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第二話 「魅入られし翼」 ~6式、テイクオフ!~

 「現場まではすぐだ、本番はそこからだよ。」

僕は努めて明るく声をかけた。

 「了解です!」

アメリは元気よく返答した。



 午前中に確認した畑の上空に到着する。ものの数分だ。

 「着陸動作に入る」

 小さく宣言してから、降着装置を降ろすレバーを下げる。わずかな振動と共に降着装置が展開し、警告ランプが黄色から緑に変わる。正常だ。


 これから運搬する作業車がおいてある場所の遥か後方から、地表に近づいていく……、そして接地。土ぼこりを立てながら滑走し、その後、車両のすぐ後ろまでゆっくり走行していく。


 とりあえずこのくらいかな、という距離まで近づいて機体を停止、そして制動レバーを引く。今回は車輪なので制動装置を引かないと機体が動いてしまうのだ。


 短いラダーから飛び降りて、搭載する車両に近づく。


 操縦席を見ると、幸い起動キーが付いたままだった。ぐるりと車両の回りを確認、危ないものがないか再度調べてから車両の操縦席に乗り込む。起動キーを押し込むと、作業機らしいいろいろな機械音が溢れ、機体に火が入る。


 まあこんなものだろうが、確かに整備時期を感じさせる音だ。


 「機体の下に移動するよ、左右の間隔見ててくれ!」

作業車の操縦席の脇にいたアメリに聞こえるように、大きな声で指示をだす。彼女は手を振って了解の合図を返す。


 ぐおぉぉー…っと、重機らしい音を立ててゆっくりと動く、まずは6式の後ろに回り込む。そこから、前進しながら6式の左右主脚の間を通って腹の下に潜り込む…。半分くらい入ったところで、一旦停止。


 操縦席を抜け出し、そのまま車体側面を伝って6式の上によじ登る。そして、後部ハッチを開け、落下飛散防止ネットを取り出す。

 「アメリ、受け取って」

 「はいっす!」

 上から放るようにしてアメリに渡す。その後、二人でネットを広げ、車両の荷台をすっぽりと覆うように包んでいく。そして端を固定用の短いロープできちんと縛っていく。


 地味な作業だが、こういうところで熟練者との経験の差が出るものだ。アメリは、なんとか教えた通りにロープを結んでいるが、ロープが余ったり、逆に届かないところで処理に苦戦していた。それを見ながら、届かないならこっちを回す、余りそうなら二重に回すなど、細かな手助けをしてやる。それら作業をして養生が終わった。これで積んである小物が落下することもないだろう。


 「よし、あとは積込だ。アメリ、こっちで見て合図するから少しずつ前進させてくれ。車、動かせるよね?」


 「あ、はい大丈夫っす。」


彼女はそういって、作業車両の操縦席に乗り込む。僕は、スリングとベルトラチェットを2本ずつ肩に掛けて、車両の側面に掴まる。

 合図にそってゆるゆると前進させ、ポイントの手前で一旦停止させる。


 「そのまま、ちょっと待て…」


そういって僕は、側面から車両天井の上に伝って登り、まず前部2箇所分のラチェットを6式パイロンにぶら下げておく。そうして、自分も猿人のように片手でぶら下がる格好のまま、アメリに指示を出す。


 「もう少し前進ー!」


手で、ちょいちょいと合図を送って更に微速前進。そして、すぐ掌で制して停止させる。

肩からスリングをはずし、一方を車体に掛ける。そうしてもう一方はラチェットに通す。反対側も同じようにしておく。


 更に僕は前進するように合図を送り、最終的な位置決めをする。

 「とまーれー!……。」

6式と作業車との位置関係を、もう一度ぐるっと見回して最終確認をする。


 「よし、位置はオッケーだ。」

あとはジャッキアップしてスリングを締めれば前部は懸下完了だ。


 6式後部から油圧ジャッキとウマを取り出し、車体を持ち上げる。油圧ジャッキは重く、アメリはなかなか持ち上げられなかったらしく四苦八苦していた。


 こうして、全ての積み込み作業を終えると、依頼者が脇で見ていた。いつのまにか来ていたらしい。


 「ご苦労さん、悪いね手間取らせて。」

そういって、軽く手を上げてくる。


 「今終わったとこです、じゃあ乗って貰いましょうか。」


 すると、周りを片付けていたアメリが少し慌てた。道具を片付けていたのだがジャッキが重くて機体に戻せないのだ。

 すると依頼者の人妻が、

 「どれ、お嬢ちゃん、貸してみな。」

そう言って、ひょいっと持ち上げてしまった。

 「あ、ありがとうございます…!」

アメリも驚いている。農業者の人妻はこれくらいでないと務まらないのだろう。


 ラダーが短いので乗れるかと心配していたが、人妻は慣れた様子で、ラダーではなく吊り下げられた車両の側面をよじ登って機体に取りついた。僕らもそれに倣って同じように機体に登る。確かに懸垂するよりこっちの方が断然楽だ。さすが現場の人だと感心する。


 「じゃあ、こちらの席にどうぞ。」

アメリが後部座席に案内する。座席に置いてあった予備のヘルメットを見て人妻は、

 「あー…、ヘルメット被んなきゃいけないんだっけ……。」


明らかに面倒そうだ。別に被らなくてもどうってことはないのだが、一応規則なのでお願いする。


 「頭、入るかしらね……。」


 毛量の多い人妻は、そう言ってなんとか自分の髪の毛をヘルメットに押し込んでいる。アメリが顎ひもを調整してあげていた。

 「上空に上がったら脱いじゃっていいんで、離陸中だけお願いします。」

とアメリが伝えていた。しっかりとハーネスも装着して貰う。


 よし、いよいよ離陸だ。


 まず、制動レバーを降ろしてブレーキを解除。その後、推進機レバーを少しだけ倒してゆっくりと地上を走行する。圧倒的な重量物を抱えた6式は、上下にゆさゆさと揺れながら、畑の搬入路まで進み出た。そのまま、舗装された車道に進み出る。


 機体の灯火信号で、離陸中・接近注意、の合図を出しておく。見たところ、遥か前方まで車の通行はない。


 「後方も大丈夫です」

アメリが伝えてくる。


 「……頼んでおいて何だけど、これ、ほんとに飛べるのかい?」

後ろで人妻がそんなことを言い出す。まあ無理もない。腹に大型車両を抱えた6式は、明らかに空を飛ぶようなスタイルではないのだから。


 「最終確認、……離陸信号発信、……警笛!」


 計器の確認、そして周りの車両などに離陸機があることを伝える電波信号を発信し、最後に警笛を鳴らす。くぉー!くぉー!という、鋭く、やや長い警報音が二度周囲に鳴り響く。少し離れたところにいた畜養動物が、音に気づいて頭を上げているのが、ちらりと見えた。近くの民家では、小さい子が大人と一緒に、飛行舟が離陸するところを見ようと、家から出てきたようだ。


 「地方管制へ!これより離陸動作にはいる。コールサインはパイン2、フライトプランは、YAR0905。」

 「オールグリーン。」

アメリが追従する。


 主翼レバーを引き後退角を調整、開度は70%と言ったところだ。本来離陸時は全開でなければならないのだが、この機体の主翼には件の癖がある。この重量で全荷重をかけたら最悪破損してしまうかもしれない。開度を抑えて速度で揚力を稼ぎ離陸する。空力のセオリーならそうなる。しかし今回は車道から離陸しなければならない。滑走距離も短く路面も良くない。……そして何より無理のできない主脚。


 本来、離陸など不可能な悪条件だが、

 それを可能にするのが、──「飛ばし屋」である。


 操縦桿を軽く押し引き、左右に回転。ラダーペダルを左右踏んで感触を確かめる。


 そして、「機体に意思を送り込む」。


 ……細部を透過するように、隅々までの機体の情報が手応えとして身体に伝わってくる。中央のI-Tailモニターのリヒトの人型には、目まぐるしく変化する色の波が押し寄せている。


 「力を抜いて…」

アメリに優しく語りかける。

 「え?は、はい…!」

 緊張の余り、アメリの飛ばしの意思が機体に混ざってきているのだ。持ち上げるには有利になることもあるのだが、手伝って貰うほどではない。


 「離陸する。」


 短く宣言し、推進機レバーを一気に倒す。

 静かだった推進機が一気に、コーー!という硬質な唸りを出す。

 機体はゆさゆさと揺れながら、車道を走り出す。

 速度が上がる、振動が増す。

 だが明らかに……加速が足りない。

 道路の終わりも見えてきた。

 アメリが焦りのため、ぎゅっと操縦桿を握りしめる。


 だが、───明らかに離陸速度に達していないにも関わらず、機体は前触れなくふわりと浮き上がった。


 「うぅぅ浮いたー?!」

アメリがたまらず叫ぶ。


 「おぉ~、飛んだ飛んだ。」

後ろで人妻はのんきに言う。


 先程、民家の前で見ていた子供が大喜びでこちらに手を振っているのが見えたので、手を振りかえしてやった。


 僕は意思の強度を一気に上げ、機体を加速させていく。明らかに先程とは違う、後ろから何かが猛烈な力で押し上げているような、異質で強烈な加速感が発生する。


 「お、おぉぉおお……!?」

初めて感じる感覚なのだろう。アメリは目を丸くして前方を見ている。


 やがて目標にしていた速度に達する。高度も十分だ。


 「こちら地方管制、パイン2。そちらの機体を捉えた。感度は?」

管制が呼び掛けてきた。


 「こちらパイン2、感度良好。そちらの天気はどうですか。」

 「気象状況は良好、今後風が強まることが予想されるが、夜半までは大丈夫だろう。」

 「了解、交信終わり。」


 管制連絡も済んだ。

 今一度、計器を確認する。速度、高度も問題なし。レバーを操作し、前部下方フェアリングを展開する。機体の下にぶら下がっている車両が発生する空気の乱流をいくらかでも抑える為だ。これで準備は整った。


 僕は主翼レバーを、僅かに展開方向へ動かす。これだけで劇的に揚力が増す。この増した揚力で翼にかかる負荷を探る。そして、機体に行き渡らせた意思を、少しずつ引き戻していく。急に意思を抜き取ると、機体に負担がかかり破損する恐れがある。あくまでも手応えを探りながら、ゆっくりと抜いていく。意思が抜ける度に、機体は本来の空力に沿った振る舞いを始める。


 少し左右に揺動するがすぐに収まる。尾翼、機体、そして、主翼からも意思の力を抜き取る。


 ぎしっと音を立てて、主翼がしなる。先程までとは違い、明らかに風を受けて飛んでいるのがわかる。僕は状態を確認して、前部のフェアリングにだけ意思の力を残す。ここは常に整流しておかないと、車両が受ける空気抵抗で速度が一気に落ちてしまうだろう。


 意思を手放す。

 少し揺れるが、機首は下がっていない。空力飛行に復帰した。

 「ふぅ…」

ひとつ息を付く。ここまで来れば後は着陸だけだ。


 「ヘルメット、はずして大丈夫ですよ。」

後ろの人妻に声をかける。が、返事がない…。後ろを確認すると、すやすやと寝息を立てていた。

 「寝てるのか…」

神経の太い人だ。こういう感じだと気を使わなくて済むので助かる。


 「……今って、飛ばし使ってないっすか?」

アメリが聞いてくる。


 「そうだね、フェアリングの空力制御だけちょっと入れてるけど、機体の方からは抜いてるよ。」


 「そう、…っすか。」

彼女は若干放心ぎみだ。

 「後は街までまっすぐ飛ぶだけだ、少し休むといいよ。」


先程までとは違い、恐る恐るといった感じでこちらを見る。

 「……話には聞いてたんですけど……。」

うん?

 「すごすぎて、ぜんぜん参考にならなかったっす……。」


はははっ、と僕は軽く笑う。まあ、これはしょうがないだろう。

 「……昨日の空力飛行と違って、これは、ほぼ感覚だけの世界だからね。正直、こっちは教えられることって、あまりないんだよ。」


 「飛ばしの力量も、全然違いますし……。この力の入れ具合とか、探ってみてたけど次元が違いすぎて、よくわからなかったっす。」

アメリは、むぅ~ん…。と唸るような表情をしている。


 「気をつける点としては……、やっぱり機体の破損かな。飛ばし使ってると、意図せず機体の限界強度を超える領域に踏み込んでることもあるから、入れるときも抜くときも、探りながら少しずつ。それを忘れないようにするんだ。あとは何度も乗っていれば、すぐ上達するよ。」


アメリはうなずいたが、しかし無言だった。何か、考え事だろうか。

 耳元のヘッドセットから声が入る。

 「…あの、ちょっとお話しして……いいっすか?」

 アメリだ。


 ヘッドセット越しで?……後ろの人妻を起こさない様に配慮したのか、あるいは聞かれたくないのだろう。


 「構わない、なんだい?」

 僕もヘッドセットで答える。アメリはじっとこっちを見ている。

 そして、意を決したように話し出した。


 「リヒトさんって、……教官にはならないんですか?教官だけじゃなく、階級だって……、尉官だって簡単になれるんじゃないっすか?」


 ……ずいぶん意外な質問だ。


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