第三話 「惜別の翼」 ~熟練管制官と、損害制御~
「離陸する!」
宣言して、推進機レバーを倒す。同時に飛ばしの力を効かせて一気に加速する。
その時……!
周囲の人達が悲鳴を上げるような表情が視界の隅に見えた。慌てて飛び退くように倒れ込む人もいた。
ぞくり……!
本能的に危機を察知する。
飛ばしの力を全開にして無理やり機体を持ち上げる……!
だが、遅かった。右側から建物を突き破って岩と樹木と泥が一緒になったようなものが押し寄せてくるのが見えた……。…斜面の崩落だ!
がしゃん!!
機体が大きく左側に弾かれ、体勢を崩す……、が全力で機体を抑え込み主翼が地面に接触するのだけはなんとか防いだ。
機体はそのまま斜めになって飛び上がる……。
地上では、驚愕と絶望に満ちた人たちの表情が一瞬だが目に入った……。
世界が音を取り戻す。
警報音が聞こえる。
「アメリ!!大丈夫か!?」
怪我を確かめようと声をかけると、顔を歪めながらも気丈に彼女は答えた。
「だ、大丈夫です。乗客の皆さん!大丈夫ですか!?」
アメリは、後ろの乗客に声をかけ始めた。後ろからうめき声が聞こえる、今の衝撃で打撲傷が増えてしまったかも知れない…!
「……こっちは僕が引き受けます!操縦に専念してください!」
その時、荷室にいた若い彼が、身を乗り出して重傷者に声をかけてくれている。
「…す、すみません!助かります、おねがいしても?」
アメリの呼びかけに、若者は大きく頷いた。
「もちろんです!任せてください!」
そう言って座席の間に身体を滑り込ませて、乗客たちの様子を確認し始めてくれた。彼も貴重な戦力だ、感謝しなければ。そう思って操縦桿を握り直し気を取り直す。
「機体の損傷を確かめる、警報チェック。」
アメリも表情を平静に無理やり抑え込み、計器と警報を確認する。
「機関、作動系統、は異常なし、……降着装置が故障との表示です!」
飛行には支障はなさそうだ。だが降着装置が…壊れてしまったようだ。この機体は練習機のため、固定式の車輪付きスキッドが標準仕様なのだ。故障したとしても、もともと引き込む必要が無いため影響は少ないが……。
「損傷具合を確認する、アメリ、ユーハブコントロール!」
「アイハブコントロール!」
リヒトは風防を開けて身を乗り出し、半ば、ぶら下がるようにして下方を確認する。
ひと目見て……これは…だめだ。と判断する。
操縦席に身を戻して風防を閉め、アメリに報告する。
「右の主脚が完全に折れている、これでは着陸ができない…!」
聞いたアメリの表情が一気に険しくなる。
「アメリ高度を取るんだ、方向はライトメリコ方向。」
「了解!」
続いてリヒトは通信を繋ぐ。この損害の制御をしなければ…。
「ライトメリコ管制!ライトメリコ管制!こちらパイン2応答願う!」
応答はすぐにあった
「パイン2!こちら管制!リクエストどうぞ!」
「緊急!緊急事態、よって長文で伝える。…当機は主脚を損傷している。現状では通常の着陸は不可能。よってサンドキャプチャーの使用を要請したい!……当機は救助作業にあたっており、現在、既に負傷者を乗せている、5名だ。重傷者もいる、着陸後すぐに搬送が必要だ。滑走路脇に搬送車両を用意してくれ。それから、負傷者を降ろしたら、当機はすぐに救難任務に復帰したい。前述の通り当機は右側の主脚を損傷している。代替機か、もしくは降着装置の交換部品があったら用意しておいてもらいたい。できるだろうか?オーバー!」
(サンドキャプチャー:降着装置等に異常があり通常の着陸ができない際に使用する設備。スキッドレーンに砂を満たした大きな箱型の台車を備えて、その上に降ろすことにより機体を受け止めつつスキッドレーンを滑らせて衝撃を吸収する。ほぼ、飛ばし屋専用)
少々、リクエストが過ぎたかも知れないと思いつつも、……緊急時だ、なんとか対応してほしいと願う。
「こちら管制、よ~し!……一つずつ行こう。まずはそちらの機体、何を使っている?」
落ち着いた管制官の声だ。慣れた様子で、確実に対応していくつもりのようで幾分気持ちに余裕が出る。
「こちらの機は中練機6人乗り仕様だ、右側の主脚の交換を頼みたい。」
「了解ぃ!それなら、……あるはずだ!用意させておく。それから、スキッドシュートに…、サンドキャプチャーは用意させているが、……何分でこちらに着く?」
空域マップを見て現在地からの時間を割り出す…。
「全力で飛んで……35分、それくらいだ。」
「…もう少し、なんとかならんか?実は、30分後から救援物資の搬入が始まる予定なんだ。物資投下が始まったらスキッドシュートレーンは使えなくなってしまう……。どっちにしろ怪我人がいるならそちらを優先しなければならんが、……むこうも輸送スケジュールが立て込んでる。なんとか引き伸ばしてみるが…10分が限界だぞ。」
かなりのタイトなスケジュールだ。
間に合わせるためには……
機体も万全じゃない上に、着陸もできない…。
そしてなにより、現場の指揮にもすぐに戻らなければならない…。
一瞬で頭をフル回転させる。
「…パイン2、どうした、応答しろ、…パイン2!」
「……ライトメリコ管制!こちらパイン2、了解した、なんとか間に合わせる!……ただし!」
僕はアメリの顔を見て、決断する。
「以降の操縦は、…副操縦士のパイン13が引き継ぐ!」
「えっ!?」
アメリが驚いてこちらを見るが、慌てて視線を前に戻した。
「管制了解!パイン13、聞こえるか?」
アメリはヘッドセットを切り替える。
「は、はい!こちらパイン13、以降操縦を引き継ぎます、よろしくお願いします!」
「よろしく頼む!よし、そちらの識別をパイン2からパイン13へ切り替える!」
レーダー上の識別信号表示が【PINE2】から【PINE13】へ切り替わる。他の機からもこちらがパイン13として認識されるはずだ。
「要救助者の搬送の方は大丈夫だ、安心して届けてくれ。作業員も用意しておく!頼んだぞ!オーバー!」
「管制へ、感謝する!パイン13、オーバー!」
管制官も熟練者だったようだ。思った以上に手厚い体制をとってくれている。災害発生に合わせて、管制官も増員されているのかも知れない。
「高度と速度をあげるんだ、雲の下ギリギリを通過する。回頭020。」
アメリに指示を出す。
雨雲は低く垂れ込めているためあまり高度は取れないが、速度を稼ぎたい。
「回頭020、了解!」
機首を020に向けながらも、アメリは不安そうだ。急に操縦を引き継げと言われた意図も計りかねているだろう。そして、問いかけてくる。
「あ、あの、この方位って…どこへ?」
そう、この方位は……、
「第四分団屯所だ。…そのまま操縦続けて。」
そして、通信を繋ぐ。
「こちらパイン2、第四分団応答願います!こちらパイン2!第四分団、応答を!」
だが、返答はない。
くそ……、まだ誰も来ていないか、それとも出払っているのか……。
もう一度、呼び出す。
「第四分団応答を!」
その数秒後……。
『こちら第四分団、……応答はバシュリー上等兵、ご安全に。』
低くて力強い声が耳に入った。
バシュリーさん…!?
彼は、めったに通信に出ることはない。自分の声を、低くて籠もっており聞き取りにくいだろう、と言って、普段から他の人間に任せているのだ。つまり、今現在、屯所には彼一人しかいないということだろう。
「こちらパイン2リヒト上飛曹です、緊急時につき長文で伝えます。…当機は大規模な土砂崩れの現場に遭遇。その後、救助作業に当たっており、現在すでに要救助者5名を搬送中。当機はこのままライトメリコに向かいますが、途中第四分団上空を通過し……パイン2は分屯所で降機します。」
「……こうき…?降りるんですか?!」
アメリが驚いている。
『……了解、リクエストは?』
バシュリーさんが次の指示を待っている。
「機体の準備を……6式を、お願いします!機体は使えますか?」
『機体は空いている、……救難装備を搭載しておけばいいか?』
「はい、それと……スキッドを外して車輪に換装をお願いできますか……?」
一瞬、間があく。すべての作業にかかる時間を頭で概算しているのだろう。
『……こちらへの到着予想時間は?』
「…およそ、6分後」
普通に考えれば無理だ…。なんとか、途中まででも作業を進めておいてもらえれば…。
『……わかった、やってみる、ご安全に。』
「お願いします!ご安全に」
通信を終えると、アメリが勢いよく問いかけてくる。
「この機を、降ろすんですか!?」
次回もお楽しみに
書き溜めてある分が残っているうちは、毎日更新予定です。(時間は不定期です)
なお、この物語は、
法律・法令に反する行為、および、現代社会においての通念上好ましくないとされる行為を容認・推奨するものではありません。