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EXTRA エルマー&メリーバ4 ~共にフラれし友情に~

「…すごい人ですよね、ウォレス教官。」

「…ほんとね~。」


 どうやら彼女も、同じ思いだったようだ。

 ふたりで、はぁ~……と感嘆の息を漏らす。


 実際リヒトは、彼と会うまでは地球人に対してそれほど興味があったわけではなかった。むしろ、禍いを持ち込むよからぬ種族とさえ感じていたほどだった。


 だが彼と会い、その印象が一変した。

 今ではこの出会いに対して、(存在するならば)地球の神に感謝したいほどだった。



「少尉は……」

「メリーバでいいわよ……あ、メリーって呼んでもいいわ、あなたなら。ふふふっ…」


 随分気さくだな。

 流石に、上官でもあるので、愛称のような呼び方はまずかろう……。

 でも、僕の下手な話題にも気軽に乗って返事を返してくれる。

 とても話しやすい感じの人で、思わず気を許してしまい……少し踏み込んでみようか、という気になった。


「……メリーバさん、以前は……中佐と同じ部署だったりしたんですか?…ずいぶん親しげでしたので。」


 ウォレス中佐の教官時代は、交友関係などは殆ど見えなかったというのが実情だったのだ。あまり、徒党を組むような人ではなかったし、むしろ孤独を好むような雰囲気さえ漂わせていたからだ。もちろん、リヒトのように人を寄せ付けないわけではなかったであろうが、親しい同僚などの存在は聞いたことがなかった。


「えぇ、軍のアクロバットチームでね。私がチームに合流した時は、もう彼は引退間際だったんだけど……一年くらい一緒に組んで飛んでたわ。」


 へぇ…。

 ウォレス教官は、アクロバットチームにいたこともあるのか。


 あれ程の技術を持った人だ、もちろんそれも不思議はなかった。

 特9型の、あの刃物のような鋭い乗り味は、曲技専用機の特性が影響しているのかもしれないと思った。


「──そこで親しくお付き合いしててね。部署が変わってからもいろいろ連絡とったりして、お仕事一緒にすることも多かったわ。」


「そうだったんですか…。」


 彼女は、にこにこしながら、話を続ける。

「教官の時は、本当に堅物みたいな感じだったと思うけど…、一緒に仕事してる時はウィットに富んでて楽しい人なのよ、あれで、うふふふっ。」


 そうなのか……。

 僕はそういう姿は殆ど見たことがなかったから……ちょっと、羨ましいな。


「女の人には優しいし、気遣いもすごくできる人でね~…。」


 それは、よくわかる。

 そのおかげで、僕は錬成所の課程を全うできたと言っていいほどなのだ。


「……で、操縦技術は……、あ~…でも、これに関しては……、あなたのほうがよく分かってるかもね~……、ちょっと嫉妬しちゃう…ふふっ。」


 ふふふ……、それは僕もそう思う。

 ウォレス教官と、真に全力で空戦を行ったことのある人間は、……僭越ながら僕の他には……あまりいないであろう。


「今はもう、ほとんど一緒に飛ぶことも無くなっちゃったけど……、こうして、なにか一緒にできる仕事がある時は…声をかけてくれるのよ。」


 そう言って、また、ふふふっ、と微笑んだ。


「……ほんとは、今晩…一緒にお酒でも呑みたかったんだけどね~……、彼…なんかいろいろ忙しいみたいで…。」


 僕も、そう思っていたのだが……どうやら彼女も、同じように断られてしまっていたようだ。


「実は、僕もなんです……。」

 思わず、そう伝えてしまっていた。


 すると彼女は、あははっ、と軽く笑って、


「あたしたち、フラれた同士なんだ、ふふふっ……。」

 そう言って、また愉快そうに微笑んでいる。


「……せっかく誕生日に、逢えたのになぁ……。」

 そう、ぽそりとつぶやくのが聞こえた。

 ほんの少し寂しそうな表情が見て取れた。


 なんだか……、気さくなだけではない親しみのような雰囲気を、教官と彼女の間に感じていたのだが……。もしかして、……そういうことなのかな?


 そんな事を考えていたら、心の内を察したのかもしれない。

 彼女は、思わぬ告白をしてきた。


「……あたしねー」

 そう言って、ふふふっ、と笑って、


「以前、中佐に「貴方の子供が欲しい」って言ったことあるんだけど~、……奥さんがいるからダメだって……、断られちゃったの。」

「へ、へぇ……?」


 出し抜けに、そんな事を言って少しため息を付いていた。

 ずいぶん……、思いきった事を言ったものだ…。

 でも、その気持ちはわかる気がする。彼ほどの人間だ、その子供を望む女性は多いだろう。


「……地球人って、そういうとこ…融通効かないわよね…。」

 そうして、……それでも、当時を懐かしむような微笑みを浮かべていた。


 聞くところによると、地球人は基本的に一人の女性としか子を成すことをしないらしい。

 その禁を破ると、社会的に大きな制約を受けるらしいのだ。


 出生率が高い彼らなら、それでも全体の人口を維持できるのだろうが、我々ドルイド族はそんな制約など設ける余地が無い。


 選んだ相手との間に子ができないことなど当たり前なのだ。そのため、子を成す為の行為は、あらゆる人同士にその自由と権利が認められている。そして、生まれてくる子は一族の宝、一族共通の子孫として大切に育てられる。


 誰の子であるかなど、一族では誰も気にしないのだ。


 恐らくではあるがこのような制度は、他民族では一般的ではないのだろう。

 しかし、地球は地球で面白い制度があるそうだ。


 ──精子バンクというものがあるらしい。

 元は不妊治療の一環で始まったらしいが、その精子提供者の容姿や能力、経済力などによって、精子の値段まで格付けされているという。世の女性は優秀な遺伝子を求めて、そこから精子を購入し子を成すという行為がごく普通に行われているという。


 自然交配が駄目で人工受精なら良い、というのもおかしな話だが、彼らには彼らなりの考えがあるのだろう。


「ドルイド族にもなかなかいないほどの……、高潔な人ですからね。」

「そうよね……、地球人だなんて…信じられないくらいだったの。…最初は。」


 そう言って、何故か彼女は僕の肩に頭を乗せて、寄り掛かるように身体を預けてきた。


「──でも、貴方も同じくらいすごいと思うけど。」


 ……え?


「そんなわけ……ありませんよ…。教官みたいになりたい、とは思ってますけど…。」


 教官に比肩し得る……いや、謙遜は良くないんだったか。

 ……教官に勝る、余地が……あるとすれば飛行舟の操縦技術くらいのもので、他はどこをとっても及ばない。あの様な気高く清廉な生き様が、僕にできるとも思えないのだ。


「あの機体……、あなたのために作った、って…中佐が言ってたのよ?」


 …他所では、はっきりそう言ってるのかな?


 確かに、そう言う機体だということは…もう、身に染みて分かっている。

 だが、自分の身にはとても余るようなことなので、現実感が無いというのも正直なところなのだ。


「ありがたいことです…けど。こんな大きな恩を…どうやって返せばいいのか……。ずっと、教官からは与えて貰うことばかりで…。」


 あまりの恩の深さに、僕は少し俯いてしまった。

 すると、彼女はくすりと笑った。


「ほんと、……聞いてた通りの人ね。底無しの謙遜、客観の欠乏、自己評価の異常に低い男…。」


 う…。最近言われることが増えてきた気がする。


「自信を持つのは、決して悪いことじゃないのよ?できれば、貴方みたいな人にこそ自信持ってほしいんだけど…。」

 そう言って、僕の横顔を見つめている。


「特に…、地球側の人間と仕事してるとね。──お前のその根拠の無い自信はどこから来るんだ?っていうのが多くてね…。」

 そして、彼女は少しあきれたような顔をした。


 リヒトは錬成所時代にしか、多くの地球人と関わったことがない。だが、その短い期間だけでも、何となく察しがついてしまうのが、他人事ながら情けなくもある。

 何か、対人関係で問題が起こったときには必ず地球人が関わっているといっていい。ドルイド族が発端となったことなど皆無なのではなかろうか。


「多分ね…、錬成所で中佐があなたに記録を作らせたのは、……()()()()()()もあったんじゃないかしら…?」


 なるほど……。

 そう言われると、何となくわかる気がする。


 思い返してみると、教官の言うことは100%信頼していたから、その深い意味などはあまり考えていなかったような気がする…。逆に言えば、寄りかかっていたということだ。これは、……良くないな。


 彼女は続ける。


「──真の実力者は、主張などせず、ただひたすらに事実を積み上げるものだ。……そういうことを、目に見える形として残してほしかったんだと思うの。」


 リヒトは、頷いた。


「……今ようやく、ちゃんと理解できた気がします。今更、ですけど…。」


「それは、しょうがないわよ。……ふふふ。」

 そう言ってから、背中をそっと撫でられた。


「当時は、それどころじゃなかったみたいだし……。でも…中佐の方もね、その頃はまだ尖った所が残ってたんじゃないかしら?」


「教官が…ですか?」


 それは意外な見解だ。


「結果から見れば間違ってなかったし、むしろ想定以上の意義があったんだと思う。でも、今のあの人だったら…もっと別な方法を取ってたんじゃないかしら?」


 ──そうなのだ…。

 当時も反感こそ持たなかったが、若干やることが派手に過ぎないか、というふうには思ったこともあった。あんなに目立つ方法を取るということが、今思うと不自然にさえ思えるのだ。


「物静かなようで、……結構熱くて激しいところもあるのよ、あの人…♪」


 そう言って、彼女は僕の腕を胸に抱え込むようにぎゅっと抱き込んだ。

 豊満で柔らかな肉感が身体に伝わる。

 ……でも、僕は教官ではないのだが。


 だが…それは、何となく感じる。

 特9型に注いだ情熱などは、常軌を逸しているとさえ感じたほどだった。


「きっと、あの人なりに…、訴えたかったんだと思うの。──自分で自分の努力を評価するな、貴様らの目的とは自己満足か?!…って」


 ──教官が、そこにいるような言葉だった。


 湯に浸かっているのに、

 全身がぞくぞくとした興奮に包まれるのを……リヒトは感じていた。


 ここにも、教官の意思を継ぐ者がいる。

 その事が、とても嬉しく…そして、同じ志を持っていることが、誇らしかった。


「ウォレス教官みたいでした。今の少尉。」

 微笑んで、そう伝える。


「ほんと!?ふふふっ、うれしいな~♪」


 そう言って、今度は僕の首に腕を回してきた。

 …だから、僕は教官ではないのだけれど。


 それからしばらく、錬成所時代の話を交わした。

 驚いたことに、教官時代にも中佐は彼女に僕のことを話すことがあったという。


「──どんな人なのかな~…、って。ずっと想像してたんだけど。」


 彼女は楽しそうに僕の顔を覗き込む。


「どうですか…ね?」

 僕は、控えめに尋ねてみた。


「思ってたより、ずっと強そうだった。見た目からじゃわからない力強さを…すごく感じたの、言われる前に気づいたもの。…あ、この人だ間違いない!って。」


 教官は割と、控えめな感じに話していたのかもしれないな。ドルイド族の軍人は確かに、見た目からも押し出しの強い風貌の人が多い。僕を見て軍人だと気づく人はそう多くないだろう。


 でも、この人は「強そう」と言った。

 ……恐らく、飛ばしやそれに類する【I-Tail能力】の波動を敏感に感じ取ったのだろう。


「……そう言ってもらえると、ほっとします。僕…軍人や飛行士には見えないらしくて。」


「地球人には、わかりにくいかもね。……でも、あたしも飛ばし屋だから。」



 それからしばし後、そろそろ上がろうかという段になって……、


「……あ~あ、結局今年も寂しい誕生日になっちゃうのかな。9型に乗れたのは嬉しかったけど…。」

 彼女が、そんな愚痴をこぼした。

 そう言えば、きょうは彼女の誕生日らしい。


 ドルイド族では、誕生日を特別に祝うということはあまり無いのだが、地球勢力との交流が盛んな彼女は、向こうの文化の影響も色濃く受けているのだろう。


「……すみません、何もできなくて。でも、きっと良いこともありますよ。女神のご加護がありますから……。」

 そんな、平凡な応答しかできなかったのが少し情けなかった。


「あなた、これから地元まで帰るんでしょ。気をつけてね?」

 彼女が、少し残念そうにしながらそう尋ねてきた。


「あ…いえ、教官が宿を取っておいてくれましたので、今夜はそこに泊まります。明日の朝一番で帰るつもりです。」


「あら?そうなの、てっきり…」


 続けて彼女が聞いてきたので、僕は宿泊先の宿の名前を告げた。


 すると……、

 彼女はなぜか、胸に手を当てて目を閉じた。


「……女神よ、感謝いたします。」

 そんな呟きまで聞こえてきた。

 なんだろう…?


「じゃ、早く上がって宿に戻りましょ♪」

 彼女が楽しそうにそう言って、湯船からざばっと音を立てて上がっていった。


 …?


「あたしも、今夜はそこに泊まることになってるの。」

 そう言ってから、彼女はにんまりとして、

「今から、部屋で一緒に呑むわよ♪いいでしょ?」


 なるほど、そういうことか。

 先の会合の時に、エルマー少佐の酒を断ってしまって少し罪悪感も感じていたのだが、……どうやら、女神のお導きの結果であった、ということのようだ。


「わかりました、…僕でよろしければ。」

 僕は、微笑んでそう答えた。



 だがメリーバは心の内で、こう思っていた。


 ───あなただから、いいんじゃないの♪


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