些細な変化
「リラー! これから買い出しに行くけど、お前も来るか?」
「……行かない」
リラは机にしがみついたまま離れようとしない。
「好きなもの買ってやるぞ」
強引に引っ張るも、そこまで大きくない机も一緒に持ち上がってしまう。
「……ゔぅぅ」
ここまで抵抗するのは珍しい。
「何してるんだ?」
手を離して、彼女の下敷きになっているものを盗み見る。
「絵を描いてるのか?」
首をぶんぶんと振った。これは違うということだ。
「……手紙」
「誰に?」
リラの耳が真っ赤になっている。俺に秘密にしたいこと……つまり、大好きなお兄ちゃん(俺)への手紙かもしれない。
(そんなに俺のことを想って……!)
リラはあまり人と話したがらない。そんな彼女が想いを伝える手段は手紙の他ないだろう。
「……お姉ちゃん」
俺の中で何かが崩壊した。
「そ、そうか、そうか。じゃあ、買い出しに行ってくるわ……」
フラフラしながら外に出る。
「兄ちゃん、どうしたの?」
「リラは残るそうだ。2人で行こう」
「うん!」
結局、買い出しにはイワンと2人で行くことになった。今日は大きな空の荷台を運ぶ。イワンも後ろから荷台を押してくれている。
イワンとリラ……この2人はもう一つの家族といえるだろう。もとはこの2人で生活しており、そこに俺が流れ着いた……と言うべきだろうか。
「今日は好きなもの、好きなだけ買ってやるからな!」
「やったー! 本当に!?」
前の一件で、この国の女王ダリアと名乗る人からある提案をされた。それは生活の安全を彼女が保証する代わりに、いざという時に、俺やリラの力を提供すること。提供といっても戦いに参加するかしないかは本人の意思で決められるといったこちらに有利な条件だった。これも、礼華が女王に話をつけてくれたお陰だろう。
そして、礼華は言っていた。他のクラスメイトを探すと。
俺もそれを聞いて決めなきゃならないと思った。いつかその時が来たら……この力を存分に使おう。他でもない自分たちのために。
◇◆◇
「誰もいない……」
要人の家であるはずが、来た時と同じく門前には誰もおらず門は開けっぱなし。
(こんなとこに来る人なんてそういないか……)
この屋敷があるのは町から少し離れた竹林の中。静かなこの土地にひっそりと住居を構えるとは、いかにも零士さんらしい。誰もここに豪邸があることなんて知らないのだろう。
微かな風が髪を攫う。
「お久しぶりです」
後ろを振り向くと、零士さんが立っていた。
「久しぶり」
笑顔満開でこられると、尻尾を振る子犬のような愛嬌がある。一見大人じみたように見えるが、中身は案外子どものままなのかもしれない。
「これ、アランさんに頼まれて渡しに来たんです」
「アランから? 珍しいな」
不思議そうな表情で封を手に取り、中身を確認する。
「何が書いてあるんですか?」
「……どうやら、報告書みたいだ。持ってきてくれてありがとう」
てっきり何かもっと重要なことを伝えるものだと思っていたが、検討が外れた。
「そうだ。上がっていけばいいよ。ここまで歩いてくるの、大変だっただろうし」
「今日は渡しに来ただけのつもりなんですけど……」
そう言われるのは全くの予想外。今日は本当に龍弥の様子をチラッと見て、手紙はそのついでに渡す予定だった。
「菓子もたくさん仕入れたんだ。一人では食べ切れなくて困っていて……よかったら、一緒にどうかな?」
「はい! 喜んで!」
礼華はかなりちょろかった。
◇◆◇
この竹林にもう2人、竹を曲げて足場を作りその上から少女の様子を観察していた。
「こりゃダメだね。屋敷の中に入っちまった」
胸元の大きく開いた忍装束を着た女性。持っていた双眼鏡をもうひとりの方へと放る。
「だから先に攫うべきだって言ってたのに」
「どうやら、ここまで視えていたらしい。相手が1枚上手だったってとこかねぇ」
女は常人の数倍ある視力で屋敷を見つめていた。
「悠長なこと言ってられませんよ。早くしないと、俺らがとばっちりを喰らうんですからね」
「はぁー、だからあんたは二流なんだ。いいか、あたしらが相手にするのは化け物だ。それは旦那様が一番良く知ってるし、そう急かしやしないさ」
「まあ、姐さんを送ったってことはそういう事ですもんね。俺は先に報告してきます」
竹が少し弾み、男の姿は跡形もなく消える。
(久しぶりの大仕事。こりゃあ楽しみだね)




