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第二話 「魅入られし翼」 ~アメリ、こころの扉~

 「リヒトさんって、……教官にはならないんですか?教官だけじゃなく、階級だって……、尉官だって簡単になれるんじゃないっすか?」


 ……ずいぶん意外な質問だ。


 彼女は何を思ってそんな質問を。そう思い、そのまま聞き返してみた。


「…その、……リヒトさんの「体質」のことは聞いてます。他人といると、……人が多いと精神と身体に失調を(きた)すって……。」


 ひとつひとつ、丁寧に言葉を選んで話している。

 ちゃんと聞いて、答えてあげなきゃ駄目だろうな……、この感じは。


「本人じゃないから、大きなことは言えないっすけど……、昨日から今日まで、あたしといても、何ともなかったんじゃないっすか…?」


 む…、確かにそうだ。特に若い女の子はあまり得意ではなかったはずなのだが。

 ……一対一なら、それでも会話くらいはできるんだが、人数が増す毎に辛くなってくる。


「……飛行士相手なら、ある程度は大丈夫なんだ。まあ、それでも大人数相手だと、どうしても……つらいかな。」

 でも、教官職や階級の件は、それとはまた少し違う理由だ。


「あたし…、昨日リヒトさんに教わったとき、あぁー、これだ!って思ったんです。」


「?」


 これだ、とはなんだろう?


「あたし──、中央の軍系列の錬成所で正規兵の訓練受けて、それでライセンス取得したんです。」

 うん、聞いたことある。僕は前を見たまま頷く。


「その時、あたしの担当だった教官が、……とにかく手順を全部口で説明して、その通りにやらないと、絶対、合格出してくれない人だったんですよ。……あたし不器用だし頭悪いから、直接現場で見て覚える方だったんで、すごく苦労したんです。」


 そう言って、表情を曇らせた。

 たぶん、視線は前方を見ているが、彼女の目にはその頃の光景が映っているだろう。


「その頃、一緒に錬成受けてた子が何人かいて、グループ作って、一緒にがんばろうねって、励まし合いながら錬成続けてたんです……」


 ゆっくりと語る彼女。

 僕は頷きながら次を待つ。


「その中に、すごく頭も、技術もいい子がいて……。グループのリーダーだったんです、その子。」


 アメリは、思慮を深めているようだ。その子とは、随分親交が深かったのだろう。


「飛行舟の操縦もすごく上手で、あたしたちの中なら絶対トップ合格だね。って、ずっと話してたんっす。……でも、その子も教官の指導方法と相性悪くて、なかなか合格できなくて……。」


 唇がぎゅっと結ばれるのが見えた。……彼女にとっては辛い記憶なのだろう。


「その後、私たちはなんとか合格したんですけど、その子だけが、グループの中で最後まで……初等課程をクリアできなかったんです。……その後も、みんなで一緒に練習して、次がんばろうって、……中等課程に進みさえすれば教官も替わるからって。でも……」


 少し間を置いて、

「その子……、諦めるって。なにか別なこと始めてみるって…。」


 なるほど、なんとなく話の趣旨はわかってきた。

 これは、どの方向から話したものだろうか……。


 わざわざ、会話から逃げられないこの状況で話してきたことから察するに、どうしても答えを欲しているのだろう。

 そして、この子はまだ自分と他人の課題を上手く切り分けて考えられないのだろう。


 優しい子だ、それは疑いようがない。


 そして、その相手のことをとても大切に思っているであろうことも、容易に想像できる。素直でまっすぐで、眩しいくらいだ。でも、その素直さが……相手に影を落とすこともある。


「一緒に、飛びたかったのかい?その子と……。」

 僕は、彼女に一番わかりやすい部分から(ほど)いていくことにする。


「はい、…すごく、とても…」


 彼女はそうポツリと答えると、少し顔を上げて遠くを見る。自分の思考に深く入り込もうとしてるのだろう。


 ちょうどそのタイミングで、遥か前方に発光信号が瞬いているのが見える。単純な視認確認だ。相手から自分が見えているか、認識されているかの確認を含めた挨拶だ。

 僕は操縦桿の裏についているボタンを、とととんとととん、と叩いて発光信号で返答する。


『こちらローズ9、ご安全に。ずいぶん、でかいもの詰んでるな。』

 ヘッドセットに音声通信も入ってきた。発光通信をした相手だ。ローズのコールサインは近隣の村で使っているもので、同じ組合所属だ。同僚ということになる。あちらは中型輸送舟艇のようだ。ずんぐりと細長い機体が見てとれる。


「こちらパイン2、ご安全に。となり街までだ、天気が良くて良かったよ。」

『ご苦労さん、ご安全に。』

「ご安全に。」

 簡単なやり取りで通信を終わる。同業や組合員同士がすれ違うときは、こうした挨拶が交わされることも多い。


「……でも」

 彼女はそんななかでも思索に耽っていたようだ。


「……ほんとは、ただ一緒に居たかったんだと思います。一緒にいて、一緒に…何かしたかった…。」


「…うん。」

 きっと、これが彼女の本心、あるいは本音に近いものだろう。


 そして今度は、その相手の子の事だ。


「その後、その子とは会っているのかい?」

「…いえ、何度か話しはしたんですけど。なんだか、後ろめたくて、申し訳なくて……。その子が錬成所を辞めてからは、それっきり…直接は話してないです…。連絡先は聞いてたんですけど…。」


 ふむ…。


 他人事だからかもしれないが、その相手の子のことも少し見えてきた気がする。

 ──僕が想像している通りの子ならば、ではあるが。


「飛ぶのは、嫌いじゃなかったんだろう?その子?」

 僕は敢えて、嫌いじゃなかった、という言い方をした。


「それは、そうです。……そうだと思います。思いますよ…。」


 うん、……少し見えてきたんじゃないかな、彼女にも、糸口が。

 少し沈黙を挟んで、話してみる。


「僕の、勝手な想像だと思って聞いて欲しいんだけど。」


「はい。」

 彼女は素直にうなずく。


「きっとその子は、自分がこのまま初等合格にこだわっていたら、アメリたちみんなを足止めしてしまう、足手まといになってしまう。……そう思ったんだろう。」


「そんな…!そんな足手まといだなんて、思ったことも無いっす!」


 当然の反応だ、うんうん、と僕はうなずく。


「その子も飛ぶのが好きなら、……ライセンスが目的なら、もう少し食い下がったと思うんだ。でも、そうじゃなかったんだろう?きっと、気づいたんだと思うんだ、その子が頭のいい子だとしたら……。」


 アメリは次の言葉を待っている。


「その子も、きっとアメリと同じなんだよ。ただ、みんなと一緒にいたかった。……そのための方法を、考えたんだと思う。」


「えぇ…?でもそれなら、一緒に錬成所を卒業して…。」

「卒業できるなら、それが最善だったと思う。けれども彼女は(つまづ)いてしまった。そこで、彼女は本心をきちんと整理したんだ。」


「整理、ですか…?」


「目的と言った方がいいのかな…。とにかく、彼女はアメリたちと一緒にいたい、一緒に何かを成し得たかった。そのために必要なのは、彼女自身のライセンスじゃない。自分がここで歩みを止めるより、アメリたちに別な方法で貢献する方が、きっと前向きな未来があるって……」


 そして、見落としている点を提示する。

「何より、アメリは相性悪かったその教官相手に、ちゃんと合格したんだろう?」


「そ、それは…!……たまたま運が良かっただけで……。」


 彼女はひどく狼狽えたようだ。

 まるで、その視点が存在することに、たった今気づいたように。


「きっと、その子は気づいたんだろう。……自分には向いてないって、アメリたちには敵わないって。」


 アメリは反論する。


「そんなこと無いっす!教官が合わないだけで、中等に進んだら逆にみんながその子に教わる立場になってたっす!!」


 その子を過小評価されたと思ったのか、珍しく怒気を孕んだ声だ。

 確かに、そういう未来もあったかもしれない。だが、……現実はそうはならなかった。


「普通の「できる子」だったら、そこまで考えなかったと思う。でも、その子はすぐに諦めた。……自分がするべきことは、優等生の役じゃないって──。」


 本当に、聡明な子だったんだろう。追い付けないことに嘆いたり、友を妬んだり、自分の不運を呪ったりせずに。……目的はもう叶っていると気づいたんだ。


「きっと、……アメリたちを信じてたと思うんだ。自分がここを去っても、みんなはずっと友達でいてくれる……。空が飛びたいなら、きっとアメリたちが自分を乗せて飛んでくれるって。」


「……!」



 アメリは、目を見開いて、唇がなにか言いたげに震える、でも言葉が出てこない。



「その子、言ったんだろう?なにか新しいことを始めてみる…って。」





「──あぁ……」




 ぽろっ、ぽろっと、

 雫がこぼれ落ちた。





 ─────────




 ……ごめんね、一緒に卒業できなくて。

 でも私、みんなを応援してる。

 私も、なにか新しいこと始めてみるから……だから…… 





 ─────────




「………言ってたっす…」







 ─── 卒業したら、私を乗せて、一緒に飛んでね……








 ぎゅっと、目を閉じ

 下を向く。




 内に溜めていた思いを吐き出すように、

「……はぁ……!」

 っと息を吐く。




「……ユゥリ……っ」




 絞り出すように、

 ユゥリ、それがその子の名前なのだろう。




「はぁ……」

 また大きく溜め息を付く。

 呆れと、自虐と、そして安堵が混じった吐息だ。



「あたしって……」

 不意に、呆気にとられるほど能天気さの混じった、自虐的な声で言い出す。



「ばかだなぁ……、ほんとばかだ……。なんで忘れてたんだろう……一番、……いちばん大事なところじゃないっすかぁ……。」



 どうやら、彼女のなかでも、なにかが解け、なにかが繋がったようだ。

 ひと安心する。


 相手を思う余り、見過ごしてしまうなんて、あまりにありふれてるけど

 それが自分の足元にも転がっているとは、あまり思わないのかもしれない。


「……アメリは、もう一度話すべきだと思う、その……ユゥリって子と。会って、ちゃんと気持ちを伝えれば、いいと思う。」


 そして、

「たぶんだけど、その子もアメリを待ってるんじゃないかな。」

 なんとなくそんな気がする。


 案外、遅っいな~なにしてんのかなー、くらいの感じで、前向きに生きているのかもしれない。

 頭のいい子は切り替えも早いものだ。


「待ってて、くれてますかね……?」

 少し恥ずかしそうに、彼女は言う。


 ……まぁ、

 待ってはいないかもしれないが、それはそれ。後顧(こうこ)(うれ)いが無くなったと思えば。

「具体的に、何を始める、とかは聞いてなかったのかい?」


 アメリは、唇に指を当ててちょっと考える。

「……管理職の何かを勉強する?的なことは、言ってたらしいですけど…。」


 管理職?

 またずいぶんと漠然としているな。

 ただ、頭脳系の役職という方向ではあるらしい。


「……早速、週末にでも、会いに行ってみます。」


 控えめに、能動的なことを言う。彼女の本質だろうか──。

 それがいい、と僕は相づちを打った。


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