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第一話 「孤独の翼」 ~三人での夜道、僕のうち~

 「あぁ…それは、残念でした。あれ、大好きなんですよ僕……。」

「ううぅ…あー!!もう~…!」

 エレさんは今日一番の大きな声を響かせた、よほど悔しかったのだろう。




 夜道をとことこと運搬車が行く。

 前照作業灯で照らしながら、ほぼ無音で走行していく、ゆっくりと。

 車内には座席が2つしか付いていないため、僕とエレさんは荷台に座っている。客室隔壁を背もたれにして後ろ向きだ。小さめの荷室窓を開けて、運転中のティさんとも声が通るようにしている。会話を楽しみたいからと、静穏モードでゆっくり走らせているのだ。


 道すがら、せっかくだからとエレさんのことを色々と尋ねる。

「そう、だから冬にはあの魚が結構入ってくるの、加工用にね。」

「へー。」


 彼女はこの村の配糧工廠で働いているそうだ。

 今の時期は、野菜の加工と去年の穀物の調整分の振り分け、各営農ファミリーからの集荷もしたりするそうだ。


「穀物や、木の実の殻剥きとか、脱穀なんかもしてるんですか?」

 と聞くと、

「担当は私じゃないけど、工場内でやってるよ。週に1回くらい大型配送車で運び込んでくるわね。」

「それじゃ、木の実の殻とか大量に出るんじゃないですか?」

 と問うと、

「うん、すごくでるよ。それらを搬出する大型車もいっぱい来てる。」

 それはいいことを聞いた。

「じゃあ、お願いすればいくらか分けてもらえるんですかね?」

 と聞いてみると、

「あー、でも、なんか行き先とか、全部決まっちゃってるみたい。たま~に「欲しいから売ってくれ」ていう人も来てるけど、全部断ってたみたいだから。」

 そうなのか、それは残念だ。廃品扱いかと思いきや、剥いた木の実の殻まで使い道がある。もちろん知っていたし、自分も使おうと思っていたのだが。(農地の土壌改良剤にとてもいいのだ)

 しかし、仕入れる前から行き先が決まっているとは……。これは意外と入手が難しいものなのかもしれないな、と思った。以前、知り合いから大量に貰って重宝していたのだが、最近使いきってしまったのだ。……ちょっと遠慮無く使いすぎたか、と後悔する。


 するとティさんが、

「ほら、個人でやってる製粉所とか脱穀所でも出るんじゃないかしら?量は少ないけど。」

 と話に参加してきた。

「あ」

「それだ」

 二人で見合う。

「あれなら少しくらい分けて貰えるんじゃないかしら、この辺にも何件かあるわよね。」

 さすが顔の広いティさんだ。


 話の途中で聞いたが、ティさんはファミリーらしい。(ワーキングファミリー所属、つまり家族持ち)

 そして、再婚もしていたと。(この場合の再婚は、巫女の妻の他に結婚したという意味で、実質初婚である。)

 しかし、夫は早くに魅入られて、飛行経験を積み、早々と軍の組織へと志願したそうだ。

 結婚生活は実に短く、仕事も忙しかったため結婚していた実感は全く無かったそうだ。人妻未満の人妻ですわ~♪と自虐的に笑っていたが、実際の胸中は分からなかった。


 だが、これだけ性に積極的な彼女だ。

 きっと、……なんというか、辛い時期もあったことだろう。

 その辺は中途半端にしか聞けなかったが、エレさんと出逢ったのはちょうどその辺りらしい、というところまでは何となく見えてきた。



「ここでいいの?」

 家の前まで来た。一人暮らしのため、家は真っ暗だが疑問に感じたことはない。

 誰か、待っている人がいた事があるならば、寂しさを感じるのだろうか…。

「うん、ありがとう」

 ひょいっと荷台から飛び降りる。

 エレさんも続いて身軽に飛び降りた。

 ティさんも運転席から降りてきて見送ってくれるようだ。

「それじゃ、またね。」

 と、ティさん。

「はい、ありがとう、また。」

 僕は返す。

「すぐに顔出すのよ、忘れないでね。」

 エレさんはちょっと挑戦的だ。

 今度彼女の家で食事でもしよう、という計画を話していたところだ。

 誰かの家で食事なんて、何年振りだろう。


「はい、必ず連絡します、あと訪問も。」

「うん。」

 彼女は嬉しそうな声だ。

 車の前照灯の逆光で、よくは見えないが、きっと笑顔だろう。

 少し間があって、家の方に歩き出そうか、そう思ったとき、ティさんがエレさんに、

「ね、あれしないの?」

「あれ?」

 あれ?ってなんだろう?

「ほら、あのぎゅ~っ!ていうの」

「あ~…」


 エレさんは、ちょっと小首をかしげて髪に触れる仕草をした。

 改めて言われると、ちょっと…そんな呟きが聞こえたが、僕の手は死角から既に握られていた。くいっと手を引き身体を引き寄せられると、もう一方の手で、優しく頬に手を添えた。

 そして、顔を寄せてぎゅっと頬を押し付けた。その後少し首を回して、頬に唇を触れさせる。首に腕も回してきた。つられて僕も背中を抱き締める。

 (またね…)

 耳元でそっと囁いてくれた。

 一呼吸置いて、そっと身体を離した。


 すると、

「私も♪」

 そう言って、ティさんが少し飛び付くように首に腕を回してきた。背中に腕を回して抱き止める。

「ん~~♪」

 そういってティさんは小動物のように頬をすりすりと擦り付けた。

 (今度は私にも、ちゃんと最後までしてくださいね♪)

 そう耳元で囁いてきた。

 (…はい)

 照れながらもそう返す。


 身体を離す。


 ()とか、区切りとか、気のきいた言葉とか、そんなことを考え出したらいつまでも別れられないと思って、思考を止めて振り返って歩き出す。


 家まであと数歩のところで、もう一度振り返って二人の方を見る。

 二人は既に車に乗り込んでいて、振り返った僕を確認すると、大きく手を振った。

 そして、きゅおーん…、というモーター音を微かにさせながら、走り出していった。


 車の灯りが見えなくなるまで見送って、僕は家に入った。


 灯りを付ける。

 雑然とした室内が目に入る。

 ほとんど間取りもなにもない、駄々っ広い倉庫のようなものだ。

 四分の一ほどが居住スペースで、残りは車の整備スペースとガレージ、農業用道具などが仕舞われている。


 唯一、二階の寝室とトイレだけが壁で囲われており、あとはすべて繋がっている。

 入浴スペースもあるが、壁はない。洗い場をカーテンで仕切るだけの構造で、浴槽もただ置いてあるだけだ。


 薪で沸かしたお湯を大きな断熱タンクに貯めておく方式で、タンクの水位と湯温を確認して、どちらか低下していたら適宜薪を燃やす。薪の焚き口は二ヵ所あり、ちょっとしたこだわりポイントだ。構造が煩雑になるためほとんど採用されない形式だが、夏場には屋外から、冬は室内から燃やすことで、室内への温度の悪影響を減らしている。真夏はとても室内では燃やしたくないし、冬は少しでも室内に熱を残したい。それを解決するために、こういう構造にしたのだ。手間ほどのものかと言われれば微妙だろうが(その証拠に、誰もこの構造にしている知り合いがいない)、おそらく、普通の構造に戻してみればその効果に驚く、そういう類いの違いだろう。


 いままでは、家の構造や散らかっていることなど全く気にしたことがなかったが、彼女たちと出会ってみて、少し気になった。


 少なくともこのまま招くわけにはいくまい。さりとて、片付けたくらいで用を満たすとも思えない。あくまでここは、倉庫兼作業場なのだ。


 招くのは諦め、どこか別な場所を借りて会うか?

 あるいはいっそ、応接用に小さな離れでも建てたほうが気が利いている気がする。


 それか、思いきって引っ越すか……?


 この建物は、修道院を出てすぐ、組合に入った頃に購入した物件だ。とにかく広い倉庫が欲しかったため、格安で売りにでていたこれを買い受けた。

 愛着が強くあるわけではないが、比較的使いやすいためそれなりに気に入っている。しかし、間仕切りがなく空間が広いため、冬はかなり過酷だ。引っ越して最初の年などは 、あまりの寒さに凍死するかと思ったほどだ。


 急遽、寝室回りを部屋として設え、外壁や屋根に過剰とも思えるほど断熱処理を施した。施工を頼んだ業者は、「ここまでやるなら引っ越すか建て直したほうがいいかもしれない」と言ってきたのだが、ここまで広く、しかも周りに住民のいない物件というのは他に得がたく、改修に踏み切ったのだった。


 家の外、道路を挟んで反対側には、共同浴場、いわゆる風呂小屋(湯場ともいう)もあり、最初の頃はずいぶん世話になった。しかし冬場、風呂上がりに家まで走って戻るのがそれなりにしんどく、また、他の利用者がいるとなかなか落ち着いて入れない。何より、機械いじりや農作業で汚れた身体をさっと流したい時にすぐに使える環境、そして、頭から湯を浴びることができるシャワーなどが欲しくなったため(風呂小屋は基本手桶で掛け湯方式だ)、思い切って薪ボイラーを設置した。

 冬場の暖房と兼用だ。


 本当は温泉を引き込みたかったのだが、家の建っている場所が風呂小屋よりも少し高く、勾配の関係で引くことができなかったのだ。湧出量は問題ないということで源泉使用権だけは買ってあるが、実際には使っていないので毎年権利の基本料金だけ支払っている。勿体ない、と言われたこともあるのだが、払った料金はきちんと、目の前の風呂小屋の維持管理に使われている。


 納めたお金がきちんと納めた場所で使われる。

 規模の小さな村の組織だからこそ可能な事だ。


 すべての事がこれくらい分かりやすくなってくれればいいと思うが、現実的にはそうもいかない。現に、ここの小屋は利用者があまり多くないので、維持費が確保できなくなったら閉鎖されてしまうかもしれない。


 それを解決するには「公金」という出所のよく分からない金に頼るしかない。

 現状ではまだなんとかなっているが、バランスを欠いてしまったら、風呂小屋全体の見直し、そして、温泉利用組合の再編という事態になってしまうかもしれない。


 …風呂の事を考えていただけなのに、なんだか気持ちが沈み始めてきてしまった。

 いかんいかん、切り替えよう。


 そもそも、風呂はただ洗うためのものではなく治療の一環でもあるのだ。そうなったら、風呂組合ではなく診療所の管轄に置かれることも充分考えられる。妙なことを悩まず、さっさと寝てしまおう。


 考えたら、今日は出張の帰りだったのだ。いろんな事がありすぎて、忘れていたがすぐに寝て休養するべきだ。


 ……いや、さっきまで十分すぎるほど癒して貰った。

 体力は戻っている、あとは睡眠だけなんだ。

 なんだか思考がふらふらしている。珍しい状態だ。

 普段、気を許して話をする相手などいなかったから、心がまだそれに慣れていないのかもしれない。


 ……考えてみたら、自分の体質と付き合うようになってから、異性とこんなに親密に、しかも二人同時にじっくり話したことなんか、今までなかったような気がする。修道院での幼少期以来のことだ。


 一対一で話している分には、慣れればなんとかなることも多い。しかし、話す相手が二人以上になると途端に身体の不調が首をもたげてくる。あの二人のように、同時に会話できる女性なんて……、本当に初めてかもしれない。そういう意味でも未体験のことであり、少々気持ちが興奮しているのかもしれない。


 なにか食べて落ち着こう、きっと腹が膨れれば眠気も誘うだろう。


 そう思ったが、食料棚には録なものがない。

 手軽に作れる肉粥でも作ろうかと思ったが、貯湯タンクを見ると水温が下がっている…。出張のだいぶ前から火をいれてなかったので冷めてしまったのだろう。


 仕方なく、保存用の糧食ブロックを2つほど取り出して齧る。水を飲むと腹で膨れて満腹「感」が得られるのだ。飲みすぎると膨らみすぎて苦しい思いをすることになる。


 カップに水を注ぎ、喉に流す。

 酒を飲む気分でもなかったが、珈琲かせめてお茶が欲しいと思う。一杯分だけ沸かせばいいのだろうが、なぜかそれも不思議と面倒に感じる。

 やはり気持ちは疲れているのかもしれない。

 靴を脱いで、裸になり寝台に寝転ぶと、折よく眠気も近づいてきた。


 今夜は、……ぐっすり眠れそうだ。


次回もお楽しみに

(次回から、第2章に入ります)

書き溜めてある分が残っているうちは、毎日更新予定です。(時間は不定期です)


なお、この物語は、

法律・法令に反する行為、および、現代社会においての通念上好ましくないとされる行為を容認・推奨するものではありません。


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