まわれ!たぬきちゃん
田辺宴我はパンを焼いていた。
パンは彼の趣味であり、唯一の娯楽だった。
あとのほとんどは虚無だった。家庭も学校も。
つかみどころもなく、得られるものもなかった。
そこで田辺はパンに熱中した。
うどんにも一度手を付けたが、イースト菌が勝手に混入し、いつしかうどんはふっくら焼き上がっていた。
いもむしパン。蛾パン。シーサーパン。海パン。
寿司パン(ネタ・シャリ別)。寿司屋パン(ミニチュア)。
田辺にとってはどんなパンも思いのままだった。
一度家族に「どれも似たりよったり」などと言われていたが、本人にはけしてそんなことはなかった。
そんなある日、田辺はスランプにおちいった。
すべてのパンがみな同じに見え、頭を抱えた。
味を変えてみようとしたが、田辺は味噌とヨーグルトとイチゴジャムを混ぜて塗ろうとして以来、調味料は使用禁止だった。
田辺は無力感に包まれた。
「ついに海まで来てしまった……」
田辺は海に来ていた。にぎやかな浜辺。田辺はかばんをあさった。
海パンがあった。
「これでは、泳げない……」
仕方なく海パンを食べながら、田辺は海を見ていた。
すると、そこへやせたたぬきがあらわれた。
田辺は見かねて、いもむしパンをあげた。
たぬきは喜んで食べた。
たぬきが帰ると、田辺はびっくりして飛び退いた。かばんから蛾が飛び出してきていた。さらにシーサーがかばんから飛び出し、田辺は面食らった。
「こ、これは……!」
田辺はかばんをあさった。寿司が出てきた。エビのお寿司だった。
しかし、それだけだった。
かと思いきや、振り返ると、道路の向こうの空き地に寿司屋があった。
「海パンは食べておいて良かったな……」
寿司屋で寿司を食べてから、田辺は家に帰った。
そして、またパンをつくった。
「たぬき、また来ないかな……」
次につくったのは、神パン、招き猫パン、風船パン、そして友人パンだった。
「……」
田辺はパンを食べた。友人パンを。
「たぬきに頼ってもな……。」
家を出ると、たぬきはしっぽを追いかけて回っていた。
田辺は苦笑しつつ、招き猫パンをあげてみた。
たぬきはパンをくわえると、山に去っていった。
田辺はかばんを見た。
なぜか小判でじゃれている猫と、知らない痩せたおじいさんが出てきた。
大きめのトートバッグにひしめくおじいさんの身体を引っ張り出し、田辺は目を輝かせた。
「神様、なんかしてください」
「……」
神様は手を差し出した。田辺はもうパンを持っていなかった。神様は残念そうに山へ去った。
「たぬき的には、神様もパンがないと動かないのか……まてよ、たぬきは自分が神様みたいなことをしてるつもりでもあるのか?」
田辺は笑った。
「まあ、たぬきの考える神様なら、しょうがないか……」
田辺は昨日の海辺の寿司屋に行った。
そこにはもうなにもなく、潮風やらドロやらでだめになった、パンだったものらしき何かが空き地に落ちていた。