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EXTRA イバタ2 ~同胞~

こちらのお話は、

第9話 導きの交差点、のエピソード中の宴の中でイバタ中尉によって語られた……とされる、過去のエピソードその2になります。

 少佐の怒りに、……ではない。


 その掴みかかってくる少佐を見ながら、全く動じず、僅かに目を細めるだけで身体を翻し……あっという間に腕を取り肩口まで捻り上げて床に叩き伏せてしまった、少尉。

 ………その少尉の目に、一瞬だけ恐ろしく冷酷な光が宿ったのを……アメリは見逃さなかった。


 隣りにいた番兵…独房管理官の女性兵士までもが、周りを凍りつかせるような一瞬の殺気を受けて、腰を抜かして…声も出せずにその場にへたり込んでいた。


「…憲兵!!」


 少尉が鋭く声を発すると、独房棟の入り口に控えていたと思われる、通常とは違う軍服を着た兵士…アメリは殆ど見たことがなかったMP(軍警察・憲兵)であろう男が2人、即座に駆け込んできた。


 その憲兵二人は、組み伏せられた少佐を取り押さえ、腕を後ろに回して拘束した。


「……少佐は、命令違反を犯した。連行しろ。」

「はっ!」


 二人の憲兵に引き立てられ、何事か喚きながら少佐は独房棟の外へ引きずられていった。


 その様子を、つまらなそうに見ていた少尉であったが、気がついたようにへたり込んでいた番兵の女性の手を取って立たせた後……アメリの方に向き直った。


「……!!」


 アメリは、これ以上無いほどに身体を硬直させ、背筋を伸ばして不動の体勢を取った。

 だが、向き直った少尉は、先程と同じ人とは思えないほど柔和な微笑みで話しかけてきた。


「No.1192…アメリ訓練兵…だね?」

「は、はいっ!!」


 すると少尉は、柔和な笑みを引っ込め、真剣な表情をして……深く頭を下げた。


「…………え」


 しばらく、そのまま頭を下げていたが、少尉はゆっくりと顔を上げ、静かに語りだした。


「……あなたに対する、この錬成所の犯した()について、全面的に謝罪する。…本当に申し訳なかった。」


「………?」


「あなたの取った行動は、正当防衛であり……また、あなたが受けた数々の暴行や暴言、……そして、あなたの尊厳に対する侮辱的な発言は…決して許されるものではないと、我々顧問団は判断しました。今後、あなたに対する賠償などについても、引き続き我々が責任を持って履行させます。……重ね重ね、申し訳ない。」



 ……………



 少尉は、イバタと名乗った。


 ドルイド族の中でも若い頃から名を馳せていた、超一流の飛行士であり飛ばし屋で、また様々な役職を掛け持ちしている、頭脳的にも政治的にも群を抜いて優秀な人間であると噂は聞いていた。

 今は、臨時ではあるがこの錬成所の顧問団としてこちらに派遣されてきていると。


「……今後の対応は、担当士官を一人宛てがうことになっている。何かあったら、その人に言うといい。女性で…法律にも精通している人だ。」


「……はい。」


 独房棟を抜けて、二人は外を並んで回廊を歩いていく。


 どうやら、自分の処分が不当であるとの申立てを受けて、顧問団が動いてくれた結果、釈放ということらしい。


「3日ほどは、休養期間として申請しておいた。体調を整えたら、また錬成に復帰するといい。……グループの子達も心配しているだろうから。」


「あ、ありがとうございます。」


 アメリが控えめに礼を言うと、

 イバタは、困ったような笑みを浮かべた。


「アメリ、君は被害者だ。対して、私は加害者側の人間だよ……。礼を言われては…立つ瀬がない。」

「す、すみませんっ!」


 今度は謝罪か…。

 はははっ、と控えめにイバタは笑った。

 被害者として振る舞えと言っても、階級差がある以上それはできないだろう。


 イバタは、敢えて普通に話すことにした。


「……俺からできることは多くはないが、よかったら……ここを卒業してからの君の配属先について、便宜くらいは図れるかもしれない。」


 そう言ってイバタは、ネームカードをアメリに手渡した。

 端末があれば色んな情報なども渡せるだろうが、あいにく彼女の荷物はまだ没収されたままだ。


「卒業が近づいたら、一度連絡をくれると嬉しい。君のような優秀な人間は、うちの分団にぜひともほしいところだからね。」


 ……分団?

 元は自警団の人なのかな。


 アメリは、心のなかでそう考えていた。


「……いずれにせよ、君の今後はきちんと保証させてもらう。今は、安心して休養に務めてほしい。……とりあえず、錬成所前の湯場を2時間ほど貸し切りにしておいた。入ってくるといいよ。」


 なんと、それは嬉しい…!!

 今は、ただ熱いお湯に浸かりたい、ただその一念であった。


 と、同時に……、

「す、すみませんっ!やっぱり……臭いますよね…?」

 アメリは、思わず半歩ほどイバタから距離を取った。


「いやぁ、野性的なのも嫌いじゃないよ?俺は。」

 そう言ってイバタはからからと笑った。


 何言ってるんだこの人は…。

「ぷっ……あははは。」


 思わず笑ってしまっていた。


「ほら、ちょうど……グループの子達のお出迎えも来たようだ。みんなで入ってくるといいよ。」


 促されて見ると、視線の先にグループの皆が手を振っているのが見えた。


「はい…!ありがとうございますっ!」


 アメリは、そう言ってようやく開放されたような笑顔を浮かべて、グループの仲間の輪の中へ走っていった。



 ………………


 先程の少佐の、命令違反──。

 これは、やや特殊なものではあった。


 顧問団の出した温情とも取れる、訓練兵への謝罪を以て処分の減免を考慮する、というもの。これを提示した時に、執行部の連中は一も二もなく承諾し条件を飲んだ。もちろん、連中が真面目に謝罪などするつもりもないことは分かっていた。そして、事実そうだったのであろう。適当に謝罪らしいことをしたように見せておけば罪が軽減される、その程度の理解だったのだろうが、あいにく顧問団は全員……そんな甘い人間ではなかった。


 誤魔化しを許さず真っ当に謝罪させるために、一番の「原因」と目していた少佐に対して、軍本部からの命令として「謝罪する」ことを要求したのだ。

 些か妙なことではあるが、命令には変わりがない。その顛末を見届けるためにイバタは少佐に同行しその行動を確認した。

 結果……、愚かにもくだらない自尊心が邪魔をしてろくに謝罪らしい謝罪もできずにいたため、イバタは「命令違反」と判断したのだ。

 もちろん、謝罪したからといって許すつもりもなかったイバタは、わざと相手を挑発し、命令違反に追い込んだのである。そして、これこそがイバタの目的の一つであったのだ。




 そして……イバタから「左遷される方法はないか?」という突拍子もない頼みをされた上司の、出した回答がこれだったのだ。




 その、イバタの上司の男は、名を……ウォレス少佐と言った。


 ウォレスは、元はここの最上級錬成課程の教官であったのだが、現在では退官し軍の編成局の顧問になっている。彼は、掛け持ちでこの錬成所の顧問も頼まれていたらしいのだが、現在携わっている仕事の方に集中したいということで打診を断っていたそうだ。しかし、単に断るわけにもいかないので代わりの人間を用意するということになっていたそうだ。しかし、錬成所顧問は、過去に不祥事を起こした人間がいたため人選はかなり慎重になっていたのである。


 ウォレスは、能力も人格も申し分なく、周囲には味方も優秀な人材も多い人物だったのだが、実直すぎる性格のため上層部では敬遠する派閥もあったらしい。そのため、もっと早く昇進する筈だったのだが、同期の人間より若干出世が遅れ気味だったのだ。

 だが人生の後半に入って、これまで貯まっていた「役目」ともいうべき役職が一度に押し寄せてきたような状態らしい。

 その一環で、この錬成所の顧問にも抜擢されたそうなのだが、今回は自分に代わる人材として、7人の人間を「顧問団」として錬成所へ派遣する、という方法を上層部に認めさせ、それを行使してきたのであった。


 人数が多いため、前任よりも階級が若干低い者も混じってはいるが、いずれも成績、能力、人格ともに申し分無い者が選ばれている。イバタはその一人であった。




 ではなぜ、「左遷」を願い出たイバタをこの役職に就かせたのか?


 


 女性訓練兵に対する、錬成所での暴行事件─── 

 軍の編成局の顧問でもあったウォレスにとって、これは重大な案件であった。


 ──ウォレスにも、事件の内容は伝わっていた。正当防衛であるはずの女性兵士が、錬成所執行部の判断で過剰防衛を適用された上、加重暴行と判断されて、兵士資格を停止させられている、というものである。

 現在は錬成所を去っているが、その女性兵士の同期だった者からの請願をイバタが受けて、それがウォレスに伝わってきていた。同期の女性兵士たちからも同様に、嘆願書として内容が伝えられてきている。


 事実ならば由々しき問題であるが、それと同時に……組織の病巣とも言える原因として目をつけたのが、加害者の人間と上層部の人間との縁戚関係による繋がりであった。

 地球ではよく見られることであるが、──要は、上役の息子だから、親戚だから、処分を軽く、責任は相手に……というあれである。


 宇宙の果てまで来て、田舎臭いことをよくも平気でやるものだ……、と呆れていたのだが、話はそれで収まらないのだ。内容を精査してみると、事は民族間の摩擦をも孕んでいるというのだ。当然、放っておいていいものではない。


 組織の腐敗というのは、根が深いものだ。

 やるときには徹底的にやらなければ解決には至らない。


 そこで、ウォレスは、自分がよく知り且つ特に有能なイバタを()()として顧問団に送り込むことにしたのだ。実態を直に目で見て、病巣は確実に取り除け、という指示を与えて。


 イバタ自身は、仕事の内容は問題にもしなかったし、確実に実行できる自信もあった。しかし、顧問として指名したのが自分の上司である以上、あまり派手な事をすると、上司である彼にもリスクが及ぶことを危惧していた。


 ……のだが、


「──保身を考えて組織改革ができるか。余計なことは気にせず徹底的にやれ。」


 と、その上司は()()()()()()()、こともなげにイバタに言い放っていたのだ。


 ──相変わらず、自分と仕事に厳しいお人だ。


 イバタはそう思っていた。だが、そこまでお墨付きを与えられたのだ。もはや任務遂行に際しては一切の躊躇がなかった。

 その上、結果として左遷されるのなら願ったり叶ったりである。


 イバタは正規兵であり、いわゆる出世コースに乗った男であった。


 しかし、自身は出世や軍役に熱心な方ではなかった。自分の村と民族に貢献するために必要な「手段」として、軍を選んだだけに過ぎなかったのだ。

 ところが、自分の実績が予想を超えて評価されてしまったため、早々と中央に送られて、本来の目的であった村への貢献ができないまま出世だけしてしまいそうになって困っていたのであった。


 イバタはバランス感覚に優れているだけに、一度乗ってしまった流れに逆らうというのは、先の仕事に困難をもたらすであろうことを、容易に想像できてしまったのである。

 出世を遅らせて、あわよくば地方に左遷させられれば、現場の仕事をしながら村へも貢献できるのではないか。イバタはそう考え、ウォレスに相談したのであった。


 結果的には、最高の成果が得られそうなのだが、上司である彼にまで被害が及んでしまうのはイバタの許容する範囲外でもあった。

 しかし、あの(ウォレス)のことだ。部下にだけ泥をかぶせて仕事を遂行できたことを決して良しとはしないであろう。そう言った意味もあって、敢えて自分もリスクの及ぶところに身を置いたのだろう。


 本当に──、地球人にしておくのはもったいないほどの高潔な人物だと、イバタは常々思っていた。そんな彼だからこそイバタは、地球人である彼に身を奉じ、教えを請い、尊敬もしていたのだ。いまや、イバタにとって、彼の生き方こそが自分の生き方の手本であると考えていた。



 後日、錬成所執行部の例の少佐は、その言動及び資質に関して重大な不足があるとの判断を受け、錬成所から別な部署への異動、並びに降格処分となった。


 だが、この少佐だった男はウォレスの反対派閥のトップの重要な手下でもあったのだ。当然、ウォレスに対して政治的な圧力がかかることが想像できる局面でもあった。


 しかし、この少佐だった男の最後っ屁とも言うべき権限で、さんざん無礼な態度を取ったイバタも道連れのように左遷させられることとなったのである。

 だが、イバタは中央ではかなり期待されている男でもあり、いわゆる、ウォレス・反ウォレス派・親ウォレス派とも言うべき三竦みの関係の、親ウォレス派の次代を担う人材でもあったのだ。

 そのため、意図せずして親ウォレス派と反ウォレス派の睨み合いという状況を作ることになり、結果的にウォレス自身にはそれほど被害が及ばずに済んだのは、イバタにとっては僥倖であった。


 細かな部分では取りこぼしもあるだろうが、根源とも言える病巣である「少佐」の排除には成功した。調査の結果、少佐の取り巻きの連中は、まさにぶら下がっているだけ、という人間ばかりで、親分を消せば自然消滅するだろうと、イバタは最終的に判断していた。

 仮に、「再発」しても顧問団代表の金髪の中尉が今後正式に顧問として錬成所に常駐するようになれば、充分排除できる程度のリスクであると、顧問団たちは結論を出していた。


 「なんだか……私だけ、面倒なこと押し付けられていませんか?」


 と、金髪の女性代表は……少々不満げでもあったのだが、もちろん彼女自身も納得ずくのことである。

 今回の事件を解決した顧問団の人間は、この後それぞれの組織に戻り、それぞれの場所で活躍してくれるであろうと、誰もが信じて疑わなかった。


 だが、イバタに関してだけは、皆一様に心配をしているところでもあった。

 結果的に、イバタがリスク的なものを一身に引き受けるということで、予定通りではあったのだが、仲間たちにはやはり罪悪感や彼の処遇への不満も感じていた。


 後日のことではあるが……、顧問団の人間は誰もが昇進することになった。その中で、イバタだけが昇進できなかったのだが、当然ながらイバタはそれも見越していた。

 あまり階級が上がってしまうと、現場に出るのが困難になるからである。まさに、狙った状況を全て作り出すことに成功していたのである。


 仲間たちにイバタは、


 「こうなるのが目的だったんだよ、気にされても困るよ。」

 と、笑っていた。


 顧問団の仲間は、イバタの前途を応援し、なにかあったら必ず力になると約束してくれている。

 多少の出世の遅れはあっても、人生の障害になるほどではないと、イバタは仲間に感謝の言葉を送った。




 ───────────────



 その後、イバタは左遷という表向きの隠れ蓑をまとって、晴れて故郷ラインガーデンに戻ってくることができた。


 出て行くときは分団の団長だったが、帰ってくる時は自警団の副総長の肩書も付与されていた。これからイバタは、本格的に自警団の組織改革に取り組むつもりである。


 最近、ようやく人生の懸念を一つ片付けることができたところだ。

 お陰で、気持ちはかなり晴れやかである。


 そして……今日はお祝いの日だ。

 分団の仲間たちに囲まれて、自分はこの上なく幸せな人間だと思っている。

 酒を飲み、料理に舌鼓をうつ仲間たちを見ながら、そんな事を思っていた。


「───そうだったんですかぁ~。」


 当時の話を聞きたがっていたアメリは、ようやく納得してくれたようだ。

 彼女は、自分のせいでイバタの出世が遅れたのではないかと、心配していたそうなのだ。


「あぁ、だから心配いらないよ……。そうだ、アメリの昇進についても考えてるんだ。来週は手続きをしよう、いいね?」


「あ、あたしがですか!?」


 アメリは驚いている。

 彼女のような子は、もっともっと、広い世界で羽ばたいてほしい。

 自分の役割は、まだまだ終わらない……、その事に、少し感謝しつつ、

 イバタは、隣のカンプと酒の瓶を合わせていた。

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