雨の日いつものバス停で。
お久しぶりです、短編で気まぐれ更新です。
ー雨の日はいつも憂鬱で、本が湿気でダメにならないかとか考えながら全く内容も入ってこず、屋根の着いた停留所でバスを待つのが習慣になっている。
ただ1つの楽しみを除けば。
『また今日も読書の秋してらっしゃるんですか?』
「そっちこそ、また読書してる高校生の邪魔を楽しみながらバスを待ちに来たんですか?」
傘を畳んで停留所のベンチに腰掛ける大学生らしいジーンズにカッターシャツを着て眼鏡をかけた顔馴染みの女性。長い肩までの黒髪を後ろで1つにまとめてその髪をほどいて手櫛でといている様は、普通に立っていると第一印象地味な印象をパッと見受けるが、整った顔立ちを眼鏡の隙間からふと覗かせる。
『雨の日は髪がぼさぼさになって嫌ですね〜』
「僕の読書とそれなんか関係あるんですか?」
『あははっ、君モテないでしょ』
笑いながらえげつないこと言いやがる。
イヤフォンは素晴らしい。ノイズを全てカットする上に雨の日でもクソッタレな時間を、聞き飽きてクソ退屈ぐらいに緩和してくれる。
すると急に音もなく…いや、音が遮断されて聞こえないからだが急に眼前に顔が現れる。眼鏡が真っ白に曇っていて一瞬だけ本気で驚いたが、ここは自分のペースを崩さずに相手の揚げ足を取るチャンスだ。
嫌々イヤフォンを外してカバンから取り出した布を手渡す。
『お、ありがとう』
「いえいえ、余りにも滑稽だったもので気になって読書の邪魔になりますから」
『眼鏡くもってるの知っててイヤフォンはめて無視してたの?』
「イヤフォン外すのと本読むの辞めるのが気になる以上に嫌だったので」
『もうイヤフォンと本呼んで結婚式しなよ』
「どっちが新婦なんですか」
『イヤフォンと本の結婚式だよ、君は参列者に決まってるだろ
結婚なんか出来ると思うなよ』
「せめて耳の恋人か手の上の愛人かどっちかはくださいよ」
『やだよ』
「はぁ…」
もう一度二股に戻る。イヤホン外すと、落語をイヤフォンで10題一気にかけてるよりうるさいかもしれない。
いや、その方が遥かに有意義な時間を過ごせるので比べるのも失礼だ。
そんな自問自答を繰り返していると、その雨の日の楽しみがやっと訪れる。
『ごめんなさい先輩、ここに来る途中で転んじゃって一回家に!』
「構わないよ、怪我とか大丈夫?」
『はい!あっ…おっと…』
そう咄嗟に小声ではっと驚いてからケガをした片足を後ろへと隠した。非常に愛らしい。これが楽しみの方。
彼女は''アナスタシア''、中学からの1つ下の後輩で美術部に部長時代入部してきたのをきっかけに知り合ってから同じ高校に通っている。学校が比較的家から近いので普段は歩き通学だが雨の日はいつも通る橋が氾濫して危ないのでこのバス停を使っている。中学時代からのトレードマークで髪に向日葵のヘアピンを付けて綺麗な銀髪をボブにしている。
目は細長く黙っているとクールな印象を与えられるが、実際は愛嬌があってとても人懐っこい。可愛い。
『お、今日も朝から見せつけてくれますね』
そうだ、この人も居たんだ。
改めて、この顔だけで生きてきた女性は''すずか''さん。
顔が良い、高校に上がってこの停留所を使い始めてから毎回雨の日にだけ会う顔馴染み、以上。
『え、あ、あぁ!あ、あのその…そ、そんな…え、で、でも』
「うちの子に多大なストレスを及ぼすので、あまり困るようなことを言うのはやめていただきたい」
『ははっ、ごめんねスタちゃん!でも、君のところのお父さん過保護すぎじゃない?』
『ぷふっ…』
すずかさんのやる事と言えば、毎回適度にアナスタシアを困らせて、僕の読書の邪魔をするという悪質なものである。
すずかさんの行動理由がよく分からないが、アナスタシアはこの空気感というかすずかさんとのコントもどきがお気に入りなようなので適当に毎回付き合っている。
「あ、そろそろか」
『そうですね、先輩』
『はぁ〜今日もスルースキル沢山磨いてらっしゃいましたね』
バスがいつも通り心地よい音を出し、冷えたアスファルトの上を走ってきて前で止まった。
バスの扉の開く音がすると同時に少しバスの中の冷気が流れてくる。雨なのに梅雨はやはり外は蒸し暑い。
『今日もお馴染みの3人だね、どうぞ』
運転手もすっかり顔馴染みである。ショートぐらいの髪だがスーツの似合ういかにもドライバーという肩書きの似合うカッコよくて爽やかな女性だ。
3人で乗っていって誰も座っていない車内の1番奥の席で3人で座る。
『さて、今度はスルーさせませんよ』
「…」
『そうきたか』
『ふふっ…』
プシューっという音ともにバスの扉が閉まる。
『賽の池前営業所行きバス、出発いたします。』
-バス時刻表
※賽の池前営業所行き運行停止のお知らせ
河原バスをいつもご利用頂きありがとうございます。
賽の池前営業所をこの度取り壊し営業所を移動する事となりましたため、この運行は停止とさせていただきます。
永らくご利用頂いた皆様にはご迷惑をおかけ致します。
今後ともよろしくお願い致します。
その貼り紙は古ぼけて文字も滲んでいた。
「あっ、本を停留所に忘れてた
帰りに取りに行かなきゃな」
停留所には古ぼけた本が1冊残されている。
''ソロモンの鍵と応用''
これは、時の止まった現世に囚われ続ける友人達を解放した1梅雨の独白