ダリア・アドニス=アルフォゲル
「会ったことはあるが……」
零士は長い睫毛を伏せ、数年前のことを思い出しながら言葉を続ける。
「実際に話したことはない。あくまで社交辞令での付き合いだ」
ナノハに拉致事件だとこっぴどく激昂されたことが大分昔のことのように思える。被害者であったはずの彼女もすっかり警戒心を解くほどの仲にはなっていた。
「見た目とかは覚えてないんですか?」
あまり人に興味を持つことのない彼が話題の相手について、覚えているはずがなかった。
「強いて言うなら……気の強そうな人かな」
王国のあれこれで少なくとも5年以上、女王には会っていない。さらに興味もあまり無かった。
「それだったら尚更姉さんが選ばれる心配はないですね」
礼華は最後の団子を食べ、ほっとしたような表情を見せた。
「でも、水鏡である以上、君が選ばれる可能性もあるよ」
それ程までに彼女以外の誰が選ばれても成果は同じである。
「私ですか……? ぷっ」
(何も面白いことは言っていないはずだが……?)
理解し難い行動にはて、と首を傾げる。
「ないない! 絶対あり得ないですよ」
彼女は声を抑えて笑いながら、冗談めかしく言う。雑談を交わす仲にまで近づけたのは好都合である。このまま上手く丸め込む、今回ばかりは水鏡家に対して競争意識が芽生えていた。
「今日もご馳走様でしたー! またいつでも呼んでくださーい」
遠くで手を振っていた彼女が行ってしまうと、胸がキュッと締め付けられるような感覚に襲われた。軽薄な感性が日増しに色付いていく。ナノハが感じたという運命的な何かとはまさにこの事を言うのだろうか、華やかな外見と相反して何事にも親和性が高い。
解れた心では彼女の姿を完全に捉えることは不可能である。
◇◆◇
古い町並みからか、白光りした豪華な馬車に自然と視線を奪われる。真っ白な二頭の馬に引かれる様子は異質な空気を纏い、その周りに人が近づくことはなかった。
地面が灰色に切り替わる直前でその馬車は停止する。
黒い帽子を被った男性が扉を開くと、中から女性が降りてきた。
「ここが水鏡の船か」
奥に停泊する船を見上げ、微笑を浮かべる。
「この度は遠路はるばるこのような僻地にお越しいただき誠に感謝致します」
「私が勝手に来ただけだ。敬意など必要ない」
ダリア・アドニス=アルフォゲル、初めに受けたのは優雅な人という印象だった。
真っ直ぐの長い髪と、シャープな顔立ちは海外の女優さんのような大人の雰囲気を纏い、キラキラ輝いているように見えた。
(カッコいい……!)
女王様は青い軍服を着た者たちを品定めするような目で見ていった。
その足は姉さんの前で止まる。
「久しぶりだな、元気にしていたか?」
「そちらこそ、お元気で何よりです」
姉さんとも顔見知りのようだ。
「マヒロの友はそなたか」
事情を踏んでか神の使いという言葉は敢えて出さなかったのだろう。
「お初にお目にかかります。水鏡礼華です」
精一杯の綺麗な礼をする。
女王様はじっと私を見つめ、考え込んでから口を開いた。
「……今回の護衛はそなたに務めてもらおうか」
(……!?)
「私はまだ未熟者でございます。女王様の護衛は他の者に任せるのが良いかと」
私にしては上出来だ。衝撃的な言葉に戸惑いそうになったが、なんとか平然を保つ。
「なに、護衛といってもわたしの側にいるだけでよい」
笑顔を見せる女王様の真意が微塵も分からなかった。
◇◆◇
「……どうして私なんですか?」
2人きりになれたタイミングで彼女に尋ねる。
「わたしの人を見る目は確かだからだ。そなたは相当優秀な人材であると一眼見て分かった」
翡翠色の目が不気味に光った。
「その服装では華がない、まずはドレスを買いに行こうか」
ニコッと微笑む彼女の表情が本心ではないような気がして恐ろしかった。
遥かに居心地の良い馬車は、逆に私を疲れさせた。