神殿
大陸の中央、神殿。主な仕事は神を崇め、信仰し、神の声を聞くこと。
八百万の神からくだされる啓示は時に一つだけとは限らない。ここは人と神を繋ぐ唯一の門である。
サッサッサッ
水の音とともに庭園に響くのは、箒の音。その持ち主は枯葉やらを丁寧に庭の端に集めている。
「真凜さん、朝からお疲れ様です」
突然声をかけられた修道服の少女は声の主を確認した後、途切れ途切れの返事をする。
「あっ、大司祭様……そんな、恐れ多いです」
「いえいえ、どうかご謙遜なさらないでください。真凜さんは神事をきちんとこなすため、私どもも助かっておりますし……」
少女は箒を握りしめながら、嬉しい気持ちを隠せなかった。
「そう言っていただけて光栄です」
大司祭と呼ばれる青年は、微笑みながらこう続けた。
「近く、もう1人来ることになるかも知りません」
「また見つかったんですか?」
「いいえ、あちら側からここに参拝したいと何度も申請書が送られてきていたようですが、他の皆さんが反対するのでなかなか許可が下りませんでした」
少女は少しの期待と不安入り混じる気持ちで続きを聞く。
「それでも彼女は諦めなかったようで……実に健気だと思いませんか?」
「はい。とてもこの場所にふさわしい人な気がします」
「今度こそ、あなたにとって良い出会いとなると願いましょう」
微笑むその姿は後光が差しているかと思えるほど神々しい。
「はい……!」
少女の胸は期待でいっぱいになった。
「それでは、私はこれで。早くしないと、また枢機卿に怒られてしまいます」
「それはそれは……大変です! 早くお行きになられた方がいいと思います」
「お話できて良かった。ありがとうございました」
大司祭は足速に白い建物の方へ入って行ってしまった。
サッサッサッ
少女は先程とはまた違った心情で掃除を再開した。その表情には笑顔が見え、新たな出会いの予感に胸を高鳴らせていた。
◇◆◇
「まあ…! 可愛らしいお客様だこと」
玄関に入ってまず最初に出迎えてくれたのは小柄なお婆さんだった。お婆さんは私を見るなり、嬉しそうに目をキラキラと輝かせる。
「茶席を1つ用意してくれ」
「お名前はなんとおっしゃるんですか?」
お婆さんは零士さんの横を素通りして、ぐいっと私に迫ってきた。
「礼華です」
「あら、坊ちゃんと同じ『れ』から始まるお名前なんですね。ここにはご用事で? それとも坊ちゃんに会いにいらしたんですか? そうだったらとても嬉しいわ……!」
私に興味津々なお婆さん。
「あ、それと坊ちゃん、先程水鏡様より連絡がございましたのですが……」
急にお婆さんの雰囲気が変わる。
「『レイカヲカエセ』と……」
こんな連絡を送る人なんて1人しか思い浮かばない。
(……っていうか、連絡する手段あるとか聞いてないんですけど?)
わざわざここに来た意味はあったのだろうか、と考える暇も与えてはもらえなかった。
「いくら水鏡様の頼みとはいえ、このお松はレイカ様を返しはしませんけどね」
再び元のお喋りなお婆さんに戻った。
「乳母、礼華が困ってる」
零士さんが私の前に出てくれた。綺麗な顔とはまた違った頼もしいその背中に胸がざわつく。
「話しすぎだ」
「すみません、思いがけないお客様でしたので、少々熱がこもってしまったようですね」
お婆さんは柔らかくにっこりと笑いながら、落ち着いた口調で話す。
「茶席をすぐにご用意いたしますね、しばしお待ちください」
「わざわざすみません。ありがとうございます」
突然来て、席まで用意していただくなんて申し訳ない……
「まあまあ……!」
「お松さん……?」
「坊ちゃん、絶対に逃してはいけませんからね……!」
(……?)
念を押すかのように零士さんに詰めいっている。
零士さんには言葉の意味が分かっているみたいで、何故か若干耳が赤くなっている気がした。
「……そのつもりだ」
「急いでご用意いたしますね!」
お松さんはとても張り切っている様子で、何よりも嬉しそうだった。




