EXTRA リヒト&アメリ1 ~娯楽の王様~
第7話と第8話の間にあった、日常のショートエピソードです。
うららかでのんびりした、第四分団。
急ぎの業務もなく、団員は思い思いの過ごし方をしている昼下がり。
そこに、第四分団宛ての荷物が、民間配送業者から届けられた。
宛名は……リヒト宛である。
少し大きめの、木箱。
「ご苦労様でした。」
リヒトは受け取って、早速開けてみることにする。
送り主は、いつもお世話になっている……ガレのいる飛行舟工廠からだ。
仕事場に送られてきたということは、仕事関係なのかもしれない。
釘で厳重に封がしてあるので、バールでこじって蓋を開ける。
「……なんだこりゃ?」
開けてみて、リヒトは……しばし、ぽかーんとした。
それを横で見ていたアメリが、呟くようにぽつりと。
「6式だ……」
そう6式……の、模型だ。
一抱えもあるくらいの、割と大きな模型。
しかも、2機入っている。
そして、二つ重なるように入れてある。
上の方を持ち上げると、……もう一機がぶら下がって付いてきた。
よく見ると、上が2型で下が5型だ。
ははぁ……
何となく、意図は読めてきた。
あの日、リヒトが行った連結飛行の再現模型であろう。
でも、何でこんなものが……。
5型の修理は未だ終わっておらず、その帰りを待っているところだ。
まさか、修理に時間が掛かるから、とりあえず模型で我慢して……などと言うつもりではあるまいが……。
「あ、手紙入ってますよ。」
アメリが見つけた。
ほんとだ、
読んでみることにする。
─────────
『我らの敬愛する上飛殿へ』
お元気でしょうか?
お噂は聞いておりましたが、実機が送られてくるまでは、やはり半信半疑でした。
普段から、上飛殿がご自身の300倍以上もの質量を持ち上げているのを目の当たりにしているため、事実ではあるのだろうと。
しかしながら、送られてきた機体の損傷具合と、ちぎれたブーム……。
それを吊り上げて連結飛行したという、2型の姿を想像するにつけ、
飛行舟工廠の工員たちでさえも、半信半疑になる者が現れ、議論が白熱してしまい……そのせいで業務に支障が出たりしました。
「……あれ、これって…もしかして抗議文かな…?」
───ですが、我々も技術者の端くれ。
『分からないなら試してみればよい』
いつぞやの上飛殿の言葉を思いだし、工員たちが空き時間を利用し、
……時に、就業時間も拝借し──
「──いや、それは駄目だよ……」
──縮小模型を製作して、実際に2機連結状態で飛ばせるのか、
その、気流制御に挑戦してみました。
……結果は惨憺たるものでした。
まともに飛行しないばかりか……、
吊り下げられている方が、
吊り下げている方を邪魔して一向に飛ぶ気配を見せませんでした。
まるで、どこぞの職場の人間関係のようで、
とても心が痛みました……。
「……これって、どこのこと言ってるんですかね?」
「……さぁ?」
──何度やっても、失敗の連続。
工員たちも、
始めは寝る間を惜しんで実験に参加していたのですが
やがて、ひとり、またひとりと…実験室(有志による)を去っていきました。
今では、…私ひとりです。
だれも見向きもしてくれません。
───なんか、方向性の怪しい手紙だな……、
話の着地点が読めなくなってきたぞ…。
そんなとき、ひとりの女性が
私のもとを訪れました。
『……彼はね、
決して諦めなかったと思うの
例え苦しくても、どんなに困難でも……
その場に立ち会った、
その事に自らの役割を見いだし…
でき得るところを成した
そんな強い意思と、
使命感が、
道を切り拓いたのよ……』
──あ、たぶんガレだね、これは。
6式の模型を見て、僕を思い浮かべたのかな……。
その人はそう言って私を励ましてくれました。
たぶん……、励ましてくれたのだと思います。
私は、もう一度挑戦しました。
機体形状と翼制御による気流制御だけでは限界を感じ、
新たに内部に、姿勢制御装置を仕込んでの、機体制御に挑戦することにしました。
「…………んん???」
「なんか…趣旨が変わってきてませんか……?」
この小型の模型に搭載できるほどの制御装置……
そんなものはあるはずもなく……私は、一から設計することにしました。
不思議なもので、新たな方針に切り替えてからというもの、
去っていった工員が、ひとり、またひとりと再び協力を申し出てくれたのでした。
私たちは力を合わせることの大切さと、仲間の素晴らしさを再認識しました。
設計は順調に進み、
ついに、満足の行く装置の設計図が完成しました。
………残念ながら、
励ましてくれた女性は、試作の予算までは、工面してくれませんでした。
そういうわけですので、姿勢制御装置は入っておりません。
「───えぇ~……??」
「これ、どうしろと……」
ですが、内部構造は完全に再現できております。
もしよろしければ、お手元に置いて楽しんでいただければ、との思いに至り、
これを送らせていただきました。
また、こちらにいらっしゃることがありましたら
是非、感想などお聞かせください。
それでは、末筆ながら、上飛殿のご安全と、ご健康をお祈りしております。
工廠整備員一同 代表代筆
────────
「これはつまり……、どういうことでしょう?」
アメリもたくさんの困惑を抱えた表情だった。
「……役には立たなかったけど、捨てるのもったいないから、貰ってくれ……って事なのかな……?」
そう思いながら、箱を何気なく見ると、もう一通の手紙が入っていた。
手にとって、開いてみる。
『いとしのリヒトへ
話を聞いて、
また、あなたの優しさと、
心の強さを思い出しました
ご苦労様……
無事でよかったわ
でも、あんまり心配をかけないで
無理とか、無茶はしないように
それと、
時々は、顔を出しなさい
ガレより愛を込めて』
読み終わって、思わず笑みがこぼれる。
……ガレの走り書きのような手紙だ。
懐かしい筆跡に、思わず彼女の笑顔を思い出す。
きっと、発送する間際に慌てて書いたのだろう、紙も実験室で使われているレポート用紙だ。
ありがとう、ガレ──。
「でもこれ、すごく精密に作られてますね…!実機と変わらないんじゃないですか。」
手紙を読んでいる間に、アメリは連結部分を外して、一機ずつ、夢中になって模型を眺めていた。
確かに、結構な凝りようだ。
リヒトも、もう一方の模型を手に取り観察する。
……かっこいいな、やっぱり6式は。
むふふー……。
作られたばかりの新品の2型など見たことがなかったので、模型とはいえ…とても興味を惹かれた。
地球勢力側では、このような模型も娯楽の一大勢力と呼べるほどの市場規模を誇っているらしい。しかし、ことドルイドにとってはこのような実用品以外の製造物に割くリソースなど無いため、こういう物を目にする機会は皆無なのである。
珍しい物でもあるため、夢中になって模型を観察し始めた。
あれ、これは…もしかして……?
観察していて気づいたのだが、主翼や補助翼は別部品で、精密に作られている。
指で軽く押してみると、実機と同じ様に左右連動して動いている。
やっぱりそうだ、──すごい!
ちゃんと可変翼もエアブレーキも可動式だ。
「うわ…、降着装置とキャノピーも動くぞ!」
「すごいですね!これ…!」
アメリと二人で…俄然、興奮してあちこち弄り回す。
実機さながら……、いや、ほぼ実機そのままと言っていいのではないだろうか。
あまりに実機そのものだったため、……ちょっとした思い付きをしてしまった。
模型に飛ばしを使って意思を注入してみたのだ……
……!!!
実機と全く同じ感覚が身体に反映され、内部の構造までもが仔細に手応えとして伝わってきた。
す、すごいすごい、すごいぞ…これ!
部品の一つ、ねじ1本まで完全に再現してある!!
結構なんてものじゃない…、
異常に凝っている。
実機並に手間がかかってるんじゃないかこれ…?
……ということは、
もしや……!
意識を集中する。
手に持った6式2型模型に。
「…!」
ふわり
浮いた……
模型が浮いたぞ…!
「り、リヒトさん…?!」
「アメリもやってごらん…!!もしかしたら……!」
アメリもすぐに意図を理解し、精神の集中を始めた。
「………」
「……ん!!」
ふわり
浮いた……
「う、浮いた……?!」
浮いたよアメリ!
6式5型模型が浮いた!!
「うわっ…!うわ……。すごい……!!」
よ、よし!
それならば……
「空中連結だ!!」
「え?」
「あ、アメリ、そのままだよ……!その位置で固定!」
僕は、2型模型を5型の上方前方に位置させる。
「おおぉ……!」
アメリも目を輝かせながら集中している。
よーし、いいぞ……
位置を合わせて、アレスティングフックを……
振り下ろす!
ぽこん
あ、カバーがついたままだ。
「パイン13!アンカーリングのカバーをリリースするんだ!」
「え?えっ?!」
アメリは困惑している。
「ど、どうやって……ていうか、リリースレバーあるんですかこれ?」
ある!……はずだ。
「工員たちの再現力を信じるんだ、必ずある!」
「や、やってみます…!」
アメリの集中が強まる。
「………」
アメリは目を閉じて、飛ばしの感覚で機体模型の細部にまで神経を行き渡らせている。
「……これかな?」
ぱこっ
気の抜けたような音がして、
小さな小さなカバーが外れた
よし、いける……!
「リヒトさん…!行けます!」
パイン13もそれに同調する。
もう一度、位置を正確に合わせて…
振り下ろす…!
かちゃん
「よしっ!!」
「つながったぁ!」
アメリと僕は同時に喜び、そして向き合ってハイタッチをした。
そこに、
「何してんの…、君たち。」