第五話
「一体、どういうことなのよ!」
「どうにもこうにも、ライラスの許可がないと財産は引き継げ無い、ということだな」
「じゃあ早く連れてこれて来ればいいじゃない!」
「それが出来たら、こっちだってこんなに苦労してないだろ!」
ギネアとカルレイが声を荒らげて喧嘩をする。まるで、ウェルリンテが死ぬ前の夫婦仲が冷え切っていた時のように。
「……取り敢えず、傘下に下った貴族共からこのことが悟られないようにして、お金を借りてくる。その間ライラスを探すが、もし見つからなかった場合も考えて、何かお金を集める方法を考えておいてくれ」
「……分かったわ」
どちらも言いたいことをグッと堪えて行動に移る。この苛立ちを発散したいという気持ちは両者持っているものの、そんなことをしている暇は無い。取り敢えず、もうすぐに迫っている今年の財務省の申請までにお金をかき集めないといけない。ある一定以上のお金の出入には詳細な説明が必要となるから。
ギネアは勿論、国のお金を横領したことを誤魔化す為。もしそれがバレると芋づる式に違法ドラッグのことまで明るみに出てしまう。それだけは何としてでも避けなければならない。
そして、カルレイにとっても何としてでもバレたくない買物があった。それは、狩ることが禁じられた動物、つまり密猟で獲た動物の毛皮で作った代物達。
例えば、最近で言うとピンクフォックスという、北部のほんの一部にしか住んでいない動物の毛皮で作った上着。10年前に捕獲が禁止になったのだが、その毛並みの良さから人気が高く、まだ捕獲が禁止されていなかった頃に捕まえられた分の毛皮が稀に市場に出ると驚く程の値がつく。それを持っているだけで、相当なステータスとなる。
カルレイはどこからか買い取っても良かったのだが、その自己顕示欲と強欲さ故になるべく毛並みの良い新しい物が欲しいと思った。勿論、同じピンクフォックスの毛皮でも新しければ新しい程毛並みがよく、毛並みが良い程ステータス的にも高くなる。
結果的に、彼女はある毛皮商に莫大な金を積んで、新しいピンクフォックスを捕まえてこさせた。勿論、彼女はそれのお陰で一躍社交界の華となれたわけだが、そんな新品同様の毛皮を持っていることで色々な所から疑いの目を向けられている。普通なら大丈夫だが、財務省には下手をするとバレかねない。
「カイルス様の慰謝料はどうなの?足しにはなるんじゃない?」
「それが……要領を得ないな返事でな。多分、払う気は無さそうだ」
「……ッ」
自分の恋人も関わっているのに酷い奴だと言いかけるが、自分のこの状況を見てそんなことを言える図々しさも無いことに気づく。しばらく後ギネアが部屋から出ていき、静かな部屋にカルレイだけが1人という状況になる。
「……確か」
お金のあてと考えて思いついた1つのこと。藁にも縋るような気持ちで、手紙の準備を始めた。
◆ ◆ ◆
一週間経ち、ジェアル家のある一室に疲れ切った顔のギネアとカルレイ、そして呼ばれてやって来たミルとカイルスが座っている。
「ライラスは見つかったのですか?」
中々話し出さないギネアとカルレイを見てとうとう痺れを切らしたミルが口火を切る。ミルもこの話自体は聞いていたが、2人共忙しそうで中々経過を聞くことができなかった。
「……いや、いそうな所は全て探したがいなかった」
ギネアはミルとカイルス、2人をじっと見てから腕を机に置いて話し始める。
「見つからなかった……が、それは良い。財産の正統な引き継ぎ人が半年以上行方不明になった時には、自動的にこの家に引き継がれることになるからな」
ミルは一瞬ホッとした顔になるが、すぐに厳しい顔に戻る。
「ですが、それでは今回の財務省の申請に間に合わないでは無いですか。そうなってしまえば元も子もないですよ?」
ミルはそう言い終わって待ってみるものの、返答が帰ってこない。ギネアとカルレイはさっきと同じ様に黙って下を向く。そして、カイルスも同じ様に何も言わず不気味に黙っていることも異様に怖かった。
「お父様でも、お母様でもいいから、何か言って下さい。もしかしてお金が無いのですか?手伝えることなら何でも……」
「……お金はだいぶ前集まった。」
言いかけていたミルの言葉を遮り、再びギネアが話し出す。
「集まった。確かに集まったが……後もう少し足りないのだ」
そこでギネアは言葉を区切る。そして、少しの間葛藤しているかのように宙を仰いだかと思うと、ミルの方を見据えて言った。
「そのもう少しのお金を集める為に……お前にはケーレル伯爵へ嫁いで行って欲しい」
部屋の中を静寂が支配した。ギネアはミルを見据え、カルレイは相変わらず下を向き、カイルスは宙を見つめている。そして、当のミルは
「……え?」
あまりの情報に理解が追いつかなかった。
ケーレル伯爵。商売が得意な貴族で、伯爵家ながらも公爵家に負けない程の莫大な富を得ている貴族。しかし、その性欲の深さと残忍さから、何処の家も寄り付かず、稀にお金にお困った家が縁談を結んでも嫁いだ女性は1年以内に廃人になると言われている程。
ただ、縁談を結べば伯爵家から惜しみない援助が送られる為、本当に、本当にお金に困った貴族は自分の娘と引き換えにお金を得ようとする。
「な……何かの間違えですよね、お父様?」
「……」
ギネアは押し黙る。
「お母様!そうですよね」
半ば狂ったように母親に視線を向けるが、返ってきた言葉は無慈悲なものだった。
「ケーレル伯爵様からは色よい返事が貰えたわ。私達の為に行ってちょうだい」
それだけ言って再び下を向く。自分が縁談の手紙を送っただけに罪悪感があったから。
「グスッ……グス」
父親からも母親からも見捨てられたミルは、最後の手段としてカイルスに縋りつこうと泣き始める。とは言っても、泣きまねではなく、心のそこからの涙であったが。
「カイルス様ぁ。なんとかして下さいよ。このままだと……グスッ、私は……私は、心から愛しているカイルス様と別れ無ければならなくなってしまいますぅ」
自分の持てるものは全て使った。全力で可哀想アピールもしたし、カイルスが好きな胸も押し付ける。だから、カイルスの顔がこちらに向いた時には勝ったと思った。
「俺からも頼む。行ってくれ」
「……え?」
本日2度目である。自分のことを愛してくれて、守ってくれる筈のカイルスがどうして?理解することを拒否したミルの頭に、容赦無く言葉を続ける。
「俺も兵の強化でお金が無いんだ。慰謝料を払わないとミルとの婚約は無しにすると言われたが、そもそも慰謝料自体ミルと会っていたからだろ?だから、ミルが自身で責任を取るべきだ」
ミルはカイルスの言葉を頭で理解することができなかった。永遠の愛を誓いあったのではないか?全てにおいて私を優先してくれるのでは無いか?私兵の強化とかいうそんな訳のわからないものの為に、私は売り飛ばされるのか、と。
打ちひしがれ、体から全ての力が抜け意識が朦朧とするミル。一週間前までのあの有頂天ぶりは何だったのか。ウェルリンテが死んで全てが上手く行き、薔薇色に過ぎていったあの時間は……
「申し上げます」
突然、ノックも無くドアが開く。見ると、この家の執事であった。ギネアが咎めようとしたが、彼の方が先に言葉を発した。彼はこの場に王族の者がいることも分かっていながらそれでも尚、急いだほうがいいと判断したその情報。
「ライラス様がいらっしゃいました!」