祝祭と事件
祝祭の招待状は王国の隅から隅まで行き渡り、城のある首都チャンゼには多くの平民たちが押し寄せた。今日と明日の2日にわたり祝祭が開かれる。辺境の土地に住む人々にとって、この祝祭は首都を見物するのにうってつけの機会となった。
通常は固く閉ざされた城の門も解放され、アルフォゲル城の全貌が明かされることとなった。
「いやー、今日はいい日だなー!」
ナノハはわざとらしく空に向かって背伸びをして見せた。
「いいんですか? 警備しなくて」
その様子を礼華が心配そうに覗き込む。
「大丈夫、大丈夫。警備は他の仕事だ」
今日は2人とも軍服を着ていない。その代わりに、王国の一般的な平民服を着ていた。水鏡ナノハはカラッと乾いた真っ白なシャツに、長い足が強調される黒いズボン、履きなれたブーツといった具合だが、側からみれば貴族の青年のように見てとれる。平民服といっても帝国の町をぶらりと歩く時の普段着とそう変わらない。
「……っ! あれ買ってきます」
祝祭というだけあって道の両端にはずらりと屋台が並んでいた。その一つの列に小走りで並びに行ったのは、花柄の刺繍が施されたシャツと薄いデニムのズボンとを合わせた衣装を着た礼華だ。背中に四角いケースが背負われているが、その中身が銃だとは誰も気付きはしない。楽器のケースのようにしか見えなかった。
鉄板で焼かれる肉の匂いにつられ、肉の串刺しを2つ購入した。
「これ、姉さんの分です」
そのうちの一つをナノハに差し出す。
「ありがとう」
持ってみるとそれなりの量があったが、彼女もまあまあ食べる方なので問題はない。
一口食べると、柔らかい肉の旨みが口いっぱいに広がった。
「美味しい……!」
頬に肉をぎゅうぎゅうに詰め込んだ姿もまた可愛らしかった。
「まだまだ行きましょう!」
ゴミ箱らしき金属の筒に串を放り込んだ。
ナノハの機嫌がいいのには理由があった。それは龍宮零士に関わることで、彼がチャンゼに到着するにはもう少し時間がかかるということだった。もっぱら、国中の平民が押し寄せる祝祭のため、首都への道は渋滞を起こしていた。馬車の故障や盗賊の出現、そのせいで関門には多くの馬車が停滞している。
礼華も同様に機嫌がよかった。なぜなら、昨日ダリアからたんまりと報酬を与えられ、さらには神殿への参拝許可証までも受け取ったからだ。併せて11人のかつてのクラスメイトが神殿に保護されている。このまま皆が神殿に集まれば良いとも思うが、そこがどんなところなのかを把握しておく必要があった。
しかし、今日と明日はそのことを少し忘れて祝祭を楽しもうと思う。
「びっくりしたんだけどさ、城内で礼華の噂があったらしい」
「えっ、初耳なんですけど……」
護衛任務中の護衛らしからぬ態度の数々が目に浮かぶ。
「ほとんどお友達みたいな過ごし方しかしてなかったんですけど」
「あははっ、まあダリア様は護衛なんかつけなくてもやっていける人だから」
ダリアは剣の達人でもあった。
「やっぱり、そうかー」
「『女王の宝石』だって噂されてたよ」
「飾り物って意味じゃないですかー」
宝石のような瞳を持つ礼華を暗喩したものだが、当の本人には違う意味にとれた。
「……姉さん?」
いち早く危険を察したナノハは意識を集中させた。
「ギャーー!!」
その直後、女の人の金切り声が向こうの方から聞こえる。
悲鳴はさらに広がっていき、さらには爆発音のような音も聞こえてくる。
「こっちに来るぞー! 早く逃げ……うわああ!」
向こうから男性が逃げてきたと思えば、その体はすぐ赤い炎のようなものに包まれてしまう。
それをみた近くの人は皆、パニックに陥った。
「能力者がいる……」
呆然と立ち尽くすだけの礼華と違い、ナノハは冷静に起きていることを捉えた。
棒立ちの2人を避けるように、人が反対の方向へ逃げていく。祝祭どころではなかった。
「礼華は逃げて安全を確保する! いいな!」
「うん、姉さんは……?」
「すぐ他の騎士が来るだろうし、それまで抑える」
そう言い残すと、人の流れとは別の方向へと上手く人を交わしながら走っていく。
彼女の言うことに従うしかできない礼華も逃げようとするが、あるものが目に止まりそこに向かう。
「あなた、いま1人? お家の人は?」
少女は無表情のまま首を横に振る。
周りを見るにすでに人は移動しきっていて、家族らしき人は見当たらない。
道には飾り物やゴミなどが散らばっているだけだ。
「ここは危ないから、私から離れないでね」
少女はこくりと頷いた。
背丈を見るに小学生高学年か中学生といったぐらいだろうか。大人でも即座に逃げるであろうこの状況に顔色一つ変えていない。それとも、ショックで正気を失っているのだろうか。
「名前は?」
腰をかがめて目線を合わせる。
「……リラ」
無気力そうな目をする少女はそう呟く。
「ついて来てね」
少女は手を繋ぐまでもなく、小走りで走るとぴったりと着いてきた。
◇◆◇
先程倒れていた男性の元に駆け寄り、すでに死んでいることを確認した。
外傷は特に見当たらないが、真っ赤な目と口から出る血を見て中から何かをされたと判断する。
「すまない……」
静かに手を合わせ、彼が走って来たであろう方向へと向かう。
進むにつれて倒れている人の数が自然と増えたが、大体はもうすでに息をしていなかった。真っ赤な鮮血などは散らばっていないことからも相手が能力者であることが現実味を帯びてくる。
シュッ
耳元で音が聞こえるとボフッと炎が不完全燃焼した。一瞬の熱と共に、炎は消え白煙が立ち上る。
「……建物か」
パリッ
辺り一面のガラスが次々と割れていく。そして、ようやく敵が姿を見せた。
光の反射がなくなり、人影を捉える。
敵もまた状況を素早く判断し、そこから道へと飛び降りた。
ただフードを被っており、顔は確認できない。それ以外はそこらの平民となんら変わらない。
「能力者がいるなんて聞いてないぞ! お前何者だよ!」
興奮した声色の敵はナノハに問いかける。
「こっちが聞きたい。お前は誰だ?」
相手を牽制する低い声。ナノハは苛立っていた。
「……男か。まぁいい」
わかりやすくため息をつく相手。
「来るなら来いよ。そこらの能力者じゃあ……」
ナノハが腕を前に出し力を込めて拳を握ると、何もないところから現れた大量の水が男の体全体を包む。
「相手が悪かったな」
「ぐっ……」
突然息をする手段を削がれ男はもがき苦しむも、思うように体を動かせない。やがて、口から大量の水が侵入し、男は意識を失った。
「わたしはお前を殺さない。運が良かったな」
パシャ
水が地面に落ち、男を解放した。
男のフードを引っ剥がす。
見た目はごく普通の青年のようだ。それもまた、礼華と同い年ぐらいの。
ナノハは怪訝そうに顔を顰め、その場を後にした。
指導者がいる、と踏んだ。




