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第二話 「魅入られし翼」 ~分団のお昼休み・輸送業務に行ってきます!~

 イバタに認証を受け、リヒトはフライトプランを提出する。隣街までの道行きだ、そんなに複雑なものじゃない。これであとは積込だけだ。忘れずに、落下防止ネットとベルトスリングを持っていかなければならない。それらを6式後部の荷物スペースに押し込む。


 作業しながら、据置筐体のモニターをチラチラと覗き見る。程なくして、端末に【受理】の表示が表れる。


 「オッケーです。受理されました。」

 イバタに軽く目配せすると、うん、と頷いて、またハンガーのみんなの方に歩いていく。午後から使うと言っていた、重輸送のチェックを始めるのだろう。



 昼になり、食事と休憩の時間だ。

この時間は、午前中と午後の仕事の切り替わりの時間であり、それに合わせて団員も入れ替わることが多い。今日は珍しく入れ替りが少なく、ヨギが午前中の本業を終えてこちらに合流したくらいだ。


 ヨギという男は、分団の最年長で副団長を務めている。既に100歳を優に超えてるらしい。ドルイド族の男らしく壮年期と変わらない体つきをしているが、髪も髭も真っ白で顔には深い皺が刻まれている。最近は、フルタイムで働くのが少々堪えると言っており、それもあってか午後からは本業を控え分団の方に入ることが殆どだ。


 基本的に普段の分団の仕事というのは自由参加のようなもので、その時々で出勤できる者が出勤する。本業の休みの日や、空き時間ができたときなどは、手持ちの端末から出勤報告をいれる。それぞれの団員が、本業に影響しない範囲で時間を融通し合い、勤務に穴がでないように配慮している。


 こちらの仕事が好きで、あまり他に仕事をを入れずこちらに多く顔を出す者もいる。

 リヒトがその典型で、アメリも自主訓練と称して良く顔を出している。


 イバタは分団長ではあるが、兼務している役職が多く、なかなかこちらに顔を出せていない。深夜や早朝にだけいることが多いが、今日はたまたま他の用事がなかったのであろう。実にのんびりとした顔でハンガーの機体を眺めている。


 業務依頼があれば出勤・出動、それ以外の平時は機体整備と訓練。現在では予備団員を大量に採用して、主に週末に模擬戦闘演習を行っており、その指揮を務める業務もある。


 なにか事件、事故、急病、災害などがあった場合は、優先し出勤中の団員で対応、可能かぎり非番(本業の仕事中)の団員も駆けつける。それでも手が足りなくなったら、緊急召集がかかる。こうなったら本業中の者も召集に応じなければならない。


 ドルイド族は、元々高い自己完結性を旨とする意識があり、多少のことなら通報などせず、身近な人間と協力して対処できてしまう。

 よって、通報が来たときは結構状況が悪化してからということもあり、緊急発進への対応はいつも課題とされている。


 中央の都市では専門の救難対応チームが常駐しているらしいが、只でさえ人手の足りない我が民族。こんな田舎では専門職など配備する余裕はなく、ほぼ全ての人間が何らかの形で業務を掛け持ちしている。自警団員ではないが、例に挙げればティやエレも、普段は農園や配糧工廠で働いているが、半分くらいは診療所で働いている、いわゆるお務めである。


 医療に関しても手持ちの機材と人材で遣り繰りしていたのだが、病人搬送の場合に後手に回ることが多い。診療所では注射を打つかサウナに入れるくらいしか対処のしようがない。

 重病人や大怪我を負ったばあいは、応急処置だけして即、隣街か中央へ搬送だ。以前は、患者が保つなら3式、医者を付けなければならないなら、6式の後部座席を倒して搬送していた。


 だが、なんにでも使える6式は常に引っ張りだこで、使用中のことも多い。そのため、緊急用を一機専用で用意しよう、ということになり、真っ白に塗られた30式が導入された。これはけが人や病人を搬送するためだけのもので、普段は全く動かない。


 ──────


 リヒトは、お昼ごはんはいつも適当に済ませている。今朝貰ったパンと干果物を齧り、事務室に備え付けのお茶を飲む。

 向かいの席では、肉と野菜をパンにはさんだものを豪快にかぶりついているアメリが目にはいる。いっぱい食べる娘なんだな、と好ましく思った。


 視線に気づいたアメリが、

 「あ、食べます?良かったら?」

と、そんなことを言ってきた。


 見ていたことを気づかれてしまったのが少し恥ずかしかったが、務めて冷静に、

 「いや、いいんだ」

と答えたが、彼女は答えを待たずにひとつを差し出してきた。


 「いっぱいありますから食べてください。残っちゃうとあたし、帰ってからもこれ食べないといけないんで。」

ヘヘヘ、と若干してやったような顔をして笑っていた。


 なるほど、余った食材の消費のためだったか。それなら、と言ってひとつ受けとる。芋と鹿肉を葉もの野菜で巻いてパンで挟んだもののようだ。鮮やかな彩りが食欲をそそる。一口齧ると、不思議な味がした。肉の味付けは、塩とスパイスが定番だが、想像していたよりもずっと複雑で芳醇な味わいと香りがあった。


 感想を言おうと思ったが、癖になるような味で、思わずもう一口齧ってしまう。言うまでもなく顔に出ていたようで、

 「美味しいですよねこれ、近所の人に分けて貰ったソースなんですよ。」

とアメリが言う。


 ソースなのか、道理で肉が予想よりしっとりしていると思った。

 「変わった味だな、香りも強いし……。」

手についてしまったソースをぺろっと嘗める。


 「でも美味しいな…、何にでも合いそうだ。」

ですよねーっ、と嬉しそうに話す。

 「なんかー、こんど新しく配食カタログに追加されるらしいんですよ、豆の生産量が余剰になったんで新しく加工品目増やすとかで…。」


 食糧生産に関しては、評議会も一族も非常に苦心しているところである。配食カタログというのは、配糧工廠から出荷される糧食品目の一覧で、ドルイド社会では基本的にここに載っているもの以外は生産も流通もされない。それ以外のものが欲しければ自分で作るしかないのだ。


 ドルイドの、倉廩みちて礼節を知る、という言葉は地球にもあるらしいが、食べるものの生産量には、殊のほか気を使うのがドルイド評議会である。食料に関してはもっと生産を増やせる余地があるのだが、食糧の余剰が常態化した社会は混乱と争いへ向かうということは歴史が証明している。また、食べるために作る、という生きていく上での基本となる行為を他人に依存しきってしまわないための歯止め、としての意味もあるのだ。これは女神の教義にも記されている。そのため、有り余るほどの食糧とならないよう意図的に絞っている、という側面もあるのだ。これに関しては、評議会の中でも意見が分かれているらしく、食べ物が少ないことが出生率の低下を生んでいるのではないか、という意見も根強い。


 「…豆なのか、これ?」

 「らしいです…」

思わず顔を見合わせる。彼女も同じ驚きがあったようだ。


 豆はたんぱく質の合成加工の原料にも使われているので、いろんな食品に姿を変えることは知っている。しかし、ここまで来ると元が何か全く想像できなかった。

 豆ってすごいな、と改めて感心した。


 我々が住むこの星には双子の星がある。


 我が星に遅れること30余年、そちらへの入植調査が行われたが結果は芳しくなかった。環境がこちらより厳しく上空に得体の知れない電波障害層があるのがその主な理由だった。が、それでも入植は可能とされた。


 その時の調査団の一人が言った言葉が残されている。

 「豆が芽吹いた、我々はこの星で生きていける。」


 人間、豆を食ってれば死ぬことはない、ということが良くわかる一節である。


──────


 「パイン2、輸送任務に出動します。」

 「パイン13、同任務に同行します!」

 「了解、ご安全に。」


 リヒトの声にアメリが続き、イバタが送り出す。ご安全にー!という声があちこちから聞こえる。ハンガーの前に引き出しておいた6式に乗り込み、ヘルメットを装着する。


 当然乗るときはいつも付けるものだが普段は風を感じたくてかぶらないことが多い。しかし今回は組合に対する依頼だ。公式業務ということで、最初だけでもきちんとしておこうと思ったのだ。


 操縦席に乗り込みハーネスを装着する。

 アメリは副操縦者席に着いて、後部に積まれている機材を確認しながら指差し確認する。


 「スリング8本、ラチェット8本、ウマと油圧ジャッキ2つ、敷き板2枚…よし。ネットは後部に収納されてるんでしたよね?」

 「うん、確認した。」

リヒトはと答える。機体を出す前に自分で収納して確認もした、間違いない。


 アメリもハーネスを装着する。リヒトは、起動スイッチを押し機体に火を入れる。1、2秒、全ランプが点灯してから、左右に波が広がるように消灯していく。

 ここで付きっぱなしのランプがあればエラーだ。今回はもちろん問題なく起動する。お馴染みの起動の儀式だ。


 左右の操縦者の前方中央、二人から見える位置に、個人端末のような、そこだけ近代化されたモニターが埋め込まれており、そちらも起動ランプが点灯する。

 全方位どこを見ても古くさい計器類のなかでそこだけ異彩を放っているが、これは飛行舟が全て軍の管轄下に置かれていることを暗に示している。新たに整備された統合管制システムに対応するため埋め込んだ機器、言わば首輪だ。そちらのモニターも少し遅れて起動する。


 モニターには、

【搭乗者認証】リヒト上等飛行兵曹

       アメリ二等飛行兵

という表示と共に、人体模式図が二つ、それもきちんと男女描き分けられている。もちろん右がリヒトで左がアメリだ。その人型の上にサーモグラフィのように4つのカラーが波打つように色を変えている。


 この装置には、【I-Tail理論】の根幹を成す技術が封入されており、現在二人の体内でどのようにI-Tailが流れているかを視覚的に表している。体内で流れているI-Tailには、個人・個体毎に固有のパターンも含まれている。これを照合することにより個人を照合するのだ。今現在でも、この固有のI-Tailパターンを模写し発生させる方法は無く、遺伝子よりも正確な個人認証となっている。


 「起動完了、異常無し」

 「確認しました、異常無し!」

僕の声にアメリが追従する。


 風防は、まあいいだろう、開けたままでいくことにしよう。

 「離陸開始」

 軽く言葉を置いて、推進機の出力をあげる。換装した長い脚の先にある車輪が、いつもと違う滑らかな助走を伝えてくる。そのまま、主翼を開きふわりと浮かび上がる。


 ──うん、風に乗った。

 気持ち良く浮かび上がっていく。


 そのまま緩やかに機体を上昇させ、高度がとれたところで降着装置を格納する。格納すると言っても、延長した脚は全く収まりきらずに斜めにはみ出たままだ。ぴぴっと警告音がなり、降着装置のランプが黄色く点灯する。


 「警告出てるけど、現場まではこのままいくよ。」

とアメリに声をかける。おそらく、警告を出したまま飛ぶようなイレギュラーな使い方はしたことがないはずだ。

 「了解です」

と返答する。


 少し、声の感じが固い……。アメリから伝わってくる気配も少しいつもと違う感じを受ける。ちらりと中央のカラーモニターを見ると、ほんの少しだがアメリのI-Tail模式図がざわついているような気がする。


 「アメリ、……緊張してる、もしかして…?」

そう声をかけてみると、

 「い、いえ!だいじょう……」

そこまで言って、ちらりとこちらを見る。その表情が少し微笑んでいるようにも見えた。


 「あ、いえ……、ほんとは少し緊張というかどきどき……、ううん、わくわく、かな。…してます。」


 「そうか」


それならいいか。少なくとも体調不良ではなさそうだ。誰かと組んで輸送業務というのが初めてなのかもしれないな。


 「現場まではすぐだ、本番はそこからだよ。」

僕は努めて明るく声をかけた。

 「了解です!」

アメリは元気よく返答した。


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