第二話 「魅入られし翼」 ~皆さんお揃いで…?~
「私の勘違いだったのかぁ…」
勘違い?
「あ!いえ!!か、勘違いじゃないですはい!なにも勘違いしてませんよ、あはははは♪」
まあ、事がコトだけに……いろいろあるだろう。
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「第四分団、応答願います。こちらパイン2、第四分団応答願います。」
辺りはすっかり闇に包まれている。
高度を下げたため、景色の広がりもそれなりだ。空中衝突を避けるため、機体についている標識灯を全て点灯している、発光信号は「着陸動作」で自動発光させている。
応答がない。まだ全員帰宅するほどの時間ではないが、そういうこともある。
「みんな、帰っちゃったんですかね?」
アメリも気にしている。
別にどうってことはないが、可能な限り機体は元の状態に戻しておくのが望ましい。こんな高下駄状態で置いておいたら、次に乗る人が困るだろう。誰もいないとなると、アメリと二人で作業することになる。
僕は、夜遅くまで作業することになっても、なにも気にならないが、アメリは早く家に帰してやりたい。一人でも時間さえかければ十分できる作業だ。誰もいなかったら、アメリは先に帰そう。性格的に素直に帰ってくれるとも思えないが。
一応、もう一度呼び出してみる。
「第四分団、応と…」
そこまで言ったとき、上書きするように返答が帰ってきた。
「…はいはいはい!!こちら第四分団応答はカンプ!ご安全にーー!」
急いで走ってきたような声だ、カンプらしい。団長からはカンプちゃんと呼ばれているムードメーカー的な男だ。
「こちらパイン2、ご安全に。えーと、そろそろそちらに到着するんですけど、滑走路灯つけて貰えますか?」
「あー、リヒト出掛けてたんだもんな、了解了解。おつかれさん。」
「すみません。…カンプさん、お一人ですか?」
あわてて通信に駆け込んできたところを察するに、ハンガーで作業中だったのだろうか?
「いやー?そんなこと無いよ、ていうか……結構いっぱいいる。」
いっぱい?どういうことだろう?
「あー……んとね、管制で長々話しててもあれだから、降りてから話すわ。訳あってサーチラも点けるから、正面にいたら気を付けてな。「接触注意!」ご安全にー。」
「り、了解。「接触注意」ご安全に。」
注意喚起は聞こえた者すべてが復唱するのが現場の習いだ。今回も復唱して、通信を切る。
接触注意…?
アメリがなにかに気付く。
「あれ?カンプさんって今日は…」
……そうだ。
「今日、全休だったよな?」
サーチライトも点ける…?
確かに夜間の着陸は危険が伴うので点灯することが推奨されているが、うちの方ではあまり実行されることは少ない。そして、接触注意……。
「何か、あったんですかね…」
アメリが心配そうに言う。
「たぶん、そういう事なんだろう。団員の事故じゃなきゃいいけど。」
団員でなければいい、というものではないのだが、やはり身近な人の安否は気になるものだ。
やがて、遥か前方にうっすらと滑走路灯が灯る。長い飛行を終えて見る灯火はいつ見ても安心感がある。
「滑走路、軸線上に無し、大丈夫だ。」
そして、滑走路灯点灯からきっちり10秒後、滑走路を含めたハンガーやその他の建物、周辺の草地までも浮かび上がらせてサーチライトが灯る。これだけ距離があれば眩しくないのだが、ライトの真正面に入っていたりすると目が眩んでしまうこともあるため、正面にいたら注意と声をかけたのだ。
「滑走路視認、回頭する」
見えた滑走路を正面に捉えるべく、機首をわずかに回頭させる。何度となく、実行してきた夜間着陸だが、妙な緊張感が出てきた。
「地方管制、地方管制。……こちらパイン2、これより着陸動作にはいる。以降は地元管制に移行する。」
「パイン2、こちら地方管制。了解した、お気をつけて。」
地方局の管制から離脱し、着陸に専念する。
「アメリ、周囲の警戒よろしく頼む。」
「了解です。」
アメリも察するものがあるのだろう。レーダー表示と肉眼とで、真剣に周囲を窺っている。
滑走路を正面に捉え、減速を開始する。
高度を下げると地元しか飛ばないような一般人も多い。接触……、そうならないのが一番だが、万が一に備え、速度をぎりぎりまで落とすことにする。ただ、あくまでも空力で飛べるぎりぎりだ。
「ガイドスロープ、捕まえました。降下率正常。」
アメリが補佐する。
「降着装置展開」
レバーを引き、中途半端に収納されていた脚を伸ばす。主翼レバーを一杯まで倒し、フラップも広げる。揚力をいっぱいに確保し、なるべくゆっくり降下していく。
「まもなく接地します、…降下率正常」
「続行する」
アメリの補佐を受けて再確認、異常無いことを確かめ着陸を続行する。
ざぁ…
微かな音を立てて、降着装置が接地する。
「制動」
エアブレーキを全開にしフラップを閉じる。そして、車輪の制動装置を効かせる。
滑らかに機体は停止した。
「ふぅ」
不穏な空気とは裏腹に、着陸はなんの問題もなく完了した。
「おつかれさん。」
アメリに声をかける。
「お疲れさまでした。」
アメリが応える。
制動装置を解除し、主翼レバーを引き主翼を格納する。エアブレーキも解除する。
そのまま、ハンガーまで自走しようとしたところで、ぷっぷー、という軽い警笛の音がする。視界に牽引車に乗ったカンプが目に入った。
カンプは、手信号で推進機の停止を合図している。どうやら準備して待っていてくれたようだ。彼は、こういう気づかいのできる男なのだ。
推進機レバーをアイドルにし、機関停止スイッチを操作する。機体の火をおとして、風防を開ける。
「お疲れ様です」
カンプさんに声をかける。
「へーいへい、おつかれさんー。」
カンプは言いながら手際よく、前脚の前に牽引車をつけ、そのまま連結する。
「お疲れ様です、カンプさん」
アメリも声をかける。
「よし、曳くぞー。乗ったままでいいよ。」
声をかけてカンプさんは機体を曳いて、誘導路に向け動き出す。
「あー、そうそう」
そういって、運転席からカンプは振り替える。
「いくぞ、…ほいっ」
そういってなにかを放ってよこす。
僕は操縦席から立ち上がって受けとる。
「もう1本、ほいっ」
もうひとつ受けとる。
手にあるのは……、珈琲の缶詰だ。保存も利き、ふたを開けてすぐ飲めるため、便利な飲み物だ。
一本をアメリに手渡す。
「これが出てるってことは…」
アメリがこちらを見る。軽く頷いて、カンプを見る。
「出動、あったんですか?」
カンプは半ばこちらを振り返った姿勢で座り直し、話し出す。
「ああ、…日が落ちる少し前くらいだったかな。緊急召集かかったんだ。」
僕も、風防の縁に腰を掛けて、身体を乗り出すようにして聞く。
「屯所に誰もいない時に限って出動かかるんだもんなー……。んで、誰も出られないんで即、緊急招集に切り替わったわけよ。」
そう言えば、午後から重輸送を使うと言っていた。出勤中の全員が、そちらの仕事に出掛けてしまっていたのだろう。
「出動内容は、何だったんです?」
僕はまずそこを聞く。
「事故、ってことで出動だったんだけど、……まあ、怪我人も大したこと無かったんで、自損事故ってことで、搬送なしで家に送って行ったよ。騒ぎにしたくないってさ……。」
そこまで言って苦い顔をする。
その辺の配慮はむしろ慣れてるはずのカンプさんが、そういう表情をするのは珍しい。どうやら、あまりいい状況ではなかったようだ。
「どんな事故だったんですか?」
アメリが聞く。
カンプさんは、ぷー、っと息を吐いてあきれたような顔をする。
「酔っぱらい!酒のんで、空飛んで、樹に引っ掛かって、墜落!」
指をくるくるー、と回す。
「ありゃー…」
「うわー…」
それは、カンプさんもそういう顔になるだろう。
「酔っぱらって突っ込まれたら洒落にならんよ……ったく!まぁ、単独だったけどさぁ。」
酔うか飛ぶか、どちらかにしてもらいたいものだ。
「んでな、…その出動中に、もう一件受信したんだわ。うちの管轄じゃなかったけど、第三分団の方で。そっちは、空中接触事故だってさ。そっちも怪我人無しってことで、応援も必要ないんでそのまま流したけどね。」
彼は、ふんっと鼻息をひとつついて、
「最近、仕事上がりの時間になると…ふ~らふら飛んでるやつが多くて……、は~…嫌になるわ、観光遊覧舟にでも乗ってろっての……。」
飛ぶことを規制することはできないが、このまま状況が悪化すると、対策が取られてしまうかもしれない。
規制によって縛って解決するのは、望ましい方法ではない。規制が生まれないように当事者が考え行動する、というのがドルイド族の伝統的な考え方だ。
「でさ…、その辺にもふらふら飛んでんのがいると、まずいぞ~?……ってんでサーチラ点けようぜって、な…。」
なるほど、そういうことだったのか。
そうこうしているうちに、ハンガーの前まで引っ張られてきた。
機体と僕らが見えると、各々声をかけてきた。
「おつかれさーん」
「おつかれー」
「ご安全に~」
僕とアメリも声をかける。
「おつかれさまです」
「ご安全に~」
見るとみんな非番の人たちばかりだ。こういうときに限って出動は起こる、お決まりみたいなものだ。ハンガー前には、3式が2機、帰投したままの状態で置かれていた。
みんな手に珈琲缶を持って飲んだり談笑したりしている。
普段なら、出動の後は瓶詰の酒も供されたりしているのだが、酔っぱらい事故のあとで飲む無神経な人は流石にいないのだろう。
牽引車が停止する。
アメリと僕は、機体から降りる。
「リヒト~、サーチライトと滑走路灯消しといてちょうだい。」
「了解です」
カンプさんに言われて、指令室に入っていく。
ライトのスイッチを確認していると、通信が入った。
「第四分団、応答せよ。第四分団、こちらパイン3」
僕はすぐに回線を開き、応答する。
「こちら第四分団、応答はリヒト上飛曹、ご安全に」
「こちらパイン3、ハセンだ。リヒト、戻ってたのか。」
ハセンさんだ。どうやら重輸送任務から戻ってきたようだ。
「はい、たった今。リクエストは着陸準備ですか?」
「そうだ、滑走路灯を頼もうと思ったのだが……。やけに明るいのが見えるが、もしかして…もう点いてるのか?」
「はい、サーチライトも点いてますので、遠距離だと滑走路灯が見えないかもしれませんね。今、発光信号送りますので、位置の確認をお願いします。」
文面はなんでもいいので、ひたすら、ご安全に、の文言を発光信号で送り続ける。指令室からは視認できないが、屯所の屋根に据え付けてある大型の発光信号機が明滅しているはずだ。
「あー、見えた見えた、確認した。ご・安・全・に…、だな。」
「はい、それです。間違いありません。」
よし、位置の確認ができればもう大丈夫だ。
「では、ライトはつけたままにしておきます。それと、「接触注意」だそうです。」
「『接触注意、御安全に』…あぁ、話しは聞いてる。出動もあったそうだなぁ…」
復唱しながらやれやれだ、と言った感じでハセンは答えた。
「はい、ですので十分に周囲の警戒をしながら降下してください。今現在は、レーダーに機影はありませんが、何がいるかわかりませんので。」
近距離レーダーを見ながら、注意を促す。
「了解、感謝する。パイン3交信終わり。」
通信を切って再びハンガーへ行く。
「ハセンさんたちが戻ってきました。まもなく着陸だそうです。」
ハンガーの皆に聞こえるように声をかける。
「おー」
「早かったっすね」
「ハンガー開けるかー」
等と口々に言い、動き始める。
3式も6式も表に出しっぱなしだ、すぐに格納しないと。飲みかけの珈琲を一気に飲み干し、全員で作業に取りかかった。
3式は台車に乗せて押し込み、6式は牽引車で押し込んで並べて納めた。この後、主脚の換装もしなければならない。
ふと見上げると、もう重輸送はすぐそこまで降下してきていた。接触注意の為だろう、機体全体にある識別灯をすべて点灯している。さながら街宣車のようだ。
次回もお楽しみに
書き溜めてある分が残っているうちは、毎日更新予定です。(時間は不定期です)
なお、この物語は、
法律・法令に反する行為、および、現代社会においての通念上好ましくないとされる行為を容認・推奨するものではありません。