EXTRA リヒト&アメリ2 ~一歩先へ~
第7話と第8話の間にあたる、ショートエピソードその2です。
かちゃん
「よしっ!!」
「つながったぁ!」
アメリと僕は同時に喜び、そして向き合ってハイタッチをした。
そこに、
「何してんの…、君たち。」
「わぁっ」
「うひゃっ」
声をかけられて同時に驚く。
イバタさんが指令室の入り口からこっちを見ていた。
と、同時に二人の集中が乱れて、機体がぐらついた。
「わっ、わっ…!」
アメリが慌てるが、すでに5型の方は完全にバランスを失っていた。
「うぉ!…お、重い…!!」
ほぼ全ての重量が僕の2型に集中してこちらも支えきれなくなりそうになる。
あ、だめだ、無理だ…
瞬時に判断して、両手で物理的に機体を支えた。お陰で2機まとめての墜落は免れた。
「ふぅ……」
「あ、危なかった……。」
二機の連結を再びはずして、降着装置を引っ張り出し机の上に駐機させた。
「ははははっ……。面白いことしてるね、君たち。……この間の再現かい?」
イバタさんが、そう言って愉快そうな顔をしながら近づいてきた。
「いえ、……再現というか……、思い付きで。」
子供のような遊びをしていた所を見られて、なんだか恥ずかしかった。
だが、イバタさんも模型を手にとってしげしげと興味深そうに眺めている。翼が稼働するところにも目聡く気付いたようだ。
「ふ~ん……、ずいぶん手の込んだ模型だねぇ。……どこで売ってたの?こんなの見たこと無いよ。」
しゃがみこんで、背面を確認しながら聞いてくる。
「いえ、これは……、作ったらしいです。いつもお世話になってる、飛行舟の工廠の作業員さんたちが……。」
「あ、そうなの?」
そういって興味深げに立ち上がる。
戯れだろう。2型の模型にイバタさんも手を触れて、意思を送り込み始めた。
指先で触れながら、あっさりと宙に浮かべる。
「はぁ~……す…ごいな!!……これ、ほぼ完全再現じゃないの!?推進機は入ってないけど…。」
意思を送り込んで、内部構造がはっきりと知覚できたためだろう。先程までの好奇の目ではなく、感心したような表情をしていた。しきりに唸って、稼働翼をぱたぱたと動かしてみたりしていた。
指で触れながら浮かべているのを見て、僕も同じように5型の背に触れながら浮かべてみる。
先程よりも圧倒的に軽い手応えでふわりと浮かぶ。
やはり直接触れながらだと、意思の伝達というか強さが段違いのようだ。あの時の実機では、アレスティングフックで連結していたからなんとかなったものの、同じ距離でも繋がっていなかったら、恐らく制御はできなかったであろう。
──そこでふと、あることに気づいた。
……触れている5型模型の中に、アメリの意思の残り火のようなものが感じられるのだ。実機でも時々残っている、意思の欠片のようなものだ。
……ちょっとした興味で、その意思に触れてみる……。
快活で、少し気の強い、……それでいて優しく、
……たくましい輝きのようなものを感じた。
そっと、手を繋ぐイメージで、その意思と自分の意思を混ぜ合わせていく。……一瞬だが、模型が青い湯気のようなものを纏ったように見えた。
「……!」
イバタさんが驚いて、こっちを振り返る。
意志の集中が乱れたためであろう、浮かせていた2型の方は糸が切れたように落下しようとしたが、もちろん彼は両手で支えていた。
「……リヒト?……今、何やったの!?」
え……?
気付くとアメリも同じような表情をしていた。
「な、なんか……衝撃波のようなものが……?!」
そんなことまで言っている。
もちろん、物理的な圧力波ではあるまい。
僕は、はっとする───。
がしっ
アメリの手を握った。
「もう一度だ。」
「えっ?えっ??」
アメリは当然困惑していた。
僕はアメリに5型の模型の右翼に触れさせる。
そして自分は左翼に触れる。
「いいかい…?まずは、全体にまんべんなく意思を行き渡らせて、ゆっくり浮かべるんだ。」
アメリは、なお困惑しながらもこくこくと頷いて、
「わ、わかりました…。」
そう言って5型をゆっくりと目線の高さまで浮かび上がらせる。
僕は頷いて、今度は右翼から自分の意志をゆっくりと押し込んでいく。
「そのまま……、今度はゆっくりと左翼から意思を抜いていくんだ……、僕の意思が押し込まれるのを感じるだろう?」
イバタも意図に気付いたようだ。
「……なるほど…!!」
興奮を押さえきれずに食い入るようにして模型を凝視している。
「よし、……いいぞ、ゆっ……くり抜いて、機体のちょうど真ん中でストップするんだ。」
アメリも手を震わせながら真剣な表情だ。
「り、リヒトさん……強いっす…!もうちょっと、抑えて下さい……。」
アメリが助けを認めるような顔でこちらに視線を送ってくる。
い、いかん……いつもの調子で送り込むとアメリの意思が押し出されてしまう。
できうる限り、フラットに、意思が暴れないように、平静に、中央まで送り込んでいく。
「こ、これくらい…かな?」
僕も手を震わせながら、アメリに確認の視線を送る。
「も、もうちょっとだけ強く……。」
アメリが微調整を促す。いつもと逆で、ここではアメリが指導役だ。
よし、いいかな……?バランスは取れてるようだ。
見ていたイバタさんが小刻みに頷く。
「いいよ、……バランスは完璧だ。……ここからだよ。」
平静を装っているが……イバタさんも大興奮だ。それが証拠に両の拳が強く握られている。
「こ、ここから…?」
アメリがさらに困惑する。
僕は深く頷く。
これから行うのは、……今まで、イバタさんや皆ができて、僕だけができなかった、唯一の飛ばしの技法……。
イバタさんが、辛抱できずにアドバイスを送ってくる。
「イメージは……手を繋ぐ感じだ。そこからゆっくりと握り込んで……混ぜ合わせていく…。とにかくゆっくりとね…出だしが肝心だよ…!」
僕は、アメリを見つめる。
「お願いできるかい?」
「は、はい!」
ようやくアメリも意図が理解ったようだ。
「撹拌方向は反時計回りのイメージでいいかい?」
「了解です。」
ふぅー、っと息を吐く。
お互いに目線を送り合い、強さとタイミングを計る。そして、じわりじわりと、相手の支配している領域に足を踏み入れていく……。
機体の模型の上で、アメリと僕の意思がゆっくりと混ざり合っていく。そして、そのまま調和が取れるかに見えた。
…が、機体はがたがたと振動し出す。
「……!」
意思が混ざりもせず……安定もせずに弾かれるように機体から……ぼろぼろとこぼれ落ちていくのを感じる。
だめか……?
やはり、この方法は、僕には無理なのか……。
混ざりきらなかった意思が拒絶され機体から弾き出されていく。
僕は、諦めて意志の力を、引き戻そうとした。
「……リヒトさん、諦めないで……!」
アメリが強い意志の籠もった声で伝えてきた。
「諦めないで……押し込んでください!私は大丈夫ですから、もっと預けても抑えてみせますから……!!」
アメリ……!
アメリの表情は、力強かった。
うん…!
僕は意を決して、さらに相手の領域へ強く踏み込んでいく……!
粘りのあるような抵抗をみせていた意思が、とろりと溶け…粘度を無くして混ざり合っていく……
ぴたりと、──振動が止まった。
そして絶え間なく、青く淡い光を模型が放っている。
「…やっ……た」
イバタさんが呟く。そして続けて叫んだ。
「成功だぁ!」
できた……。
初めて、完全に意思を合成しての飛ばし、それに成功した。
「こ、…れが、完全合成ですか…!?」
アメリもほとんど見たことがなかったのだろう。
「すごい…出力だ……。」
イバタが手をかざしながら、飛ばしの出力を確かめている。
確かに、これなら…。
「アメリ、意思を切り離してみよう。」
僕は提案する。
「え?!……は、はい」
驚きながらもアメリは、恐る恐る手を離す。そして、集中も解いていく。
それに合わせて、僕も意思を切り離していく。
それでも、……模型はそこに浮いていた。
「す、すごい……。」
アメリも驚いている。
僕も驚きだ、ここまで強い放出が得られるとは……。
「これは、───画期的な発見だ…!」
イバタさんが宣言するように言う。
「はい…!」
僕も同意する。
アメリは、少し不思議そうな顔をしている。
飛ばしの合成が、ではない。
この方法は完成度の度合いは別にして古くから行われていた方法だ。現にイバタは、この方法で数々の大重量飛行を成功させてきている。
この複数人で行う飛ばしは、感覚頼りの方法のため、指導方法が確立されていなかったのだ。そのため実機での練習にも非常に困難が伴うのである。制御できなくなったときのために、補助の操縦士、それも飛ばしが使える熟練者を複数乗せてサポートをしなければならなかったのだ。
そのため、複数人に囲まれた状態が困難なリヒトには、ほぼ練習方法が存在せず、今まで諦めていたのだ。
複数で担ぎ上げる際の「要」の役に、イバタやハセンのような超上級者を置くことで、リヒトも担ぐ側には参加できるのだが、この方法の場合は、必要になるのは強さよりも親和性である。あまりに強すぎるリヒトの能力では、むしろバランスを欠く要因になりやすく、ほぼ意味を成さなかったのだ。
今回、成功させた方法は一対一、つまり双方が要であり担ぎ手である。同調を取りやすい方法のため成功したともいえる。
だが、──要点はそこではない。
今まで、実機訓練が困難だったこの飛ばしの飛行技術に、模型を用いることで安全性を確保した状態での飛ばしの感覚を養う訓練を行う方策が生まれたのだ。
まさに、画期的である───。
実機の停止状態では、推進機が動いていないため、意思を通した時の手応えがおかしなことになってしまう。そのため実機の場合は、どうしても飛行状態でなければできなかったのだ。
今回の模型には推進機が入っていないため、感覚を邪魔することがなかった点も大きい。
そして何より、細部までこだわり抜いたこの模型の完成度の高さがあって、初めてなし得た発見であろう。
「まさか、こんな方法があったなんて……。」
僕の言葉にアメリも得心した感じで大きく頷く。
「なんでも、やってみるものですね……。」
イバタもそれに追従する。
「ドルイド族だけじゃ、この発見は無かっただろうね……。こんな模型に、ここまで労力を注ぐ余裕は、……僕らには無いからねぇ。」
それを聞いて、愉快そうにみんなで笑う。
遊び、嗜好、享楽……そういった文化や物品は、優先順位が低く設定され、その多くが母なる星を脱出する際に失われてしまったと聞く……。
もし残っていたとしても、現状ではそこにリソースを割くまでには至らないであろう。
無駄なことは無い。
ありきたりな言葉ではあるが、それを身に染みて実感する機会は少ない。偶然、戯れ、思い付き……。そんなものの方が、もしかしたら……新たな発見を生んでいるのかもしれない。少なくとも、会議室では画期的なものは生まれてこないであろう。
「作業員のみなさんに、お礼を言わないといけませんね。」
僕の言葉にイバタさんも同調する。
「うん、評議会から感謝状を出してもらってもいいな、これなら。」
それほど、大きな発見だったのだ。
発見の生まれる瞬間を、理解できたという点でも。
目の前に浮いていた模型がそろそろ力尽きようとしていた。
僕は手にとって模型を机に下ろす。
「リヒトも……。」
イバタさんが微笑んで、こちらを見ている。
「今の感覚を忘れないうちに、実機でも試してみた方がいいね。アメリも、優先的に、彼の飛行に付き合ってあげてほしい。」
「はい」
「はいっ!」
飛行技術の発展に…また新たな1ページが刻まれようとしている。
新たな段階を見据えた、僕らの表情は明るかった。