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第三話

「例の毛皮商にあれを買うと伝えておきなさい」


「ですが、奥方様。今月は既に指輪を三本とドレスを五着買っております。このままですと……」


「何よ。私に口答えするつもり?貴方の代えなんていくらでもいるのよ!」


「……分かりました。そう伝えて参ります」


「遅いのよ。さっさと行きなさい」


 部屋からメイドが出ていくのを見届けたカルレイは椅子に座り直すと、じっと自分の指輪を見つめる。


(なんて、爽快なのかしら)


 最近は莫大な借金のせいで夫のギネアから物を買うことを止められていた。そのせいで、夫婦間の関係は冷めきっていたと言える。しかし、あの忌々しい小娘が死んだことで万事上手くことが運んだのである。


(ミルが第一王子と婚約するのも、時間の問題ね……ふふふ、何もかも上手く行き過ぎて怖いくらいだわ)


 誰の刺客かは分からないが、ウェルリンテは死んでいった。それだけでここまで素晴らしく人生は花開くのである。夫のギネナは否定したのだが、刺客を差し向けたのはギネナだとカルレイは密かに思っている。


(私達の前で嘘をつく理由は無いから本当かどうかは分からないけど……まあ、そんなのどうでも良いことだもの)


 何にしろ、あの小娘は死んだ。その事実は変わらない。もし、ギネアでない他の誰かが差し向けたとて、その人にとってもウェルリンテを殺すという目的を達成している訳だ。おこぼれで私達が得をしたって文句は無いだろう。


(次は何を買おうかしら!)


 遠足前の子供のような笑みで指輪を眺めながら、浪費癖のある彼女の妄想は止まらない。もうすぐ潤沢な財布(スクルビア家の財産)が手に入るのだから先に買ったって変わらない……


 ◆ ◆ ◆ ◆


「ささ、ギアナ様。こちらへどうぞ」


 落ち着いた雰囲気のある若干暗めな部屋。そこへ集まる10人弱の人々。促されて入ったギネアの得意げな顔と対象的に、ギネア以外の人は皆笑顔を絶やさないものの、冷や汗を垂らしギネアの機嫌を取ることに徹する。


「私達共で集めたささやかな贈り物で御座います。どうかお収め下さい」


 紙の上に載せられた白金貨が5枚。平民の人が一生をかけて、白金貨1枚分を稼げるかどうかと言えばその重みは分かるだろうか。しかし、ギネアは眉1つ動かさない。何か気に入らないことは見て取れるが、誰も慌てない。先程、代表してお金を渡した人がその紙を少しだけずらす。


「こちらの『曇天』も少しではございますが」


 お金の下に敷かれていた、何か乾燥した草のようなもの。上に乗せられてあるお金と比べれば取るに足りないように思えるが、今度はギネアの頬も緩む。


「なかなか、気が利くじゃないか」


 お金を渡した人も含め、皆ホッとしたような顔になる。しかし、それも一瞬のこと。また真剣な表情になる。そして、ギネアがそれらを懐にしまったのを見計らって、再び声をかけた。


「今日は折り入って頼み事があるので、ギネア様をここへお呼びしました」


「なんだ?言ってみろ」


 茶番も茶番。ギネアに取ってみても呼ばれた時点でその理由など分かっており、他の者達もギネアが理由を分かっていることなど知っている。賄賂だってこの通り用意した。


「……我々を貴方様の下に置いてください!」


 喋っていた人が最初に頭を下げ、その後も「お願いします」と全員が順々に頭を下げる。それを見たギネアは優越感を抱きながら眺め、意地悪な笑い顔で言う。


「急に、そのように意志を変えた理由はなんだ?」


 少しは困るかとギネアは思ったが、予め想定してあったようですぐに答えは返ってきた。


「あの悪女に騙されていたと気づいたのです。もう少しで取り返しのつかない所でした」


「ええ、あの女は本当に酷いものでした。死んで清々します」


「それに比べてギネア様は本当に素晴らしいお方です」


 数々のお世辞が自分の耳に入ってくる。普段ならこのような行き過ぎたお世辞というのは気分を害するものだが、この時に限ってギネアは全てが心地よく聞こえる。


 一通り全員が言い終わった所で、皆の視線はギネアに集まった。顔を下にして黙り込むその様子に、流石にあからさま過ぎたかと顔を青ざめるが杞憂に終わった。ギネアは大きく1つ頷くと、顔を上げる。そのお世辞に対して、満更でも無い、という顔をして。


「分かった、分かった……人間というのは間違えを犯す生き物だ。大事なのは間違えを犯さ無いことではなく、その間違いをどう対処するかだ。それに関して言えば君達は素晴らしい。最善の選択をしたと言っても過言では無い。今日は共に祝おうじゃないか」


 今度こそ、本当に安心した顔になる。そして、皆最後の最後までお世辞は忘れない。


「流石、ギネア様。一般人とは言うことが違う」


「間違いをすぐ指摘して問い詰めるあの女とは大違いだ」


 酒を持ってこさせ、その場はさっきの殺伐とした雰囲気から一転、宴会の場となる。誰しもが心地よさと喜びで胸が一杯になる、そんな素敵な宴会。勿論、これも誰かの死という不幸の上で成り立っているという事実にに目を瞑ればだが。


 そして、その宴会で一際幸福感に浸っているのは、やはりギネアである。酒もそうであるし、何よりも懐にあるこのずっしりとした重みが何とも気分を高揚させる。


(これだけあれば、半年は持つ)


 ギネアの心をここまで高揚させるもの。白金貨5枚で微動だにしなかった頬を緩ませるような代物。それは


   “違法ドラッグ”


 以前からこの違法ドラッグの快感を覚え、度々入手してきたギネア。一度吸えば極楽へと誘ってくれるのだが、それはもう物凄く高い。賄賂として貰ったこの半年分だけで、白金貨500枚には及ぶ。


 元々、ジェアル家が抱えていた莫大な借金もこれが原因の一端であった。ギネアによる違法ドラッグとカルレイによる宝石やドレスの浪費癖。気づいた時には、人生を何度繰り返しても返せないほどの借金。それでも止められなかった為に、遂に国のお金を横領してしまった。


 勿論、それがバレれば即刻、貴族身分の剥奪。最悪、違法ドラッグの使用も合わせて処刑になったっておかしくは無い。しかし、その心配はもう無くなった。スクルビア家の潤沢な財産。それをジェアル家の財産と統合して財政省に申告すればバレる心配は無い。


「これもどうぞ、ギネア様」


 お酒をグラスに注がれる。この者達は、元々スクルビア家の分家で中立派と、反対派であった者達。元々優勢だった賛成派だったが、ウェルリンテが死んだことにより形勢は一気に逆転。今日は反対派のもとに入る為に、反対派のトップであったジェアル家へ媚びへつらう日なのである。勿論、違法ドラッグである『曇天』もギネアが好きだと知っていて用意した。


(誰が刺客を差し向けたかは知らんが、本当に感謝しか無い)


 刺客を差し向けたのは自分ではない。そんな勇気は自分には無い。勿論、しばらくはジェアル家が刺客を差し向けたと疑われるであろう。しかし、こちらは、差し向けていない。どんなに探られても痛くもない腹である。堂々と構えていれば良い。


 その宴会が終わるまで、ギネアは1人でその幸福を噛み締めていた。

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