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第二話 「魅入られし翼」 ~教わり方の上手い人~

 「……早速、週末にでも、会いに行ってみます」


 控えめに、能動的なことを言う。彼女の本質だろうか──。

 それがいい、と僕は相づちを打つ。




 持ち込んだ水筒で喉を潤したり、すれ違う舟に挨拶したりしながら、航行を続ける。

 後ろの人妻が、焼き菓子を作ってきてくれていたので、それをいただいたりしながら。


 ちなみに、人妻はだいぶ前から目を醒ましていたらしい。

 いつから聞いてたんですか、と聞くと、

 何で教官にならないんだとか、その辺からと言っていた。


 ……ほぼ最初からだった。


 アメリは涙目で、「絶対に秘密ですよ~?!」と懇願していたが、


「(諦めろアメリ、このテの噂は田舎では守られたためしがない…)」

 と心の中で黙祷を捧げた。

「なんか、内緒話の気配を感じたら目が醒めちゃってね。」

 などと言うが、おばちゃんの特殊能力だろうか。



「……それはそれとして!」


 おばちゃんを交えていろんな談笑していたが、アメリは話しに出てきた教官の話を蒸し返す。


「やっぱり教え方って上手い下手や向き不向きがあると思うんです!」

 よほどその教官が気に入らなかったのであろう。ずいぶんと不満を言う。


「さっきの続きですけどー!」


 おばちゃんに恥ずかしい話を聞かれたことで蛮勇が湧いたのだろうか、ずいぶん遠慮無く聞いてくる。


「リヒトさんって、なんで教官やらないんっすかぁ!?」


 ……聞き方もちょっと雑。


「……一応、指導資格は持ってるんだ、現場での技術指導とか操縦の。」

 しかし、この資格は飛行士の有資格者に対する指導で、無資格者への指導や錬成所での教官職になれるものではない。要は、現場で助言する人間に公的な立場を付与するものだ。


 肩書きでしか人を判断できない愚か者も一握りだがいるわけで、そういった者に対する予防線のようなものだ。実際、現場では無資格でもじゃんじゃん助言したり指導したりされたりしているので、あっても無くてもいいような資格である。


 他にも、整備系、車両系、積載系、薬品系、若い頃に取得した、森林作業系のあれこれ、などなども持っている。間接的な資格ではあるが、低空、高空、低速、高速それぞれにおける、飛行舟操縦技能所持者の最上級の認定も受けている。階級と、教導系以外はほぼ網羅していると言っていい。


「そういうんじゃなくてー、錬成所でわたしたちみたいな子に教えてくれる人になって欲しいんですぅ。」


 欲しいんですぅ、と言われましても。

「……田舎の、人の少ない民間のライセンススクールみたいなとこなら、なんとかなるのかな。」


 いや、こういう言い方はずるいか。ちゃんと自分の考えを言わねばな…。


「さっきのあれだけど、アメリはその教官の指導でもちゃんと合格できたんだろう?」

「ちゃんとじゃないですっ!」


 こだわるなぁ…。


「確かに、教える人との相性にも向き不向きはあると思う……。」


 こう前置きして話し出す。


 さて、この話は難しいんだ…。

 上手く伝わるといいが…。


 ────


 普通、教える側の上手い下手は論じられるが、

 教わる側の上手い下手はあまり論じられない。


 しかし実際には、

 教える側の得手不得手、

 教わる側の得手不得手が噛み合って、指導が結実する。


 指導実績の多い人や、優れた業績を残した人の指導者は、

 一般に優れた指導者と言われるのだろうが、

 実際のところは、名を上げた人よりも、

 芽が出なかった人の方がその何倍も多いのだ。


 アメリが合格を勝ち得たのは、突き詰めて言えばアメリが優れていたからだ。

 教わり方が上手かったと言ってもいい。

 所謂、優れた指導者、に教わっても芽が出なかった者も多いのと同様に、

 凡人に教わって芽が出た人もいるのだ。

 恐らくだが、アメリはどちらに教わっても芽が出ただろうと思う。

 ここで問題になるのが、

 アメリとユゥリ、共に芽を出したとして、

 どちらが優れた「現役」技術者になるのか、ということだ。

 アメリの持ち上げ方が正当な評価で、才能に優れているなら、

 恐らくだが、ユゥリの方が上に行けるであろう。


 しかし、である。

 さらに話を進めて、二人が指導者になった場合、

 どちらが多くの人を正しく導けるであろうか、ということでもある。

 どの分野でもそうだが、「優れた現役」と「優れた指導者」は同義ではない。

 凡人では駄目だが、

 玄人として並、くらいであれば指導者資格としては十分と言える。


 問題となるのは、

 現役として優れた者は、現役であることに拘り、指導を疎かにすることもあり、

 自ら指導者を目指す者は、技術や本質より、地位や名声を欲する者であることも多い。

 また、才能に恵まれた者は、感覚に頼り、できて当たり前、と感じてしまうこともある。


 反面、技術習得に苦労した者は、絶対値としての技術水準は劣っていても、

 困難に対する引き出しの多さは、優秀だった者よりも優れているのだ。

 アメリは、自分で自分をばかで不器用と評している。

 (実際には自己評価よりずっと優秀なのだが)

 言葉通りの人物なら、後進の指導に当たるとき、


「なんでこんなこともできないんだ!」


 という言葉は出てこないであろう。

 どんな不器用な子であっても、自分も苦労をした事を引き合いに出し、絶対値や他の子と比べて、ではなく、「以前のその子自身」と比べて伸びているところを伝える指導をするだろう。


 一方のユゥリは、自分が伸びているか、ではなくアメリたちと比べて自分は遅れていると判断した。

 これは、優等生というより優越性を刷り込まれたために起こる現象でもあるのだが、他者に遅れをとっている=自分には価値がない、と判断をしてしまうのだ。

 これは絶対値として全体より優れていても、比べる対象より劣っていたら評価として価値がないのである。


 困ったことに、頂点を目指す指導なら後者の方が適していたり、と言った要素もあり、一概にどちらがいいと言えないのが悩ましいところなのだ。適材適所、と言えば済むのかもしれないが、指導の現場は苦悩の連続だ。


 恐ろしい傾向をひとつ挙げておこう。

 あれほど若い彼女らを苦しめた指導教官だが、他ならぬ、ユゥリこそが、指導者になった時にこのような傾向を示すことが多いのだ。

 思考が早く判断に迷いがない。損得の勘定が正確で、捨てるべきは例え自身であっても捨てることに容赦がない。


 彼女に足りなかったのは、単純に実地の経験と時間であろう。


 アメリにさんざんな評価の指導教官ではあるが、軍系列の錬成所ともなれば、見込みの無いものは容赦なくふるい落とすのが常である。


 ユゥリは単純に、ここでは運がなかっただけとも言えるのだ。


 ────────


「………」


 なるべく、言葉を選んで説明したつもりではあるのだが、彼女にはどう伝わっただろうか……。


「………ん~……」


 口をへの字にして、眉間に深い皺が寄っている。すごい顔だ…。

 その後、落ち込んだような顔になる。


「なんかショックです……」

 ショック?


「……どの辺が?」

「ユゥリがあの教官みたいにっていう…」

 あ、やっぱそこか……


「い、言うべきか迷ったんだけど、……そういう傾向もあるってことで……」

「……なんか、悲しくなってきました……。」

 ほんとに落ち込んでいる。


「ご、ごめん…」


「あたしの涙を返せ、って感じです……。」


「………」

 説明の仕方を失敗したようだ。


 前半の青春の1ページへの提言が、ほとんど意味を成さなくなってしまっただろうか……。


「あー!それより!」


 な、なんだ?!


「リヒトさんが教官をやらない理由の部分がまだ出てきてないような気がします!」


「そういえばそうねぇ。」

 おばちゃんまで同意する。そう言えばその部分の答えにはなってないか。


「うーん、なんというか……、難しいよなぁ、というか。」

 僕がそう言うと、

「なんですかそれ、答えになってません。」

 と、ばっさり言われた。


 ……ちょっと言いにくいことを言う。


「……つまり、僕を、…その、現役として、それなりにというか、まあ及第点以上と言うか、そういう…」

「もー!リヒトさんは現役最強です!!それ誰が否定するんですか?!」

「謙遜しすぎるのは嫌味よねぇ。」


 ぐっ……おばちゃんまで……。そこまで言われるか。


「つ、つまり、現役では良くても、指導者として優れてる、…いや適しているとは限らないんだよ。」

 優れている必要はない。要は、育てばいいのだ。


「でもー、昨日の説明、ものすっっごく分かりやすかったですよ!あれでわかんない子、いないと思います。」

 その部分だけは興奮気味に話す。心からそう思っているのだろう。


「まあ、あれでいいのなら、出来ないことはない、のかもしれない…。」


「そうですよ!」

 捕まえた!という顔になる。アメリはどうしても僕を教官にしたいらしい。


「でもね、軍や、錬成所が欲しい指導者としての条件は、もっと別のところにある気がする。一度に多くの人間を、基準以上に早く叩き上げる、とか、楽しんで飛ばせないように、とか。」


「む~~……」

 ああ言えばこう言う、といった風情である。


「それに、僕には決定的に足りないものがある。」

「……何ですか?」

 一応、聞いてやる、といった感じだ。


「教官に対する意欲が無い。」

 僕はきっぱりと答えた。


「…そ、それは。ずるいです、もっとやる気出せーって言いたくなるっす!」

 それに、と食い下がる。


「能力を持つ者は…それを発揮する役目を負っていると思います。そこは…譲れないっす…。」

 先程までとは違い、神妙に話す。内容が女神の教義にも重なる部分があるからだろう。


「それについては僕も同感だ…。」

 この世界は様々な奇跡の連鎖で出来上がっている。


 その歴史の中には、名も知らぬ者達が運命たらん、と命を燃やした事の積み重ねがあるのだろう。


「しかし、僕の能力は誰でも持っているものだ。大小の違いはあるとはいえ、唯一無二のものじゃない。」

 それに、と言って続ける。


「教官って、やる気の無い奴にやらせていいものなのかい?」


「……だから!やる気だして欲しいんです!」


 これは、どの採用現場でも孕んでいると思われる問題だ。意欲の強いものが優秀(適している)とは限らない。しかし、意欲の無いものは例え能力があったとしても、募集の俎上に上がってこないのだ。


 二人の話は平行線かと思われた。

 だが、


「難しいことはわかんないけどね…。」

 そういっておばちゃん…農夫の人妻が話し出す。


「あんたの言うこと、なんとなくわかるよ。」


「ぇえ?」

「……ほぅ?」


 驚いた。

 予想外の方向から援護が来た。


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