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EXTRA イバタ1 ~刺客~

こちらのお話は、

第9話 導きの交差点、のエピソード中の宴の中でイバタ中尉によって語られた……とされる、過去のエピソードその1になります。

 合同錬成所内における、暴行事件……、その再審議が行われている、簡易軍事法廷。


 7人の顧問団が見据える前には、先の判断を下した錬成所執行部の面々が、雁首を揃えて並んで座っている。


 審議は佳境に入っていたが、一向に自身の非を認めない連中に、顧問団の苛立ちも頂点に達しようとしていた。



「………()()()()()()兵士たちは、今も病院で入院中です。全治3ヶ月の者もいると……。」


 ──おい、今なんつった?

 ──やられ方が派手だったら、被害者なのか!?


 もう何度目かわからない、意義あり、の意思を挙手を以て示す。

 抑えきれなくなるような苛立ちを、なんとかこらえ、こめかみを押さえて……小さく息を吐いて内に堪った怒りと熱を逃がす。

 ちらりと、隣の席を見ると……自分以外の顧問団の6人全員も手を挙げている。

 イバタ自身を入れて7人だ。


 ここまであからさまだと、逆に挙げたくもなくなるのだが……事は到底看過できるものでは無かった。


「……先程も言ったように、その七人は「加害者」であると我々は認識しています。発言の訂正を求めます。」


 金色の長髪を後ろで束ねた、眉目麗しい人物……、顧問団の代表で階級は中尉であるこの人物が、努めて冷静に、説明した男たちに向かって訂正を求めた。


「……これが、刃物で裂かれた跡であることは明白、異論がある者はいないはずだ…!」

 そう言って、更に顧問団の一人が、汚れたボロ布を広げてよく見えるように提示する。


 議席の端の方で、視線を泳がせている者が2~3人…確認できた。


 わかりやすくて結構だな……、と顧問団の何人かは不機嫌に顔を歪めた。


 …それは、ボロ布ではなかった。


 無残に引き裂かれた軍服の上半身だ。引きちぎられたものではない、明らかに刃物で切り裂いた跡がある。これを見間違うようなら軍人ではない。


 前回の審議会に提出された被服の証拠物品は、引きちぎられたアンダーシャツだけであったと議事録には記されている。

 つまり、刃物で切り裂かれたこの軍服の上半身は()()()に提出されなかったと見ていいだろう。


 そして、そのくだらない細工をした者が、先程の2~3人というわけだ。


 ガキのイタズラじゃあるまいし……!

 顧問団のうちの武闘派の一人が、眉を吊り上げて顔を歪めている。


 すぐにバレる誤魔化しを法廷で堂々と行う輩が上層部にいるというだけで、組織の腐敗ぶりがわかるというものだ。


 ……ウォレス少佐──当時は中尉だったらしい……がこの錬成所を去って6~7年…か。

 たった数年で、まさかここまで劇的に堕落するとは。……こいつらの()()()()を侮っていたようだ。


「……し、しかしながら……、一方の女性兵士は()()()()()()()()()……、止めに入った兵士数名までも巻き込んで……。」


 だんっ!!!


 顧問団の一人──先程の顧問団きっての武闘派……が、遂に我慢できなくなり机に拳を振り下ろした。


「顔面と…腹部に!殴打痕有りだ…!!……どこまでやられれば目立った負傷なんだ!?」


 その男は怒りも露に、説明者を睨みつけた。それだけでは我慢できずに立ち上がろうとさえしていたが、隣の男が……それを抑えた。


 彼ら執行部の言う「被害者」の男性兵士七人は全員が地球人。対する「加害者」の女性兵士は……()()()()ドルイド族である。

 事実はもちろん逆であるこの事件、人種間感情を考慮するなら、ドルイド族こそが怒るところであろうが、拳を振るった顧問団の男は地球人である。……それほどまでに、この事件に執行部が下した沙汰は許しがたいものだったのだ。


「7人の相手に囲まれ、刃物を突きつけられて……生命の危機を感じない人間がいるのですか……?」


 顧問団のうちの一人の女性が、頬を震わせ怒りを押し留めながら、それでも冷静に問いかけた。彼女は敢えて、女性という言葉は使わない。女性であることを逆手に取るような手段を使わない実直…愚直さが、彼女を顧問団の一人に押し上げていたのだ。


 ──顧問団はちょうど7人だ。


「……お前囲んで実験してやろうか?」

 口元の前で手を組んでいたイバタの、その口からぼそりと、恫喝という名の本音が漏れた。


「ん゛ん゛~……」

 わざとらしい咳払いで、その呟きをかき消す……隣の代表。


 ──抑えろ……。

 ──……すまん。


 イバタと金髪の代表は、ちらりと一瞬だけ交わした目配せで、意思の遣り取りをする。


 代表とイバタは、長年の相棒と言ってもいいほどお互いを良く知っている。

 普段は物腰の柔らかな、このイバタという男だが…、その怒りに火がつくと手がつけられない苛烈さと冷徹さを内に秘めていることを、代表の女性は知っていた。



「───相手は女性とはいえ、ドルイド族だった。身体能力に差があることは、一応、……考慮に入れてもらいたい。」


 その後も、執行部側の人間が…また妙な理屈を引っ張り出してきた。


 ──それがそんなに重要な事か…?

 ──貴様にとっては、やられた相手が上役の息子だということの方が重要なのではないか?

 ──それほど大事な人間なら…こんな錬成所などに入れずに、自宅にでも仕舞っておけば良いだろうが。


 ここまで屁理屈を捏ねられて、黙っていてやる義理もないだろう。


 流石に……、先ほどは止めに入った代表でさえも、苛立つような身動ぎをしているのが感じられた。

 イバタは、ゆっくりと組んでいた手を解き……、敢えて静かに口を開いた。


「……6対1で負けるような兵士を、軍は容認しない。」


 イバタは、かつて聞いた言葉を引用した。

 前任者だった顧問の言葉だ。

 十年前に有名な演説があった──、そのことは、この連中の記憶にも刻まれていることだろう。


「……7対1なら、負けても許されると?」



 目の前にいる、執行部の人間全員が冷水を浴びせられたような表情になっていた。


 ──その演説を行ったという人物は、行状には些か問題があったらしいが、言っていることに間違いはなかったように思う。


 イバタは皮肉を込めて、ふっ、と軽く笑った。


「10年のあいだに、随分と腑抜けたものですね。」

 そしてイバタは、わざと相手を煽るような言い方をした。


「き、貴様……じ、…上官に向かって……、口を慎め!!」


 挑発に乗った男……、彼らの言う「被害者」のリーダー格の男の親族だという少佐が、怒りに震えながら、怒鳴り返してきた。



 ───人数と階級の使い方に、いささか品が無いね。



 またイバタは、その前任者の彼の口癖を心の中で反芻する。


 まったく、……どんな時でも正論だけを言っていたようなあの男が、なぜあのようなヘマをやらかしたのか、未だ持って不可解なことだ。やはり、彼自身も階級を得る際に品のないやり方をしたのだろうか……?


 顧問団の一人、階級は中尉の男──がメガネを直しながら、相手を見据えて静かに言った。


「……少佐殿。確認しておきますが…、我々顧問団は軍本部と将軍より勅命を受けている身だということをお忘れではないでしょうね。……階級を持ち出すのは結構ですが、あなたの発言は記録されています。その階級に見合った人間と認められない、…我々がそう判断すれば、処分…場合によっては降格もありうるのですよ……?。」


「…んぐぅ…!」


 追い打ちをかけられた少佐は、顔を変色させながら言葉に詰まった。



「……もう十分でしょう?」


 先程、拳を振り上げた顧問団の男が、押し殺したような声で他の顧問団の人間に問いかけるように言い放った。


 代表の他全員が、頷いたのを確認して、


「はっきり言わせてもらおう。」


 金髪の顧問団代表は、そう言って立ち上がった。


()の訓練兵の行動は明らかな正当防衛だ。加えて、加害者にはこの星の民族への差別的な思想と言動も確認されている。

 これまでの聞き取り調査の内容と証拠品とを精査した結果……、我が顧問団は、この件に対する錬成所執行部の出した処分に対し……。」


 顧問団全員が、席から立ち上がり執行部側の人間を見据えた。


「【不当】という判断を下す!!」


 ……判断を申し渡された執行部の面々は、各々…表情を無くしたり俯いたり、震えたり……身の程知らずにも怒りを滲ませている者までもいた。


「合わせて、調査能力の欠如と、証拠品の取扱いに関する【偽装】も認める!」

 イバタが、さらに重ねて言い放った。


「以上の報告は、即日軍の上層部に送られることになる。……まあ、件の訓練兵に対する処分の即時取り消しと……「謝罪」があれば?こちらもそれなりの対応をしようかとも考えているのですが……。」


 メガネの中尉が、慇懃にそう申し添えていた。




 ───────




 独房の外から、呼び出しをする声が響いた。


「訓練兵1192!」


 …ん、ご飯かな?


 そう思って、目を開ける。

 辺りは、まだ薄暗い。食事の時間にしてはおかしい。


 ……また、聞き取りかな、面倒だなぁ……。

 この前、話したので全部だよ、他に話すことなんかないから…。

 だからもう少し寝かせて…。


 そう思いつつも、呼ばれたら動かないわけにはいかない。ここの掟だからだ。


 ……独房に入れられて7日目。

 そろそろ、固い寝台にも慣れてきた。


 小さな窓の突起を使って懸垂できることも分かったし、腕立て腹筋は普通にどこでもできる。

 ランニングとダッシュができないのが少々不便ではあるが、体が鈍るのだけはなんとか回避できそうだ。


 ただ、シャワーが浴びられない……。


 これは、けっこう苦痛だった。

 狭い中でもなんとか運動はできている。独房管理官が、割と話の分かる人で、本当は駄目なんだけど、と言いつついろいろ見逃してくれていたのだ。


 グループの子達が差し入れに来てくれるのも、他の人間に見られないようにという条件付きでお目溢ししてくれている。慣れれば割と快適かもしれない、そう思えてきた頃だったが、同時に自分の身体が汗臭くなってきたことにはだいぶ参ってきていた。自分の匂いが感じられるということは相当臭ってきているということだろう……。…これは、思っていた以上にストレスだった。


 一日の終わりに温泉に浸かるのが何よりの楽しみだった囚われの兵士──アメリにとって、それを奪われたことは肉体的なものよりも精神的な苦痛を伴なっていた。

 さりとて、…流石にお風呂に入りたい、などと言っても番兵の彼女にもどうしようもあるまい。まさか外に出すわけにも行かないだろう。


 差し入れで、お湯とタオルだけでも持ってきてもらおうか…、そんなことを考えていた矢先の呼び出しであった。


 眠気を振り払い、寝台から起き上がって直立不動の姿勢を取ろうとした。が、眠気が勝ってフラフラとしていた。

 あー、これはどやされるパターンかも…、そう思っていた眼の前で、がちゃん、と音がした。

 続いて、軋み音を立てて扉が開く音。


「…え?」


 何故か開いた扉の外には、軍服を着た男が立っていた。3名だ。

 一人はよく知っている男だ。軍法会議で処分を言い渡した少佐だ。

 もうひとりは、よく覚えていないが衛兵として立っている所を何度か見かけた気がする。


 だが、最後の一人は見たことがなかった。

 階級は…少尉のようだ。3人の中で一番物腰が柔らかい。…しかし、何故かこの男が一番、場の空気を支配しているということが感じられた。

 番兵の彼女も驚いている。どうやら、予定外のことが起こっているらしい。


 アメリは、一応直立して指示を待っていたのだが、一向に誰も何も言わないので不思議に思っていた。


 すると、その柔らかい少尉が「ごほん…」と一つ咳払いをした。

 それを聞いて少佐は「ぐむぅ…」とへんな唸り声を出した。妙に悔しそうな顔もしている。

 アメリはますます、顔に困惑を浮かべることになった。


「訓練兵1192……へ、兵士資格停止処分は……げ、現時点をもって解除とする……。本日より、通常錬成に、も、もどれ!」


 少佐が、どもりながらそんな事をアメリに申し伝えた。


「は、はい…!」


 アメリは、かなり戸惑いながらも敬礼をして、返答した。

 だが、それを後ろで聞いていたあの少尉が、


「……少佐殿ぉ~?」


 そう言って、妙にねちっこい問いかけをした。

 言われた少佐は、顔を赤くしながら顔を震わせている。斜め下を俯いて、誰とも視線を合わせたくないようだ。もちろん、アメリの方など向こうともしない。


「……これでは、到底…謝罪とは……、判断できませんねぇ~?」


 皮肉と嘲笑をこれでもか、と盛った様な言い方で、「少佐」を「少尉」が煽り嬲っている。

 脇に控えていた兵士が、口元を手で押さえてガタガタと震えている。


 ───もう止めて!それ以上は…!

 そう、表情が訴えていた。


 番兵の女性兵士も、思わず後退りしようとしている。

 当然だ。


 上官に対して、ここまで侮辱的な物言いをしたらどうなるか、軍人であるなら知らないはずがないからだ。


「ぐぎぎぎぎ………」


 少佐は、怒りと狂気の狭間で顔面を歪めながらゆっくりと少尉の方を振り返ろうとした……、が。


 どかっ!


 なんと少尉は、謝罪を渋る少佐の尻を蹴り飛ばして……!

 前のめりに転倒させた。


「ひぃ……」

 それを見た、脇に控えていた兵士が、壁にもたれるようにして悲鳴を上げていた。


「さっさと…やれ!!」


 さらに背中に言葉を吐き捨てて、軽蔑に満ちた目で少佐を見下ろしていた。


「きっ…貴様ぁ!!!!」


 激昂した少佐は、起き上がって少尉に掴みかかろうとしていたが……


 ───瞬間、

 それまで、困惑しながらも…むしろ愉快な出し物のようにそれを見ていたアメリの背筋に、初めて凍るような衝撃が走った。


 少佐の怒りに、……ではない。


 その掴みかかってくる少佐を見ながら、全く動じず、僅かに目を細めるだけで身体を翻し……あっという間に腕を取り肩口まで捻り上げて床に叩き伏せてしまった、少尉。

 ………その少尉の目に、一瞬だけ恐ろしく冷酷な光が宿ったのを……アメリは見逃さなかった。

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