四話 罪
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王宮に備え付けられた貴族用の牢には、簡素ではあるがベッドやトイレ、シャワーなども備え付けられている。
食事も三食しっかりと出たが、どれも、屋敷の料理人が作る料理程は美味しくはなかった。
「……可愛そうになぁ」
「あぁ。無実だろうに」
時々そのような会話が、牢の見張り番が話しているのが聞こえてきた。
ステラはおかしなものだと、牢の中で考えていた。
慢性的な睡眠不足は解消され、頭の中がはっきりとしてくると、見張り番の言葉の矛盾も気になり始めた。
可愛そう。無実。そうしたことを見張り番が知るくらいに明白であるのにもかかわらず、誰もステラを助け出そうとはしない。
ステラは静かに牢の中で、この国の常識というものを改めて知った。
弱者は強者には勝てず、貴族は王の命令に絶対に服従する。
「貴族ならば……我慢……か」
小さく呟いた言葉に、ステラは苦笑を浮かべる。そして、それからまた数日が過ぎ、ついにステラは王宮内にある裁判所へと立つこととなった。
会場には裁判官、国王、王妃、第二王子アスラン、両親、兄、そして美しい令嬢が一人いた。
ステラはしばらくの間、裁判官である男の声を静かに聞いていた。
並べ立てられたのは見知らぬ罪であった。
アスランを傷つけようとしたことや、そこにいた美しい令嬢への暴行を指示したなどの罪などがあげられていく。
見たこともない証拠が並べられ、それを見ているうちにステラは作り上げられた舞台に自分は登らされたのだろうと静かに思う。
そして、ステラの罰は決定される。
「第二王子との婚約は破棄とし、人間の国に自ら足を踏み入れることのないように罪人の烙印である呪いを施せ。その後に、魔物の森へと放逐する」
それは死刑と同意語。むしろ死刑の方が安らかなものであったであろう。
魔物の森にて、魔物に食い殺されろ。
そういうことである。
ステラは、すっきりとした頭の中で少しだけ考えると、静かに手を上げた。
白い、傷一つない手。
「発言を許可する」
国王の声に、ステラは美しくスカートを軽く持ち上げ一礼すると言った。
「国王陛下、王妃様、第二王子殿下、お父様、お母様、お兄様、お世話になりました。さようなら」
美しい声だった。
子爵家はステラの独断の犯した罪であることから御咎めを受けないということになったらしい。
何とも都合の良いことである。
ステラは視線を滑らせていく。
アスランはチラリとステラに視線を向けると、面倒くさそうな表情を浮かべていた。
六年間婚約者だったというのに、何の感情もない。だがそれは、ステラも同じであった。
以前はアスランのため息が怖かった。
アスランのため息は、家族からの失望を招く。そう恐れていたから。けれど、もうその必要もなくなり、アスランのため息も怖くはなかった。
ある意味でステラは一番真っ直ぐに、アスランのことを見ることが出来た。
その時、アスランの瞳が驚いたように見開かれる。
ステラは微笑んでいた。
自らの死が近いと言うのに、恨みつらみのない顔で、静かに微笑んでいた。
アスランは眉間にしわを寄せる。
ステラは騎士に連れられてまた牢へと戻された。
その日の夕刻、ステラが静かに食事をしていると、先ほど会場にいた令嬢が姿を現した。
「こんばんは」
金色の髪の、美しい令嬢であった。ステラはナプキンで口元を拭くと、静かに立ち上がり一礼した。
「公女様。お目にかかれて光栄にございます」
この国には四つの公爵家があり、公女は一人だけ。
「あら、リーナのこと知っていたのね」
可愛らしくリーナ・ジェゾール公爵令嬢は微笑を浮かべると、楽しそうな声で言った。
「可愛そうにね。でもあなたが悪いのよ」
「え?」
「アスラン殿下は私のことが好きなの。だからあなたは邪魔者なのよ」
そう言うと、嬉しそうにリーナは自分の腹を撫でながら言った。
「ここにね、アスラン殿下の御子がいるの。きっと男の子よ。アスラン殿下にきっとそっくりでしょうね」
楽しそうな声に、ステラは目を見開いた。
そして納得がいく。
自分に罪を着せ、そして早々に処刑しなければならない理由。
本来ならば第一王子の婚約者となったであろう公女が、婚約者のいる第二王子と夜を共にし、その上、子をもうけてしまった。醜聞以外のなにものでもなく、その事実を隠すために、ステラは利用されたのだろう。
公爵家からの圧力もかなりあったのではないかと予想できる。大切な娘を傷物にされれば、黙ってはいないだろう。
運命的な出会いと悪役令嬢。そういうシナリオの中に自分は立たされたのだ。
王家と公爵家の体裁の為に自分は死ぬのかと、ステラは苦笑を浮かべ、それでも何故自分が死ぬ運命となったのか理由が分かって良かったと思った。
「ご懐妊おめでとうございます」
「あら、それだけ? もっと恨み言を狂ったように言うかと思ったのに。つまらないのね」
人一人死ぬと言うのに、なんとも思っていない様子のリーナに、ステラは公女とはこういうものなのだろうかと自分とは違う生き物を見ている気分になった。
人の形をしているのに、まるで自分とは違うのだなと、心の中でステラは思う。
ステラは、愛されていなくても両親や兄が悲しい顔をするのは嫌だった。
今だって、自分を死の淵に追いやったのは家族なのに、その家族が不幸にならなくて良かったとさえ思っている。
ステラは人が不幸になるのは嫌だった。
見知らぬ人でも、涙を流していれば心配してしまう。
「あーあ。もっと泣き喚けばいいのに」
「申し訳ございません。ですが、自分が死ぬ理由について知れて良かったです。ありがとうございます。公女様」
その言葉に、リーナは顔を歪める。
「あなた馬鹿なの?」
「え?」
「だってそうでしょう? 婚約者を奪われて、死ぬのに、それなのに笑っているなんて、馬鹿じゃない」
「そう、でしょうか?」
「そうよ。だって、妃教育をあなたまじめーにずっとしてきたんでしょう? 私は嫌だったから突っぱねてやったわ。あなたみたいにお利口さんになんでもはいはい言ってたら、人生つまらないじゃない」
「公女様は物事をはっきりと言われるのですね」
「そうよ。私は公女だもの。私にケチをつけられる人なんていないわ!」
リーナはにっこりと笑った。
「私は欲しい物を手に入れるの。お菓子もおもちゃも宝石もドレスも、今まで欲して手に入らなかった物は何もないわ。第一王子殿下より第二王子殿下の方が好きだったから、アスラン様も手に入れたしね。ふふ。可愛そうな人。何も手に入れられないなんて。ふふふ。本当に、可愛そう」
おかしそうにけらけらと笑った後に、リーナは立ち去って行った。
残された牢の中で、ステラは先ほどのリーナの言葉を思い出して息をついた。
確かに自分は馬鹿だったのだ。
家族の愛情など求めなければよかったのだ。
そうすればステラの運命は変わっていたかもしれない。
もしくは自分をこんや運命へと追いやった両親や兄や国王や王妃や、アスランを、憎み、呪ってしまえればよかったのか。
けれど、胸の中に湧き上がるのはどちらかといえば諦めであった。
ステラは首を横に振る。
「やめましょう。もう、考えるのは……」
人を恨みたくなかった。
だからこそ、ステラは瞼を閉じたのだ。
次の日の早朝、ステラは処刑台の元で晒し者にされ罵声を受ける対象となった。
「薄汚い悪女め!」
「魔物に食い殺されてしまえ!」
飛んでくる声に、ステラは胸が痛くなる。
その時だった。人々の間から、懐かしい人の声がした。
「お嬢様ぁぁぁぁぁ! やめて下さい! お嬢様! お嬢様!」
たった一人、ステラの味方。
ずっとずっと味方でいてくれた人。
目が合った。ステラはシャーロットに向かって微笑を浮かべると首を横に振って言った。
「ありがとう。ずっと、大好きよ」
シャーロットは騎士に押されて民衆に押されて見えなくなってしまう。
自分のことで後で酷い目に合わなければいいがと、心配になる。
けれど、自分にはもうシャーロットを救う力などない。
処刑台にて石を投げられる中、ステラの両手には罪人の烙印が押される。
焼ける痛みは辛かったが、これ以上に心が痛い。
そして魔物の森へと捨てられに行くしか、自分には道は残っていなかった。
そして、物語は冒頭へと戻る。
ステラは魔物の森の泉の中へもぐった。
自分の心臓の音だけがよく聞こえる。
この心臓も、もう間もなく、魔物に食い殺されて止るのだろう。
ステラは水面へと顔をだし、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
「っはぁぁぁ」
その時、ガサリと木の葉が揺れる。
ステラが振り向くと、そこには赤い瞳の魔物がいた。
わぁぁ(*'▽')
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