第五話 「翼の休息」 ~再会~
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待ち合わせの場所は、意外な場所だった。
いや、意外というか予想外…アメリの選択肢の中には存在しない場所だった。
「ここ…だよね?」
もう一度、自分の端末でユゥリとやり取りした通信文を読み直す。
『E&I生活協同工廠ダンノ村支所』
名前の通り、工場である。
E&I生活協同工廠の名前は最近では良く聞くようになった。
人的リソースの乏しいドルイド族の生産を一部代替する役割を担ってもらおうと、一族の評議会と地球勢力との交渉の結果生まれた合弁企業である。
基本的には内部で生産される品目は全てドルイド族向けの品物ばかりだ。
名前に「生活」と入っている通り、その生産品目の殆どが食料品と生活必需品である。
地球側でも、ドルイド族の思想と品質の高さ、そしてその生産手法を取り入れる目的で、従業員の半数ほど地球人を送り込んでいる。
組織の構成的には軍の錬成所と似たようなものであるが、あちらは地球主体の運営、こちらはドルイド主体の運営という感じだ。
しかし、その規模はまだまだこぢんまりとしている。
気鋭の企業ではあるが、従業員数は全体でも200人程度。
このダンノ支所は25人ほどしか在籍していない。
前々日までは、ジルクタウンの喫茶店で待ち合わせのはずだったのだが、夕べ急に変更の連絡があったのだ。
飛行舟で移動するためどこであろうと問題はなかったのだが、実際に来てみるとだいぶ戸惑ってしまった。
敷地の駐車場の隅に着陸して大丈夫、ということではあったのだが、他所様の敷地にいきなり着陸するのはさすがに憚られるため、正門の前の道路に着陸してから、路側帯の駐機スペースに収めた。
機体の火を落として降り、風防をロックする。
道路は交通量がごく少ない。従業員と物資輸送の大型車両以外は通るものがいないような道路だ。
だが、工場の周囲にはドルイド式の住居が点在しており、湯場らしきものも見受けられる。
人の気配は少ないが、暮らしの息吹が感じられるのだ。
ここは、工場の建設にともなって新たに村として開拓が進められた場所だと聞いている。そう聞くと、確かに土地に根付いているというよりは、旅の果てに辿り着いたような趣を感じる。
ラインガーデン村のような雰囲気も感じるのだが、まだ作りかけの途中という印象を受けた。
伝統的なドルイド族の集落に似せて作っているのだろう。工場に携わる人たちが暮らす住居として少しづつ増えているようで、建築途中の建物もちらほら見える。
どこか不思議な感じがするのは、居住者に地球人が混じっているからなのかもしれない。この工場は半数ほどが地球人のはずだ。
これまでは、既にある集落に隣接する形で工場が作られていたが、ここに関しては一から集落ごと形成するという新たな試みがされているそうだ。
力強い人々の営みを感じて、機体の横でアメリはしばし、集落の景色に見入っていた。
「良い景色でございましょう?」
不意に声をかけられた。
いつの間にか、となりに誰か来ていたようだ。
声のする方へ顔を向けると、工場の守衛服を着た男が穏やかな表情で立っていた。
男性としては小柄だ、…いや、この男は地球人なのだろう。異民族の年齢を推し量るのは難しいが、恐らくは老年期に入っているらしく、帽子の横から白髪が見てとれる。
地球人を見ると無条件に警戒してしまうアメリだったが、不思議とこの人にはそのような事はなかった。
相手の意識に、敵意が含まれていないことが安心をもたらしているのだろう。
「はい、なんだか私の住んでる村に似てる感じがします。」
アメリがそう答えると、男は嬉しそうに微笑んだ。
「そう言っていただけると、ほっとします。」
そう言ってから男も集落に目をやり、
「ここは、地球人も多く住んでおりますが、なるべく土地の人に合わせた暮らし方をしようと、取り決めを交わしておりましてな…」
そして、目を細めながら穏やかに続ける。
「それが、ドルイド族を知ることに繋がり…やがてはお互いを理解する架け橋になる、そう考えての事だと伺っております。」
すると男は改めてアメリに向き直った。
「これは失礼、挨拶がまだでしたな。」
そう言ってから、男は胸に手を当てた。
…握手ではない。これは、ドルイド族の伝統的な挨拶の仕方だ。
「まだ不馴れなものでして、…このやり方でよろしいのでしょうか?」
男が少し心配そうな顔をして尋ねてきた。
ドルイド族に決まった挨拶の仕方というものはない。
「相手の民族の挨拶の仕方に極力合わせる」というのが唯一求められているのみである。その為、この場合は握手で構わないのだ。
だが、この男はドルイド族に敬意を示し挨拶の仕方をアメリに合わせてきたのだ。
まさしく、ドルイド族のように。
厳密にいえば、この挨拶は儀礼的なときに用いるもので普段の挨拶ではあまり使われない。普段は、お辞儀でも握手でも、手を挙げるでも抱擁でも何でも良いのだ。
だが、少し改まったやり方というだけで、これも間違いではない。
アメリも、同じように胸に手を当てて礼を返した。
「ドルイド族の正しい応礼です、ありがとうございます。」
アメリは、男の善意にお礼を言った。
思えば、この礼をしたのは巡礼に出たとき以来かもしれない。
アメリ自身は久しくドルイドの儀礼から遠ざかっていたのに、地球人から正式な礼を受けることになるとは…。
ドルイドでありながら自分が不義理だったことが少し恥ずかしく、また不思議な感じもした。
「アメリ二等飛行兵です、ラインガーデンの自警団に所属しております。」
今度はアメリの方から名乗り、そして手を差し出した。今度はこちらから相手に合わせようと思った。
「ムトウと申します。この工場で守衛のようなことをしております。」
彼はそう言って、アメリの手を握り返した。
何故だか、手をとった瞬間、相手が少し大きく見えた気がして、アメリはほんの少したじろいだ。
ようなこと?
守衛さんじゃないのかな、制服着てるのに…?
「え…と、私、今日ここで待ち合わせしてまして…。その人には、中に停めていいって言われてたんですけど、本当に大丈夫なんでしょうか?」
アメリは遠慮がちに聞いてみた。
すると彼の表情がほころんだ。
「ええ、伺っておりますよ。そうなのではないかと思いまして、お声がけさせていただきました。」
彼はそう答えた。どうやらユゥリがちゃんと話を通しておいてくれたようだ。
「着陸地点に誘導いたしますので、どうぞ中に停めて下さい。」
そう言って彼は帽子を被り直し、敷地の中に戻っていった。
関係者の許可がもらえたので、機体を動かすことにする。
手早く機体を起こし、ごく短い滑走で離陸、その後敷地の中に進入して着陸地点を確認する。
先程の男性が、大きく手を振り、それから手信号で着陸地点と進入方向を指示してくれていた。
しかし、
「え、そこ正面口の前だけど…いいの?」
思わず声に出てしまった。
彼が指示していたのは、事務所の入り口の真ん前の部分である。さすがにそこに停めるのは…どうなのだろう。
アメリは思わず戸惑い、着陸態勢から高度を下げずに一度旋回してしまった。
すると、彼は笑みを浮かべていっそう大きく手を振る。
構わないから、下ろしなさい。
そう言っているようだ。
アメリは躊躇しながらも、指示された場所に機体を寄せて下ろしていく。
空中で目一杯減速させ、機体の重量を飛ばしだけで支えてほぼ垂直に下ろしていく。推進力方向は下方へ偏向させているが推進力は使っていない。あくまで精神力で支えきれなくなったときのための補助だ。
先日の救難活動以来、アメリが意識的に行っている飛ばしだけでの着陸だ。
先日の救難活動では、図らずも飛ばしの能力をフル活用することになった。
もともとアメリの飛ばしの能力は、強くもないが弱くもない。平均的なものではあったのだが、あの日以来この能力をもっと鍛える必要性を感じていたのだ。
緊急時ほど堅実に。
これは真理だが、堅実さだけではどうにもならない場面というのも往々にして発生する。先日のような過酷な現場などはその典型だ。
現場に居合わせた男たちは、それこそ呼吸をするかのごとく自然に強力な能力を繰り出して活動を支えていた。
アメリ自身も、離陸時は能力をフル活用することになったのだが、最後の離陸のときにはさすがに精神力の息切れを感じていたのだ。
もっと強くなりたい。
アメリはそう思い、団員みんなに能力の鍛え方を聞いて回ったのだが、これはいまいち要領を得なかった。
誰に聞いても、普段から使っていて、別に鍛えようと思ったことはない。
という答えばかりが返ってきた。
中には、鍛えようが無いんじゃないか、という者さえいたほどだ。
最終的に、リヒトに聞いてみたところ、同じような見解が返ってきたのだが、彼が言うには、
「みんなに共通しているのは「普段から能力を使い込んでいる」という点だ。身体に覚え込ませるというのは無駄にはならないと思うよ、機体の制御の練習にもなるし。意識的に、普段から飛ばしを使って機体を下ろすようにしてみると良いんじゃないかな。」
ということらしい。
離陸ではなく着陸時なのは、離陸は基本的に復行(やり直し)できないためだ。
錬成所時代は地球人の教官が多かった事もあって、飛ばしを多用することはなかった。
一方、団員の多くは物資の輸送などで日常的に飛ばしを使っていた者ばかりなのだ。
違いはそこに集約される。
考え方としては間違っていないはずだ。
やってみて駄目なら別な方法を考えればいい。アメリは持ち前の楽観的堅実さでそう考え実践していたのだ。
機体を静かに着地させ、推進器をアイドルに戻してから翼を畳んで機体の火を落とす。
風防を開けてムトウの方を見る。
彼は帽子に手を添えてお辞儀をしていた。
「あの、…本当にここでいいんですか?」
アメリはムトウに確認した。
「はい、所長の許可を頂いております。お気になさらずに。」
彼はそう言った。
いいと言われているのだからいいのだろう。
少し落ち着かなかったが、機体から降りた。
「アメリっ!!」
少し艶のある、それでいて若々しい声で呼ばれた。
声のする方を振り替える。
事務所の入り口から飛び出してきて、もう目の前に迫っていた顔。
飛び込んできたその身体を両手で受け止めた。
「ユゥリ…!」
「アメリ~♪会いたかったぁ…!」
ユゥリはぎゅっとアメリを抱きしめた。
空白の時間を埋めるような、思いが伝わってくる。
しばらくそうしてから、ようやく彼女は身体を離したが、それでも手はしっかりと握られていた。
懐かしい香り、ユゥリの声…。
ずっと会いたかった、でも会えなかった…。
一緒に卒業できなかった、そして…彼女の想いをちゃんと受け止めていなかった…。
いろんな罪悪感があった、でも…
それをも包み込んでくれるような優しい声。
アメリは、涙が溢れていた。
「ユ゛ゥリ゛ぃ……~!」
顔をくしゃくしゃにして、アメリは泣き出してしまう。
こんな自分を、まだ笑顔で受け入れてくれる。アメリはその事に心から感謝していた。




