神殿ツアー 3日目②
読者の皆様、お久しぶりです。
少しずつ執筆していた文を投稿させていただきます。神殿編は後のストーリーに大きく関わる要素があるため、かなり進行がゆっくりになります。完結には数年以上、また長期の休載を挟みます。稚拙かつ誤字脱字も多く見受けられますので、予めご了承下さい。
イワンvs七菜香の世紀の決闘は未然に防がれ、2人のこれ以上ない険悪なモードから脱却するためにもいつものメンバーは足早に礼拝堂を去った。次なる目的地、不可思議な神力をも今やその学問に収める総合の研究所に向かう。ラリアが事前に数名の神学者、宗教学者や研究者などに連絡を取り計った所、度々こちらに研修という形で赴く新進気鋭な若い神学者が名乗りを上げた。彼は神の使いに強い興味を持ち、他の神学者がやりたがらない様な神力の性質調査、さらに担当神の特定といった手の掛かる案件を率先して行ってくれるというお達しである。
「……くしゅん!!」
丁度移動中のこと、至って健常体であったはずの礼華に異変が起こる。突如として急激な寒気に襲われたのだ。それも人生で初めて寒気による震えが這い上がる現象を経験し、戸惑いを隠せない。まるでいきなり氷点下の冷水にでも浸かったようだ。
真凜はすかさず自身が羽織る短めのローブ(七菜香アレンジver.)を彼女の肩に掛け、金具のボタンで固定する。
「まだ春先だから寒いのかも。ここは通路といっても外気に触れすぎているから風が強い時に困るの」
特に冬場は、と付け加える。
「いとーさんのこと、きっと噂されてるね」
「私のせいで2人が悪く言われてなかったらいいけど」
申し訳無い気持ちでローブに縋る。
「きっとプラスの噂だから、心配なし」
小娘の癖に生意気だとか、神殿に相応しくないだとか、悪口や陰口を叩く人間なんて何処でもいる。王族でも貴族でも一般人でも何も変わらない。真面目に思われるが、超面倒臭がりの私がいちいちそのことを考え込んで労力を使うなんてまず起こり得ない。変わっているとこの世は生きづらい。イジメは小中学校で経験済みだ。もっともそれは私が過剰に反応しているだけだから今さら何も気にならない。
「風邪引くのは嫌だな……」
環境の変化が影響するのか、
「しんどくなったらすぐに教えてね。伊藤さんは我慢しすぎる所があるから」
有城さんはやっぱりお母さん的面倒見の良さを兼ね備えた素晴らしい人だ。
「みんなが優しいから感覚が麻痺しちゃいそう」
首にかけてもらったローブに人の温かみを感じながら、そっと手を触れる。厚みがあり、触り心地の良い。
この世界に来てから悲しい経験や辛い出来事、無力感を感じることもあったけれど、それでも周りの人間に恵まれたお陰もあってかなり良い生活を送れている、と思う。これが抽象的で標語などに乱用される、豊かな生活、より良い生活を体現したものか、と妙に納得がいった。
「私にはいつもガミガミうるさいだけなのにねー」
「行動とか言動が少し元気すぎるからよ。もっと周りに感謝してラリアさんやイワンさんにも感謝の気持ちを……」
「また始まったー!!」
元気よく大きな声で聞き飽きた、ということがこちら側にも伝わってくる言い方。
「やっぱり最高の組み合わせだわ」
この光景にはいつも笑わされる。
時折歩みを遅めたり、1人がこれ見よがしに前に出たり、後退したり?を幾度か繰り返すと目的の研究所とやらにはあっという間に着く。アトリエ組たちのいた施設は神殿の敷地内でも森の近い郊外の方……だったのに対してこちらは礼拝堂と備え付けの女性用宿舎よりも内側にある。
「やっぱり広すぎる……。神殿の真ん中には一体何があるのか分かったりする?」
真ん中、というのが神殿の中心地を指す言葉として相応しいのかはさておき、重要度が高い施設であることには変わりない。
「神殿の真ん中は本殿と呼ばれていて、かつては祭祀場と呼ばれていた施設になるかな?あくまで古い呼び方みたいだけど。あ、そこで神託を貰うみたい」
端的に説明して頂きありがとうございます。と声に出してお礼を言ってしまう。
「説明は当たり前のことだし、突然放り込まれて神殿の全施設を知ってたら逆に怖い……かも。それこそ神様の域だし」
それに、と七菜香の方を見ながら言葉を続ける。
「何度説明しても覚える気がない人もいるからね」
ここまで来ると誰のことか瞬時に理解できる。
「さあ、気を取り直してレッツゴー!!」
入り口は開け放たれているため中の様子が確認できる。
建物の外観から見て取れたが、誰かの屋敷のような大きな建物。少なくとも2階以上はあることを左右に設置された大階段が主張していた。アルフォゲルで見た公爵邸ほど豪奢な内装ではないが、階上の両脇には美しく湾曲した彫刻作品のような柵がある。白い内装に靴越しでも少し沈み込む感触のある赤い絨毯は映える。高い本棚が壁際には並び入ってすぐの両隣にはさらに横に広がる吹き抜けの廊下がある。神殿の施設に組み込まれている、といった方が正しい。カウンターのようなものが見て取れることからもここは受付窓口といった場所なのだろう。残念ながら職員は不在である。
「初めて来たけど凄い静かで怖いよ……」
人の気配は無い。静寂である。
「いつもは受付に人がいるはずなんだけど……? お休みってことはないよね」
この場所自体は何度も来ている様子の真凜が受付のカウンターの奥に回り込み、机の様子を確認している。
「ここで案内してもらって、指定の研究室にお邪魔するのがいつもで」
不思議でカウンターに近づいてみる。本と付箋の貼られた書類が数冊綺麗に端に纏めて置かれているも、ついさっきまで人がいた痕跡といえない。セットの椅子も2つあるのだが、下の空間に収納されている。
「ここにあるのも文献にあたるの?」
自分の声がいつも以上にはっきり聞こえる。
「すぐ後ろの棚は記録書で、両脇の本は全て一般貸出用の比較的読みやすい本になってる。とにかく娯楽が少ないから私たちの中では恋愛小説がブームだよねー、七菜香」
「そうそう、それそれ! ただあまりに生々しいのは置いてないのが残念で私はもっとこうエロいやつを……
七菜香が一度フリーズしたのち、今日イチの大きな叫び声を上げた。
えっ!! 待って、嘘嘘、ヤバい!!!!」
私の肩に手を伸ばして急にピョンピョンと跳ね出す。
「名前呼び頂きましたーーー!!! あざす、まりんりん」
何とも可愛らしい。その飛び跳ねる高さと相反して肩には全く重さがかからない。これが羽のように軽いという奴か。そして、この2人の仲が急激に近づく瞬間に立ち会えたのは何とも嬉しいことだ。
「……何なのそのニックネームは。ねぇ礼華さん」
「……っっ!!!」
仕方無しにという感じだが、本人も嬉しいのだろう。口端がすっかり緩み切っている。
私も嬉しい。いや、嬉しすぎる。最早これは親友枠と言って良いのかもしれない。こんなに素敵で頼れるお母さん的存在はそうそういない。姉さんとはまた違った愛がある。
とびきり素直。好感度メーターがあるとすればさらに上昇する。
「きゃーーー、それって告白じゃんか。サイコーーー」
いじらしい女の子らしく顔をわざとらしく覆う。ドレスのように広がったフリルスカートはその分激しく揺れている。
「みんなニッコニコ、今日イチ笑顔だ」
恥ずかしさもあるが、笑顔を誇張したはにかみ顔を披露する。
「笑顔もずっと素敵……」
真凜は女神の姿にまた見惚れていた。
こうやってわちゃわちゃ騒ぎ立てるJKらしいことをまさか異世界の、まさか神殿で行うなんてことを当時の私は思ってもいなかっただろう。
「あの〜、ご歓談中の所大変申し訳ないのですが……」
いつのまにか私たちの背後にいたであろう、その声の主は大きめの丸メガネと白いコートのような丈の長い上着をつけた物静かで大人しそうな青年だった。白衣の下は黒いベストとズボンとかなりフォーマルな格好だ。少し長めの前髪を左右に分けた女性のボブヘアのような髪型をしている。
「アマツさん、お久しぶりです」
その人物に気づいた真凜は軽く一礼をした。
「いえいえ、こちらこそ。お元気そうで何よりです」
物腰柔らかな優しそうな人の印象を受ける。
「ごめんなさい、お話は伺っていたのですが遅くなってしまい……職員も休日で不在みたいですね」
黒髪黒目とかなり馴染みのある外見。眼鏡のデザインで幼く見えるが、実際の顔立ちは大人びている印象を受けた。
「あぁ、そっか。今日は日曜日で、なんちゃららんだったっけ?」
「安息日ですね。七菜香さんもお元気そうです安心しました」
ゆったりとした上着のせいで体のサイズが小さく見えるが、上背はこの中で1番ある。丁度姉さんや零士さんと同じぐらい、目測170センチ台の長身だろう。
「初めまして、礼華さん。研究員のアマツです。よろしくお願いします」
アマツさんはこちらにしっかりと向き合って一礼をする。その一連の動きは大人じみている。こちらもオドオドしているのを気取られぬよう挨拶を返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
紹介された研究者さんが同い年ほどの青年だとは全く予想していなかった。勝手に壮年期の女性や男性をイメージしていたからだ。もっと余計な先入観や固定観念に固執されないようにしないといけない。
「アマツさんは帝国にルーツを持っているそうだから礼華さんも馴染みやすいと思う。私や七菜香も神力の判定とか使い方を教えてもらってたの」
帝国人はかなり身近な存在のため、親しみやすさを持てる。それにアマツさんは第一印象から優しそうで、ハルさんに近しいものを感じる。
「私も話を聞いた時には驚きました。客人でそれも帝国からだなんて、運命的な巡り合わせですね」
うん、いい人そう。
「そうそう、私らの出会いは運命さ!! ねぇまりりん」
「そんな気がする」
真凜はちらっと横目にいる女神の姿を盗み見た。それが再会でも初対面下でもだんだんとその魅力に惹かれていくことは間違いない。これを友愛というのか、と脳内で考えを巡らす。
「まりりんの神力は運命を操るんだー。ラッキーガールの運、やはり侮れない!」
決めポーズつきのいい声、そして明かされた真凜さんの神力。七菜香さんの強力で希少な空間移動能力と比肩、もしくはそれを上回るほどの概念系の能力だ。
「運命と運は似通った存在ということですか。七菜香さんの着眼点にはいつも目を見張るものがあります」
えっへん、と聞こえるほど褒められた本人はご機嫌そのものである。
「調子に乗っているけど、厳密には運命と運は意味がまた違うんだから。勉強会で国語の授業でも受けてきなさい」
「ここまで来ると神殿が何でも屋みたいに思えてきた……」
地元にあった商業施設よりもそのサービスの種類は遥かに豊富だ。いや、ありすぎて比較できるものはないのではないかとも言える。宿屋、病院、学校、研究所? 知らない施設はもっとありそうだ。
「神の園の風貌、まさに楽園が如し。」
「我々の中には神殿自体を楽園と呼ぶものも、あるいは、ここを神の庭と呼ぶものもおります」
アマツはニコッと笑顔を見せた。
「さっすがアマツさん、物知りだ〜〜」
七菜香はアマツにかなり好印象を抱いている。その理由はカッコいいからだ。
「いえ、いつも七菜香さんにはお褒めいただけて光栄ですよ。研究室へご案内します、こちらへ」
◇◆◇
見慣れないファンタジー感溢れる道具が飾られ、大きな事務机と客人用と思える高級感のあるテーブルセット。アマツさんは部屋の脇にある小さなキャビネットから洒落たデザインのティーカップを取り出して私たちに紅茶やミルクティーを振る舞ってくれた。生活感のない事務的な空間のはずが、無性に落ち着く。家具がダークトーンで統一されているせいだろうか。造りとして壁や窓のデザインは神殿の宿舎の造りと何も違わないはずが、ここだけ切り取られた別空間のように感じる。部屋の広さは客間と変わず、一室のみだ。
「私が見るに貴女の神力はかなり異質なものですね」
先ほどからこちらをじっと観察してくるとは思っていたが、まさか神力を見られていたとは思わなかった。
「アマツさんは神力が見えるですか?」
私も見えた試しがある、が自分のものとなると見たことも感じたことすら無いのでどう見えるのか気になる。
「視覚的に捉えることはできませんが、集中すれば多少感じ取れるんです。ずっと神力を研究してきた成果のようなものだと考えています」
神力を知覚できたのはアルフォゲルの一件のみ。母子共に経過良好であり、アニールさんの度を超えた監視に対して小さな喧嘩をしてしまったことなどを綴った手紙を1週間前にもらっている。
「……仮にですけど、もし別の神力使いと恋に落ちて……それから子どもができたとき?に母体や胎児に負担がかかることはないですか?」
「……」
その言葉にアマツさん以外の2名が固まった。
「どちらの神力を受け継ぐか、あるいは2つの性質を合わせた高次のものへと昇華するか、疑問を持たれるのは当然のことでしょう。遺伝的な要素は謎が多いため、学者や研究者たちも各々の説を唱えます。これは私の持論ですが、神の使いたちの神力は基本的にどの神力とも相性が良いです。貴女たちに与えられた神力自体が担当神からの加護ですから、悪影響を与えることは決してないと思いますよ」
神の使いの神力はあくまで与えられただけのもの、借りている状態と捉えるのが適切なのだろうか。
「だったら問題ないか……」
「問題大あり、でしょうが!!」
ほとんど上の空で呟いていたが、ここで黙り込むしかないほど唐突に出された例え話に衝撃を受けた真凜がくらいつく。
「相手は!! だ・れ・な・の!!!」
がっしりと肩を掴まれ、多少強引に真凜と体が向かい合う状態にされる。七菜香も興味大の話題のため、2人の動向をそっと側で見守る。
そして、しまいに何か変なこと言ったのかな?という顔をそのまましている礼華。
真凜の動揺した様子にアマツはクスッと微笑んだ。
「真凜さん、杞憂ですよ。礼華さんが気にされているのは他の方のことだと思います」
「なんだそれなら良かった。ごめんね礼華さん、少し誤解しちゃった」
先ほどまでの勢いは何処ぞ、と言いたいほどいつもの穏やかな有城真凜に戻る。
「そっかー、愛の形は無限大か……私も神力使いと結婚する可能性大アリか!?」
「大アリですよ。名無しの帝国の二大宮家、アルフォゲル王国の王族と貴族の一部は神力使いの系譜ですから」
「これは夢が広がってしまう!!」
興奮する七菜香をよそに真凜は小さく手を挙げた。
「王族や貴族のような上流階級に神力保持者が多いのは何故ですか?どうしてもここの身分社会にあまり良い印象を抱けなくて……」
身分制、こうして言われてみると馴染みがない。今の基準からいえば昔のよくない風習にあたるというイメージが強い。
「世界の在り方に疑問を抱くということは、自身の在り方を見直すきっかけにもなります」
アマツさんは指をそれぞれの手で立てながら、指人形で2人の人間を表す。白い薄手の手袋をしているのもあり、映える。
「日本では人間平等の観点が憲法までにも組み込まれていたことがその違和感の原因でしょう。身分社会は悪であるという印象を持たれるのは当然です。上の身分のものが下の身分のものを虐げる構図は現代ですら残っていますから」
簡易式の人形劇。平等では同じ高さにあった指の上下ができると、一方がもう一方を攻撃する仕草までもご丁寧に演じ分け可能。話し上手というか、器用な人でいつも最後まで話を聞かないことで有名な七菜香が静かに話を聞いていた。
「でもそれはごく一部のお話」
左手が下げられると、右手の立てられた指がまた別の意味を帯びる。
「水鏡の貴女様ならお分かりでしょう」
それまでのほんわかした雰囲気とは一変した、一瞬だけピリッと熱の混ざった眼差しで見据えられて心拍数が上がる。まさに役者というか、スイッチの入れ替えができるタイプの知識人なのだろう。この人の底が知れない。
何を言わんとしているのかは大体検討がついた。水鏡家の謎多き偉人、水鏡イロハの逸話が関わってくる。これはいわゆる神代の時代のお話だ。
「名無しの帝国とアルフォゲル王国の成立時期は殆ど同じです。これが絶対的に正しいとは言えませんが、双方の逸話や伝説を擦り合わせると同時期に活躍した2名の英雄の存在が浮かび上がります」
アマツはすっと立ちあがり、デスクのちょうど左隣にある本棚から一冊の本を選び取る。紙の束を紐でまとめただけの古めかしい文献資料。表紙は茶色く変色しており、文字が書かれていた形跡すら残っていない。特定の頁を探し当てながら今度は座椅子に浅く腰掛けた。
「水鏡イロハ」
テーブルの中心にそれは添えられた。見開きには解読不能な古語。そしてその見開きを横断するように描かれた緻密な墨絵に3人の目は釘付けにはる。
「一族の力を正しい方向へ導き、現代の水鏡の在り方を決定づけた謎多き女性です」
礼華は帝国の歴史や文化をナノハやハルから教わっている。今に役立つ知識を主に実践で教えるナノハ、一般教養を兼ねた先生気質のハル。真逆の性質を持つ先生たちだが、水鏡イロハについての説明は2人ともよく似通っていた。
「肝心な顔の部分が見えない……」
七菜香がボソリとぼやいた。
それもそのはず、水で濡れたのか、はたまた経年劣化によるものなのか、ところどころ穴が空いていたり、墨が滲んで潰れていた。水鏡イロハであろう巫女服の長い黒髪の女性の絵は辛うじて認識できるが、絵の半分とまではいかないにしろ4割ほどは抜け落ちた、破れた形跡がみられ、茶色く変色した下紙のせいか細かな装飾品や表情が描かれていたであろう箇所は薄い黒と少し黄ばんだ色が混ざり合ってシミのように滲んでいた。
「その部分は私も惜しいと思わざるを得ません。欠落していなければ実在の人物とみなされ、帝国史にも名を連ねたでしょう」
残念そうに眉尻を下げ、期待させて申し訳なかったと言わんばかりの様子だ。
「私も初めて聞く方でした。でもきっと凄い女性だったんだと思います。貴重な資料を見せていただき、ありがとうございました」
その話を心から楽しんで聞いていたのは七菜香だけでなく、真凜も礼華も同じだ。真凜からは自然と感謝の言葉が出ていた。
「帝国人ってことは日本人だから、意外と私みたいな顔してたんじゃない??」
謎にロマンを感じる乙女、七菜香である。
「それだととても可愛らしい女性だったかも」
想像の余地がいくらでもある。
帝国人ということは黒目で黒髪。しかし、姉さんみたく髪は青い艶のある綺麗な髪であった可能性が高い。水鏡家の特徴だ。切れ目の大きな目で形の良い眉。アランさんは逆に姉さんよりも眉が平行気味で眼光鋭い感じだが、それはそれでクールで上官のイメージがぴったり合う。
「黒髪いいな……」
そして、気づけばいつものように無意識に独り言を呟いている。
「何言ってんのよ!金髪碧眼……?の最上位コンボ決めといてじみーな黒髪に憧れるだとーー!?れいれい、あんたわかっちょらんよ」
これまた付けられたことのない奇抜なニックネームで呼ばれているも、親交が深まった証としよう。
「そうそう、ほんとに綺麗なんだから!!帝国の人は黒髪の人が多いかもしれないけど……うーん、だからきっと帝国でも憧れの的だったでしょ?」
2人の圧がすごい。
「えー……実はそんなことでもないんだなそれが」
両側から圧から逃れるためなのか、自然と目線がアマツさんの方に向いていた。
「お二方は礼華さんのことが大好きなんですね」
彼は珍しい2人の一面を見れたことが面白いのか、眼鏡の奥の目は綻んでいた。
「そうなんです!それはもう、私が男だったら攫ってます!!!」
なんてこと言ってるんだこの人は……と思う気持ちと恥ずかしい気持ちで不意に顔を両手で覆ってしまう。また顔が熱い。
「実は帝国では古い時代の美的感覚がまだ根強く残っている部分が多いので、抽象的に説明すると日本人らしい女性が好まれます」
「日本人らしい……?」
3人とも首を傾げていた。
「帝国民の美的感覚で美しいとされる女性は、漆黒の髪と瞳を持つ華奢な体型の方々です」
「顔は関係ない感じ?」
七菜香は目を丸くしてキョトンとしていた。
「個々の価値観に左右されるのみです。貴女方のいた時代よりも女性はずっと自由に生活されていますよ」
「一方で礼華さんは髪色や瞳の瞳孔、虹彩の色や構造が担当神の影響を受けて色彩豊かになっていますし、体型の方も……」
ルッキズムが存在しないなど、あり得るのか。いや、美的感覚を持つ点で美の意識はあるはずである。それでも造形について差別的な側面がないというのは大変ありがたい。もはや自分がどんな顔をしていたか思い出せないが、変な顔やらブサイクやらと揶揄われたり、若干犬歯が尖っていて、八重歯気味な歯列を馬鹿にされた経験がある。今でも口をきゅっと引き攣ってしまう癖は残っている。自分の方が他人よりも何百倍も鏡を見るというのに、その嫌いな部分を改めて言われて悲しい気持ちになる。もしかしたら、この世界の人々は外面よりも内面を重視するよっぽど理に適った人々なのかもしれない。極めて良心的だ。
「……ですので私のようにそれを好ましいと思う方はぁ、ゔっ」
「礼華さーん、礼華さーん、戻ってきて」
はっ、と我に返ることはたまにある。ボーっとしてるか集中しすぎて周りの音が聞こえていないかのどちらかだ。神殿に来てから考えることが多くなったので度々陥っている。
「真凜さん、ありがとうございます。只今戻って参りました」
正面を向き直したのだが、現実感のない状態に一瞬本当に戻ってこれたのか不安に思った。七菜香さんがラリアさんの首を羽交締めにしている。
「あー、レイカさん戻ってきたー?」
ニコニコしながらバッと腕を隠して見事に爆速元通り状態。
アマツさんの顔色が若干赤くなっている気もする。シワのできた服をせっせと直してまでいる。
「七菜香さん今何かしてなかった?」
両隣の2人に交互に視線を向けるも貼り付けたような笑顔でこう答えるだけだ。
「んー何もー」
「別にー」
これは私が聞いていないうちに何かあったのだろうか。
「アマツさん、今何が?」
おそらく被害者に聞くしかない。
「あー、その、ちょっといろいろあって例え話をしたんですけどそれが不味かったみたいで」
七菜香すらも飽きずに話を聞き入るほどの話し上手な人がここまで不自然な反応をするのはやっぱりおかしい。動揺した様子はなぜか照れているようにも思える。
「私たちは特に思ったことをそのまま口にしてしまうので、それがまずかったようですね。たった2日ですっかりお二人と打ち解けられたようで何よりですが……」
私を故意に転ばせた修道女に対して思いっきり足を引っ掛けて逆に何度も転ばせたり、声をかけてきた男性司祭を威嚇したりとこの2人は何かと私を気にかけてくれる。今回も御二方にお考えがあっての一件だろう。好意としてもらっておく。
「ふふふっ、ありがとう」
任務完了と言わんばかりの雰囲気に思わず笑ってしまった。
「でも怪我させるようなことは絶対にしないでね」
内なる理性の声に従ったのみ。これは私ではあってわたしではない。あくまでも制御する係が必要不可欠だからだ。表情は至って笑顔。
しかし、その笑顔と声のトーンがこれまた合致していない様子を受けて、ある印象を受け取る。このお姉さんは怒らせたら1番怖そう、というのがその場にいた3人の共通認識となった。
「そっ、そうだ。今思いつきました。真凜さんの能力があれば礼華さんも黒髪にはなれるはずです」
もはやこの言葉にはご機嫌とりの効果がある。
「えっ、そうなんですか?」
突拍子もない話だったが、興味しかない。真凜さんの神力は何なのか正直ものすごく気になっていた。
キラキラ目を輝かせながらアマツと真凜を交互に見る。
「異質に感じたのは担当神の神力を被っていることです。一種の加護と言えるのか、結びつきが強いのか、或いは……」
先ほど続けて伝えようとしていたある仮説をアマツは提唱する。
「担当神は貴女に大半の権能、つまり神力を譲歩している状態なのではないでしょうか?この仮説から、特徴を受け継いだこと、神力量が増加傾向にあることの説明がつきます」
その眼差しはきっと内の姿を捉えているんだ、と思わされるぐらいに真剣だった。ただ、手をギュッと膝の上で握りながらこちらも負けじと目を合わせる。
「可能性は微々たるものですが、水鏡直属の特殊部隊ならばその実を見る目もあったのではないでしょうか?」
握っていた手と顔の体温が上昇する。何を興奮と履き違えているのか、占い師や奇術師の類に人が引き寄せられる理由が今わかったかもしれない。
ずっと当たり前かのように思っていた。しかし、アランさんに一度こうも言われたことがある。
『お前は本当に人なのか?』
その前に言われたものすごくショックな言葉のインパクトが強すぎて、そっちからの流れを汲んで揶揄われているのだけだと思った。その時は「ただの太った小娘です!」とそっぽを向いて、その場を早足で去った記憶が鮮明に蘇ってくる。今思えばムキになった子供の態度をとっている。恥ずかしい。
「むずい話だけど、それってまりりんの力で問題解決って感じでしょ!」
七菜香はノリノリで真凜の方をじっと見つめる。
「私の運命操作でですか?…でも上手く紡げる自信がなくて」
その手は小刻みに震え、消え入りそうな声で言葉を絞り出している。
「真凜さん、見てて! えいっ!!」
突然、礼華は既に空になっていた自身の紅茶のカップに手をかざして掛け声を発するも、清々しいほど何も起こらない。
「私ね、優しくしてくれるみんなの役に立ちたいって思ってここ4ヶ月ぐらい、いろんなことを試したの。でもさ、運動音痴だから初歩的な体術もできなくて、太ってるって言われて頑張って筋トレしたのに、それでも姉さんみたいに引き締まった体にならなくて、私も神力が使えるようにと思って試行錯誤してみても何一つ変化なしでとんでもなく役立たずなの!!」
はあはあ、と酸素を補給しながらようやくここで収まった。
珍しくここ最近で1番饒舌かつ早口で、自分がこれまで誰にも言ってこなかった溜め込んだ何かがいろいろと漏れ出た。悲しいといった感情ではなく悔しいという感情が近い。そのせいもあって、水鏡の軍服もかれこれ1ヶ月以上着ていない。もはやイベント用の身の丈に合わない衣装、中身はスカスカで虚しくなるだけだからだ。
「だから、神力を使える真凜さんを……いや、めちゃくちゃレアな神力を扱える貴女を私はとってもす・ご・い、と思います」
大事な部分は強調した。
すると真凜の体が沸々と揺れだし、ふっふっと吐息を漏らし始めた。これは緊張がほぐれたのだろうか?いやそれは違った。変な格好をしている私を見つめながらホロホロと涙を流し始めた。
「いや……あの、ごめんなさい。その……」
まん丸な澄んだ瞳が潤み、大粒の真珠のような涙が未だに出続けている。その姿はとても庇護心を増大させる。
「ごっ、ごめん。やっぱり空気読めなかった……私そういうところダメダメで」
ハンカチのような洒落たものなど持ち合わせていないので、服の袖を伸ばして涙をできるだけ優しく拭う。しかし、涙は比喩なしでパラパラと服に弾かれて地面に落ちていった。
「わたし、がんばっでみる」
グッと強く差し出していた方の手を服越しに握られ、俄かにドキッとしてしまった。途端に赤い糸のようなもの、いや光沢を放ちながら現れたそれはどんどん細く枝分かれしていき、私の体を繭のように包み込んだ。握られた手だけは範囲外に収まっている。あまりに一瞬の出来事なのと手の温もりで安心しきっていたこともあり、反応など一切できなかった。微かに光を放つその糸にほんの数秒の間包まれた。
(暖かい)
それは手の温もりか、赤い糸の導きか。糸がうちからほつりほつりと切れて消えていく。隙間なくびっしりと周囲を囲い込んでいたはずの糸は跡形もなく消えていた。
正面の真凜はふっと頬を緩ませながら
「お帰りなさい」
温かな笑顔で礼華を迎える。
「うん、ただいま」
そんな彼女の表情を見てそれが成功したことは分かりきっていた。
「レイカさん、大成功だよ。お帰りなさい」
七菜香は小窓程度の大きさの黒穴から豪華な装飾が施された手鏡を取り出す。未だに片方の手を繋がれたままあったが、正面を向き直し反対の手を震わしながら恐る恐る手鏡を受け取った。
ふーっと深呼吸を置いてから、ばっと素早く鏡を顔の前に持ってくる。
「……」
皆がその様子を見守る。
「そうか、本当に私だったんだ」
光を浴びて青色の艶を放つ黒髪。限りなく黒に近い瞳。逆に今度は肌が白く見える。
「姉さんとお揃い」
ナノハよりは丸みを帯びているが、目尻には深い彫りがある切れ目。少し太めのはっきりとした黒眉と三角形のシャープな鼻。血色の良い唇。顔は決して小さいとは言えないが、程よく柔らかそうな頬は健在だ。
それに上手く前髪で隠していたニキビもある、このは治ってくれていた方が喜んでいたかもしれない。
「私はやっぱり前の方が特別感あって好きだよ〜、今も勿論素敵だけど」
七菜香は口を尖らせながら惜しい、と最後に添える。
「こんなに上手くいったのは初めて……」
真凜は手のひらの上で丸を形作る。手のひらをさらに広げると瞬く間に糸が現れ、美しく滑らかな球が現れた。
「すごく綺麗……」
一つ一つは細く、柔らかいものであるが、何重にも隙間なく敷き詰めることで形あるものを作ることもできるのだ。
真凜は目線を手元に戻した際、あることに気づいた。そして、すぐに自身の能力が現れたものだと認識した。再び手を閉じると、指先などに触れる前に糸の状態に戻って消えていく。両手で再び、そっと礼華の左の手を掬い上げる。
「これは私からの贈り物。着脱式の便利な神器だから、気軽に使ってね」
「神器……」
手首に現れた赤い紐のブレスレット。何重にも巻かれた細い糸がリボン目で結ばれている。手首に巻かれているはずが、元からそこにあったかのように何の違和感もない。糸自体は柔らかく、結び目を解けば簡単に取れそうなデザインだった。
「めちゃくちゃ可愛い、ありがとう」
友人からの予期せぬ贈り物に喜びで一杯である。
「実はこんなに上手く行くことも、神器を作れたことも初めてなんだよ」
成功した事実を素直に喜びたいところだが、違和感や疑問が同時に生じていた。
「もしかしたら、女神様たちのご加護のおかげかもしれないわ」
真凜の担当神は運命の三女神ノルニル。その紡がれた運命は高位の神ですら干渉することの難しい、絶対的なもの。まだ神力の及ぼす範囲について本人の理解が至っていないため、特に消耗が激しい。彼女の神力量は七菜香と同等もしくはそれ以上であるが、ラリア、イワン、そしてアマツを含めた3名ともう1名しかその真実を認識できていない。ノルニルとの接触が図れない理由は、神力不足などではなく彼女らが不干渉の立場をとっていることに起因する。すでに神力という力によって世界の理は大きく変化している。これ以上、人による世界や時の操作が起こらないよう、祈るしかないのだ。
今回は1万2千字ほどの投稿で、3日目の内容が濃すぎることに作者である私も驚いております。まだまだ続く3人の珍道中、次回からは短い話単位で投稿の頻度を増やせるように工夫をしていきます。




