もう一度、会いに行こう
相手のことを思い出したといってもその記憶はかなり朧げだ。しかし、そんな些細なことはどうでも良かった。
「お久しぶりです……分かるかな? 私、伊藤礼華」
「うん、司祭様から聞いてる」
今や一端の修道女といった容貌だ。年違わぬはずが、彼女の姿はえらく大人びて見えていた。
「有城様、ちょうど良かったです。礼華様をラリアの元まで送って差し上げてはいかがでしょうか?」
「ええ、そう致します」
「それでは、ここで失礼致しますね。礼華様もごゆっくり」
「はい、ありがとうございました」
イワンと軽く会釈をした礼華は、すぐさま真凜の様子をまじまじと観察した。
「元気そう……ですね」
被り物から覗く艶のある髪、程よく肉付いた輪郭、血色の良い顔色からも生活は良好のようだ。
「敬語じゃなくていいよ。同級生だし」
会話したことはあったのだが、そこまで仲の良い友だちという訳でもなかった2人。少し気まずい雰囲気になるのは当然だった。
「伊藤さんも元気そうで良かった。安全な場所に匿われたんだね」
「あ、うん。今は家族として迎え入れて貰ってるの」
水鏡のことはなるべく隠すようにナノハから指示されているため、おおよそ間違ってはいないことを口にする。
「何も嫌なことはされてない……?」
真凜は心配そうにこちらを振り向く。
「それは全然。寧ろめちゃくちゃ良くして貰ってる」
彼女は足を止めて、礼華の顔へと手を伸ばした。
「本当?」
顔を固定し、真っ直ぐな目で見つめる。その変わった虹彩を持つ瞳に、直接問いかけた。
「……うん。本当」
心の底から心配してくれていることを感じ取った礼華もまたそれに応えた。
「急にごめんね」
さっと真凜は手を引っ込めて
「あなたは外で生きていくには綺麗すぎるから、心配になって」
と言葉を続けた。
「それもそうだよね、私も未だに自分の姿を見違えてしまうもん。心配してくれてありがとう」
少し赤くなった耳に髪をかけながら、視線を逸らす。彼女にとって今の礼華の姿は目に毒でしかなかった。
「中身は前の伊藤さんのままなのに……」
「あははは、それと、そのことについてなんだけどさ」
今度は逆に礼華が真凜に聞く。
「私の前の顔って思い出せたりしない……かな?」
真凜は少し考えてから首を横に振った。
「ごめんなさい、覚えてないわ」
それを聞いて礼華の表情が一瞬曇るも、すぐに元の表情へと戻る。
「そうだよね。変なこと聞いてごめんね」
礼華の不安は的中した。以前、龍也に同じことを聞いた時も首を横に振られており、当の本人も元の自分の顔を思い出せないでいるのだ。
「……もしかしたらだけど神力が関係しているのかもしれない」
「……!」
「あのね、容姿が変わることは珍しいことじゃないの。神様の姿に近づくというか……似るというか……」
また少し間をあけてゆっくりと話し始める。
「伊藤さんは神様との親和性が高かったんだと思う。だから、その姿に近づいた……みたいな?」
大体の意味は理解できた。言われてみると礼華の髪や瞳の色はそっくりそのままという訳でもないが、あの少女と同じ色をしているのだ。
「なるほど……そんなこともあるのか」
大変納得のいく回答だ。
「神様から頂いた神力とかは分かるかな?」
「うーん。ごめん、分からない」
こういう時に何故あの時聞かなかったのかと嫌なほど後悔させられる。
「あとは、神力の色によって変わることがあるみたいなの。私も詳しくは分からないんだけど、実際に変わってる人も見たことあるし」
「色かぁー」
見た経験は真紘の一件以来、何もない。あの時見たものも色と呼ぶより光といってしまった方がいい気がする。
「でも……記憶が無くなるのは不自然。思い出しても元の顔が分からないし、どうしてかその顔がしっくりくる……みたいな?」
まずは聞いてみないとね、と真凜は礼拝堂の前で足を止めた。
「今からその、ラリア様っていう人と会うんだよね?」
「うん、ここの大司祭様で簡単に言うと1番偉い人」
礼華の顔が少し強張る様子を見て真凜はふっと笑ってこう言った。
「良い人だよ。私たちと年も近いし」
躊躇いもなく扉を開き、歩みを進める真凜のすぐ後ろを追いかける。馴染みのない施設のためか、中の空気が冷え切っているかのように感じる。正面には大きなステンドグラス。そのすぐ前の一段高くなった所に司祭と思しき人が立っていた。長い銀の髪と薄い青の瞳、中世的な顔も相まって性別の判別はつかない。その空間には歩く靴の音がコツコツと響くだけだった。
「司祭様、こちらが礼華様です」
こんにちは、と少し小さい声で礼をする。その様子を見たラリアは優しく微笑んだ。
「ようこそ、お越し下さいました」
えらく透き通る、優しい声だ。
「何度もお手を煩わせてしまって申し訳ございません。ただ、私はみんなの無事を確認したいだけでして……」
物怖じしないように勢いよく言ったものの、すぐにその勢いは消え去っていく。
「その件に関してはこちら側にも非があります。私が不甲斐無いせいで許可を通すことができませんでした。申し訳ない」
ラリアはペコリと頭を下げた。
「いえ……私も今覚えば怪しまれて当然だと思います」
元はといえば、こちらが勝手にし始めたことだ。
「それで、貴女が水鏡に属しているというのは本当のことなのでしょうか」
その場の空気が凍りついた。
そう、私はヘマを犯した。何度か水鏡を名乗って許可証を送ってしまっていたのだ。水鏡が少々特殊な家系であることをすっかり忘れて。
「はい、間違いありません。それに加えて今の名前は水鏡礼華なんです」
その言葉に1番衝撃を受けたのはラリアではなく真凜だった。堪らず声をかける。
「そんな……それじゃあ、家族っていうのは水鏡のことなの……?」
「うん。今はそうなってる」
ここで嘘をついてもしょうがない。いずれにしよ、水鏡家のことは自分から伝えるつもりだった。それが姉さんの忠告を無視することだとしても。
「大司祭様、失礼を承知で言います。私は今すぐにでも彼女をここに迎え入れるべきだと思います」
話は礼華の予想外の方向へと向かっていく。
「そうしたいのは私も同じですが……彼女が水鏡にとっても重要な人物であることは間違いありません。仮にここに留めたとしても、すぐ取り返しに来るでしょう」
「待ってください! 私はまだ何の力も持っていませんし、神力が何なのかも分かっていません。ただ、妹として……彼らの善意で迎え入れてもらっただけなんです」
何かこの重要な人物という言い回しにひっかかりを感じた。まるで私が特別な能力を取り立てられて水鏡になったと誤解しているように聞こえる。
「そうでしたか……」
ラリアは考え込みながら礼華を見つめる。
「では、貴女は特別な寵愛を受けているのですね」
あれは愛されていると言えるのだろうか、私にはそれが分からなかった。
「……」
突然、ラリアはパンッと手を叩いた。
「まあ、この件はこれ以上聞いても仕方がないですね」
彼の表情は依然として笑顔のまま。そして、真凜の方を向いた。
暗黙の了解により、真凜もこれ以上の詮索をやめた。
「神力が何か分からないというのは、担当神から説明を受けなかったということでしょうか?」
「……あ、はい。神様の名前を聞く直前でここに来てしまったみたいで」
えらく拍子抜けた態度になってしまう。それもそうだ。水鏡がどうこうという話で思考が停止したままだった。切り替えようにもすぐ切り替えられそうにない。
「その神の態度を覚えていますか? 例えば好意的でなかったとか」
「いえ! そうではなくて、ちょっとマイペースな女の子だったんです。いろいろお話もしたんですが、私が夢と勘違いしたばかりに大事な事を聞きそびれてしまって」
「それは良かった! それなら、彼女にもう一度会える可能性が大いにあります」
神と会えるという言葉に驚くも、ここが神殿という事を改めて思い出す。すると、あたかもそういったことが本当に出来るかのように思えてきた。
「会いたいです! ……どうすれば会えますか?」
今度こそゆっくり話したい。それほど聞きたいことが山ほどある。ここで生きていく上で自分が与えられた何かを知ることは大切なことだ。
「可能性が大いにあると言っても、それが可能になるとは限らないよ」
真凜がここで口を開く。
「神界と繋がるには多大な神力が必要になるの。現に私は神力が少なくてできなかったし……」
「そういった場合もあります。しかし、見るに貴女は担当神との結びつきが強いと言えるでしょう。神力さえ問題なければ、容易に繋がれるはずです」
私とあの少女の髪と瞳はほとんど同じ色だ。それは神力が馴染んでいる証拠でもあるのかも知れない。
「お願いしたいです。私は自分の力を知りたい」
もし私にもっと力があればと思わされる場面は何度もあった。未だ独りで戦うことも、友の傷を完全に癒やしきることも出来やしない。このままお荷物のままいたくない。みんなと肩を並べられる誇れる人になりたい。変わりたい。だから、私は私を知りたい。
大変長らくお待たせしました!
この作品を読んでくださっている読者の方々、いつもお世話になっております。
筆者の気まぐれにより、1年ほど間が空いてしまいましたが、今回からまた執筆を再開致します。
久々の執筆で筆者自身、感覚を取り戻すのに苦労しました。改めて作家様の偉大さを実感しましたね。
この作品と再び歩める喜びを感じながら、日々精進して参ります。
どうか今暫く筆者の自己満足にお付き合いください。




