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空からの贈り物  作者: 麗蘭。
4番 伊藤礼華
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出会い


 アルフォゲル王国


 王国唯一の公爵、アニール=ラヴィーネは大きなため息をついた。


「……」


 パクパクと魚のように口を動かし何かを訴えているこの少女が原因であることは言うまでもない。


「何がしたい?」


「……」


 少女は必死に口を動かすが、声が出ることはなかった。


「邪魔をするなら部屋に戻れ。仕事の邪魔だ」


「……」


 威圧的な視線を向けられた彼女は一瞬ビクッと体を震わせたが、じっとこっちの目を見つめてくる。


 戻らない、彼女の表情がそう訴えかける。


 少女ははっと何かを閃いた様子で公爵からペンを取り上げ、机の上の紙を一枚取る。


 何かの契約書であるが、契約書の一枚ぐらい消えても問題はない。


 その紙を裏返し、書き慣れない金属ペンで文字を綴る。


《友達と会いたい》


 丸っこい字体の帝国語の意味を公爵は瞬時に理解した。


「共に来たという奴らか?」


 少女は満面の笑みを浮かべ、大きくかぶりを振った後、すぐにまた字を綴る。


《礼華に会いたい》


 断りたいところだが、こっちはとにかく情報が知りたい。仕方なく承諾することにした。


「了解した。捜索に全力を尽くそう」



 ◇◆◇



「あっナノハさんお疲れ様です」


 自分よりも歳下の偉大な相手に頭を下げる。


「礼華は?」


「緑川のやつと町に行ったみたいです」


「チッ」


 機嫌の悪い彼女の気に触らないよう、慎重に言葉を続ける。


「それよりナノハさんにあんなに可愛らしい妹さんがいらっしゃったなんて知りませんでしたよ。緑川はともかく私らは手は出したりしないので安心してください」


「そうか、礼華は可愛いか」


 先ほどとは一転して今度は機嫌が良さそうな口ぶりだ。


「帰ってくるまで待とうか……」


「お知らせしますので」


「頼んだ」


 彼女が歩く姿は高貴な人とはまた違った気品を漂わせる。短い髪を潮風に靡かせながら大股で歩く姿は破格の風格を帯びているのだ。孤高の存在であり、水鏡なのだと改めて尊敬の念を抱いた。


 ◇◆◇


 軍服で町を歩くと昨日とはまた違った人々の反応が気になった。全く人が寄ってこない。


 私とハルさんの周りは人が避けるように通っていくのだ。


 ハルさんは慣れた様子だが、私はなかなか慣れなかった。


「美味しい和菓子の店があるんですよ。一緒に行きましょう」


(和菓子…!)


 この世界に和菓子が存在することにも少し驚くも、予想外の好きなものの登場は大変喜ばしい。


「行きます!」


 迷うことなく即決した。


「でも、お金持ってないんですけど……」


「僕の奢りです、その心配は入りませんよ」


 昨日もそうだった。結局ナノハさんに全額奢ってもらった。服の代金なんか特に高額だったはずなのに。


「ありがとうございます……それと、この世界のお金ってどんなのですか?」


 江戸時代の大判小判を思い浮かべる。


「これです」


 ハルがパッと取り出したのは紙幣だった。


 日本の紙幣より緻密なものではないが、荘厳な龍が描かれていた。


 所々星色にキラキラ輝いている。


「おしゃれ……」


 力強い龍と意匠のある西洋風のデザインがマッチしていて、きれいなものだった。


「小銭……小さいお金も紙のお金はあるんですか?」


 なんとなくだが、その紙幣が最も価値の高いものに思えた。


「見栄を張ったのバレました?これが1番高くて、基本使うのはこっちです」


 それもまた紙幣だ。


 さっきの紙幣の色は灰色っぽかったけど、今度のものは茶色だ。ラメのようなものもなく、龍も描かれてなかった。


「100ネロ紙幣です」


 聞き慣れない単位だ。


「この町は安く優良なものを買えるので、1枚あれば大体なんでも買えます」


 町の活気からも見てとれたが、帝国はかなり経済的に栄えている国のようだ。物価が安いのは需要と供給が上手く噛み合っているからだろう。


「帝国は栄えてるんですね」


「軍事力も強い国で、特に水鏡家はまさに少数精鋭の部隊です!」


 水鏡家の偉大さを聞いているうちに目的の店に着いた。


 茶屋のような素朴な木造の小さな建物に、外に赤い布が敷かれた長椅子が置かれている。開放的な店内は甘い匂いに包まれ、人で溢れていた。蜜のかかった甘そうな団子に、柔らかそうなカステラを食べている人……どの人も幸せそうに食べている。


 ショーケースには色とりどりの生菓子が置いてある。


「欲しいもの全て頼んでいいですよ」


 自信満々で胸を張っているハルさんだが、ここは少し遠慮しておこう。


「ありがとうございます。では……」


 店の優しそうなお婆さんに注文を言う。


「饅頭と羊羹と団子をください」


「あら、初めて見るお嬢さんね。ハルくんがついに女の子を連れてくるなんて」


 ハルさんと知り合いみたいだ。


「トキさん、余計なことは言わないでくださいよ」


「それにしても綺麗なお嬢さん、なんでハルくんみたいなちんちくりんを選んだの?」


 お婆さんは絶大な勘違いをしているみたいだ。


「昨日できた友達です」


「あら、勘違いかしら。ごめんなさいね」


「ちんちくりんって言いましたよね!」


 ハルさんがお婆さんにつっかかる。


「そんなこと言ってたかしら?最近物覚えが悪くてねぇ」


 上手く彼を丸め込む姿は商売上手の現れだろうか。


「ほんとに失礼ですよね」


 空いている長椅子に2人で座り和菓子を堪能する。


 あんこの入った饅頭は外のほんのり甘い生地と中の粒餡が口の中にとろけ、ほんのりした甘みが堪らなく美味しい。


 ハルさんはカステラを綺麗に食べていた。


「お婆さんと仲が良さそうでしたけど」


「ここの常連なんです。常連に向かってあの態度は酷いものだと思いますけど」


 ハルさんは人懐っこく愛らしい。からかいたくなるのは当然だろう。


 急に外が騒がしい。


「何事でしょう?」


 なぜか人だかりができていた。目を凝らしてよく観察するも、何があるのか見ることはできない。


 ちょうど2人ともお菓子を食べ切ったので店の外に出ようとしていた時だった。


「緑川……?」


 男の人にしては柔らかな声だった。またハルさんの知り合いだろうかと、彼の顔を覗き込むも、らしくない真剣な表情になっていた。


 人だかりを割って来たのは着物をきた男性だった。


(綺麗……)


 それ以外の言葉が思い浮かばない。あの時の少女とはまた違う。紫の煌びやかな羽織を着たその男性は私たちにゆっくりと近寄った。その所作一つ一つまで美麗で目を奪われる。


「礼華さん、下がって」


 ハルさんの言った通りに後ろに逃げるように下がった。人間離れした男性の容姿だけでなく、何か恐ろしい雰囲気を纏っている気がしたからだ。


 今はハルさんの背中が頼もしい。


「久しいな」


「こちらこそ、お元気そうで何よりです」


 互いに形式に則った挨拶をする。


 男性がこちらを見て、しばらく目が合ったまま沈黙が流れた。


 整った顔立ちと紫がかった艶のある黒髪に魅入られそうになる。不思議な魅力を持つ人だった。


 心臓の音が相手に聞こえているのではないかと思うほど大きい。違う意味でドキドキしている。


 この静寂を破ったのはその男性だった。


「彼女は誰だ?」


「水鏡礼華様です」


(水鏡じゃないって……! バレたらやばいじゃん!!)


 立っているだけなのに冷や汗をかく。


「水鏡家はアランとナノハの2人だけだ。そのはずはない」


 冷ややかな視線を感じた。


「……先を越されたか」


 男は吐き捨てるようにそう言った。


 男の人はこちらにどんどん近づく。ハルさんはそれを制止した。


龍宮(りゅうぐう)家にも保護している者がいる。会いたくはないか?」


 私に向かって言っている。


「嘘はつかないでください。まだ帝国では1人も見つかっていないはずだ」


 二大宮家の一つ、龍宮家。その当主に強い口調でいい放った。


(神の使いのことだ!)


 ワンテンポ遅れてようやく理解した。彼は私のことを水鏡家に保護された異世界人であることを見抜いたのだろう。


 昨日の寝る前にナノハさんに言われた言葉を思い出した。


『正体がバレれば攫われる可能性が高いから出来るだけ隠せ。何かあればわたしが必ず守る』


(ナノハさんごめんなさい……バレちゃいました)


 それに加え、ナノハさんもいない。


「ほ、本当にそこに私の知り合いがいるんですか……?」


 なんとか喉奥から声を出した。弱々しい情けない声だが、この状況で声を出せた。


 もし知り合いであれば少しは32人という数字の法則がわかるだろう。私の予想ではいつかのクラスの人数だ。


「いるとも、今から一緒に行こう」


 微笑みながらそう提案されるも、どうすべきなのか分からない。


「それはできません」


 ハルさんがキッパリと断った。彼がそう言うのならやめた方がいいだろうかとも思うし、これから先こんなチャンスは巡ってこないかもしれないとも思う。


「そうか、それは残念だ……」


 男がそう言うと同時に緑川の脇腹を見えない何かが攻撃する。緑川はそれを腰のサーベルを抜いてなんとか受け止めた。


 礼華には何も分からず、緑川が町中でサーベルを抜いたことに動揺した。


「ハルさん、やめて……!」


「礼華さん、今は逃げてください!ここは出来る限り食い止めます」


 いつもとは違う彼の荒げた声に驚くも、事態が悪い方に向かっていることはさすがに理解できた。


 すぐに踵を返して出来るだけ速く来た道を駆ける。


「皆さんも……!」


 周りの人にも逃げるように注意喚起を促すも、今度は正面から攻撃が飛んできた。


 能力を適度に使いながら再び切り捨てる。


 町の中心から少し離れたところで良かった、と思いつつ、茶屋から相手を離すことだけを考えた。


 人々からは突然軍人が凶器を振り回し始めたとしか見えない光景だ。


「皆さん、避難しましょう。軍人さんが悪党と闘っています!」


 店の店主に言われた通りに、皆が避難し始めた。


 茶屋のトキは緑川の事をよく知っている。彼が何の意味もなしにサーベルを抜く事がないことも。彼を信じ、客と共にその場を後にした。


 緑川が必死に攻撃を切っているのに対して男は微動だにしていない。


 これで武器を使われたら、と焦るも相手が武器を持って来ていない可能性を見い出し、僅かな勝機を期待した。


 周りに人がいないことを確認し、能力を強く発動させる。


「これは……」


 男の肌にピリッとした何かが触れた。


 比にならない速さで男との距離を詰め、懐に入った。


 ヒューという風の音を耳元で聞き、再び距離をとる。距離をとらないと確実に攻撃を受ける、と緑川は直感で測りとったのだ。



 ーー龍宮家の神力は風


 かつて龍神の力を二分した二大宮家。一つは水の力と宝珠を受け継ぎ、もう一つは風の力と先見の明を受け継いだ。どちらも負荷が大きく人の手に負える代物ではなかったが、人の適応能力が徐々にそれを可能にしていった。


 だが、弱点も持ち合わせている。


 能力の桁が通常のものとは違う神力は1日に複数回使用することは流石の当主でも不可能のはずだ。


 能力を使わせて使用できる回数を消耗させるのが緑川の狙いだ。


シュバッ


 今度は透明な飛び道具が飛んでくる。それを巧みにかわし、避けきれないものは上手く切った。常人にはできない芸当だ。


「しぶといな……」


「そりゃあ、鍛えられてますからっねっ!」


 緑川のサーベルが黄色く光り、振り下ろし様に電撃を飛ばす。


 緑川の能力は先天的なものだった。幼い頃から能力の精度を極め、ここぞというときに活躍出来るよう訓練していた。その努力が認められ、トップの軍隊に若くして所属している。


 このままいける、そう思ったときだった。


 気づけば四方から土を巻き込んだ風の渦が迫る。地面を削りながら轟々と音を立てていた。


 スッと閉じ込められる前にその隙間を高速で抜ける。


 相手が仕込んだ罠の一種だろう。


 相手にもう一度攻撃しようにも、腕がついてこない。緑川は異変を感じた。


 気をとられすぎて気づいていなかった、普段よりも力強くサーベルを振るっていたこと、先ほどの竜巻が腕を掠っていたことを。


 痛みを感じなかったのは闘争心のせいだった。


 それでも無理やり腕を動かした。


「もうやめよう、君は良く頑張った」


 諦めた、と思った。


 気づけばふわりと宙に浮いていた。


 空から小さくなった男を捉え、そこに雷を落とそうとしたが遅かった。


 圧縮された風の球が緑川を持ち上げていたのだ。


 鳩尾を強く殴られた衝撃で緑川は気を失い、ドサリとその場に振り落とされた。


「彼女を追うか」


 倒れている緑川には目もくれず、風を利用した高速移動で逃げた礼華を追い始める。

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