EXTRA ケイトリン ~農家はつらいよ~
このエピソードは、
第2話「魅入られし翼」の、6式の中で、リヒト・アメリ、そして、農家の人妻ケイトリンさんが
話した内容を語った物語です。
「お嬢ちゃんなら、いい百姓になれるわよ」
そう言って、ははは、と笑う。
それは僕も保証しよう。
……………
「こういう暮らしかたで、仕事してるとね…」
そう言って人妻…大農園のおかみさんで、名前はケイトリンさんという──は身体をよじる。
座席に座ったままで、そろそろ身体が堪えてきたのだろう。飛び立ってからだいぶ時間が経っている。
「見習いに来た人間が、だいたいどんな人間かわかるようになってきたのよ。」
「…?」
「早ければ3日、普通は一週間、遅くとも1ヶ月、……住み込みで働かせてると、動機が見えてくるんだよ」
「動機、ですか…?」
僕が尋ねる。
「働く理由、って言った方がいいのかね。…「仕事」がしたくて、覚えたくて来てる者。「給料」もらいに来てる者。金を「稼がなきゃいけなくて」来てる者。「褒められたくて」来てる者。……そんな感じかな。あ、たまに「なにも考えてない者」も来ることがあるね。」
ふぅむ。これはなかなか…深いな。
「どのタイプがいい、とかあるんですか?」
アメリがすかさず質問する。
「これはね、そういう感じの子が多い、ってだけで必ずそうというわけじゃないんだよ。まあ、一番…間違いないのは「稼がなきゃならない」って感じの人かな。」
「え~…?意外です。仕事がしたくて、意欲があって来る人じゃないんですね?」
アメリは、意外そうに思いを口にした。
「……金目当てだったら、もっと楽で割のいい仕事もある。わざわざこの仕事を選んでくるからには、……なんだろうねぇ…まあ、何かしらの自覚というか、後ろめたさがあるんだろうね。」
「後ろめたさ、……ですか?」
不思議な言い回しだ。
それを聞いたアメリも、掴みかねているようだ。
「劣等感、みたいなものかね。この仕事は、言ってみれば身体が辛いだけで、他は資格がいるわけでもない、特別な技術がいるわけでもない。給料もらうだけなら、ただひたすらに言われた通りやっていれば、取り合えずはなんとかなるからね。」
「それって……良いことなんですかね?」
少し違和感のようなものを感じたのだろう、アメリが尋ねた。
すると、年長者らしい、包容力を感じる物腰で彼女は話し始めた。
「いいか悪いか…じゃないんだよ。普通なら出来ないんだ。「我」ってもんがあるからね。それを押し殺して、全て言う通りにします!…ていうのはね、よほど根性座ってないと出来ないよ。それと、自分に変に自信がある人間にも出来ないね。そういう奴は何かしら不満言ったり口ごたえしてくるものだから。」
──言われた通りにしか動かない。
恐らく、聞いた人の殆どが否定的な印象を先に抱くだろう。
実際、そいう要素も含まれていることは間違いない。
しかし、雇用者にとって…それも単純作業の繰り返しという性格の強い業務の場合は、とにかく言われたとおりにだけ動いてくれないと困るというのも、偽らざる本音であろう。
「……自分をしっかり理解していて、これなら出来る、これ以上は出来ない、てのをきちんと自覚して、弁えてるから、こういう仕事を選んでくるんだ。」
なるほど~、といった感じでアメリは頷く。
「じゃあ、仕事をしたくて来てる人、っていうのは?」
興味が尽きないのだろう、アメリは次々と質問をしていく。
ケイトリンさんも、嬉しそうに話す。どうやらアメリがだいぶ気に入ったらしい。
「まあ、面接だったら一番合格するタイプだろうね。意欲的だし、仕事覚えるのも早いし。……ただしね、さっきも言った、「我」が強いんだ、こういう子は。最初のうちは指示もよく聞くし、実際優秀なことも多いけどね。しばらくすると自己流でやり始めたり、やりたいことしかやらなかったり、そんなのも多いね。期間3年間の研修なら2年くらいでさっさと辞めてったり、……ま、辞めてもらったりもするね。」
雇用されて、ある程度権限も与えられてからなら、そう言う人間を選ぶ利点があるのかもしれないが、研修や習いに来ているところで自己流をやりだしたなら、それは研修としては終了せざるを得ないであろう。
「ふーん……じゃあ、一番よくないのって、なにも考えてない人、ですか?」
アメリが、また質問を繰り出す。
「うーん、あんまり多くないんで、なんとも言えないけどね…。けっして悪い訳じゃない。……なにも考えてないように「見える」ってのはね、自分の目的や、やりたいことが、まだ明確に定まってないってことでもあるのさ。だから、研修の期間中に突然人が変わったみたいに働き出すこともあるんだよ。仕事の面白さに気づいたときとかね。ただ、これじゃなかった!って気づいていきなり辞めちゃう子もいるんで、これはね、ははは…」
なるほど……。
自分のことを知るというのは、言うほど簡単なことではない。
……ひょっとしたら、人間の永遠のテーマかもしれないとさえ思う。
研修に来るような、まだ経験の浅い人間ならなおさらだ。そういう人間に対して、寛容な人というのは、社会的に見ても貴重だと思える。
ケイトリンさんという人は、ひょっとしたら自身で思っているよりもずっと、いろんな、農業以外の道をも、そんな研修生たちに指し示してきたのかもしれない。
うんうん、と頷きながらアメリは話を聞いて、そして自分なりの見解を口にした。
「……すると、一番ダメなのは……給料もらいに来てる人ですか。」
「「残念」」
図らずも、ケイトリンさんと僕の声がシンクロした。
「へ?」
戸惑うアメリ。
「…おや、あんたも経験あるのかい?」
「悲しいことに…」
なるほど、これはわかるなあ。
僕は、頷いてしまう。
「え?え?」
「一番まずいのは、褒められたくて来てる奴、だね」
そう、彼女が言う。
「ええぇ~?!わたし自分でこのタイプだと思ってましたよ?!」
アメリはショックを受けている。しかし……、
「うーん…」
僕は考える。
アメリも、そう言えなくもないけど……、今言っている例のタイプとは全然違う気がする…。
「お嬢ちゃんみたいな、褒められたい、なら……それはそれでいいような気がするけどねぇ…?」
「僕もそう思います。」
ケイトリンさんも、どうやら同意見のようだ。
……安心する。
「給料もらいに来てるってのも、あんまりよくはないね。タイプとしては、仕事やりたい、と逆かねぇ。…こういう子は、なにか自分に都合のいい作業見つけると、それしかしない、ってことが多いかな。……なにか別のこと頼んでも、今忙しい、とか、できませんとか言ったりして。仕事教わりに来てるのに学ぶ意欲がないから、研修生としてはあんまり…来て欲しくないかな。季節限定で人手が足りないときは大歓迎なんだけどね…、はははは。」
単純に、人手の数が物を言う作業のときには、こういうタイプの人を多数動員して業務に立ち向かう。農業ならば、そう言った場面も結構あるのだろう。
「う~~……、じゃあ最後の、……褒められたい、というのは?」
少し、眉間にしわを寄せながら、アメリが自分のタイプについて聞き出している。
「まあ、最悪だね。……こいつらはね、最初は「仕事」や「稼ぎ」っていうタイプに擬態してるんだ。」
「擬態?」
……なるほど、上手いことを言う。
「仕事ならなんでもやります、食っていくために尽くします、みたいにして職場に入り込んでくるんだけどね……、しばらくすると正体表すんだ。仕事してるふりして、周りを見てるんだよ、どこが褒められるか、どこで褒められるか…って。」
「?」
アメリはわからないようだ。
「一番目につく、注目を浴びつつ、褒められそうな作業を選んでやるようになる。やったことをいちいち報告しに来る、なにか変わった目につくことをやりたがる。ひどいのになると、……わざわざ休日に働きに来たりね。」
「??」
やはりアメリはわからない。
自分がこのタイプと思っていながら、自分とは全然違う思考が出てきたからだろう。
「一度ね、わたし用事で1日留守にするけど、芋掘りやっておいてちょうだい、って言い置いて出掛けたことあったのよ。で、帰ってきてみたら、倉庫の入り口の真ん前に山ほど芋が積んであったのよ……。なんじゃこりゃあ?!ってなったわね。倉庫には入れないし前は通れないし。」
「ど、どういう意図があったんでしょう???」
もはやアメリは大混乱だ。
「…私も、結構考えたわ。嫌がらせにしちゃ手が込んでるし、……それでいて、芋はしっかり掘ってて、掘り残したところも無かったのよね。」
すると彼女は、僕に向かって、
「あんたなら、わかるんじゃない?」
そう振られる。
と言われても…
「僕が同類みたいで、なんか嫌ですけど…」
ははは、っと笑って、
「似たようなこと、経験あるんじゃないかな~、と思ってね?」
まあ……、あると言えばあるのだが。
「恐らくだけど、……そいつ、褒められると思ってそうしたんじゃ…ないのかなぁ…」
「え゛?」
アメリが、なにそれ??という顔をする。
ケイトリンさんは苦笑いしながら
「残念ながら、たぶん正解よね…それが」
「ええぇ~~?!誰が褒めるんです?!それ?!」
アメリ は はっきょうした!
「も~ね……あの時はさすがに、困ったわ。一応、仕事はしてるんで怒るわけにもいかず、さりとて、このままにもしておけないし(芋は日に当たると日焼けする)。……人、集めてみんなで中に収納して……。」
「最初から中にいれておけばいいのに、……なんでそんなことしたんです?」
……本当だよね。
なんだか、アメリが愛おしくなってきた。
「倉庫の中に入れておいたら、わたしが「仕事をした成果」に気づかないと思ったんでしょうね、他の人間に対する見せつけもあったんじゃないかしら……。だから確実に目に付いて、素通りされないところに積んでおいたんだと思うの。それが証拠に、かなりきれいに積んであったわ……」
ケイトリンさんは情けない笑みを浮かべていた。
「……目的が違うんですね、そいつ。言ってしまえば、芋は関係なくて、いかに目に付き、いかにして主張するか。それ以外は些細な問題でしかないんですよ、きっと……」
「芋はどうなるんですかー!!」
アメリは芋の処遇に憤慨していた。
「芋はともかく、その後どうしたんですか」
僕は、その後について聞いてみた。
ケイトリンさんは、なんともやるせない表情をしていた。
……その時のことを思うと、かなりの心労だったのだろう。
「取り合えず、放置したわ。普段からいちいち一つ一つの仕事を褒めるとかしてないし。で、そいつはその後、二度と芋掘りの作業はしなかったわね…」
「……子供ですかね?」
アメリも一応の見解を述べてみたようだ。
「そんなかわいいものじゃないんだけど…まあ、そういうことなんでしょうねぇ。」
「こういうやつって、どう対処するのが正解なんでしょう…?」
僕も、他人事ではない体験があったので、興味が出て聞いてみた。
「正直、お手上げだね。…こういう奴は自分の行動を正されるのを著しく嫌うし、ひとつひつの作業に必ず評価を要求するし、意味が納得できなかったり理解できなければ、絶対やらないし……そもそも、褒められる前提で動いてる時点でどうしようもないわ~…」
ケイトリンさんは、少し遠くを見ながら話す。
「……、だからね……、最近は農業研修の希望があっても、必ず試用期間を設けて、それが終わってから本採用することにしてるの。あと、いままでは村の政務に募集も採用も任せてたけど……、これも良くなかったわ。連中は現場のこと分かってないのに、自信たっぷりで採用してくるのよね。採用する側の視点が的外れだってことに気づくのが遅かったわ…。これは、……まぁ、言ってみればこっちの不手際だったのよね。」
やはり、長年の経験の中にはいろいろな事があったのだろう。
興味深いのは、どういうタイプが良い、という結論ではなかったということだ。
一長一短、というか、…やはり適材適所ということなのだろうか。
すると、ケイトリンさんがこちらの表情に気付いたようで、少し微笑んで言い添えてくれた。
「仕事の、向き不向きってね……、結局の所、やってみなくちゃわからない……てことなのかなって。……長年続けてきて、その仕事を辞めずに続けてた事に気づいた時に……「あ…、この仕事向いてたのかな」って、後から思うものなんだと、あたしは思ってる…。」
今も、辞めてない…、ってこと…か。
きっと…そのとおりだ、と思う。
これから仕事を教わりに来る人間は、その向いているかどうかという結論を先に欲しがるのだろうが、言ってしまえばそれは無理な注文であり、わがままだということだ。
生きていくための生業だ、そんな甘いものじゃないし、簡単ではない……。
当然だろう。
……………
──なんか…どーっと疲れた。
何の話をしてたんだっけ?
あ、僕が教官になるとかどうとか、そういう話をしてた気がする。
「アメリみたいな子ばかりなら、教官も楽しいかもしれないな」
思わずそう呟いてしまった。
アメリはハーネスをつけ直して前を向いて座る。
「そんなひどい人ばかり来ませんよ」
「そうそう、百姓よりはできのいいのが集まって来るだろうよ」
ケイトリンさんもそんなことを言う。
出来の良い、か……
「やっぱり、一番の理由は……、これがやがて戦争に向かう技術だ、ってことだと思うんです。」
「……」
アメリも少し表情が曇った。
「出来の良いのが集まったとしても、それで始めるのが戦争というんじゃ……やはり、釈然としません」
僕が言葉を置く。理由の全てではないけれど、たぶん大きなものの一つだと思う。
「政治とか、経済とかって、頭のいい人が集まってやってるんだろう?……なんで戦争なんか始めようとすんのかねぇ?」
心底、不思議だという風体でケイトリンさんがこぼす。
「まぁ、そういう意味なら、あたしたちは幸せだね」
そう、彼女が言う。
「底辺の仕事だって蔑まれた時代もあったらしいけど、わたしはこの仕事に誇りをもってる。すべての人間はあたしの仕事の上に成り立ってる。たとえ出来が悪くてもね」
「奥さんは出来悪くないです、素敵です!」
アメリが言う。
「ありがとうねアメリちゃん。よかったらうちの子になるかい?」
あはは、と笑ってアメリが答えた。
「自警団クビになったら、雇ってください。」