第二話 「魅入られし翼」 ~静かなる、エース~
「ありがとうねアメリちゃん。よかったらうちの子になるかい?」
あはは、と笑ってアメリが答えた。
「自警団クビになったら、雇ってください。」
──────
「こちらパイン2、ライトメリコ管制応答願います。」
一呼吸置いて、
「ライトメリコ管制、パイン2を確認、リクエストどうぞ。」
隣町の一番大きな空港だ。
管制からの応答に合わせ、こちらから手順を確認していく。
「こちらパイン2、フライトプランで提出済みだが、今一度手順を確認したい、宜しいか。」
「こちら管制、了解。到着機が少ないので、優先回線を使う、chは0810」
「パイン2了解」
通信のチャンネルを切り替える。
田舎ではよくあることだが、到着機が少なかったり、近所だけ飛ぶような使われ方が多い場合には、専用回線と称す事実上の私通信が使われることも多い。
ここ、隣町ライトメリコは、人口規模もそれなりなのだが、近隣市町村を呑み込んで見かけ上大きくなっただけなので、空港規模の割に地元の滑走路のような緩い運用がされている。
自分の端末と機体の通信を接続する。
「あ、あーこちら管制、感度どうかな、パイン2」
私通信になると砕けた話し方をする、田舎の管制あるあるだ。
「こちらパイン2、感度良好です。お世話になります。」
「うん。えーっと、重量物積載(懸下)ということだけど、着陸方法はどうする?スキッドシュートは、今点検中で使用には時間がかかるよ?」
スキッドシュートというのは、専用の滑走路に設けられたシュートレーンに、荷物を極低空から滑らせるように落とすやり方で、破損のしにくいものを素早く降ろすときにつかう方法だ。荷物は終端の防護ネットと防護壁で受け止める。
「着陸方法は通常で、ただし極低速で沈み込みを抑えたい。振動も少ない方が望ましい。よって、距離があって、なるべく路面の荒れていない滑走路を希望したい。」
すると管制官は、
「あ、通常でやってくれるのね。ならC滑走路使ってちょうだい、横風用の。今日は無風だからどっちからでも良いけど?」
太陽に向かっては降りたくないので、
「20でお願いします。それから、滑走路脇に牽引車もお願いします。」
「はい、了解。ご安全にお願いします。」
「パイン2通信終わり。」
割と特殊なケースなのだが慣れたものだ。
ここの空港は乗客輸送より貨物の方が圧倒的に多い。
荷捌きの手際もお手のものだ。
程なく滑走路が眼下に見えてくる。
「さて、ベルト締めた方がいいよね?」
後ろの人妻が確認する。
「そうですね、着陸が終わるまで、お願いします」
アメリが答える。
「ライトメリコ管制、こちらパイン2、滑走路を視認した。右回りで滑走路20に進入したい。許可願う、どうぞ。」
「こちら管制、付近及び滑走路上に機影無し。降下、進入いつでも結構です。そちらのタイミングでどうぞ。」
ずいぶん空いているようだ。これはありがたい。
「こちらパイン2、滑走路20に進入を開始する。」
ふぅーっと息を吐く。
ここからは少々手強い。
まず、速度を落としながら、飛ばしによる機体の持ち上げ感覚を確かめる。
操縦桿を通して機体の端々まで、意思の力を行き渡らせる。
風切り音が小さくなり、操縦桿が軽くなる。代わりに、全身に重いもの背負ったような重圧を感じ始める。
軽く操縦桿を押し引き、左右に振り、ラダーペダルも左右踏み確かめる。
機体の挙動をつぶさに確認して、意思の力を再配分、過不足無く、必要なところに流し込んでいく。
「あ、あの…手伝わなくても、いいすか?」
アメリが聞いてくる。
手伝うとは、アメリも飛ばしの力を追加して持ち上げると言うことだ。この方法は、飛ばし屋が複数搭乗している場合に使う方法で重量物や大型舟のときは多用する。しかし、バランスを取るのが難しく、中央の「要」と呼ばれる飛ばし屋の技量と、それに合わせる飛ばし屋たちのチームワークが物を言う。
イバタはこれが得意で、数々の超重量飛行をこなしてきた。
反面、リヒトはこれがあまり得意ではない。性格と言うか、特性が足を引っ張っているのだろうが。彼は代わりに単独で多人数並みの重量を揚げることができるのだ。
まだ彼女とは息を合わせる練習をしていない。
気持ちはありがたいが、ここは一人の方が確実だろう。
「うん、一人で大丈夫だ。操縦桿には軽く手を添えるくらいで、力を抜いて」
「了解です」
機体は既に滑走路を正面にとらえている。
推進力を下げ速度を絞る。
高度を下げ、滑走路面に近づけていく。
けたたましい警報音が鳴る。
「速度警報、失速…空力限界越えます!」
アメリが緊張した声で警告する。
過大な重量と空気抵抗に加え、本来の失速を起こす速度をも越えて減速しようとしていることを言っているのだ。
普通なら墜落する、だが──リヒトは飛ばし屋だ。
「了解、続行する。」
低く落ち着いた声で、はっきりと答え、機体は物理法則を越えた領域へ突入していく。
失速警報が鳴るなかで、更にフラップとエアブレーキを展開する。
ぶわぁっ、と風を孕む音が響き、機体は小刻みに上下に機首を振るような手応えを見せる。
しかしリヒトは、操縦桿から万力のように上下左右から機体を抑えつける力を加える。
ギシっと機体がきしむ音が響く。
それに合わせて機体の振動が、縄で縛り付けられていくように収まっていく。
「警報音を切ってくれるかい?」
驚くほど穏やかな声で言われたため、アメリは一瞬自分が言われたとは気づかなかったがすぐに反応し、
「は、はい、警報音消します」
勤めて冷静に指示通り操作する。
音があると気が散るかもしれないので念の為だ。
警告音は消えたが相変わらず失速警報ランプは激しく明滅している。
機体は浮いたまま滑走路の半分近くまで来ている。本来なら、もうオーバーランするような位置関係だ。
しかし、それでも速度は容赦なくどんどん低下していく。
今や降着装置と路面との間は数センチだ。
そこを氷の上を滑るように、機体が滑らかに進んでいく。
意思の力は着陸脚を伝い、滑走路面を撫でるように感覚を伝えてくる。
速度がまだ速い、もう少し減速。
推進機をアイドルまで落とす。
ついに速度の低下が機体を浮かせきれなくなるが、
──うん
呼吸を見計らって、脚が接地する。ほとんど音もたてずに。
そのままゆっくり、ゆっくりと、重量を降着装置に預けていく。
機体はついに空気抵抗に負けて、完全に停止した。
「管制、こちらパイン2、着陸完了。牽引、よろしくたのむ。」
滑走路脇の作業スペースまで牽引され、3人は機体から一旦降りた。
今は、水筒の飲み物を飲みながら、滑走路作業員が、機体から車両を降ろしてくれているのをぼんやり見ている。
牽引が終わって、滑走路から離れたところにある作業場で、機体から車両を降ろそうと作業を始めようとしたところ、
「俺たちやりますよ、任せて休んでてください。」
と、若い作業員が申し出たのだ。
作業主任曰く、いいものを見せてくれた礼だそうだ。
スリングを外したり、ジャッキをかけたりしながら、時々、
「(……水も零れねぇよな、アレなら)」
「(さっきのアレ…、…お前できるか?)」
「(できるわけねぇだろ…!)」
などと、小声で話しているのが何となく聞こえる。
作業を見ながらアメリが、
「楽させてもらっちゃいましたね。」
とのんびり言う。リヒトとしてもこういう対応は珍しかった。滑走路が混んでおり、さっさと退け、という状況の場合は迷惑そうに手伝ってくれることはあったが。
ヘルメットを脱いで、髪を直していた人妻が話しかけてくる。
「あたしはこのまま車の手続きして、明日自走して帰るから。」
どうやら、手続きのあと、旧いフレームから外したオプション類を新しい車両フレームに載せ替えるらしい。
「じゃあ、今日はこのままこっちに泊まりですか?」
僕が聞くと、
「そうだね、あんたらも泊まってったらどうだい?夜、一杯ご馳走するよ。」
それは、なかなか魅力的な提案だが…
「あー、いいですねぇ…」
アメリもぽそっとそんなことを呟く。
実際、車だったらそうしたかもしれないが、機体を分屯所に戻さないといけない。
「そうしたいとこですけど、これ戻さなきゃいけないもので…」
なるべく、やんわりと断る。
それは察しがついていたらしく、それ以上誘ってこなかった。
「そうか、残念だね。戻ったらうちおいでよ、ご馳走するからさ。」
「わー、いきますいきます♪必ず行きますね!」
と、アメリは大喜びだ。喜びのあまり、人妻の大きな胸に飛び込んでいた。
喜びの抱擁を終えると、
「アメリちゃんはほんとかわいいねぇ。」
そういって、頭を撫でていた。
そして、なぜかこちらに視線を投げ掛けてきた。
何事か、伝えたつもりのようだが、僕には解読できなかった。
次回もお楽しみに
書き溜めてある分が残っているうちは、毎日更新予定です。(時間は不定期です)
なお、この物語は、
法律・法令に反する行為、および、現代社会においての通念上好ましくないとされる行為を容認・推奨するものではありません。




