女王の威厳
アルフォゲル王国の首都から少し離れた郊外、そこには多くの農家達が暮らしており、広い草原と畑の広がる場所である。
そのうちの一つ、農村地帯のある畑でとある青年が畑を耕していた。
「にーちゃん!!」
そこに茶髪の少年が、片手に何かを持ちながら走ってきた。
「どうした? 何かあったのか」
薄破れした手袋を脱ぎながら、少年の方へ向かう。
「招待状!!」
少年は目を輝かせ、赤い蝋で閉じてある白い封筒を見せびらかす。王家の紋章を見て青年の顔色が変わる。
「嘘だろ……?」
渋々、封を開けた。
「なんて書いてあったの!?」
青年は安堵した様子で招待状を少年に返す。
「首都で公爵の結婚式と、祭りを開催するみたいだ。平民の俺たちも参加できる」
「じゃあ……!」
「行くか!!」
青年の名は市原隼人、神の使いのうちの1人である。
◇◆◇
「女王! どうかお考えをお聞かせ願いたい」
顔を真っ赤にして部屋に入ってきたのは、太った中年の男。
「そんなに慌てて何かあったか?」
男のことなどお構いなし。女王は動じることなく、皮肉たっぷりの言い草で言葉を返した。男の要件など分かりきっている。
男はその様子を見てさらに声を荒げた。
「なぜ祝祭に平民など招き入れるのですか! それも相談もせずに!!」
「国の王として、国民を想うのは当然のことだろう」
「貴方様もご存じのはずだ、こういった催しは危険を伴うというのに……」
近隣の国では物騒な事件が数多く起きていた。標的は王族や貴族といった身分の高い者達で、実行犯の詳細については不明のままである。そのこともあってか、事件の首謀者が平民や下民といった人々であると密かに囁かれていた。
王国も狙われる可能性が十分にある、それをこの男は危険視していた。まして、平民を招き入れると規制が難しくなり、事件を未然に防ぐことがより困難になることは誰もが分かることだ。
「お前はただ自分の命が惜しいだけだ。そうであろう?」
「なんという口の聞き方か!! わたしは先代の時代からこの国を支えてきた……」
「それがどうした」
鋭い眼差しが男を射抜く。
「…っ」
「それがどうしたのかと聞いている」
ダリアの目は中年男の姿をはっきりと捉えていた。男は恐れ慄きそうになるも、なんとか堪えて女王を睨み返す。
「わたしはこんな小娘を側に置くこともまだ許しておりませぬぞ!!」
(私のことか)
男の怒りの矛先が女王と対面して同じく本を読む礼華に向けられた。
「お言葉ですが、貴方に指図される筋合いはございませんので」
当然、男はさらに腹を立てた。
「なんと生意気な小娘か! 無礼にも程があるぞ!!」
ダリアはクスクスと笑い出す。
「全く、貴族らしさのかけらもないな……」
不敵な笑みに男の顔は一気に血の気が抜け、青白くなる。
「貴族から外してやっても良いのだぞ」
にっこりと余裕のある笑顔で言葉を続けた。
そしてしばらくの沈黙のあと、男は部屋を後にした。
「ダリア様、やりすぎではありませんか?」
「そなたも相当だがな」
(ごもっともです……)
一応あれでも相手は貴族、身分の高い相手にあんな態度をとってしまったことに変わりはない。
「あの、先ほどの人がおっしゃっていた、危険が伴うっていうのがよく分からないんですが……?」
「近頃、おかしな事件が起きてな……おそらく、過激な宗教団体の仕業だろう」
神の使いの神託が公表されることはなかったが、その内容が漏れ出ているという話は姉さんから聞いていた。それが原因となって起こることは、真紘の身に起きたことのように私たちをモノとして扱う人が現れること。
卑劣な行いに怒りしか湧かない。
「王族や貴族が狙われるのは、今でも神力をその身に宿しているからだ。最も、わたしは何も持っていないがな」
この人はかなり大胆な人だ。出会って数日のわたしにそんな重要なことを明かして良いのだろうか。
ここで一つ素朴な疑問をぶつける。
「でも……神力って遺伝するんですよね? 以前、ダリア様のご先祖様も神の使いだとおっしゃっていたはずですが……」
これも姉さんから聞いた。神力は遺伝し、水鏡家は代々水の神力を受け継いでいると。
「確かに神力は代々受け継がれるものだ。しかし、存続するかと言われればそうではない」
そんな話は初めて聞いた。
「神力の遺伝の仕方には個人差がある。水鏡家のように代々そのまま受け継がれる場合もあれば、薄れて受け継がれる場合もある。そして、増大することが稀にある。龍宮零士がいい例だろう」
ダリア様の一族は薄れていく方だったのだろう。
「そしてさらに、異なる神力を持ち合わせる場合もある。……それについては、信憑性のかけらもないがな」
「いるのかもしれないですね……」
ふと、そんな気がした。
「わたしは神力を持たないが、そなたは気をつけた方が良いな。ナノハも重々承知しているようだったが……彼女だけでは不可能だ」
神力を持つ者は狙われる、それは危険性からか、珍しさからか……あるいは……
「分かっています。だから私も姉さんを守れるようになりたい」
「そうか」
彼女を選んでよかった、これがダリアの感想だ。
「祝祭に平民を招待する理由は大きく2つある。1つは先ほど述べていた、国民を想ってのため。だが、これはほとんど綺麗事にすぎない」
翡翠色の瞳の奥にはもっと深い思惑があった。
「祝祭で犯人を誘き寄せる。これが狙いだ」
やっぱりこの人は怖い、と改めて思った。




