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第一話 「孤独の翼」 ~お風呂屋さんですか?いいえ…診療所です~

こちらは全年齢版です


全年齢版のみでもシナリオは把握できます、ご安心下さい。

 「……あぁ、ほらやっぱり…。思ったよりずっと足りないわ。」


 ああ…、そうか。

 この人は「癒し手」なのか。


 「歩ける?無理しないでね。」


 そう言って僕を支えて車から下ろしてくれた。

 なんとか支えられなくても歩けそうだが、まるで自分の足ではないようだ。

 おどろくほど身体が重い。

 気付かずに飛んでいたら気を失って墜落していたかもしれない。


 ……これはむしろガス欠に感謝だな。


 とりあえず、窓を閉めて鍵を掛ける。盗まれて困るようなものも入っていないが念のためだ。

 人妻は僕の手を引いて、牧草地の脇に停めていた小さな運搬車に案内する。


 「乗って下さい、送りますから。」

 そう言って、車に乗る。


 そういえばこの車は、さっき着陸前に上空から見えた対向車だ。わざわざ引き返してきたのだろうか。車が動き出してからその事を訪ねてみる。

 すると少し食いつきぎみに、


 「もうね、車が見えるずっ…と前からへ~んな感じがしてたんですよ!明らかに具合悪そうな人の気配があるのに、見回しても近くに誰もいなくて。そしたら前から「()()()()()()()」のが見えて。」


 そこまで話して、ふふふっと、少し笑った。


 「もしかして……()()かしら??って思ったんです。で、車を停めて見てたら、そのまま牧草畑に落っこちちゃって!」


 そんな風に見えてたのか、……そこそこきれいに降ろしたつもりだったのだが。

 「それで慌てて戻ってきたんですよ~。」

 人妻はそう言った。


 僕は、すみません、と返す。

 「い~え~、無事でよかったですよぉ。」


 そこまで話して、そういえば、と思い付く。

 「あの牧草地、どなたの土地か、わかりますか?」

 と尋ねてみる。


 「あ、あそこは農管の牧草畑です、心配しなくても大丈夫ですよ。」

 と明快に答えがかえってきた。


 助かった。旧農管公社の土地なら僕の所属する組合の持ち物だ。後日、出勤したときにでも報告をいれておけば問題にもならないだろう。後でガスをもって行って車を動かせばこの件はおしまいだ。


 さて、心配ごとがなくなったので、改めて現状を振り返る。

 車は村の中心に向かっている、僕の家は村の外れの方なので途中で道案内しないといけないだろう。そして、ちょうどいい分かれ道が見えてきた。そこを左に曲がれば自分の家のある方へ向かう。


 「あ、そこを左にお願いします。」

 そう言うが、返事はなく分岐点を素通りしてしまう。


 「……あ、すみません、さっきのところを…。」

 そこまで言うと、


 「診療所に行きますね。」


 人妻は柔らかく、しかし力強く答えた。

 診療所、……施術をしてくれるということか。


 「……家で寝て休みますよ。」

 一応、遠慮してみるが、

 「2、3日じゃ戻らないと思いますよ、きっと。」

 前を見て運転しながら、人妻は答えた。


 「最近特に多いんです、飛びすぎて……、飛ばしすぎて倒れちゃう人。」


 先ほどまでの、明るさとはどこか違う、お役目としての言葉を感じた。


 「さすがに、飛びながら気絶しちゃう人は今まで見たことありませんけど……。」


 そこまで言って、ちらりとこちらを見て再び視線を前に戻し、そしてそっと僕の手を握ってくる。

 「癒し手」は、触れることで相手の状態を感じとることができると聞く。今も、ただ触れているのではなく、触診をしているのだろう。


 「あなたの感じだときっと、気絶するまで気付かないような気がします……。」

 「……」

 否定できない。


 先ほどは偶然気付けたが、また同じ幸運があるとは限らない。

 しばしの沈黙の間、考えを巡らす。


 ……癒してもらえば治るのだ、悩むことではない。

 単に人が多いところへ出向くのが苦痛で、診療所通いができていないだけだ。

 体調が仕事に影響するのは問題だ。が、それ以上に飛べない期間ができるのはもっと問題だ。ここは、行くべきだろう。


 「……すみません、お願いしてもいいですか?」


 そう言ってから、しまった、と思ったがもう遅い。


 「あら、それって「お頼み」かしら♪」

 と愉快そうに笑われてしまった。この聞き方だとそう思われても仕方ない。


 目的を告げずにただ「頼む」これは、この村やこの地方での隠語だ。

 もっともほぼ全員が知っているので隠して使うことはできない。

 そして最近は隠す必要もなくなっている。


 ──魅入られる男があまりにも多いためだ。


 笑ってごまかしたが、この人だったら本当に「頼んで」みたい、そう思った。


 その後、車内で簡単な問診を受けたりしながら走りつづけ、ほどなく診療所に着いた。車を降りて、てくてくと歩いていく人妻について行き、診療所の入り口をくぐる。先に入った人妻が、受付に要件を伝えていたので面倒な手続きはいらないようだ。僕たちはそのまま中に入っていく。


 ここへは滅多に来ないが、「飛ばし屋」として、いくらか名が知れているので、その事も伝えてあるのだろう。


 すぐに診察室へ通される。


 村の診療所といっても、構造は公衆浴場とほぼ同じ作りだ。

 この村では、大抵の治療は入浴と蒸し風呂で済ます。

 お風呂は万能だ、どんな症状も大体は入浴で良くなる。

 元々、頑強なるわが一族。日々の暮らしで患うことは、さほど多くない。

 あとは注射、これは治療のためではなく予防のためだ。


 入口をカーテンで仕切られた一室に通される。

 書類と器具の乗った机の前に、体格のいい女性がいる。この村で唯一の医術の専門家だ。医者と呼んでいるが正式な医者ではない。最近では、治療は全て女の仕事だ。男は診られるだけになった。正式な医者はいない、みんな村の女に診てもらう。


 医者は戦争に行く。男はいずれ皆戦争に向かうのだ、医者も他の者も。

 全ては戦争に向かう経過でしかない──


 その事を強く意識させられる

 飛ぶことも、戦争に使われる技術のひとつだ


 医者代わりの女性が、僕の後ろに控えている、ここまで連れてきてくれたあの人妻に声をかける。


 「あんたが見つけてきたの~?」

 すると、

 「はい、さっき牧草畑で拾ってきました。」

 はははっと、二人で大笑いしている


 書類を一枚、机の上に出してから、医者の女が端末を手渡して来る。

 それを受け取って自分の端末とリンクさせる。すると壁のモニターに大きく僕の名前や住所が表示される。


 「間違いない?」

 医者が聞く、本人確認だ。僕は、はいと答える。すると続けて、過去の通院記録などの診療履歴が表示される。


 うん、と言って医者は早速、僕の両手をそれぞれの手で握って触診を開始する。

 「ん~…」と静かに唸った後しばらくじっと考えてから、間を空けて、にやーっと笑って後ろの人妻に、

 「大当たり、大物だよ。」

 と、うれしそうに声をかける。大物とはなんだろう、そう思っていると、


 「容量が大きいってことだよ。」

 と医者がおかしそうに教えてくれた。しかしいまいち意味がわからない。


 「アンタ、あんまりここ来てないね?前回来たのは……去年かい?」

 医者が診療履歴を見ながら聞いてくる。僕は、はい、と答える。

 医者は、時々手の握り方を変えたり「あー…」とか「う~ん…」とか交えたりしながら、いくつか質問する。


 「どのくらいの頻度で「癒し」を受けてる?ここ以外でもいいから。」

 僕は少し考えて、

 「年に5~6回くらいですかね、2ヶ月に1回くらい……」

 そう答えるや否や、背後の人妻から「それだけですか?!」と驚いた声が上がる。


 医者が少々渋い顔で、

 「少なすぎ、どんなに少なくても最低1ヶ月に1~2回は受けなさい。」

 端末に何やら書き込み始める。書きながら、毎週受けるのが普通なんだから、と付け加える。


 僕が、人の多いところが……駄目で、とぼそっと言うと、

 「あ~、……そうか。こればかりは「体質」だからね……」


 医者は診療記録を見ながらそう答えた。気持ちや性格ではなく、体質と医者は言った。つまり、単に好き嫌いの問題ではなく、何らかの身体要素が反応して不調をきたしている、ということだ。克服すべき苦手ではなく、身体要素として付き合っていく類いのものだということを、自分の中で再確認する。


 「でも、頑張ってもう少し増やした方がいいね、家の近くにも湯場はあるだろう?」

 医者が聞いてくる。


 確かに3箇所くらいはある。しかし近所だから当然近所の人間がよく出入りしているのだ。そのせいで、なかなか機会に恵まれない。我慢して相席をしても、身体の不調の方が勝ってしまい全く癒された感じが無いのだ。早朝や深夜、運良く癒し手がいるタイミングに恵まれたときにやってもらう事がある程度。そんな感じだから年に5~6回といっても、頻度も間隔もバラバラだ。


 「身体保つのかい?アンタ飛ばし屋でも、そこそこ上の方だろう?」

 そう聞かれたので僕は、

 「あ……、一応イバタさんの次です。」


 と、答えると医者はぎょっとした。顔は見えないがたぶん後ろの人妻も同じ反応だろう。おそらく、そこまで上とはさすがに思っていなかったのだろう。人付き合いの苦手な僕は、目だった役職にも就かず公の成果も挙げていない。この村の挙げた飛行士の成果のほぼ全てに、何らかの形で関わってはいるが、栄誉や勲章を受けるのは他の立ち回りのうまい男たちだ。


 だが、目立つことが嫌いな僕はそれでいいと思っている。


 イバタの次、というのは地方の飛行舟組合の上位組織である軍によって集計管理されている、飛行時間、飛行回数、飛行質量を総合した値を多い順で並べたものだ。僕はイバタさんの次にランクされている。世間に公表されることはないが、飛ばし屋稼業の男たちは何よりもこの実績を重んずる。たとえそれが肩書きや名誉に執着するような人間であっても、空を飛ぶ男たちにとっては例外無く、理屈ではなく実感として「重い」のだ。それほどにこの技術は世に影響力を持つ。


 ──哀しいのは、それさえも戦争へ向かう過程、という現実があることだ。


 「あ、あー……、こりゃ、なんか考えないといけないね…?」

 と医者。


 「貸切りの時間とか作りましょうか…?」

 と後ろで意見をのべる人妻の声。


 僕は、余計なことを言ったかもしれない、と少し後悔する。


 一般人はわかりやすい勲章がなければ価値などわからないと思っていたのだが、イバタの次、というのが図らずも大勲章として作用してしまったようだ。今、目の前の医者は、存在を知らなかったとはいえ、博物館級の物品を雨晒しにしていた様な焦りと罪悪感を感じているのかもしれない。


 しかし、僕のためにそこまでさせるのは本意ではない。

 「あ、あのー……、大丈夫ですよ。癒しは少ないですけど「お頼み」は月に1~2回してもらえてますから……」


 僕がそう言うと、今度は医者がぶふっと吹き出し、そしてむせた。

 「何?!アンタそっちは大丈夫なの?」


 僕は、少し恥ずかしくなったが、うつむいてうなずき肯定する。すると医者は、ガハハと笑って、

 「まあ…、それなら死ぬことはないか。でもね、それで補給できるモノは、あれ厳密に言うと別だから。だから、ちゃんと癒しも受けないとダメだよ。」

 そう言って医者はメガネを直しながら、また端末に何か書き足していく。


 そして、カーテン越しにある部屋の奥に向かって大きめの声で呼び掛ける。

 「注射用意してちょうだい、活性剤!……と、肺炎予防もかな!」


 はーい、という返事が奥から返ってくる。

 「あんたは湯場の方の支度しなさい、たぶんあんたが一番合うと思うから。」

 と、これは後ろの人妻に向かって。

 「はい、じゃあ着替えてきますね。」


 そう言って、連れてきてくれた人妻は退出した。

 肺炎予防……?飛行舟乗りにとって肺は大事だ。よって乗る者には定期的な接種が義務付けられている。しかし、前回の接種から数えてまだ接種期限が来ていないはずだが?


 そう思って大映しの診療記録を見ていると、

 「アンタ、次いつ来るかわかんないでしょ?今打っといた方がいいよ。」

 と笑う。それもそうか。

 ちょうどカーテンを開けて、アルミトレーに注射を乗せた別な人妻が奥から出てきた。


 (先生、……AVD活性剤は湯場でいいですよね?)

 (うん、そうだね。)


 小声でやり取りしている。そして、トレーの上の注射器を取りキャップをはずす。

 左肩を消毒で2、3度拭いて手早く注射を済ます。

 「よし、いいよー。外出たらさっきの子について行って、湯場で施術受けてね。」

 僕は立ち上がって、はい、ありがとうございました、と頭を下げる。

 「いつでもいいから、こまめに来なさいよ。」

 と、笑って送り出してくれた。


 カーテンをくぐって、廊下に出る。引き戸を空けてロビーに出ると、さっき着替えに行った人妻がもう待っていた。手にはさっきも見たようなアルミトレーを持っている。トレーには、なぜかシリンジが2本乗っていた。


 後ろでは、別な人妻が「次の方ー、どうぞ~」と患者を診察室に呼んでいるのが聞こえた。

 人妻はさっきの普段着のような服から、だぼっとしたガウンを身に付けている。

 前合わせのガウンは腰紐だけで止めてあり簡単に脱ぎ着ができるものだ。


 この下は……、当然ほぼ裸だろう。

 「じゃあ、ご案内しますね~。」

 そう言って前を歩いていく。


 湯場の前には順番待ちの長椅子が並んでおり、そこには壮年~老人といった感じの男が15人ほど座っていた。中には若い者も見えるが、2人ほどか。女も座っているが数は少ない、2~3人だろうか。こちらは年齢層が男より幾分若いようだ。

 待ち合い用の椅子を挟んで左側が入浴治療浴室、右側が施術浴室。それぞれに男湯と女湯がある、部屋の作りはどこも一緒だ。


 入浴治療浴室は、いわゆる銭湯とほぼ同じで、待合室の脇には小さなカウンターと料金端末が置いてあり、カウンターにはちゃんと人妻が控えている。裏口から回れば、診療所側の受付を通らずに直接ここに来ることができる。入浴だけの客も多いのだ。


 「おトイレ大丈夫ですか~?」

 人妻が聞いてくる。

 僕は、はい、大丈夫です。と答える。

 「じゃあ、こちらです、どうぞ。」

 そう言って、施術浴室の女湯に通される。


 それを見ていた待ち合いの男たちが、口々に文句を言い出す。大きな声をあげる者もいた。女湯に通されたことを問題にしているのではない。ここの男たちは先に来て順番を待っていたのだ。なのに後から来た僕が先に通される、文句も言いたくなるだろう。


 僕が、人の多いところを避ける理由の一つがこれだ。

 この村では、飛ぶことに優れたものが優遇される。この順番待ちのような些細な事から、収入、物品購入の優先権、組織への加入、昇進などあげればきりがない。飛ばし屋のもたらす、多くの利益を鑑みればある程度は認められるべきだろう。しかし、この優遇は日を追う毎に大きくなり、現状は過剰とも思える優遇が為されている。欲の深く面の皮の厚い人間なら喜んで受け入れるだろうが、僕にとっては苦痛でしかない。そして、もし僕と彼らの立場が逆だったら?


 ……僕もきっと同じように不満を持つだろう。彼らの不満は至極当然だと思う。


次回もお楽しみに


書き溜めてある分が残っているうちは、毎日更新予定です。(時間は不定期です)


なお、この物語は、

法律・法令に反する行為、および、現代社会においての通念上好ましくないとされる行為を容認・推奨するものではありません。


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