第二話 「魅入られし翼」 ~こんな大きなの、6式に積めるんですか?~
「構わないよ、むしろ僕の方こそ開けたままで良かったのかな?」
彼女は明快に、
「今日天気いいっすから。」
そう答えた。
「パイン13、これより離陸します。」
管制回線に向かって、宣言する。
パインは僕たち第4分団が使っているコールサインだ。彼女は13番目なのでパイン13。村内を飛ぶときは、いちいち律儀に管制に連絡をいれたりしないずぼらな飛行ばかりしていたので新鮮だ。
本来はこうなのだ、彼女を見習わなければ。
推進を上げ、芝の上をスキッドが滑り出す。軽快な加速ですぐにふわりと浮き上がる。空力飛行のお手本のような飛び方だ。家の屋根を越え、ゆっくり旋回して、一度、飛び立った滑走路の上をフライパスする。
「さっきも思ったっすけど、綺麗な滑走路ですよね。芝生公園かな?って思っちゃいました。自分で手入れしてるっすか?」
彼女が下を見ながら聞いてきた。
「時間があるときに少しずつね。まあ、距離は短すぎるけど。自分で使うならこれで十分だ。」
そう、横幅は十分過ぎるほど広いのに距離が全く足りない。縦横比がまるで運動場のようなのだ。
「じゃあ、宜しく頼むよ。方位070回頭お願いします。」
「了解ー!」
彼女は操縦桿を回し、機体を傾けた。
直線で飛ぶとやはり早い。ものの数分で目的地が見えてきた。
格子状の牧草地の一角に、埋まっているような車の姿。
「…見えてきた、1時の方向下方。」
僕が言うと、
「……確認しました。あれ…牧草畑っすよね…?」
アメリが不思議そうに返答する。そりゃそうだろう、なんで牧草畑の真ん中に車置いてあるのだ、と。
軽く手を上げて風のうねりを感じようとする……当然前方からの風しか感じないのだが、横風成分が混じっていないか神経を集中する。ほぼ無風のようだ。
下方を眺めながら、アプローチの仕方を考える。
畑に降りてしまえば楽なのだろうが、ここはまだ刈り取り前だ。草が絡むと思わぬことになりかねない。幸い、ここは「放牧地」ではなく牧草畑だ、柵等は無い。
「アメリ、車道じゃなく畑の脇の搬入路に降ろせるかい?幅が少し狭いけど。」
「問題ないっす、9時方向から進入しますね」
迷い無く返事が返ってくる。自信があるのだろう。
「パイン13、着陸行動に入ります」
再び管制に宣言してから旋回と降下を始める。速度の殺しかた、進入経路、進入角度、どれも申し分ない。滑走距離もごく短く、衝撃もなかった。
短時間の飛行ではあったが、けっこう、いやかなり優れた操縦技術だと思った。分団の人たちは慣れで飛ばしている者が多く、その上「飛ばし」も使えるので、飛行感覚が大味で締まりがなく乱暴なことも多い。
その点、彼女の操縦は乗っていて不安がなく、堅実で滑らかであった。彼女は正規の飛行錬成課程を修了しているそうだ。その違いもあるのだろうか。
僕やそれより上の世代は、所謂「軽飛行舟」講習から始まった者が殆どだろう。
子供の頃、修道院の修了時期が近くなると、院の運動場に白線を引いて、そこで軽舟に乗って講習を受けるのだ。そのまま、多くの者は材木や建設資材の運搬、配送業務などをこなして飛行経験を積む。受講証と飛行経験があれば、当時は一定期間後に制式ライセンスへの格上げ措置が取られていたのだ。そんな仕組みだったので、飛行舟乗りでも、今、試験を受けたら合格できないんじゃないか、というような者も多く混ざっている。当然、その操縦も洗練されているとは言いがたいものになっているのだ。
世代の違いとも言えるが、今後はこういった洗練された飛行士が増えていくのだろう。
座席の後ろからボンベを取り出し、機体を降りる。
小走りに車に駆け寄り、後部を開けてガスを補給する。補給と言ってもボンベを付け替えるだけだ、ものの数秒で終わる。
運転席に乗り込み、各部チェック…。エラーは出ていない。
僕は車に火をいれると、ゆっくりと車輪を転がすように、動かし始める。幸い、滑ったり絡んだりということもなく、無事に搬入路に車を脱出させた。
仕事の前段はこれでいい、あとは依頼者の畑だ。
車を一旦おりて、アメリに声をかける。
「ありがとう、これで仕事に取りかかれるよ。」
「仕事ですか、これから?」
「権利切れの作業車を運んでくれって、近所の人妻に頼まれててね、これから大きさを確認しに行くんだ。」
それを聞いたアメリは
「おぉ?!輸送の仕事っすか。」
そう言ってなぜか興奮気味だ。そして、
「……つ、付いていっちゃダメっすか……?」
と恐る恐る聞いてきた。
「?」
ダメってことはないが、見てもそんなに面白いもんでもなかろう。それに、
「平時訓練はいいのかい?」
彼女は平時訓練の一環でここに飛んできているのだ。
「いいんですそんなの!こっちの方が大事っす!」
簡単に言ってのけた。それほどのものなのか。
「あたし、軍部系列の錬成課程しかやってなくて……。飛ばしの実情っていうか、タフな現場っていうか…!そういうの見たこと無かったっす!」
そしてぐっと拳を握りしめて、
「作業車を運ぶってことは、……間違いなく「飛ばし」を使った仕事っすよね?今日は、そっちの上飛殿の腕も見たいっす!!」
そういえば、昨日から今まで飛ばしはほぼ使っていなかったな、6式降ろすときに一瞬使ったくらいか。しかし、
「飛ばしなら、新型見てるだろう?」
あの骨組みみたいなやつ。
「あ、あんなの飛行舟じゃないっす!全然風を受けそうな形に見えなくて。す、好きじゃないっすよ、あれ……。」
それには僕も同感だ。
「それに、実際飛ばしてもみたんすけど……、なんか嫌でした。気持ち悪いっていうか、飛んでて全然満たされないっていうか。」
ほう…?そこは僕とは違う感覚だ。
気持ち悪さは感じるが、飛んでいるときの陶酔感は確かに感じる、いや、感じてしまうと言うべきか。男女間の感覚の違いだろうか。女性の飛ばし屋というのは、実は結構珍しい存在なのだ。実際に会って話すのはアメリが初めてかもしれない。
「と、とにかく!お願いします!」
真剣な目だ。まあ、そこまで拝み倒されることでもなく、別に構わないとは思う。作業車が予想より重かったら彼女の体重分が負担になるかもしれないが、どっちにしても飛ばしを使うのだ、些細な問題だろう。
「ああ、別に構わないよ。せっかくだから、手伝って貰おうか。」
彼女は、ぱっと表情を輝かせて
「ありがとうございます、がんばるっす!」
そう言って、ぶん!と頭を下げた。
そんなわけで今度は二人で現場に向かう。
先程とは逆のルートをたどるような格好になるのだが、やはり道なりは時間がかかる。20分ほどかかってようやく件の畑に辿り着いた。たかが20分程度だが、村内という狭い範囲を動いているだけ、という先入観が、体感以上に時間の経過を伝えてくる。
現場の畑には、言われていた作業車が置き捨ててあった。周りの牧草は綺麗に刈られており、ここに着陸するのに不都合は無さそうだ。
車はとても使い込まれており、あちこち草や泥が付着していた。一応大まかなところは、ブラシをかけたあとがあるが、丁寧に洗浄したようすはない。恐らくこのまま工場に引き渡してむこうに任せるか、ひょっとしたらフレームだけ更新して、外装やオプションなどはそっくりそのまま乗せ替えて使うのかもしれない。車体はともかく、刈取りオプションや、作業用のラダー、補助灯火など、色々いじくり回したあとがある。新車で買って同じ使い勝手に戻すのは結構な手間だろう。そう思うと、後者の方が正解な気がしてくる。
操縦席をちらりと覗く、作業車らしく全体が埃っぽく汚れている。その中で、車体に打たれた刻印をチェックすると……
「あー…確かに。」
権利の期限から1ヶ月程経過している。このまま公道を走らせるわけには行かない。
後ろで見ていたアメリに、
「僕の車の後部に巻き尺入ってるから、持ってきてくれるかい?」
「はいっ」
さっと車に走っていってハッチを開ける。
……作業現場では走らない。
駆け出しの頃はよく言われたものだ、と笑みがこぼれる。
動きが悪いとやる気がないように見える気がして、とにかく駆け足で動いていたのだが、現場では怪我や事故を起こさないのが最優先。それよりも段取りを考え、無駄の無い導線で移動するのが、正しい思考だと教わった。
車を見回す。
平面投影面積は問題なさそうだ、車幅、全長、問題ないだろう。一番のネックは全高だ。
幸い、車体上部に付けてあったと思われるオプションや灯火の類いは全て取り外して背中の荷台にくくりつけてある。車両本来の全高からはみ出すものはなさそうだ。
あとは、落下飛散防止ネットを後部にかけて縛り上げる、と。これを忘れると輸送中に部品を落とすことになる。
「これでいいっすか?」
三種類あったはずの巻き尺の中から、一番巻きの少ない短いものを持ってきた。
よしよし。
たまに、車を測るというのに300mの一番長いやつを持ってくるやつもいたりするから油断ならない。
アメリに巻尺の端を持たせて、まず車幅、それから全長を計る。うん、ここまでは大丈夫だ。
問題の全高。
これは、すでに身長を越えていることから、標準では搭載できないことは明らかである。僕は具体的な数値を、測って読み取る。
……ふむ、…これならば。
逡巡。
決めた、6式で行く。
僕は端末を取り出し組合の予約システムを呼び出す。そして重輸送をキャンセル、実行する、よし。これで重輸送は誰かが別な仕事に使えるだろう。
もう一度ぐるりと作業車の周りを確認する。予想外の張り出しや、剥がれて落ちそうな部分などがないか確認しながら念入りに見て回る。部分的に叩いてみたり、引っ張ってみたりもする。古い車両のため、弱くなっている部分があるかも知れないからだ。幸い、色々取り付けていたと思われる自作のオプションの数々は、全て綺麗に外してあった。あちこちに塗装の剥がれたねじ跡が見られる。
うん、大丈夫そうだ。
僕は端末を取り出して、分屯所に通信を繋ぐ。
一呼吸置いて繋がる。
「こちらは第四分団、応答はイバタ中尉ご安全に。」
あれ?イバタさん?
「ど、どうも、リヒト上飛曹です、ご安全に…。」
「あー、リヒトかい。どうしたの?」
意外な人が応答に出たので戸惑う。
「え、えーと…、午後から輸送の仕事で6式使うんですけど……、そちら誰かいません?お一人ですか?」
「あー、ハンガーに3、4人いるよ。珈琲でも飲んでるんじゃないかな。呼んでこようか?」
団長に通信番させてるのか、しょうがないな……。思わず苦笑いが浮かぶ、人のいい団長だからなぁ。
「いえ、伝言だけで…。6式にでかいものぶら下げて飛ぶんで、降着装置の換装をお願いしたいと思いまして。」
「でかいもの……なら、一番長いやつかな。下駄は車輪で?」
さすがイバタさん、察しが早くて助かる。
「はい、車輪仕様の一番長いやつでお願いします。作業用車両を運ぶんですけど、……なんか車権切らしちゃったみたいで。」
ははは、と電話口でイバタさんが軽く笑う。
「そりゃー、うん、確かにしょうがないね。自走して行く、とか言われなくて良かったじゃない。」
確かに、古い世代の頑固親父なら言いかねない。
「はい、すみませんがお願いできますか?すぐに僕もそっちに向かいますんで。」
「りょーかい、作業始めておくね。」
「お願いします、御安全に。」
「はい、御安全に。」
ふぅ。
まさかイバタさんが出るとは予想外だった。が、これでスムーズに作業ができる。フライトプランも、イバタさんの認証付きで提出できるぞ。
よし。
振り返ると、通信が終わるのを待ちかまえていたようにアメリが聞いてきた。
「6式使うんですか?!」
「うん、なんとか積めるだろう。」
「てっきり重輸送使うものだとばかり……。」
まあ、普通ならそう考えるだろう。
「ここの車道は、重輸送降ろすにはちょっと道幅が足りないからね。それに重輸送だと、これ積んでもまだ内部がスカスカだから、勿体無くてね。」
「おぉ……!」
なんだかアメリの目がキラキラしているような……
「こ、これは、タフな仕事の予感…。」
彼女は、ぼそっと不思議なことを言い出した。