第四話
「ふー、流石に少し緊張するな」
「そうかしら?私としては安心できるから嬉しいのだけど」
「まあ、確かにそうだな」
馬車から降りた2人は、侍女に連れられ王宮内を歩きながら会話する。王宮に呼ばれた理由は、正式にジェアル家とスクルビア家を合併する為。ただ、合併というのは名目上で、実際はジェアル家がスクルビア家の地位と財産を乗っ取るだけ。
2人が歩いていると、向こうから見知った顔が歩いてくる。
「このような所でお会いするとは……お会いできて光栄です、カイルス様」
この国の次期国王であり、自分の娘であるミルと恋仲のカイルス。こちらに気づくと爽やかな笑顔を見せた。
「そのように畏まらずとも、いずれ家族になるのですから。今日はその為に王宮にお出でになったのですよね?」
ジェアル家は侯爵家。王妃となるには身分的に少し立場が弱いのだが、今日、スクルビア家との合併で公爵家へと昇格することでミルは家格的にもカイルスと釣り合うようになる。
「ええ、そうです。今日、これが終われば早速婚約の準備にかかりましょう」
「それはありがとうございます。そして、例のことなのですが……」
カイルスが何か言いたげにこちらに目配せする。ギネアは一瞬迷った後、その意味に気づいた。
「ああ、はい。そのことでしたら確かに承知しております。ご心配いりません」
「そうですか……では、また後ほど」
カイルスと別れて、再びメイドの後に続く。
「ねえ、あなた。例のことって何なの?」
先程は口を挟まなかったカルレイ。しかし、ずっと気になっていたようで歩きだした途端に聞いてくる。
「ん?ああ、そのことか。カイルス様の慰謝料と見舞金のことだよ」
「慰謝料……って、そういうことね」
ウェルリンテと婚約していた頃から、ミルと度々逢瀬を重ねてきたカイルス。つまり、浮気にあたるわけで、カイルスにはその慰謝料として結構な額をウェルリンテに課せられている。未だに払っていないカイルスではあるが、ウェルリンテが死んだからと言って消える訳ではなく、スクルビア家に対して払わなければならない。
「つまり、カイルス様は私達がスクルビア家を引き継ぐから、慰謝料は無しにして欲しいってことね」
「そういうことだ。見舞金は婚約者が病気になったり、死んだ時に婚約者の家へ渡す金。こっちもスクルビア家に対してだからな」
カルレイはそれを聞くと、納得しながらもどこか不満気な顔をした。
「カイルス様とミルが結婚するから、慰謝料を払おうが払わないでいようが同じだけど……でも、どうしてカイルス様は払わないわけ?確かに結構な額にはなるけど王族から貰っているお金とか、公務で得たお金とかを合わせれば払ってもいいと思うんだけど。そっちの方がカイルス様の体面的にも良いと思うのに」
「それは……カイルス様の趣味が原因だな。カイルス様は兵隊の強化が好きなんだ」
「どういうこと?」
「王位継承権のある者には私兵が与えられるが、それを強化するのに物凄くハマっているらしい」
「私兵……って、そんなのあったかしら?聞いたことないんだけど」
「実際に兵として動くわけでは無いからな。ただ、上に立つ者として動かし方を知っておいた方が良いという理由で与えられている兵隊。相当ハマっていて、並の兵隊にも負けないくらいらしい」
「じゃあ、別にいいんじゃないの?カイルス様は次期国王なんだし」
「それが、訓練とか兵器が行き過ぎているらしくてな。カイルス様自身が考えた訓練内容が凄くハードで、兵器も金に糸目をつけずに色々と集めている。あまりもハードで、安全面で考慮されていないから、時たま死人も出るらしい。だから人気が無くなる。人が減ると更に訓練をハードにして兵器も買って……という悪循環」
「でも、まあ、並の兵隊にも負けないならいいんじゃないの?」
「いや、逆に“並の兵隊に負けない”くらいの力しか無いんだ。あれだけの兵器と兵がいれば、もっと活かせる人は沢山いる。つまり、カイルス様には兵法に対する才能は無かったわけだな」
「お金もほぼ、その兵器の購入に使っているから無いと……」
メイドが1つのドアの前で止まる。ギネア達は会話を止め、咳払いをしてからノックをして部屋に入った。
部屋はちょっとした会議室のようになっており、既に男性が1人座っている。こういう、家の合併などを担当する貴族省の職員に違いない。
「お待たせして申し訳ありません」
軽く会釈して入ると、向こうもこちらに気づいて顔を上げる。
「いえいえ、こちらとしてもわざわざ来てくださりありがとうございます」
握手だけすると、その男と対面に座る。そして、書類を出していくのをじっと見ていた。
「ええと、本日はウェルリンテ様が亡くなられたことにより、スクルビア家及びスクルビア領が混乱することを防ぐ為、ジェアル家の方が合併を申し込みたい、ということですね」
「はい」
「それは、大変結構なことです。スクルビア家は大きいですからね。国としても近親の者が引き継ぐ方が何かと争わなくて良い……では、こちらが必要な書類です。まずここにサインをして下さい。それから……」
結構な数のある書類にギネアは、時にはカルレイも丁寧にサインしていく。
「はい、こちらで最後でございます」
渡された書類を全て書き終わり手を痛める一方、本当に全てが自分の物になったことに心が満たされる。カルレイも満足気であった。
男性が書類を全て鞄にしま終わり、ギネアは再び握手を交わす
「今日はありがとうございました」
「いえいえ、こちらとしてもギネア様の素晴らしさに終始感動していましたよ」
「そんなそんな、私なんて。ちっぽけな人間ですよ」
「ご謙遜なさらずとも。こんなことをできるお人は中々いませんから」
「そうですか?それはどういう……確かに書類は面倒ですが、他家の財産を引き継げるならこれぐらいのことをする人はいると思いますよ?」
ギネアが感じた疑問。どうも、さっきから微妙にこの人と会話が噛み合っていないと感じたから。
「そりゃあ、スクルビア家の財産がついて来るなら引き継ごうとする連中はごまんといますよ?でも、ギネア様はその面倒くさい所だけを引き継いだ。そこの所を言っているのです」
「……え?」
この人が何を言っているかが分からなかった。自分たちはスクルビア家の全てを引き継いだのでは無いか、と。しかし、その男性はさも不思議だというような顔をして言葉を放った。
「スクルビア家の家格と領土を得る権利は近親の25歳以上の者にありますが、財産の所有に関してはその家の正統な引き継ぎ人しかできませんからね。今で言うと、ウェルリンテ様直々に養子としたライラス=スクルビア様になります。」
5話で終わる予定と言っていましたが、この調子だと10話までギリギリ終わるかどうかぐらいです。すいません