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EXTRA ウォレス1 ~開発秘話~

このエピソードは、

第8話「託されし翼」の直後につながる物語(その1)です。

航空技術審査会の当日のプログラムが終わった後の、出来事について語られます。






 ──高空では、最後と思われる大型機の審査が行われようとしていた。


 地上では、終わった試技の会場の片付け等に、訓練兵が走り回っているのが見てとれる。会場脇で人気を博していた、食べ物の屋台などもあらかた売り切ったようで、今は後の片付けに追われているようだった。


 アメリとカンプは、先程、大会からの表彰と記録証の授与を行われて、戻ってきたところだ。

 アメリは空力部門で歴代9位という、女性として、また大会最年少としても快挙を成し遂げ、大会2位の他に特別賞という形で別途表彰されることになった。


 カンプは、二回めの試技で見事、木の葉落としによるノーミス(他は誰も成功しなかった)での全指標通過を成功させ、審査員団を大いに沸かせていた。合わせて、成績上も部門2位という優秀な成績で、見事、優秀技能賞を獲得することとなった。

 リヒトには、まだ数日の審査会日程を残しており異例なことではあるが、最優秀飛行士賞を前倒しで授与されることになった。審査員団も全員一致の賛成であった。

『これ以上の飛行士は(少なくとも今大会中は)現れないであろう』『仮に現れたら別にもう一つ賞を作ればよい』、というのが彼らの言であった。


 何しろ、「あの」No.9821の帰還である。

 あの記録は10年たった今でも破られておらず、また破られる気配すら見えていない。そして、その伝説に(たが)わない、異次元とも呼べる圧倒的な試技を見せつけてくれたのである。異論などあろうはずがなかった。

 

 リヒトについては、ウォレス教官が「あまり大勢の前での授与式は酷だろう」と、まだ審査中の来賓もまばらだったところで、略式の授与式を済ませておいてくれた。


 ラインガーデン自警団所属第四分団飛行隊の面々は、全員が何らかの形で受賞することになった。これならイバタも満足してくれるであろうと、カンプはしたり顔で笑っていた。


 ………………


 全ての参加者の試技を終え、点検が終えられた6式特9型の前で、リヒトたち3人とウォレス教官は、機体についての思い思いの考察を深めていた──。


「───最初…、仕様書を見た時は驚きましたよ、複葉機……?って。6式6型の複葉は、低速で運用するための複葉でしたからね。」

 リヒトは機体の仕様について感想を述べている。


「素材と製造技術の進歩…ってやつなのかなぁ。」

 カンプもしきりに感心していた。


「見てるだけで怖かったです。…乗ってみたいですけど……、やっぱりなんか、この飛行舟、他と違う……!って。」

 アメリは、しきりに機体の周りを回って、色んな部分を見たり触れたりしていた。


「高荷重旋回で、更に操縦桿を切り足した時に、『まだ入力に対して手応えが返ってくる!』っていう驚きがすごいんですよ。…そこが、複葉の強みですかね。」


 リヒトが実際に乗ってみての感想を話している。

 そもそも、複葉機でこんな高速高荷重の戦闘機動を行った記録など無いであろう。

 高速高機動志向の複葉機というものは歴史上存在し得なかったのである。


「下から見てるだけで、意識が飛びそうで怖かったです……。あんな速度で旋回できるのが不思議で仕方なかったです、機体も()も…。」

 さきほどからアメリはしきりに、怖いこわいを連発していた。


「まぁ、…無茶といえば無茶ですよね。……こんなカリカリの恐ろしい機体に、いきなり乗せてコース飛ばせるんですから。」

 そう言ってカンプは、難しそうな顔で含み笑いをしていた。


「だが、ちゃんと飛ばせただろう?……そうできるように、作ってあるのだよ。」

 ウォレスはこともなげに言う。


 そうなのだ。

 同じ6式というのは置いておいて、これだけ特性の異質な機体なのに、なぜか最初からかなり手応えを感じて違和感も少なかった。


「そう…なんすよねぇ~…?。最初はどうかと思ったんだけど、なんか乗ってみたら普通に乗りやすいというか…、少なくとも…、初めて5型に乗ったときよりは違和感が少なかったんすよねぇ……。複葉なのになぁ…?」

 カンプも不思議そうに言っている。


 一回目のぶっつけで、タイムを刻んできたところはさすがカンプだが、それは偶然ではなく、きちんと「乗り切って」出してきたタイムなのだろう。本人も操縦感覚に手応えは感じていたようだ。その証拠に、二回目の試技では、きっちり各区間のタイムを更新しているのだ。


「新しいのに、古い…、というか、乗り味に2型とか3型のような、手応えの「面白さ」を感じるんですよね。5型をベースにしてるんですよね、これ?……なんか、…乗ってみたらあんまり5型っぽくないと言うか……。」

 リヒトが乗ってきた感想を述べている。


「わかるか…、いや…」

 ふふふ……、と教官は軽く含み笑いをする。

「それは当然か……、そう感じるように目指して作ったのだから。」

 それが感じられなかったら失敗作だ、と教官は付け加えた。


「主翼に、旧型機のような金属系の素材を使っているのだ。それが大きな理由だろうな。……この素材を見つけるのには、苦労した。性能の方から辿っていってはたどり着けなかっただろうな。」


 ウォレスが、開発の経緯を語り始めた。


「あ、金属系なんですか?この主翼……。どおりで、剛性が高いのに不思議とよく反応する感じが。」

 リヒトは、その言葉を受けて主翼を触ってみている。


「まあ、厳密に言うと金属ではないらしいのだ、混合素材……いや、ちがうな。新素材……としか言いようがないものだ。」

 ウォレスがそう答えた。


 そんなよくわからないものを使っているのか、と不思議に思った。するとウォレスは続けて語った。


「2型が好きだと言っていたのを思い出してな……。限界性能よりも、豊富な手応えを情報として送り返してくれる翼のほうが、旋回時の機体の状態がよく分かり、結果的に速さも上がる。立ち上がりの姿勢作りにもつながる…。…そう、言っていただろう?」


 そんなことまで覚えていてくれたのか……。改めて教官の慮と情の深さに胸が熱くなる。もちろん、それを言葉に出して伝えては、この今の空気感が台無しだ。リヒトは気持ちを伝えたいのを、ぐっと堪えた。


 それに、……教官なら言いそうだ。


 ──教え子の言葉をきちんと受け取らない教官がどこにいる?そんなやつは教官では無い。


 と、いつものようにあっさりと──。


 ウォレスは開発初期の話をし始めた。


「まずは、素材の性能数値から追っていったのだが……、性能の高いものはどれも複合ポリマー系素材や強化繊維素材ばかりでな。採用して乗ってもみたが、やはり手応えが思っていたものと違う。色々乗って試しているうちに、ようやくお前の言っていた意味が…実感としてわかってきたのだよ。」


 わからないなら試してみればよい、教官が口癖のように言っていた言葉だ。今は僕も好んで使っている。


「だが、性能も落とすわけにはいかん。そこで、四方掛け合って探して、手に入ったのがこの素材だ。ドルイド側の工場で使われている、宇宙舟の素材に採用されているものだそうだ。」


「え……。」


 つまり、【I-Tail技術】の入っている素材ということだ。……遂にその領域にまで踏み込んできたのか。


 ──この系統の技術は例え素材だけであっても、簡単に手に入るものではない。まして、地球人には……。出荷先が確実に特定でき、かつ信用のおける人間であることが必要だろう。ウォレスだからこそ、ドルイド側も素材の提供に協力したのだろう。もちろん成形や加工もドルイド側の工場で行ったはずだ。ある意味……ウォレスでなければ、この機体を完成させることができなかったのかも知れない。


 ……と、いうことは!?


 「ちょ、ちょっとすみません……!」


 辛抱たまらずに、リヒトはまた操縦席に飛び込む。その様子を見ていた教官は、面白そうに微笑んでいた。飛行舟のこととなると、本当に子供のように好奇心を解放する。錬成所の時代から変わらない姿を見て、教官は当時を思い出しながら今のこの時間を嬉しく思っていた。

 あ……、とリヒトは思い出したように教官を見て「いいですよね?」と、一応の許可を求める。

 教官も「もちろんだ」というように大きく頷いた。


 意志の力は最初に乗ったときに注ぎ込んで機体の隅々まで知覚していた。その時驚いたことに、最新機であるにも関わらず機体の制御系は昔ながらのリンクとロッドとワイヤーを組み合わせた機械式の操縦機構をほぼ残していたことだ。5型の頃ではまだそちらが主流だったのだが、現在の試102式などは操縦系統の大部分が信号(バイ・ワイヤ)化されており、機械的に接続されている部分はほぼ無いのだ。飛ばし屋でなければ気にすることが無いかもしれない、「内部」の機械的な手応えにまで配慮がなされているような気がして、改めてウォレスという人間の底しれぬ奥深さを感じて戦慄したのだった。


 リヒトは、初めて特9型に飛ばしを使ってみた。意志の力を注ぎ込み、機体を持ち上げてみる。推進機は使わない。


 ふわり、と、機体は音もなく膝の高さくらいまで浮かび上がった。


 「か、軽い…!?」

 リヒトは思わず声を上げる。


 「おぉぉ……!!」

 「ひぇえぇえ……!!??」


 そばで見ていたカンプやアメリも、その機体から発せられる飛ばしの大出力の放射を感じ、これは明らかに違う、というのを実感していた。全く力んでいないのに機体の反応が力強いのだ。


 実際に仕様書上の重量も5型より幾らか軽いのだが、それ以上……いや次元の違う圧倒的な軽さを感じていた。それでいて手応えの確かさは少しも損なわれていないのが素晴らしい。内部の古めかしい機構が、それら手応えを生み出していたのだと改めて実感した。

 リヒトは、機体をそっと降ろして意志の力を抜き取る。抜き取る際に名残惜しささえ感じたほどだ。


 I-tail素材の機体を飛ばすのは初めてであった。いや、厳密には試102式もそうなのだが、あれは比較対象が全く無く、正直…飛行舟であるかさえ怪しいような手応えだったのだ。しかし、この9型は素材が違うだけで内部構造は2型や5型とほぼ同じ。純粋に素材の違いだけを体感して比較できるのだ。こんな贅沢な「味比べ」は他に無いだろう。


 「I-tail素材に飛ばしを使うと……こんなことになるんですね……。」

 リヒトは、しみじみとしながら再び操縦席を降りた。


 これはまだ、主翼など主要の部分にしかそれらの素材は使われていない。胴体や他の部分にまでその素材を使ったら、おそらく現実的ではないコストが掛かってしまうのだろう。機体の全てをその素材で作った「フルI-tail」飛行舟、そういうものに少し想像が膨らむ。

 が、逆にそこまで行くと今度は異質さが生まれてしまうかもしれない、とも思う。そこまでする必要があるかも怪しい。目的を考えれば、それこそ試102型のような方向に向かってしまうのだろう。


 そういう意味では、現状での最高峰の品質、最上のバランスを実現したのがこの特9型なのだ。今後、飛行舟もどんどん新技術が投入されていく。人工知能による自動制御の及ぼす領域も広がっていく。この機体は、これまでと、これからの分水嶺となる機体にも思えてきた。

 その機体に、……自分が立ち会えたことが嬉しくもあり、女神の導きをも感じた。


 ──翼の手応えの話をしていたのだが、リヒトの思いつきのせいで別な方向へ話題が逸れていったことに気付いて、慌てて話しを戻した。


「──確かに、2型や3型から5型に乗り換えた時に、性能はいいのに、何か…手応えの乏しさは感じていたんです。限界性能は明らかに高いのに、その限界まであとどのくらいなのか……わからない部分が多くて。」

 リヒトは、かつて新型機としてロールアウトしたばかりの5型でも記録を残している。錬成所を卒業する間際、ほんの二週間弱の期間のことだった。


 あぁ、そういえば俺も…、と言って、カンプが振った話題に乗ってくる。


「5型に関しちゃ、シミュレーターのほうがむしろ違和感が少なかったなぁ。特に…高速域とか高負荷域じゃなく中間領域が……。実機に乗ったら「あれ?こんなもんか…??」っていう変な手応えを、俺も感じたんだよなぁ…。」


「あ!それです!!僕もそれ思いました!」

 リヒトが勢い込んで同意する。


 本人的には恥ずかしい話でもあるだが、シミュレーターで出した例の新記録を、他ならぬリヒト自身が実機で更新できずに自分で驚いたことがあったのだ。その後、更新するまで結構な回数のリトライをしたのを思い出していた。


 性能はいいのに、なにか不思議な物足りなさと言うか、手応えのなさを感じて拍子抜けしたのを覚えている。だが、周囲の人からすると乗りやすくていい機体だ、性能に余裕があって扱いやすい、という感想の方が圧倒的に多いのだ。


 これは、いわゆる……。

 そこまで考えると、ウォレスが続きを語ってくれた。


「恐らくだが、飛ばしの使えない一般兵への対応というか、そちらも大きく配慮した結果だろうな。平均的な兵士の技量に合わせて、扱いやすく性能の出しやすい機体に仕上げたのだろう。」


「なるほど~、それでですかぁ……。」

 アメリが納得したようなことを呟いた。


 うん…?

 アメリの顔を見る。


「私の錬成所時代にも、グループ内で5型派と3型派がいたんです。なんか好みの傾向が分かれてて……。今思うと、飛ばしの使えない子やあんまり強くない子が5型を好んでたような気がします。ユゥリは、上手なのに何故か5型のほうが良いって、そこだけは意見が合わなかったんですよ。」


「つまり、アメリは……3型派だったんだな。」

 と僕は言ってみた。

「今は2型派ですけど、ふふふっ。」


 なるほど、機体の設計思想が微妙に違っていたのかもしれない。


 アメリの言葉にウォレスは大いにうなずきながら話す。


「適材適所、というやつだな。性能は良ければ良いほど望ましいのかも知れないが、引き出しきれなければあまり意味がない……、余裕はある程度必要なのだろうが。そういう意味では、5型はそれでいいのだろう。」


 そう言って、ウォレスは特9型の翼に手を置いた。


「だが、()()()()そうではなかった……。」


 表情に真剣味が一層強まる。


「実際の飛行データでも、……一見わかりにくいが、()()()()形跡があった。性能は明らかに2型を上回っているのに……だよ。カンプの言った、中間領域ではむしろ2型のほうが上回っている部分さえあったのだ。これは明らかにおかしなことだ。」


 そう言ってウォレスは少し苦笑した。


「それからだよ……、自分も徹底的に同じ領域を飛んでみた。蛮勇を効かせて、リヒトと同じ区間タイムで無理やり飛んでみたことさえあった、……何度が墜落しかけたがね。」

 そう言って少し笑った。


「きょ、…教官……」


 ……無茶しすぎです!

 だが、わからないなら試してみればいい。そのとおりのことを、自ら行っていたんだ。


「だが、おかげで気づいたんだよ。墜落しかけたのはその殆どが5型の方だった。大気を掴む手応えに自信が無くなる瞬間に……、限界を超えていたんだと、ね。」


 教官は少し誇らしげに語る。


「──これは、翼の特性の問題だ。全金属からポリマー系素材に切り替わったために、翼の手応えが乏しくなっていた事に起因しているとわかったんだよ。…そこで9型設計の方針が固まった。」


 ぽんぽん、と翼を叩く。


「旧来の全金属素材よりも強くて、しかも、靭やかさを失わない、そんな素材を探し求めた。」


 はぁ~……。

 三人から感嘆の吐息が漏れる。

 凄まじいまでの情熱と執念だ。


「機体も、空力効率を求めるとともに大気の状態を余さずに伝えてくる形状を突き詰めていった。試作機を作りそれに乗って、何度も飛んだ。翼の翼断面は地球側の最新の研究結果に基づく理論を導入して効率を上げていった。何度も作り直しては試験飛行を重ねたよ……。」


 アメリがごくりとつばを飲むのが伝わってきた。本気になったウォレス教官の()()()()を肌で感じているのだろう。


「そして、遂に……私でさえ、リヒトの記録を上回ってしまったんだよ。」


 何故か、少し苦しそうな表情で教官は言った。


 リヒトの記録を更新してしまった(別機体なので厳密には違うのだが)ことの、罪悪感や感傷を受けてしまったのだろうかと思った。しかし、違った。


「だめだ…、これでは意味がない!!!」

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