1ヶ月後
皆を探し始めて1ヶ月、結局のところほとんど居場所を掴めていない。
神殿は司祭やその関係者しか出入りできない神聖な場所。水鏡である私が入ることは許されなかった。
あれからこの世界のことをたくさん学んだ。基本的な知識を一通り姉さんやハルさんに教えてもらった。ゼロから覚えるのは大変だったが、暗記は得意だ。行っていた高校に比べれば物足りないぐらい、だが、私を悩ませたのは体を動かす方だった。
体術においては才能のかけらも無かったし、剣の腕に至ってはそれ以下。
高校に入学した最初の1ヶ月は運動部に入っていたけど、忙しすぎて体調を崩して、それからは幽霊部員になった。つまり、帰宅部というわけです。
「……まじありえん」
神殿からきた返事を横に放った。
ベッドからはみ出した腕はだらんと脱力していた。
3回目の参拝申請も丁重にお断りされたのだ。向こうの言い分は私の正体がはっきりしないからだとか。
能力も発現したことは一度もない。
姉さんは何もないところから純度100%とおぼしき水を出せるし、ハルさんに至っては雷も落とせるとかどうとか。
もしかしたら自分にもあったりして、とか初めは思ったけど、こうなるとほとんど発現することはないだろう。
まーひーとラヴィーネ公爵の仲はあれから驚くほど進展したようで、近々結婚するそうだ。
(早くない!? まーひー誕生日3月だからまだ16歳だよ!?)
王国で盛大な結婚式が取り行われる予定だそうで、招待状がその知らせとともに送られてきた。
置いて行かれた感が半端ない、半分くらい冗談だと本気で思っている。
コンコン
誰かが扉をノックする音に上体を起こす。
「はーい」
こんな時間に珍しいなと思いつつ、開く内扉を見つめた。
「兄さんが全員呼べってさ」
顔を覗かせたのは姉さんだった。
「新しい部屋は気に入ったか?」
「姉さんのおかげで快適に過ごせてます」
私の部屋が用意されたのはつい最近、空いていた一室の掃除から始まった。男性が多いこの船の掃除は行き届いているかと言われればそうでない。連日の大掃除の結果、立派な1人部屋となったのだ。
◇◆◇
全員呼ばれるのは初めてだ。水鏡の軍隊はアランさんなども含めて23人の小規模なもの。
他の軍隊と違う点は私以外の全ての人が何らかの能力を持っていて、姉さん曰く、1人で一国の小隊と匹敵するとかどうとか。
イメージはつかないが凄い人達だと認識している。
「集まってもらったのは他でもない。アルフォゲル王国からの要請だ」
アルフォゲルで何があったというのか、少し心配だ。
「城で開かれる結婚式の警備を女王直々に任された」
(まさか……うん。多分そう)
ラヴィーネ公爵の結婚式のことだろう。招待も受けたしちょうどいいと軽く考えてしまっていた。
「だが、1人には女王の護衛を務めてもらう」
アルフォゲル国王、ダリア・アドニス=アルフォゲル。熾烈な後継者争いを制した女帝だと記憶している。そんな高貴な人の護衛ともなるとアランさんや姉さんが必然的に駆り出されるだろう。
「こっちで選ぼうと思ったが、知っての通り女王はかなりの曲者だ」
一国の女王様に対して曲者とか言えるのはこの人ぐらいだろう。
「護衛は自分で決めるらしい……急だが明日、ここに来る」
訳が分からない。国のトップがわざわざ出向くなんて普通考えられない。どよめきが走るのかと思ったが、誰一人として声を上げるものはいなかった。
「その日から女王の護衛はスタートする。せいぜい気をつけてくれ」
小さなため息を残して、臨時の集会は幕を閉じた。
◇◆◇
「姉さんは可愛いし、強いから絶対選ばれる気がするんです」
団子を1つ口に放った。
「そうとは限らないよ。あの人は見ただけでナノハの性格の悪さを見抜くだろうしね」
話を聞けば聞くほど女王がどれほど優れた人なのかが手に取るようにわかった。
口の中のものを飲み込んでから再び口を開く。
「性格は悪くないです! むしろとってもいい人じゃないですか」
「君にはね」
姉さんの性格が悪いという話は理解できないが、女王の話については興味があった。
「女王様ってほんとに何者なんだろう……」
会ったこともない相手のことを考えてもしょうがない。ここは知ってる人に聞くのがいいだろう。
「零士さんは会ったことあるんですか?」
隣に座る彼の顔を覗き込んだ。