到着
「はあ? なんで俺がそんなことしなくちゃならないんです……移動系なら他にもいるでしょうに」
最年少の司祭、イワンは最低限の丁寧な言い回しで文句を言った。
「いやー、わたしもそう思ったのですが……ここは貴方が適任だというお告げがございましたので」
「またそうやって見え透いた嘘を。全くそんな調子だから舐められるんですよ」
えへへ、と愛嬌のある笑顔を見せるこの男こそ、神殿の最高責任者、広くラリアと呼ばれる大神官である。こう見えて、こっちは史上最年少の大司祭だ。
透き通る白銀の髪と白い肌、そこに色を差すような碧眼を持つ姿は神々しさを纏う。
「はぁ、これだからお前は……」
イワンはため息と共に、ラリアを指差してこう続けた。
「次からは断るからな!」
2人はいつもこの調子である。
早速仕事に取り掛かろうとする真面目な彼に冗談じみた言い方でラリアは告げ口する。
「約束の日は明日ですよー。今から行かれてはこちらが笑われて……」
「それを先に言え」
「いてっ」
唐突に頭を叩かれ、驚くラリア。スタスタと早足で何処かへ向かうイワンに置いていかれまいと彼の後を追う。
◇◆◇
3月31日
「いやー、離れたくないー」
約束の時刻が近づくにつれ、ナノハの独り言が増えていく。
「少し寂しいですけど、すぐに帰ってきます。 だから安心してください」
これではどちらが年上か分からない、と周囲は思うが、そのことは決して口に出さない。
神殿は帝国民にとってあまり馴染みのない場所である。それに加え武力を行使する機関などの参拝については禁止されており、水鏡は実質帝国の最高戦力といわれているため、本来であれば礼華が参拝することなど事実上不可能であった……それも、女王の手にかかればなんとでもなるが。
帝国以外での彼女の扱いはあくまで一般人であるため、ダリアはそれを利用した。それ故、武力を持たない者としての参拝が許可されたのだが、ここにいる誰もその事を知らない。
「荷物は纏まりましたか?」
ハルが様子を再度確認しに来た。
「はい。ハルさんが手伝ってくれたおかげで綺麗に入りました!」
礼華は四角い鞄を持ち上げてみせた。
「……一時はどうなることかと思いましたけどね」
「あははは……」
雑な一面を見られた彼女は少し恥ずかしそうに笑う。
「わたしも言われれば手伝ったのに……」
ナノハは拗ねた子どものようにそっぽを向く。
「姉さんにはいっつもお世話になってますから」
その時、ナノハの体がピクッと動く。
「……来たみたい」
指差す空中には透明な穴のようなものが浮かんでいた。そこだけに白いモヤのようなものが見える。
「すごい!」
続いて出てきたのは神殿の紋章のついた白いローブを巻いた男性。聖職者にしてはやけに身だしなみが乱れている。
「お待たせして申し訳ありません、礼華様。 さあ、こちらへ」
イワンは精一杯の愛想笑いを浮かべながら、大きな鞄を持つ礼華を捉えた。
「姉さん、ハルさん。行ってきますね!」
何も躊躇う理由などない。
「いってらっしゃい」
ナノハは妹の旅立ちを優しく見守った。
「お気をつけて」
2人が輪を潜ると、その姿はたちまち見えなくなった。
「……はぁ」
やっぱり行ってしまうのは寂しいとナノハは1人ため息をついた。
「行ってしまわれましたね」
「なぁ、ハルはどう思う? わたしと礼華のこと」
ナノハはいつになく神妙な顔つきになる。
「僕には仲の良い姉妹に思いますよ。礼華さんもナノハさんのことを慕っているのが分かりますし」
「……そうだと良いんだけどな」
この態度にハルは違和感を感じるが、その真意を汲み取ることは流石の彼でも出来なかった。
◇◆◇
眼前に広がるのはアルフォゲル城と違わぬ美しい白を基調とした建物。しかし、何かが決定的に違うことに気づく。
(違う世界に来たみたい……)
「こちらが神殿です」
ギザギザの柱が幾つも並び、真ん中と端には奥へと繋がっているであろう白い道が見える。その両脇には庭園があり、花まで白っぽい色のもので統一されていた。
「奥へまいりましょう。大司祭様がお待ちです」
聖域と呼ばれる空間がそこには広がっている。思わず息を殺すほどの儚さに、礼華はただ沈黙で答えた。
「あっあの!」
現実味の無い世界を体感しながら噴水のあたりを見ていた時に誰かに声をかけられる。
おおよそ、人の気配など感じないほど静かだったはずだった。
「私、ですか?」
自分を指差し首を傾げる礼華。そうしてやっと声をかけた相手の姿を捉えられた。
見たところ修道女らしき人は首を縦に大きく2回動かし、こちらをじっと見つめてきた。
(もしかして……)
顔を見ても名前は思い出せないが、黒い目は他の国では珍しい。そこでピンときた。
「有城真凜……です」
微かに裏返った声で恐る恐る紡がれたであろう彼女の言葉。言われた名前に心当たりがあることは言うまでも無い。
「有城さん……なの?」
この出会いは彼女が手繰り寄せたものであることにまだ私は気づいていなかった。




