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第七話

 ミルは布団に包まったまま、動けずにいた。死刑宣告を受けたこと。自分の信用していた人達から裏切られたこと。そんな恐怖から立ち直ることができなかった。


(もし、ウェルリンテさんが私のことを酷い女だと言っていたら……)


 極めつけはこれであった。何をどういう理由かは分からないが、ミルはウェルリンテに対し酷い仕打ちをしていたというのに、ウェルリンテはミルのことを悪く言っていなかった。もし、そのまま伝わっていればライラスの助けは無かったかもしれない。そう思うと安堵感より、恐怖の方が勝ってしまう。


(ごめんなさい、ウェルリンテさん……)


 ミルは布団の中で、ただただ謝ることしかできなかった。


***


「やはり、曇天が一番だ」


 ギネアは部屋で違法ドラッグである曇天をふかし、いい気になりながら宙を見つめる。


 一時はどうなることか分からず、焦りに焦ったが、あの馬鹿のお陰で何とかなった。危うく王家との婚約が絶たれてしまう所であった。王家との繋がりがあったほうが、長い目で見れば絶対に利益になる。ミルは中々部屋から出てきていないが、そんなことはどうだっていい。いずれ、出てくるだろう、と。


 ギネアは更に曇天を取り出す。前まではそんなに持ってい無かったのでこのような贅沢は出来なかったが、今は有り余る程のお金がある。スクルビア家の財産。配下に下った貴族共の賄賂の金。そして、元々集めていた貴族からの金は必要が無くなったので、集めた理由通りスクルビア家の投資に当てた。それ怖い程儲けが出たのである。


「あんな小娘より、余程私の方が才能があったわけだ。天はあるべき者にあるものを返しただけだったのだな」


 大声で笑い声を上げる。横領がバレないように、申請も出した。そして、もう少しすればミルとカイルスの婚約も発表される。もう、何もかも全てが思い通りになって、笑い声しかでなかった。


***


「毛皮商に伝えなさい。金ならいくらでもやるわ。だから、私が言った物を全部捕って来なさい、とね」


「……かしこまりました。奥方様」


 前よりも更に派手になったカルレイはメイドに命じる。有名な店のドレスの新作は一番に入荷し、宝石も全てオーダーメイドの物に替えた。今、毛皮商に頼んだものも全て今では狩猟が禁止になった動物である。


「奥方様、カルパデミア商店の新作のドレスが出来上がったとのことです」


「分かったわ。すぐ仕度をして」


 カルレイは思う。最初有頂天になって、その後絶望のどん底に落とされて、そして今は何の憂いも無い人生。好きな物を好きなだけ買える。社交界で全員から羨望の眼差しを受ける対象となった。ミルがカイルスと婚約を結べば、それもより強固なものとなる。ミルは傷ついて閉じこもっているが、あれはしょうがない。自分のドレスや宝石は売りたく無かった。


「次のパーティー用のドレスだから、楽しみだわ」


 今度開かれる、第一王子カイルスの誕生日パーティー。そしてその場で、ミルとカイルスの婚約が正式に発表される。


 輝かしく光る未来。カルレイの頭には、そんな情景しか浮かばなかった。


***


「殿下、ラプラタから新型魔導砲が30門入りました」


「おお、そうか。では、奴らに伝えろ。軍事演習を始めると」


「……ですが、殿下。この度の新型魔導砲は殺傷能力が高い故、死人が多く出てしまいます。それに彼らは先程殿下のトレーニングをこなしたばかりで、疲れて……」


「……私に異議を唱えるのか?もういい、お前はクビだ。失せろ」


「ま、待って下さい殿下。私は10年も殿下のお側に……」


「まだ、何か言うのか?そうか、お前はクビだから一般人なわけだ。一般人が王宮にいるとはおかしいな。衛兵共、こいつを捕らえろ」


「で、殿下。それは……」


 最後の言葉を言う前に衛兵に連行されて、外へ出された。この執事は10年もカイルスの側にいただけあって、カイルスの機嫌の取り方は心得ている。ただ、今回の新型魔導砲については危険だということを長年の勘が告げていた。10年も仕えていたという実績を考えれば聞いてくれるかもしれないと思っていたが、結局は無駄に終わる。


「よし、2陣営に分け終われば15門ずつ配備しろ。合図が有れば撃て」


 カイルスはここ最近で一番の胸の高まりを感じていた。最新鋭の魔導砲を手に入れることができたからである。


 それもこれも全てあの女が死んで、更にその養子のライラスとかいう奴が馬鹿であったお陰。一時は慰謝料を払わなければならない状況に陥ったが、今は潤沢な資金が入って来る。更に、普段仕入れている武器商から他に武器を買いませんかという申し出が度々来るようになった。あの女が生きていた時には一度も無かったのに。今回の新型魔導砲もその申し出の1つにあったもの。


「……撃て!」


 前方で一斉に大砲の音が鳴る。それだけ見るとカイルスは満足して部屋に戻った。


 一週間後の誕生日パーティーで、ミルとの婚約が発表される。その時は正室と言っておくが、いずれ側室にするつもり。体だけが目当てであるから。


 久々に感じた何の憂いも無い、幸せな充実感。明日からの練習内容を考えながら、ベットの上で眠りについた。



◆ ◆ ◆



「皆様、今日はお集まり頂きありがとうございました。存分に楽しんでいって下さい」


 綺羅びやかな装飾が飾り付けられたホール。中央には、シェフが腕によりをかけた一級品の食事が並んでいる。王宮お抱えの合奏団が軽快なワルツを弾いて、来客の会話を弾ませる。


 贅が尽くされたこのパーティー。それもその筈、今宵は第一王子カイルスの誕生日パーティーであるから。


「今日はお越し頂きありがとうございます」


「こちらこそ、お呼び頂きありがとうございました」


 今日この場の主役であるカイルスが話すのは、共に行動していたギネアとカルレイ。


 ギネアは男性が祝い場に出席する服としては普通のタキシード。カルレイは、今月新作ドレスにそのドレスに合わせて早急に作らせたオーダーメイドの指輪を3本。はめている手袋も肩にかけてあるショールも、全て狩猟が禁止になった動物を捕ってこさせたもの。これのお陰で、この場においても早々と注目の的となっていた。


「このような場であるというのに、ミルを連れてこれず申し訳ありません」


「いえいえ、病気であるのなら安静が一番ですので」


 今日、ミルはこのパーティーに出席していない。数日前からギネア達は出席するように説得を続けていたのだが、行かないの一点張りで仕方なく病気を理由にしている。


(もう子供では無いのだから、我が儘もよして欲しいのだがな)


(心の傷だかなんだが知らないけど、いい加減にして欲しいわ。変な噂が立つかもしれないじゃない)


 自分の娘を心の中で罵倒する。今日はカイルスとミルの正式な婚約発表をする日でもある。その場にミルがいないとなると都合が悪い。



 来客達もそれぞれの相手に挨拶を済ませ、出された食事を楽しみ会話に花を咲かせる。時には踊り、時には談笑し、時には出された余興を見る。


「……コホン、会場の皆様。そろそろこのパーティーもお開きかと思いますが、ここで本日の主役このカイルス様から大事なお知らせがあります。どうか一度こちらに耳を傾けて頂ますようお願いします」


 楽器がピタリと鳴り止む。それを契機に話し声も静かになり始めて、30秒程で完全に静まった。そして、会場が暗くなり舞台の上が少し明るくなる。その舞台の上にはカイルス。そして、ギネアとカルレイが立っている。


 来客達も分かっていた。今日この場で婚約発表があることぐらいは。そもそもウェルリンテが死ぬ前から関係が噂されていた2人の間柄である。公式には発表されていなかったが、皆薄々勘づいていた。


「私は半年前、大事な婚約者を亡くしました。それは本当に突然でした」


 合奏団が再び音楽を奏で始める。深い、悲しみを表すようにゆっくり


「その時、私は私はもう何も手につかずこのまま死のうとさえ思っていました。しかし、そんな時にミルは私の肩をそっと抱きしめて慰めてくれたのです」


 奏でる音楽も相まって、泣いている者までで始める。普段なら胡散臭く思う人達も雰囲気にのまれ、段々と感情が揺さぶらてくる


「私が下を向いてばかりいてはいけない。次期国王としての責務を果たさなければならない。それが、ウェルリンテへの弔いになると思うのです。その為には一歩ずつでも踏み出す必要がある」


 そこで一旦言葉を止める。会場全体の様子を確かめるようにしてから、ゆっくりと言った。


「……だから、私はこの度ジェアル家のミルと婚約します」


 会場には割れんばかりの拍手が沸き起こる。ミルに執心して、ウェルリンテとは不仲が噂されていたカイルスではあるが、今のスピーチで疑う者もだいぶ少なくなった。カイルスがわざわざそういう専門の者を雇って、スピーチの原稿から話し方、曲の流し方まで全てを決めたので当たり前といえば当たり前であったが。


 舞台上のギネア、カルレイ、カイルスは笑顔を見せる。本当は大笑いしたい所だが、それは堪える。全てが自分の手中に収めたかのような満足感。


 そして、その誰とは分からない、ウェルリンテへ暗殺者を差し向けた者に向けて感謝を捧げる。万事が上手くいきました。ありがとうございます、と。



ガチャン



 そんな祝いの場には少々似つかわしくない、乱暴に扉を開ける音が会場に響く。そのうるさい拍手よりも尚大きな音であったから、皆驚いてそちらの方を向いた。


 扉が開けられて20人ほどが入ってくる。全員が王宮所属である銀星を身に着け、その銀星を縫い付けてある紋章には蛇の刺繍が施されている。紛れもなく、貴族のような身分の高い者達の間の警察的な存在、騎士団の第一特殊部隊


 その場にいる者達は呆気に捉えられるがそんなことには意に介さないような素振りで会場を横切り、舞台の前で止まった。


 隊長格のような人が舞台上の3人をキッと睨みつけると、左手に握っていた紙を掲げ会場全体に響く声で言う。


「ギネア・ジェアル、カルレイ・ジェアル、及びカイルス・ラン・ルイト。以上3名をウェルリンテ・スクルビア殺人容疑で逮捕する!」







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