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空からの贈り物  作者: 麗蘭。
いざ、神殿へ
28/29

神殿ツアー 3日目①

 滞在3日目の朝、3日ともなれば早々に気も緩んでくる。


「うわっ、また開きっぱなし」


 今日も早朝に朝の支度を終えた真凜は、礼華の部屋の前に赴いていた。起床時刻だ。


 七菜香が先に部屋に入っているのではないかとノックをせずにドアノブに手をかける。すると、予想通り鍵はかかっておらず、ドアノブを少しひねるだけで簡単に開いたが、ここである違和感が先行する。


 静かすぎる、と首を傾げながら部屋に入るとすぐに勘違いに気づいた。


 真っ先に部屋の鍵を内側から掛け直し、客人の状態を確認しに行く。


 セミダブルほどの真っ白なベッドの上ではあられもない姿の女神が無防備な状態で寝息をたてていた。おそらく被っていたであろうシーツも蹴飛ばされて足下で丸まっている。七菜香から少し寝相が悪いとは聞いていた、が、ここまでとは……と少し驚きつつもそんな一面も彼女らしくて可愛らしいとも思えた。


 しかし、目につくのはそこだけではない。


 修道女用の簡易的なつくりの寝巻きでは隠すべきところが隠れていないのも事実。滑らかで艶のある白すぎない健康的な肌、そして服を着ていても溢れ出す彼女特有の体つきもあり、なんとも官能的でけしからん様相であることは間違いない。本人はここに来てから継続的に運動をして痩せたのだと言い張ってはいるが、単に体の凹の部分のみが変化したようにしか思えない。中学時代は確実に平均であったはずだが、そこからの成長期が凄まじかったとしか思えない。


 え、変態みたいになってない?


 唐突にこれまでの自分とは一線を画すような()()()()()()澱んだ感性が齢17にして発現したとなると、この先の人生が不安でしょうがない。


「……でも」


 貴女が相手ならみんなそうか、と今度はスッキリと断定できた。


 そして、()()()()とした自らの胸元を見た後に、勢いよく彼女の足元のシーツを剥ぎ取る。


ーーー他の者にも彼女との()は生まれさせない。こうなったら徹底的に排除してやる。


 足の一部分はシーツに触れていたため、礼華はビクッと体を震わせ、何が起きているか分からないといったようにまだ開き切っていない目をしょぼしょぼさせていた。早朝ではないため、カーテン越しからも陽の光が視認できる。


「伊藤さん、起きた? おはよう」


 横になったまま眉間に皺を寄せている。起きづらそうな様子が見てとれた。四肢を這わせ体勢を変え瞬きを繰り返しながらなんとか起きようと頑張っている様子が大変微笑ましい。


「ご飯はなんとかするからもう少し寝てていいよ」


 その言葉に安心したのか、小さく消え入るような声でありがとうと全て言い終わる前に再び寝息をたて始めた。よく寝坊すると言っていたのはこのことだろう。


(まさに身内だけの特権)


 自然と顔が綻ぶ。


「でも後で鍵をするように言っておかないと」


 カーテンの隙間が少し開いており、そこから微弱ながら柔らかな朝の日が差し込んでいた。眠りの邪魔にならないようにと、静かに高価ではないが洗練された刺繍の入った布の端を引っ張ろうとするもまた問題を発見する。


「窓も開いてる……」


 完全には開け放てないタイプの外開き窓であるが、それでも用心に越したことはない。取手を捻ることで鍵がかけられる仕組みだ。子どもでなければ入れはしないから大丈夫だと真凜は自身に言い聞かせるも、あらぬ不安がよぎってしまう。小さい窓であるからして建物の密集した修道院の一角が見えるのみ。行き来のしやすいよう一階の部屋ではあるが、外に人が通ることはまず無いはずだ。


 今の彼女の実家はトップレベルの戦力を誇る唯一とも呼べる異能力者集団の軍部。現在は国同士の諍いも落ち着いているため、人員を軍学校や休暇に回しているとも聞く。しかし、どれほど強くてカッコいい姉がいるとしても、こんなに無防備すぎる人たらしが()()()()()()()可能性は決してゼロでは無いだろう。もし自分が男だったとして今のような状態の彼女に何もしない保証がない。色恋沙汰に興味がなく、自分の魅力を過小評価しすぎる女神。さて、こんな美の女神が存在して良いものか、と真凜の思考はどんどん脱線していく。


(後できちんと言い聞かせねば)


 彼女の新たな一面の発見を喜びつつ、再びシーツを広げて胸元まで掛け直してやりそっと部屋を後にした。




数時間後




「ゔゔーーーん」


 真凜が部屋を出てから既に数時間が経過。この世界に来てから初めての寝つきにくさが再来したのが昨晩だった。


 パチパチと瞬きをしながらある違和感を感じた。


(え、私もしかしてめっちゃ寝ちゃってた?)

 

 決して広くはない小窓のレース造りのカーテンからそっと外を覗く。そこには太陽が燦々と照り出す様子が見てとれる。


 寝坊をその時悟った。


 寝起きの思考はいつも以上に鈍く、無駄な動きをしばしば伴いながら朝の用意を済ます。


 今日着る客人用の服も一番質素な造りの白いワンピース。下着が透けないよう、キャミソールまで用意してもらっている。どれも少しサイズが小さいのがのが難点たが、それは自分が太り過ぎているからであって、これ以上気をきかせてもらうのはかなり申し訳ない。運動こそしないものの、骨格はかなりしっかりしる方だ。最も、この特性を最大限生かせるだけの運動神経があればの話だが。それでいて何も洗濯しないのは申し訳ないと思いながら、最大の問題にここで直面した。


(朝ごはん……)


 ルールを遵守すべきなのは百も承知、ましてや私のようなイレギュラーに対して特別待遇などもってのほかだ。


 それでも、それでも……朝食なしで生きていける心地があまりしなかった。何故なら昼食はもっと簡素だからだ。


 髪を乱雑に櫛でとかし、なんとか人前に出れるレベルまで準備ができた。


「あ、ようやく起きた。おはよー、伊藤さん」


「有城さ〜ん、ごめんなさい。寝坊しちゃった……」


 いつもよりも素っ頓狂な上擦ったガラガラ声だ。大変情けない。おそらく有城さんは起こしに来てくれていたのだろう。にも関わず、私は寝腐っていた。


「問題なし!」


 だが、そんな様子を何も気にせず、真凜はパンが入った紙袋を上に掲げる。


「有城さ〜ん!!」


 先ほどまでの焦りが嘘のように消え、友への感謝の気持ちで一杯だ。


「ありがとうございます。わざわざ部屋まで持って来てくれるなんて」


 いつもより伸びきった声が愛らしさを増長させるものだと双方有り難みを感じつつ、朝の再会を喜ぶ。


「あげる代わりに、今日はお呼び出しされてるから一緒に来てね」


 真凛の訪問は数時間前であったが、礼華がそれを知る由もない。


「うんうん、絶対行く」


 よし、と機嫌良さげな真凜はパンを丁重に礼華に手渡した。


「あと、七菜香起こしてくるね」


 どうやら、お寝坊さんは2人いた様子で後からかなり眠そうな戸田さんも部屋にやって来た。



  ◇◆◇



 寝坊組を引き連れ、3人は再びあの礼拝堂に来ていた。ここは行事などが無ければほとんど使用されることのない神殿施設の中では築年数の古い部類に入る。主な一大行事はまさにこの神殿の中枢を担う祭祀場で行われるのか常だ。


「突然の呼び出しに対応して頂きありがとうございます」


 大司祭ラリアの出立ちはいつもと変わらず、女性的で物腰柔らかな笑みを浮かべていた。


 たが、今回は以前とは違い、司祭のイワンも連れ立っている。


「お呼び出しが遅れてしまい申し訳ありません。ここまで親和性が高いこと自体非常に稀有な事案でしたので、イワンと共に一通り過去の記録を読み漁っていました。これではまた知識不足であると枢機卿に怒られますね」


「話を脱線してますよ、()()()様」


 イワンは嫌味混じりに役職名を誇張する。


「ラリアさん、この二面性男怒らすと面倒だよ。なんか、いつにも増してイライラしてるし」


「ちょっ、流石に失礼でしょ……!」


 真凛もイワンに二面性があることを重々承知であるが、七菜香の言葉はあまりにもド直球すぎる。


 それに対して、礼華は申し訳ないと言わんばかりに、初対面のときより少しやつれた彼を見つめた。


 その様子が滑稽だったのかラリアはイワンにとどめの一撃を喰らわせた。


「元々は私一人で調べるつもりが、珍しくイワンがやる気になってくれたもので私としても助かりました。中々ここまで他人のためにするような人間では無いはずでしたのでこちらも驚きました。それに……」


 話の脱線は平常運転。


「絶対狙われてるから気をつけてね、あいつとんでもない奴だから」


 七菜香は礼華に耳打ちしたつもりであるがその声がイワンにダダ漏れだということを本人は気づいていない。確かにイワンは七菜香の好きなイケメンとも呼べる部類に入る整った顔をしているが、ソリが合わないというか、根本的に合わないため彼女の好みではない。むしろ、嫌いである。


 イワンも脅されて手伝っているとは口が裂けても言えない。何故ならばそれが()()()と密かに交わした誓約である。この場でその事を大っぴらにすることは自らの首を締める行為であることを理解していた。


「あくまでそれが仕事だからするだけだ。こっちの本心としてはとっととご帰還頂きたいがな」


 ラリアの前では素のイワンであることが平常運転である。


「いとーさんがここに残る運命もあるかもでしょ! ねぇ、有城さん」


 あからさまにムスッと頬を膨らませ、子どもそのままの七菜香。これまで幾度となくイワンに言い負かされた悔しい思いがあるからして隣の真凜に協力を要請する。


「私は……いてほしいなぁーって思ってる」


「でしょ、でしょ!」


 当事者が置き去りにされた脱線会話が続く中、この思わぬ賛辞をただこそばゆく感じながら顔を赤ていた。


「じゃあその稀有な神力をこの神殿のためにしっかり役立てて貰おうか。その容姿が伴えば下賜したい奴なんていくらでもいる。せいぜい高値で売れてくれることだな」


「司祭が人身売買的なことを勧めるのは流石に……聖職者というコンプライアンス的に? やめておきましょうか」


 これには流石のラリアもタジタジである。


 素のイワンが恐れるものは1人を除いてこの世にいない。逆賊として追放されようとも、一文無しになったとしても、彼の空間移動の能力が伴えば再び返り咲くことなどいくらでも可能である。


 その間、2人は七菜香に下賜という難しい言葉の意味を噛み砕いて説明していた。


「ちょっとー、そんな制度聞いてないんだけど!!」


 七菜香はある事に不満タラタラであった。


「下賜は聖女がいる際に適応されるものでして……」


 現在の神殿が脆弱な理由の一つとして、聖女の不在が挙げられるのは確かである。各地に赴きその潜在的な神力によって奇跡を起こす、神に等しい存在といえる。しかし、聖女となる資質を待ち合わせる者がほとんど現れなくなった、聖女を輩出していた主要な家門と神殿との間にいざこざがあった、などという理由でかれこれ一世紀以上、聖女の不在が続いている。


「じゃあ聖女に私が立候補しまーす!!」


 予想どうりの回答に連れの2人は頭を抱えた。


「はあ? 俺よりも神力を扱えない奴に任せる気は毛頭ねぇよ。こいつを推すのはそれが極めて合理的だからだ。下手すれば神を籠絡して、神殿の思うままに扱えるかもしれないんだぞ」


 聖職者というかは最早外れものに近い考え方。彼からは神への敬意など微塵も感じられない。


「あとちょーーーっとであんたなんかすぐに追い越してやるわ」


 こうなったら暴走してしまう。現に真凜は取り返しのつかない事態になったことを後悔する。


「ふんっ、移動距離も精度もちまちまの奴に言われたくねぇーよ、バカ」


 イワンは負けず嫌いだ。そして……


「こっちはこの()()()で全部習得してるんですけどー」


 こちらもこちらで語彙力は無いが煽りスキルが無駄に高い。無意識に相手の癪に障るワードを選び取る。


「残念ながら現在この場にいる聖職者の中にに礼華さんの神力について説明出来る者は一人もおりません。仮に枢機卿の帰りを待つとしても彼が素直に協力するとは到底考えられません」


 2人の言い合いをBGMにラリアはいつもより声を張って最適解を提案した。2人の口論は半ば子どものような言いがかりの付け合いでかなり面白い。イワンがここまで素の自分を曝け出すことなどこれまで見たことがないほどだ。真凜はこの2人の相性が最悪であることを予めラリアから聞かされていたが、口論のみの仲違いで良かったと思えた。


「ただ、神力や神殿に残る資料を研究する者たちがおります。他力本願はなるべく避けたかったのですが一度会われては如何でしょう?」


 歴史的資料の閲覧や貴重な神力保持者のデータが取れる神殿研究所は宗教・神学関連の学者たちに絶大な人気を誇っており、その中には実際に神力を使用できるものもいる。


「私も神学者さんに自分の担当神のことについて教えてもらったんだ。悪い人はいないから安心できると思うよ」


 神殿に来た使いたちはその殆どが神力の診断を依頼する。多くは気まぐれな神々による説明不足のせいで自身の能力が明かされないままここに来たというケースだ。


 また、真凜にとってこれは非常に好都合である。神学者の殆どは自身の研究に没頭するタイプが多く、一部のエセ聖職者のような頭が女でいっぱいの変態たちはいない。現にここ数日、ふと目を話した隙に抜け駆けする物好きな輩が続々といた。勿論、全てお断り、そして予めその可能性の回避に全神経を注いだ。


「名前が聞けたのであれば史料が残っているかもしれません。まあ無知のままでいてもここで生活する分には何も問題ありませんが」


「何もできないのはもう懲り懲りですから」


 これまで幾度となく無力感に苛まれてきた礼華が迷う要素は何処にもない。


「大切な人たちを守れるようになりたいんです」


 これまた決心を固めた彼女の表情の美しさに見惚れながら真凜は目を輝かせていた。


「こうなったら決闘じゃーーー、びびってねぇで面かせやクソジジイ!!!」


「丁度良い機会だ。どっかの僻地に飛ばしてやる」


 流石に事件性を感じ、今にもドス黒い何かを投げつけようとしている七菜香を真凜と礼華で保定。


 全く意味を成してはいなかったが、大司祭はイワンの体を前からタックルするかのような形で食い止めていた。



 ◇◆◇



 一方、帝国には予期せぬ来訪者がいた。


「音沙汰も無しに来訪してしまってすまないな。ナノハも下がって仕事を済ました方が良いだろう? 幸いアランだけで要件は済む」


 貼り付けたような不自然な笑顔、いつものダリアと異なる様子にアランとナノハは違和感を抱いていた。


 突然のアルファゲル王国のトップの来訪。前回同様、存在感を嫌というほど放つ馬車が大通りを通る異様な光景に一時的に町から人が消えた。いつもは漁船や貿易船から積荷を降ろす人々が行き交うこの広い港も今は人の気配がほとんどない。皆が危険を犯すことのないよう、建物の中で静まり返っていた。今回の来訪が護衛付きであることに水鏡の面々も少なからず緊張していた。


 この軍船の規模から可能となる広々としたアランの一室。銀糸の刺繍が輝く黒が基調の澄んだ空色の差し色が使われた男性服に近しいデザインのジャケットと裾の広がった薄っすらと縦に細かなボーダーが見られるズボン。美に執着する愚かな貴婦人とは反対に自らを飾り立てる無駄な装飾を嫌う一風変わった王族の女性。高い位置で複雑に結われた彼女の金髪がアクセサリーともとれる。そこにはまた違った美が形成されているのだ。このアルファゲル産のテーブルセットはダリアにこそ最も似つかわしいと思わされる。


「いえ、ダリア様。遠方からご足労頂いたからには私にもぜひお話を聞かせて頂きたく思います」


 ダリアはすっかり刺々しさの無くなった様子を見てナノハの成長を実感する。


「私のことは少し歳の離れた姉のように思ってくれて構わない。王位継承の時にも世話になったからな」


 時が経つのは早い。5年の歳月の間にあらゆることが移り変わっていた。


「それで今回の要件は?」


 女王がここに訳もなく来ることはまずありえない。そこにどのような思惑があるのかをアランは見抜くつもりで切り込む。


 ダリアのすぐ後方で待機するルヴァがすかさず書類をテーブルに広がる。


「これは先の件の事情聴取の結果だ。議会でも独断犯という結論を得たが私はまだ確信が持てていない。実際に対峙した者の意見を聞かせて欲しい」


「武装した者は集団的統率がまるで取れていない寄せ集めのゲリラ兵でした。しかし、数名の神力使いに至っては違いました。明らかに()()()()()闘い方と言うのが適当でしょう」


 ナノハは淡々と実際に対峙した神力使いのことを思い出しながら話す。


「であれば尚更捨て駒にするのはどう考えても得策ではない。ダリア様が疑問を持たれるのはこの部分でしょう」


 そんなこと一度もこの人から聞かされていない、と相変わらず騎士団長はヒヤヒヤさせられていた。


「やはりここの者は愛い奴ばかりだ」


 物分かりの良いアランに満足気な様子のダリア。しかし、アランはここで女王の真意に気づく。


「それで誰をご所望でいらっしゃいます?」


 ここが()()の場であることにアランはいち早く気づく。全てを感じ取った訳ではないが厄介なものに違いない。


「流石はアラン、話が早くて助かる。当の本人も私が人伝いに手紙を出せばすぐに返事をくれた」


 ルヴァが白い封から取り出した手紙をそっとダリアに手渡す。そして、ここから何が始まるのか護衛として付き添った彼でも皆目見当がつかない。


「現在は神殿での生活を謳歌しているようだな。友も出来たようだぞ」


 その言葉にナノハの表情は固まった。真っ先に巻き起こったのは嫉妬のような感情。水鏡の姓である以上、神殿へ手紙を出すことは容易ではない。それに加え、複雑な手間を挟む作業のはずが、目の前の者はそのたった数日でそのやり取りが完済させている。最早彼女の権力は神殿にまで及んでいるのではないか、と柄にもなく体が内側から凍り付く感覚に襲われた。そして何より、最も大切な物をこの傑物に奪われるのではないかという不安が勝る。


「こちらは神殿の関係者からの報告書でな、どうやら彼女はあちら側に接触できるという。この者は誇張表現などは決して使用しない。だがそう感じられるのは彼女が非常に稀有な存在であるからであろう」


 万事最適解。ダリアの準備は整った。


 建前はここで終わることをアランは既に感じ取っていた。何を求めるのか、今の話の流れから簡単に結論は導き出される。


「礼華を我が国に迎え入れたい」


 女王はいつもと打って変わり、嗜虐的な笑みを浮かべていた。


「お待ち下さい、ダリア様。どうか今一度お考えを改めて頂けないでしょうか? 礼華様は御二方の妹であらせられます。それに……彼女は水鏡の人間です。我々がどうこうできる問題では……」


 すかさずルヴァは双方の関係悪化を防ぐ意味合いでダリアの説得を試みようとした。


「其方は私を()()のでは無かったのか?」


 ダリアは首を傾げながらルヴァを見上げる。そして、その翡翠に映る獲物を見事に射止める。


「……はい、つかぬ事をお聞きして申し訳ございません」


 襲撃事件後の宣言を今ここで掘り返され、ルヴァは肯定せざるを得ない状況に追い込まれる。事件で役目を果たせなかった自分に対しての戒めのように王に宣言してみせた言葉。この美しくも残酷な王にこの先の忠誠を再び誓ったあの日が鮮明に浮かび上がる。稀代の名君は相手の心情でさえ巧みに操る。


「……それで取引の報酬は?」


 アランは尚も冷静沈着。


「兄さん! これは私たちだけで決めるべきではないのに」


 そう、本人の意思が最優先であると説得しようと試みたその時だった。


「すまないが、今の其方たちに『使い』を保護するほどの余裕があるとは考えられない」


 ナノハの表情筋が一瞬のうちに固まる。


 有力商家を中心に反帝国主義を目指す動きが近年顕著になってきた。現在は当主一名のみで御伽話の存在に等しい龍宮家、言ってしまえば()()()()()()()()()()残り二名の水鏡家。二大宮家の没落に伴い、商家のみならず、名家の末裔の面々が権力掌握に向けて力を蓄えているのが現状だ。


「しかし……能力者の数はこちらの方が圧倒的に多いはずです。対して王国はラヴィーネ家やグラツィア家といったごく少数の面々しかおりません」


 ーーー『天上人』がいるとすればどうする?


「帝国での呼び名はそのはずだ」


 その単語がダリアから発せられた瞬間、揺れることの無い船がほんの一度縦に沈んだ後ギシギシと船体が軋む音が其処彼処を侵食していった。


 ダリアは神力を使うこともましてや感じることも出来ない。能力者に対して恐怖といった類の感情を抱くこともない。だからこそ、例えそこが神の胃袋の中だとしても動じずにいられる。


「落ち着けルヴァ。彼女に攻撃の意思は無い」


 顔面蒼白な上、小刻みに震える指先。護衛の剣の柄と手に触れながら静止をはかる。

 

「不快にさせたことは謝罪する」


 ダリアは謝罪の意を目を瞑り胸に手を当てる仕草で示す。これは故人たちへの弔いも含まれている。


「恩情を頂き感謝致します」


 アランは一切動じない。当然のように無害な笑顔で


「私共の問題は私共で対処致しますので、本日につきましてはお引き取り願います」


 一見すると相手を突き放す態度に見えるそれも敬意があってこそのもの。


「久方ぶりの有意義な会合であった。いづれ彼女はアルファゲル(こちら)へ訪問せざるを得なくなることをゆめゆめ忘れるでないぞ」


 ルヴァはすぐさま手紙のみを机上から回収し、ダリアをエスコートしながら船長室を後にした。そこで目にしたことは終ぞ部外者に語ることは無いだろうと若干弱腰になりつつあった。


「今日は少しばかり其方を困らせてしまったな」


 小心者の騎士団長をあの場に侍らせた罪は大きい。それをダリアは自覚していた。いつもよりその歩みはゆったりとしていた。


「相変わらず面白い御冗談を……あれのどこが少しですか、完全に敵に回すところでした」


 見送りのいない帰り道。船員たちの姿すら無いこともルヴァの不安感を増長させる。歓迎されていない証拠ではないか、と疑心暗鬼になっていた。


 一方で主人の方は心なしか喜んでいるように見えた。


「……誤解はするでないぞ。私には其方が必要だ」


 息をするのと同等、もしくはそれ以上円滑に、サラッとその言葉は発せられた。


「はい! 勿論でございます。私も殿下以外に仕えるなど到底考えられません」


 ルヴァの一抹の不安などその素晴らしき御言葉で吹き飛ばされる。優秀な兄とかけ離れた心の弱い自分を克服するために志したこの道。その道すがら出逢った運命の主人。仕え慕うなど当たり前のことであり、最早彼ににとってダリアの存在は主人という括りに止まらないほどのものになっていた。


 丁度人気の無い波止場に2人が足をつけた時。ここまで馬車を引いていた御者と軍服を着た何者かが親そうに話をしている様子が遠く離れたこの距離からも目に入る。馴染みの御者は決して大柄という訳ではないが遠目から見ると2人の身長差が顕著だ。ある程度体格の良い者たちで構成されていたような朧気なイメージが脳内で構築されているが、其の物の軍服は間違いなく水鏡のものである。


 人の行き来もなく静まり返っているため、道を抜けた先に白と金の装飾がされた小柄な馬車と白銀に輝く王族専用の馬の組み合わせが似つかわないのは当たり前のことであった。


「……やはり歓迎されておらぬのか」


「ナノハ様の神力が一時的に漏洩していましたから、皆様も流石に異変に気づかれたのではないですかね。私は精密な情報収集は行えないですし……」


 初めてこんな大きな港を見た、と楽しそうに話していた礼華のことを思い出す。


 以前訪れた際は疎に人の往来があったがその光景には全く興味を持たなかった。しかし、今はそれを少しばかり後悔してしまう。彼女にとっては活気溢れる様の方が見慣れているのだろう、自らとはまた違った人を惹きつける才を目の当たりにしたことでダリアの考え方が少しばかりではあるが変化を見せていた。


ダリアの身の上は不幸な方に分類される。妾の子として存在しない()()として扱われた幼少期。彼女は鎧で身を固めるしか生き抜く術が無かったに等しい。


「それであれば動いたのはここら一帯だ。呼応しておるのだよ、正真正銘の神器である宝珠と強い感情……城とはまた違った器も好い」


「お戯れはほどほどにお願い申し上げます……それと、あの者も水鏡なのでしょうか?」


 その青藍の制服を見てルヴァはすっかり肝を冷やし切っており、何事もなく早く馬車に乗り込みたいという気持ちで一杯であった。


「喜べ、ルヴァ。私が歓迎されている可能性が大いにあるではないか」


 どうか穏便に済んでくれと心の内で唱え続けるルヴァであったが、その者に近づけば近づくほどその心配は薄れていった。


「ダリア様、ルヴァ様、お待ちしておりました!」


 御者はこちらに気づくなり、乗馬で鍛え上げられた逞しい腕をゆらゆらと振りながら気さくな笑顔を向けた。


 王女時代からの付き合いである彼は実の娘のようにダリアを可愛がってきた。今この国を統べる名君に息子の名前を授かったことが一生の自慢話である。


 談笑相手に会釈して、すぐに出立の準備に取り掛かり始める。


「ダリア・アドニス=アルファゲル女王陛下にご挨拶申し上げます」


 簡素ではあるが、帽子を取りアルファゲル式のお辞儀を行う一連の動作には確かに品格が伴った。一見少年とも解釈でき得る、絶妙な柔らかさを伴う目元と角張りすぎず未熟すぎない顔の骨格、それに相反した大人びた一部掻き上げられた真っ直ぐなブラウンの髪。背伸びをした子ども、というより思慮ある大人の振る舞いをする姿にダリアは興味を注がれた。


「初めて見る者だな、名前は何と?」


 彼女の透き通った中低音。王国では驕れる者ですら原因不明の恐怖を覚える。


「2年ほど前からこちらに所属させて頂いております、緑川ハルです」


 その名前にダリアとルヴァは聞き覚えがあった。


「……そうか、礼華が世話になっているというのは其方のことか」


 呼び名は『ハルさん』、その名前は何度も聞いた覚えがある。礼華と年が近く、話が合うと言っていた、それと……


「僕のことを話されていたんですか?」


 龍宮零士に呆気なく敗北し、情けない怪我だらけの自分の姿を見られている。さらに介抱までされていたことは他言無用の極秘事項であった。


 先程までとは打って変わった年相応の姿、それを見たダリアは良からぬ考えを巡らす。


「実は彼女の能力を鑑みて是非とも我が国に迎え入れたいと計画している最中である。この訪問も単にそれを伝えたにすぎない」


 ダリア様! その事はあまり仰るべきではありません! ルヴァが顔を真っ青にしながら耳打ちしようとも状況は変わらない。


「あぁ、勿論これは彼女の意思では無い。ただの()()()として留めておいて貰えるとありがたい」


 緊迫した空気が流れると思いきや、意外にもハルはいつもの表情のままである。


「……そうですか」


 短い返事が帰ってきたのみ。その表情には曇りの一つも見えない。


 ダリアはルヴァに小さな仕草で合図を出す。髪を掻き上げる際に耳飾りに触れる、これは相手を測れというサインだ。


「其方も彼女と共に来るか? 神力を扱えるとあらば、破格の待遇で迎えても誰も文句は言うまいし、私が言わせまい」


 ダリアは続いてルヴァに目配せをする。


「私はもう既に殆ど神力を持ち合わせていない。主要な使い手はルヴァの属すラヴィーネ公爵家とその他少数の貴族のみ。そしてその殆どが戦闘を好まず、協調性を持たない。この国としても国防のため、優秀な人材が喉から手が出るほど欲しい状態でな。どうかこの弱王に力を貸してはくれまいか」


 民を鼓舞する巧みな弁論術。かつて人の目を窺いながら生活していた彼女が得意とするものの一つだ。


「もし礼華さんが貴女の元で生活することを望まれるのであれば、僕は喜んでお供しますよ。ただ、その時が来ればの話ですがね」


 昂りを隠せていない声と一切変わらない万人受けする表情が不気味さを際立たせる。


 ハルは本気でそう思っていた。そこが帝国でもアルファゲルで無くとも彼女が笑って暮らせる地で()()暮らすこと。


「えらく拗らせておるな。それも全て行動で示さねば意味を無さないものだ」


 元いた世界で彼女は誰からも特別な関心は向けられなかったのだろう、だからこその鈍感さとも言える。抜け落ちた彼女のイメージが補完されることなどこの先無いのかもしれない。それは単に彼女自身がずっと隠匿されていたから。


「女王陛下の助言、有り難く頂戴致します」


 出会った時同様の隙のないお辞儀を済ます。


 どの姿が本物の彼なのか、先程よりも更に顔を真っ青にしたルヴァをみてダリアは確信していた。彼はこの国の主要戦力であると。


 そして、多くの収穫と共に帰路に着いた。

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