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婚約破棄され捨てられた令嬢は、魔物の森で毛玉を洗う  作者: かのん


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七話 毛玉の城

ケセランパサランがモデルです

 ステラは目の前に見えてきた光景に、ごくりと喉を鳴らした。


 巨大な黒く厚い門をくぐると、黒々とした葉に、枯れた黒い花が咲きほこる庭が見える。そしてその中央に置かれていた噴水は、ぼこぼこと音を立てながら、ねっとりとした黒い水を吐き出している。


 べちゃ、べちゃっとそれは飛び跳ねて地面に落ちると、じゅわーと音を立てて地面を黒く染め上げる。


 そんな中を白くなった毛玉の魔物達が通り抜けていく。


 周りが真っ黒な分、白色が際立って見える。


 そして目の前に城の入口であろう扉が現れ、それに白い毛玉が一匹体当たりすると、門はぎぎぎっと音を立てながら開いた。


 城の中はこれまた黒く、それ以外の色はこの城には存在しないのではないかと、そうステラが思った時であった。


 毛玉達はステラを客間のソファへと座らせると、飛び跳ね、そして次の瞬間姿を変えた。


 それは一瞬のことでありステラは目の前で起こったことが理解できずにぴしっと身を固めると、自分に頭を下げてくる人達に顔を引きつらせる。


「聖女様、我らを救っていただき、ありがとうございます。私はこの国の王。レルドと申します」


 ひときわ大きな毛玉だった魔物が、今では顎に髭を生やした豪華絢爛な衣装を纏う国王へと変わっている。そして一歩前に踏み出し、目の前に跪いてくる青年からステラは目が離せない。


 まるで、夜の星のような美しさを持つ青年であった。


「私はヒューリー。この国の王子です。貴方と泉で最初に出会ったのは私です」


「……は、はい。分かります」


 何となくではあるが、目の前のヒューリーが最初に出会った白い毛玉であるとステラには分かった。


 しかし、白い毛玉の魔物が人の姿に変わるなどとは思っておらず、ステラの頭の中は混乱していた。


 ヒューリーは嬉しそうに微笑むとステラの手を取り、その甲へと口づけた。


「ひゃっ!」


「聖女様。どうか名前を教えていただけませんか?」


「わ、わわ私はステラと言います。その……あの……」


 次の瞬間、ステラの意識は暗転した。


 緊張と、心労とが重なったのであろう。体は疲れていないように思えても、精神に負担がかかる事が続きすぎた。


「聖女様!」


 魔物達は大慌てでステラを客室へと運ぶと、柔らかなベッドの上へと寝かせた。


 寝息を立てる姿に皆がほっとし、ヒューリーは毛玉姿になると、ステラのベッドの上でその様子を見守ったのであった。



「ん……」


 太陽の日差しを感じ、ステラが瞼をゆっくりと開けると、そこはベッドの上であり、自分が気を失っていたのだということに気付く。


 体を起き上がらせると、頭が微かに痛み、ステラは大きく息を吐いた。


 なんとなくだが、寝すぎた感がある。


「ふかふかのベッドの上で熟睡する日が来るなんて、思ってもみなかったわ」


「きゅ?」


 その鳴き声に、ステラは目を丸くして横を見た。


 毛玉用なのであろうか、小さな枕の上で白い毛玉の魔物が心配そうにステラを見つめている。


「もしかして、心配して一緒にいてくれたの?」


「きゅ~」


「……ありがとう」


 そう言いながらも、ステラはハッとする。


 毛玉の姿に惑わされて昨日の姿を忘れていた。この可愛らしい毛玉の正体があれほどの美丈夫であるとは思ってもみなかったのである。


 そしてステラは気づく。


 自分は男性と同じベッドの上で寝ていたと言う事実に。


 ステラが一気に顔を真っ赤にした姿にヒューリーは驚くと、人の姿へと変わり、火照ったステラの頬へと手を伸ばした。


「ステラ。大丈夫かい? 顔が真っ赤だ」


 美丈夫に触れられ、顔を覗き込まれたステラは更に顔を真っ赤に染め上げた。


「だ、大丈夫です! ですが、あの、は……離れて下さい」


 突然口調も変わり、ヒューリーは胸を押されて離れようとするステラに、不安げに尋ねた。


「もしかして……私に食い殺されるのは……嫌になった?」


 その言葉にステラは目を丸くすると、ヒューリーをじっと見つめて考える。


 自分はやはりいずれは食い殺されるのだと。


 そう思うと、すっと顔の熱は引いていく。


 ヒューリーはいずれ自分のことを食い殺すのだと思うと、見た目は人でもやはり魔物なのだなと、ステラの心を冷静にさせた。


 ステラは首を横に振った。


「いえ、ヒューリー様に、あなたに食い殺してもらいたいです」


 何故かステラはそう思えた。


 森の魔物に食い殺されるよりも、目の前のヒューリーに食い殺されたい。今思えば、森で出会った時からずっとそう感じていた。


「ステラ!」


 ヒューリーは嬉しそうにステラを抱きしめると、つむじにキスを落とした。


「ありがとう。嬉しいよ」


 ぎゅっと抱きしめられる感覚は心地良く、きっとお願いをすれば痛くないようにしてくれるだろうと思えた。


「はい」


 ステラはいつ食い殺されるのだろうかと思いながら、ヒューリーを見上げて言った。


「あの……優しく……痛くないようにしてくれますか?」


 潤んだ瞳でそう言われ、ヒューリーはごくりと喉を鳴らした。そして、頬を赤くすると、ステラをぎゅっと抱きしめて言った。


「いや……その……嬉しいけれど、その、順序というものがあるから」


「え? あ、そうなのですね」


 ステラはほっと胸をなでおろした。今すぐには食い殺されないならばとほっと息をつき、ヒューリーに尋ねた。


「あ、あのそれなら、いつ?」


 いつ自分は食い殺されるのだろうかとステラが尋ねると、ヒューリーは耳まで赤らめながら、また喉を鳴らして答えた。


「ステラにお願いがあるんだ。その願いを君が叶えてくれるなら、とても嬉しい。食い殺すのはそれが終わって、色々準備をして、式が終わってからになると思う」


 願いとは一体何だろうかとステラ思いながら、食い殺すには準備や式が必要なのだと、食い殺すためにはかなりの時間が必要なのだなと魔物にも文化があるのだと驚かされた。


 そして、その時になってやっとステラは気づく。


 自分は少しでも長く生きたいと思っているのだということに。


「……ふふ。皮肉ね。うん、でも私も誰かの役に立ってから食い殺されたいわ。ヒューリー様。私にできることならば何でもお手伝いいたします」


 その言葉にヒューリーは嬉しそうに微笑みを浮かべると、ステラの頭を優しく撫でて言った。


「ありがとう。でも、まずは話を聞いてからステラには決めてほしいんだ」


「……はい」


 ふにゃっと笑う姿はとても可愛らしく、ステラはどきどきと胸が高鳴るのを抑えた。


「じゃあ詳しく説明をするから、一緒に父上の所に行こうか?」


「え? あ、はい。っきゃ!」


 ステラはヒューリーに抱き上げられ、お姫様だっこの状態で城の中を進むこととなる。


「ヒューリー様! あの、自分でも歩けます!」


「ん? うん。でも、倒れたばかりだし、私も心配だし、……だめかな?」


 こてんと首を傾げられ、ステラはぶんぶんと首を横に振った。


「い、いえ。あの、ダメじゃないです」


「よかった」


 嬉しそうにヒューリーがするものだから、ステラは顔を赤らめながらも運ばれることを受け入れる。


 すれ違った侍女や使用人らが微笑ましげにこちらを見つめてくるのがいたたまれない。


「聖女様! 体調はいかがですか?」


「聖女様? ご無理されないでくださいね」


「聖女様。何かあればいつでも言ってください」


 侍女や使用人とすれ違うたびにそう声をかけられるものだからさらにいたたまれなくなる。


 こんなにも温かな声をかけてもらうことなど、今までなかっただけにどう反応したらいいのかに困る。


「あ、あの、皆様が見ています。やはり、恥ずかしいです」


 そう言うと、ヒューリーは楽しげに笑った。


「皆君のおかげで久しぶりに人の姿になって働いているからね。だから君の役に立ちたいのさ」


「え?」


 ステラは目を丸くし、働いている人々が皆昨日の毛玉だったのかという事実に衝撃を受けていた。







  




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