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EXTRA エルマー&メリーバ1 ~現場一筋~

こちらの話は、

第8話「託されし翼」の続きにあたるEXTRAウォレス、

の更に続きとなる物語です。





 合同錬成所で行われていた、航空技術審査会の本日の日程はすべて終了となった。


 日没も過ぎ、今では錬成所も元の静けさを取り戻していることだろう。だが、審査会は明日からも続く。リヒトが訓練兵だった頃と違い、イベント色を増したこの審査会は、後半の日程では著名な飛行士などを招いての模範演技なども行われるらしい。


 その模範演技の前座的に、飛び入り参加のようにして始まった、リヒト……「No.9821」の模範演技は大盛況のうちに終了となった。伝説に違わぬ技術の数々を目の当たりにした兵士たちは、未だ興奮冷めやらずといった感じで、放っておいたら9821との握手会まで始まってしまいそうな勢いだったため、第四分団一行は早々に会場を退散することにしたのだった。


 リヒトはウォレスとの久しぶりの再会だったため、夕食でもご一緒できれば、と思っていたのだが、ウォレスの方は残念ながら予定が入っているそうで、またの機会にということになった。ウォレス自身も久しぶりに錬成所に顔を出したため、関係者たちとの会合をしなければならないらしい。

 もちろんウォレスもリヒトとの再会を喜ばしく思っており、近いうちに必ず時間を作るからそのつもりでいてくれ、と念を押していた。


 その代わりに、というわけではないのだろうが、ウォレスとの別れ際に「リヒトが来るならぜひ会いたい」という人がいるというので、会ってやって欲しいと頼まれたのだった。会合の場所として今夜の宿を用意しておいた、と彼に告げられ、リヒトはその指定された宿に足を運んだところだった。


 フロントで名前を告げると、先方で会食用の部屋を予約していたらしく、宿の一般客が出入りするレストランではない、テラス席のある離れの個室に案内された。


 人気(ひとけ)がなく、給仕の従業員も息を潜めているかのようなその部屋は、調度類もシックでありながら品質の良さをうかがえる……有り体に言えばドルイド好きのする仕立てであった。

 リヒト自身はこのような部屋を使用したことも通されたことも無かったので、居心地の悪さこそ感じなかったのだが、値段のほうが心配になっていた。


 リヒトに会いたい、という人物は……以前、救難活動に参加した際に臨時隊長を命じた、ジルクタウン自警団の実質的なトップである、ハウス1だということであった。


 政治関係者だったら、少々困るなぁ…とリヒトは思っていたため、現場の人間と知ってだいぶ、ほっととしていたところだった。


 彼とは直接対面することは無かったのだが、短いやり取りの中でも彼が現場に精通し判断力、統率力共に優れている人間だということは感じ取れていた。機会があったら、会ってみたいとも思っていたため、リヒトにしては珍しく、人と会うという行為を楽しみに思っていたのだった。


 リヒトの到着後、数分で招待者は部屋に現れた。


 脇に、側近らしい男が一人付き従っていたが、部屋の中を確認した後「私は、部屋で待機しております。」と言い、リヒトに敬礼だけしてそのまま去っていった。


 ハウス1の男は、エルマーと名乗った。制服に付いている階級は、少佐のそれだった。

 ドルイド族の偉丈夫であり、筋肉質で巨漢の男だ。

 うちの分団で一番身体の大きなバシュリーと同じくらい大きいかもしれない、とリヒトは思った。


 彼は、急に呼びつけてすまないな、と詫びたが、もちろんリヒトは気にしておらず、むしろ彼との接見が楽しみでもあったため、挨拶は和やかに済んでいた。


「──まずは、乾杯と行こうか。」


 大きめのグラスが目の前に用意されている。エルマーは果実酒のボトルを手に取ると、慣れた様子で栓を抜き、それから、

「まだ、飲むわけにはいかんか?」

 と尋ねてきた。


 今晩くらいは、……それでも構わなかったのだが、二人とも制服を着ていたせいか緊急出動がリヒトの頭にちらついてしまっていた。

 非礼を詫びつつ、酒を断ると、


「現場人間は、…やはり気になるものだよなぁ。」


 そう言って、軽く笑いながら代わりに薬草茶を注いでくれた。

 エルマーは、自分のグラスに果実酒を注いでグラスを持った。


「女神に感謝を」

「感謝を…」


 軽くグラスを合わせて、二口ほど飲むと、エルマーはテーブルに置いてあったベルを手に持ち軽く揺すった。ちりんちりん、という涼やかな音が響くと、気配を感じなかった部屋の外から人の気配が現れ、次いで扉がノックされ給仕の女性が一人、料理の盛られた皿が乗せられたワゴンを押して部屋に入ってきた。


 料理は、どれもドルイド族に馴染みのある伝統色を感じる料理ばかりだった。

 給仕の女性は、手早く料理の皿を並べると、深く頭を下げて部屋を出ていった。


 エルマーが、その出ていった姿を確認すると、

「どうだ…?身体の方は?」

 と尋ねてきた。そして、


「中佐から、お前と会わせてもらう条件として、「無理はさせるな」と厳命を受けている。不調を感じたら、すぐ言ってくれ。」


 そんな事を言ってきた。

 会っている時は素っ気なく感じるほどのウォレスだったが、こういうところの気遣いは過剰なほどだった。そしてエルマーは、その言葉を忠実に守るつもりなのだろう。

 おそらく、側近がすぐに席を外したのも、給仕の人が一人だというのも、その言葉を受けてのことだったのだろう。

 気を使わせてしまったことに、リヒトは少々申し訳無さを感じた。


「はい、大丈夫です。ここなら、人の気配もありませんし、落ち着きます。」


 リヒトはそう答えた。

 エルマーは表情を柔らかくして、

「この部屋を奮発して正解だったな。呼びつけておいて体調を崩させたのでは、中佐にどやされる。」

 そういって軽く笑った。


 少佐に促されて、軽く食事を食べながら、会話が始まっていた。


「ウォレスきょ…中佐とは、お知り合いですか?」

 リヒトは気になっていたことを尋ねた。


 エルマーは、くっ、とグラスの果実酒を飲み干して、答えた。

「……軍にいるときに、同じ部署にいたことがあってな。その時からの知り合いだ。中佐のほうが2年ほど先任らしい。……年齢は、俺のほうがだいぶ上なんだが…、なんというか…全くそう感じないんだよな、彼は。」


 確かに、見た目でもエルマー少佐のほうが若く見える。もちろん、ウォレス中佐も、年齢よりは若々しい生命力に満ちた見た目なのだが、ドルイドと地球人ではやはり寿命の差が大きく影響しているのだろう。


 ……リヒトは改めて、ウォレスという人間が地球人であることを意識した。

 哀しいことだが、ウォレスも人間である以上……いつかは輪廻に還る宿命(さだめ)なのだ。そしてそれが、自分よりもずっと早く訪れてしまうであろうということに、たまらなく寂しさを感じていた。


 もっともっと……、教わりたいことがたくさんあるのだ。

 ずっと、長生きしていただきたい……、リヒトは心のなかでそう願っていた。


 エルマーは、自身のこれまでをかいつまんで語り出した。


「──俺は、軍の部署から異動になるとき、希望を出して自警団本部に配属された。

 田舎のほうの現場で、好きなように働きたかったんでな。

 結果……、ジルクタウンに配属が決まった、……まではよかったんだが、……希望の部署とまでは、さすがに行かなくてな。3年ほど……書類仕事と人事課の係長をやらされた。」


 そう言って、当時を思い出したのだろう。不満げな表情がありありと見えた。

 こんな立派な体格の男が机で事務仕事とは、傍目にも不釣り合いだったことだろう。


「3年我慢して、ようやく機会が巡ってきた。そのときに、なんとしてでも現場復帰したくてな…。次は課長で、階級も上がると言われたんだが、全て返上でいいから現場に戻らせろ!…と、直談判してな。」


 先程とは一転して、彼はどこか満足げな表情をしていた。根っからの現場人間なのだろう。


 だが、その気持ちはよくわかる。

 自分も事務仕事などさせられようものなら、芝刈り係でもいいから外に出してくれと言いたくなるであろう。

「──その時に、無理を通したせいで……昇進がかなり遅れたんだがな。」

 そう言って、彼は豪快に笑った。


「だが、お陰で今もこうして現場に携わっていられる。今さら…机仕事に戻るつもりなど無い。」

 そう言って微笑んだ。


 実際、ベテランと呼ばれる者でも、中央から来た正規兵で管理職待遇であれば、15年も地方の現場にいられるはずもなく、嫌でも中央に呼び戻されてしまうであろう。少なくとも、内勤に向けられるはずである。優秀であればあるほど、現場に留まることは組織が許してくれないのだ。


 彼のような経歴は、かなり異例なことだろう。


「現場で幅を利かせる奴がいると、上がやりにくいから、嫌がられるんだがな。」


 そうして、今度はいたずらっぽい笑みを浮かべた。 

 ……まあ、そうだろうとリヒトも思った。


 だが、現場で感じたことを組織作りに還元できないと云うのは、組織にとってもいいことではない。彼がやりたいのは、そういう類いの事なのだろう。


 現場経験も豊富な彼が、実働部隊のトップに居る。そのことがどれほど現場にとって……、そして間接的に組織にとって有益なことか。


 その事を、リヒトは控え目に申し添えた。

 するとエルマーは、少し改まった顔をして頷いて……、先日の災害出動の時のことを話しだした。


 この前の災害は、規模からいけば人的被害は少ない方だったという。

 特に、サンマウント村の後日の現地調査の報告では、あれほどの被害を受けながらも死者が一人も出ていなかったらしい。ドルイド族の民族性と自己完結力の高さもあってのことだろうが、いずれにしても驚異的というほか無いだろう。


「──あの時は…ずいぶん、無茶…というか、思いきったことをすると思いました。」

 リヒトは、そう言って微笑んだ。


 無線でパイン2のコールサインを聞き付け、エルマーはその男の素性を知っていた。

 要は、その一点だけでリヒトに現場隊長をさせることを、彼はあの場の一瞬で決断したのだ。


「あとから考えると、……自分でも思いきったことをしたものだと思ったよ。」


 ははは、と自嘲気味に笑った。


「…それほど」

 言葉を一旦区切り、深いため息をつく。


「余裕が……無かったということだ。」


 そう言うと、少し眉間に皺を寄せ表情に少し険しさが差した。


「お前の通信を受けたとき、ジルクタウンの市街地では被害が拡大して歯止めが利かなくなっていた。すでに……死者も発生していてな…。」


 リヒトは少し背筋を伸ばして話に集中する。

 ……思っていたよりも、あのときの被害状況は進行してしまっていたようだ


「──手持ちの部隊は全て出し尽くしていた。おまけに、なけなしの精鋭をサンマウント村へ送り出したにも関わらず、その連絡が途絶えてしまった…。」


 エルマーは、手を顔の前で組んで、目を細める。

 当時の状況を克明に思い返しているのだろう、少し遠い目をしながらその時のことを語りだした。


 不明となった部隊がいるのに救助も出せない、現場の状況も分からない。そんな中でも目の前の市街地の状況はどんどん悪くなる。おまけに、市街地の現場隊長は経験が浅く、他の部隊との連携が上手く取れていなかった……。


「───飛び出していって、自分で直接指揮を取ってやろうと……何度思ったことか…。今思い出しても……、苦しかった。」

 そう言って情けない笑みを浮かべた。


 ジルクタウンの自警団所属の現場部隊は、中央の警務隊や、特別救難チームで研修を受けてきたという人員を多く抱えているのだが、教科書通りの訓練を受けてきただけで実際の出動経験が浅い者が多いという。


 後の調査報告を精査してみたところ、ラインガーデンやその周辺の田舎の分団に所属する自警団員が駆けつけた現場では、結果的にではあるが救助の成功率が高かったらしい。


「──信頼できる……安心して任せられる奴が欲しい。現場にはそういう奴こそが必要なのに…手元にいない………。もう…悪態が出そうになったところで、……お前の声が聞こえた。」


 ふふふ、とエルマーは不敵な笑みを浮かべた。

「気がついたら……通信係のマイクを奪い取っていたよ。女神の采配だと、……あの時は思ったな。」


 やはり、当時の指令室は相当に混乱していたのだろう。 

 想像はしていたが、それ以上に切羽詰まっていたのだと、改めてリヒトは感じた。


「それにしても……、僕のことなんか、よくご存知でしたね?」


 リヒトが不思議そうに尋ねる。

 それを聞いたエルマーはたまらず、吹き出し、そして笑い出した。


「……本当に、聞いていたとおりだな。底抜けに謙虚、客観の乏しさ、自己評価のできない男…。」

 ふふふ、と愉快そうに笑ってエルマーは続けた。

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