛ばし」の能力は使っていないことも伝える。これは飛ばし屋でなくても技術で飛ばせることを表している。彼女は、


 「あたし、もっともっと速い速度で飛んでたっす、そうじゃないと墜ちるような気がして。」

と少し興奮気味に答える。


 僕は、その時の主翼の後退角を尋ねると彼女は、さも当然とばかりに、


 「全開っすよ?」

と答える。なるほど、高度が取れなかったのはそのせいか、と得心する。


 教本どおりなら間違いではないが、この機体、6式2型は主翼とその付け根の剛性が、後発の3型に比べあまり高くないため、後退角の小さい(全開)状態で速度をあげすぎると、主翼が 「捻れ」るのだ。これは速度が小さいときにも発生する 「悪癖」という評判なのだが、僕はむしろ風を掴まえて翼のしなる感じが機体の情報として豊富に入ってくる感じがしてむしろ扱いやすいと感じている。


 大きく捻れると機首上げ操作をしても機首が下を向こうとする。そこで慌ててフラップを下ろしても抗力が増して速度が落ちる、という悪循環に陥るのだ。そのため速度を上げるときは翼を後退させて抗力を抑える、翼を広げて離陸するときは、速度を上げすぎないことなどがコツなのだ。3型では、この翼の捻れる悪癖は改善されたのだが、同時に主翼の全長が少し短くなる変更を受けている。極低速での飛行性能は逆に3型で低下してしまったので、癖はあってもむしろこの2型の方が僕は好きだったりする。


 そのため、3型では常に主翼も出力も全開で飛ぶことが推奨されている。2→3型への乗り換えは問題が起きにくいが、3→2型という乗り換えは珍しいケースなので、彼女も戸惑ったのであろう。


 それらの事を、なるべく早口にならないように、ゆっくり順を追って説明する。正直なところ、僕にとってこういう説明は 「飛ばす」事よりもずっと難しい作業だが、なんとか伝わってくれたようだ。


 「舵と推力取りながら、後退角まで動かせないっす。これ、難しいっすよ~…」

とすねた声で控えめに抗議してくる。でも、若い割にちゃんと話の聞ける子らしい。珍しくも好ましい反応に、普段の僕ならあまりしない 「具体的な」やり方を教えてあげることにする。


 (この機体の主翼後退角レバーは操縦者の外側、つまり期待内壁の側面についている、本来操縦系は左右どちらの操縦者からでも操作できるように中央に集約されるものだが、この機体は構造の簡便さと整備性を重視し、レバーを主翼に直付けするような構造をとっている。そのため、推力と後退角を同時に操作できないという欠陥を抱えている(左右同時に操作すると操縦桿から手を離すことになる)のだ。)


 推力はアイドルより少し上げた状態で速度が落ちないように固定、上げ舵もやや上昇位置でトリムを固定しておいて速度が乗ったら、主翼後退角レバーをじわじわと倒していって離陸したところで止める……、というやり方だ。主翼角の変化による揚力中心の偏位を利用して上昇角を調整するのだ。これは本来は邪道なやり方なのだが、癖の強いこの機体の場合は、速度を一定のまま主翼後退角を動かして挙動がどう変わるかを身体で覚えるのが近道のように思う。


 先ほどやって見せたように、機体そのものの揚力はとても高い。翼を畳んだ状態でも条件がよければ離陸できるほどなのだ。彼女は、


 「へー!それなら出来そう、やってみるっす!」

と喜んでいる。そして矢継ぎ早に、


 「速度はどれくらいがいいんですかね?」

と訪ねてくる。


 数字で具体的に教えてもいいが、……低速離陸は気圧や風向、その他の状況や何より 「体調」によってもだいぶ変わってくる。

 そもそも僕は速度計を注意して離陸したことがないので、具体的な数値が本当に正確かどうか正直自信がない。根っからの感覚派なのだ。こういう人間は教官には向かないだろうなと思う。


 そこで、 「ほら、これ」と言って手を伸ばして頭の上で手を振って見せる。そう、風防を閉めていないのだ。あっ、と言って、アメリはそこでようやく思い出したように気づく。風防を閉めなくても会話ができるくらいの速度、これが分かりやすい目安だ。隣の声が聞き取れないようなら速すぎる、つまり主翼に負担がかかり始める速度だ。これなら天気が良ければいつでも実践できるだろう。


 アメリは喜んで、早速いわれた通りに色々やってみようとしている。


 が、残念ながら付き合ってやれるのはここまでのようだ。眼下の滑走路に、例の新型が停まっているのが見える。発光信号でこちらを呼んでいる、先に飛んでいたイバタだろう。


 「分団長がお呼びみたいだ、降りるよ。」

彼女にそう声をかけて滑走路に旋回しながら降下していく。


 主翼を後退させ、揚力を強引に削って少し早めに高度を落とす。この折り方で速度が速いのは怖いのでエアブレーキを目一杯開ける。同時に失速も防ぎたいのでフラップも目一杯下げる。ゆっくりでも最短距離で降りることで時間を短縮する、降着装置も早々と下ろしておく。強引に機首を滑走路に向けて降下し、接地間際でグライダーのようなフレアをかけて対地速度を一気にゼロにする。その後、素早く、鳥が羽ばたくように主翼を広げてふわりと接地させる。およそセオリーと物理法則を無視したような降り方だが、衝撃はほぼゼロだ。


 「は~…!、スゴい降り方っすね……」

と、感心したように言っているが、これはイレギュラーなやり方で全く推奨できない。単に急いでゆっくり降りたいからこうしただけだ。


 「今のは真似しちゃダメだよ、降りるときは普通にね。」

そう言って念を押しておく。そして、ささっと機体から降りる。


 機体の上からアメリが、

 「ありがとうございましたー!!またお願いします~!」

と礼を言ってきた。僕は軽く手を上げて応えておく。



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